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ひとりごと〜リターンズ〜
不知火
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2001年03月31日(土)
一目惚れの心理学(?)

別に私が誰かに一目惚れしたとか、
知り合いの誰かがそうなったとか、
そういう楽しいお話ではありません、念のため。

眠たい頭でバイトしていると色々なことが頭をよぎります。

__
一目ぼれって信じますか?

信じません
〜〜

ねむいねむいねむい・・・・ってときに
あたしのあたまであまたのこえがのたまってます。

で、カッターナイフを振り回しながらの単純作業と同時進行で、
私の頭の中では「一目ぼれ」について討論会が繰り広げられていました。

__
では「勘」は信じますか?
(IME2000の説明によると勘=第六感らしい。)

信じます。

勘は信じるのに一目ぼれは信じないんですか?
〜〜

多分そろそろ私は変な人でしょう。
でもそんな考えはおくびにも出さないで、あくびだけを出しながら働きます。
昼下がりのまどろみの中(寝るなって)頭の中で展開されるワンダーランド。
ほとんど不思議の国のアリス状態です。

__
勘とは人間の生まれ持った感覚だけではなく、
その人のそれまでの経験、人生における積み重ねがミックスされ、
なんだか自分でも説明できないものとして現れてくるものらしい。

それ、3月14日の日記から抜粋したでしょう?
ワタミの社長の言葉ですね?
〜〜

なんだかだんだん脚色されてきました。
日記書きながらも想像がどんどんパワーアップしていきます。

__
でも勘と一目ぼれって似てると思いません?

うーん、似てるかも。

それまでの人生における経験や積み重ねから好みのタイプが合成される。
そして、面接を繰り返して分かってきたことだけど、
人の印象っていうのは第一印象が結構正確だったりもする。
面接の部屋に入ってきた瞬間に「極めてよい」「きわめて悪い」の2タイプは
すぐに判断がつくらしい。

そう考えると、人間の第一印象って勘に近いと言えますね。
〜〜

さすが自分対自分、話の妥協点を見出すのが早い。

__
では、一目ぼれは勘と同じぐらいには信用できると?

でも一目ぼれって思い込みに過ぎない気もしませんか?
勘でなんとなくこの人いいなぁ、と思って気がついたら好きになってる気がした。
とか?

でも、その勘は結構信用できるわけでしょ?
〜〜

また話がおかしな方向へ行きだした。
この時点でキチンとまとめずに口に出すから、
いつもいつも周りの人から「あんたは何考えてるかわからない」言われるのね。

でも逆に良く知ってる人には手にとるように分かるらしい私の考え。
理解し難いけど単純ってことなのかな?

__
じゃぁ 「一目ぼれ=勘+思い込み≒信用できない」というのでは?

でも勘が正しければ思い込んでも別によいわけではない?
「自分の好みかな〜っ」て勘から「好きだ−っ」て思い込むんだから。

裏を返せば勘が間違っていたら全部終わり?
〜〜

話が堂堂巡りそうだなぁ・・・・。
同じことばっかり言う奴は嫌われるぞ?

__
勘は信用できるって最初に言ったやん?

私は信用してるけどいつも正しいとは限らないでしょう?

確かに。

してそのこころは?

「勘違いでした」って。
〜〜

落ちてない・・・全然オチてないよ!!

でも・・・。
「私、あなたのことが好きなんです!一目ぼれなんです!」
なんていってた人に、
「ごめんなさい、やっぱり勘違いでした。えへっ」
なんて言われたら嫌だろうなぉ。

なんてわけのわからないことが眠い頭の中では展開されます。

春になって暖かくなると変な人が増えます。
皆さん気をつけましょう。(自爆?)



2001年03月30日(金)
腐るかもしれない縁?

とある会社の2次面接でした。
入室して2言、3言話していると、

「緊張してますか?」
当たり前だっ。

「あなたはうちでは適正検査、1次面接と合格されてるんですから、
 自信を持ってくれていいんですよ。
 でも、まぁ緊張している分はおまけしておきます。」
この言葉でなんか肩の力がすぅっと抜けた。

実はこの会社、そんなに志望度高くなかった。
半ば、「ま、落ちても別にいいかな?」ぐらいの気持ちもあった。
でも、「ちょっと真剣に受けてみようか?」となった。

実際、面接を受けるときはどんな志望度の低い会社でも真剣である。
が、気持ちの入り方というのが若干違う。(なんだそりゃ)
面接官、すごくいい人だなっと思ったので、本命受ける時の気持ちで喋ってきた。

ここの会社も、これで合格だったら次が最終面接になるらしい。

うぅーん、ドキドキだ。


それはそうと、その面接の帰り道。
梅田を歩きながら「あ、道間違えた。」
慌てて軌道修正して御堂筋を大阪駅方面へ歩きはじめる事数分。

数歩右を歩いているのは・・・・3月1日の日記に登場した「マツダ」君!?

私  「よぉ!久しぶり。」
マツダ「ジャスコどうやった?」
私  「あはは、落ちた落ちた」
マツダ「あ、俺連絡きたでぇ。」
私  「凄いやん、入るの?」
マツダ「明日あたり確認の電話が来ることになってるわ。
    (ボソッと)入らんけど

それまで得意げに喋っていたヤツが、
一瞬本性を見せ真顔でボソッと本音を出す。
そしてまた悪びれもせずに元の笑顔に戻る。

・・・・お前絶対衣田だろう?


あんまり劇的(?)な再会に驚いて、
とりあえず姉にメールで知らせてみると、

「それって奇跡てきな再会やなあ(笑)
 職場も一緒になったらおもろいな(笑)」
との御返事。

ない・・・ぜぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇったいない!!

ていうか・・・
あるな!!!

やだよ〜、こいつきっと仕事できるやつだと思うけど、
一緒に組んで仕事なんてしたくないよー。

なんとなくそんな気がする。

まぁ、でもきっとどっかでまた会うな。
大学も同じだし・・・。

新・腐れ縁か?(汗)



2001年03月29日(木)
面白気な出会い(2)

みなさんは、「内田クレペリン検査」と言うものをご存知でしょうか?

一応、以前3月2日の日記で触れているので、読んでいただければ幸いです。
はっきり云って・・・「2度とやりたくねー」と思った試験でした。
が!
今日、朝から受けることになったわけですね・・・はぁ・・・。

なんとか一回受けた結果を使いまわせねーもんかなぁ、なんて思うんですが
なかなかそうは問屋がおろしません。(当たり前か)

うおぉ・・・腕がつるぜ!!
なんて思いながら続けてSPIも受けなければならないって??
マジですか???

ところがこういうときに限って調子がよいのだわ。国語なんかは特に。

でもやっぱり腕はとても疲れました。
明日筋肉痛になってなけりゃいいけどなぁ。
(冗談じゃなくそれぐらい疲れる。)

そういえば今日は珍しく、喋りやすい学生と出会った。
大概の人は話し掛けてもかたくるしっくてしょうがないのだが、
どうやら彼は違った。

一言目「今日、ここで適正検査ですか?」「はい。」
の後はずっとタメ口で会話ができたという稀なケースだ。
なんか凄く話しやすく、盛り上がってしまった。

別れ際には、
「縁があったらまたどっかでっ!」
っていう、私のいつもの台詞を先取りされてしまった。(笑)

面白いヤツだ。
私も第3者から見たらあんな感じなのかなぁ。
今度どっかで会ったら電話番号交換しようっと。
彼は背高いし、ま、いたら気付くだろう。
また会おうね!仙田快太郎!!

そしてその後バイト先へ・・・。
何故かこんなに疲れているのにたくさん働けてしまう。
嗚呼、これで来月の交通費は安泰だ・・・。



2001年03月28日(水)
面白気な出会い(1)

いいのかなぁ・・・・なんか変に絶好調で・・・。
若干好調の方向性が違うような気もするのだけれど・・・・


朝の面接じゃぁ、

「会社の事でも、それ以外で就職活動のことでも
 なんでも聞いてください」

云われてほんまに全然会社と関係ないこと聞いてたし・・・。
なんかグループ面接で妙に目立ってしまった・・・
というか、浮いてなかったか?(汗)

志望度の低さゆえに許される事なのだろうか・・・。
とにかく、気楽にむっちゃくちゃなこと喋った気がします。

通ってたらもうけものよ(笑)

まぁ、それもよし。(笑)


で午後にはセミナーに参加。
「くら寿司」です「くら」。(爆)
思いっきり実名出してますが、「さと」で落ちた以上、
「くら」はがんばっておかないと・・・・(分かる人だけ笑え:笑)

ここの会社も社長が出てきて、
「無添加米」「時間制廃棄システム」「アルミニウム非使用」等など、
様々な理念を語ってくださいました。

まぁ、凄いかな。
これが全部本当なら。

というのが正直な感想。
でも社長はおもろい人やった。

質疑応答の時間に質問が3,4件ですぐに出なくなってしまった時、

「質問が出ないっていうことはねぇ・・・」
また熱く語り始めた・・・ていうかお説教だ・・・

「発言を促されるまで意見を言えないような人にマネジメントができますか?
 そんな人が彼氏・彼女だったら結婚する気になれますか?」
なかなかいい例えだ。

「こういう風にしてしまったのが今の教育の一番の失敗だ。
 一方的に教えるだけになってしまった今の教育が悪いっ。」

要するに質問しなさいと、しかられてしまいました。
いや、私はしましたよ・・・一番最初に。
でも次の質問をするチャンスが来るとは思ってなかったからなぁ・・・
あの人数で・・・。

で、お説教の後はちらほらと手が挙がりだす。
微妙に嬉しそうな顔の社長。
うーん、なんか面白いわ。


何故かセミナーに参加した感想を書くようにと渡されたA4の用紙一杯に、
自分の思うところを書き綴って提出し、エレベータを待ちます。

そうそう、ここは梅田センタービルの18Fだったんですね。
(梅田センタービル探した探した。
 むっちゃ探しまくったあげく、
 実は駅の近くからもよく見えるあのビルだったんです。
 青い鳥みたいな話ですね。
 でもそのお陰で私の今日の席は最後列でした・・・。)

そしたら、同じくエレベータ待ちの男学生が私に話し掛けてきます。

「どっかであいませんでした?」

会ってねーよ。(断言)
少なくとも話したことある人間でないのはすぐにわかった。
が、

「えっと・・・そうやっけ? 
 どこであったかな・・・。どんな会社回ってるの?」

せっかくなので話を膨らませます。
でもやはり接点がない。
回ってる会社は似通ってるけれど、日程がずれている。

なにより、こんな風に話せる人間を忘れるはずがない。
基本的に話し掛けるのは私からの方が圧倒的に多いのだから。

ともあれ、業界は狭いのですし、
お互いまだこの会社の選考を受けていく予定なのです。
きっとどこかでまた会うでしょう。

フクダ君、またねっ!



2001年03月27日(火)
飲んでも飲まれるなっ!

本命です。
いわゆる一つの第一志望というやつですね。

そんな明確に「絶対ここに入るんだ!」という程の気持ちではありませんが、
「ん、ここ、いいんじゃない?
 ちょっと、ここで働いてみたいね。
 いや、仕事は実際無茶しんどそうやけど・・・。」
と思った会社いくつかのうち、今のところ1番かなって感じです。

な、もので。
朝の電車の中ではとてもとても緊張しました。
本社にも早く着きすぎるし・・・

でもでも、面接受ける直前には異様に落ち着いてました。
グループ面接と言いながら実際には2,3人でしたし、
(本当は2人だったけど遅刻して内のグループに混ざった人がいた。)
面接官が感じの良い部長さん(部長面接ね)だったので話しやすかった。

割と普段の自分を出せたんじゃないかなぁ。
あれでダメだったらしょうがないね。
うん、ダメでも悔いはないわ。

結果は4月1日2日のどちらからしいです。
頼むから4月1日(エイプリルフール)だけはやめてくれ・・・。


それでそれから、
夜はバイト先の飲み会に参加しました。
百田君やその他今年卒業するバイトを送る会です。

何故かお好み焼き屋で飲み会・・・。
でも何故か異様な盛り上がり。
不思議だ。

2次会はカラオケ・・・のはずだったが・・・

「営業時間PM12時から19時まで」

開いてるわけないやん!!!!
どんなだんどりやねん!!!

仕方なく(?)ある社員さんの提案で、
近所の何とかってビル8Fにあるちょっとおしゃれな店に行きました。
どれぐらいお洒落って、きれいな夜景が見えて、

「この景色を君に捧げるよ」

って言葉が似合いそうな雰囲気のお店です。(爆)

あたりにはカップルの姿もちらほら・・・
ていうか、カップルの姿しか見えないんですけど!?

そんなところで2次会。
盛り上がりました・・・・。
同じ店に居合わせた皆さん、うるさかったでしょうね。。。
ごめんなさいね・・・。

でも・・・。
おもろかった♪

この日、終電ギリギリに帰ることができたのは奇跡に近かった・・・。



2001年03月26日(月)
電車内爆睡

今日もバイトです。
働きました。
力いっぱい働きました。

なんとなく朝から事務の木田さん(仮名)の機嫌が悪かったのですが、
どうやら阪急電車のダイヤ改正が理由だったようです。

「いつもより5分早い電車乗ってきたのに、
 特急通過待ち、急行通過待ちで、いつもより遅くついてんで!」
とのこと。

そうして、朝一で不快だったので
「今日一日は誰も近寄らせない雰囲気を漂わせて働いていた」
らしい・・・。
確かに・・・怖かったもん・・・。


なんてことは本人(および関係者)の見ていないここでしかかけません。(笑)
チクるんじゃないよっ、えこまて!!

ともかくたくさん働いたからかどうか分かりませんが、
今日は久々に電車の中で爆睡してしまい、
京阪電車の終点で「終点ですよっ」と起こされてしまいました。
うーん、久しぶりだ〜。

で、2日ぶりに帰宅してみると、
PCのメールに一件、リクナビに一件、「1次面接合格」の連絡が。
をを〜、なんか順調〜。

でも良く考えたら2次面接で落ちてるケースが多いんですよね、
私の場合。

まだまだこれから。
気を引き締めていかなければ・・・・。



2001年03月25日(日)
3月も後一週。

3月もあと一週間であります。

就職活動、進んでいる人も進んでいない人も、
結構あせったりしている頃かもしれません。

なにしろ、来週からは大学が始まってしまい、
ますます活動しにくくなるわけですから。

春休み最期の一週間を、有意義な就活にみなさん使っておられるのでしょうか?

私?

私は・・・今日はバイトしてました。(笑)

この辺の一週間は参加したいセミナーもなかったので、
「なんか適当に予定はいるだろう〜」
ぐらいの気持ちであけておいたら・・・あいてしまった。(爆)

そんなわけでバイト先に連絡してみたら「来い」とのこと。
行きましたとも・・・。


まぁ、3月特有の修羅場も若干収まりつつあるようですね。(人によっては)

明日も大阪港でバイトなので、
以前実家に置き忘れたカッターシャツを回収する意味もこめて、
今日は実家に帰りました。

タイミングよく、兄の結婚式の写真が今日出来上がっていたようで、
見させていただきました。

やはり、業者の人が撮った物はきれいですね。

でもあーいうのって高いんだよなぁ・・・。
ビデオもあるけど・・・これも高いんだぁ・・・。
大変。(笑)



2001年03月24日(土)
面接慣れ?

日記をつけていて嬉しいと思う時があります。
数少ない読者(?)が「早く続きかけ!」といってくれることです。
ある種の存在価値をそこに感じる事ができます。

でも、日記をつけていて役に立ったと感じたのは今日が初めてです。
あるレストランの少人数な説明会(質問会のようなもの)で、

「最近印象に残ったお店について紹介してください。
 他の人が行きたくなるようにPRしてあげてください。」
で、希望者は手をあげなさい、ときたもんだ。

ふっふっふ、即座に手をあげてやりましたとも。
後は昨日の日記の後半の内容をそのまま喋ればよいだけ。

「よくまとまって、しっかりPRできていたと思います。」
だそうです。
まとめたんだって、前夜に。(爆)
もちろん、こんな事聞かれるなんて夢にも思いはしませんでしたが・・。
どちらにしろ、こういう場でしっかり喋れるとうれしいものですね。


と、これが朝一番の会社説明会でのことでした。

はじめよければ全てよし。
午後からは面接が2社あったのですが、
どちらもこのままの勢いを維持しながらかかれたので、
今までになく好感触を得られたと思っています。(私が)

もっとも、どちらの企業も面接官が凄く良い人で、
こちらが話しやすいように質問してくださったのが助かりましたが。

圧迫されなくても緊張はします。
でも、重圧的なプレッシャーではなくて、
程よい緊張、身の引き締まる感覚でした。

なんとなく面接が(本当に)楽しくなってきた今日この頃です。

それと、先日来感じていた不安は結構杞憂かもしれない。
世の中の学生は思っていたほど活動していないものなのですね。

あせる事はなかったんだ。
まだまだ、これから・・・何とかなるなる♪



2001年03月23日(金)
春うらら

そういえば、
なんかの小説に
「『うらら』と『くらら』」という
双子の姉妹がいましたね。

だからといってどうしたということは、ございませんが。


朝、携帯に「公衆電話」から着信が。
「公衆電話?なんだ、また大東君かな?」
眠たい目をこすりながら出てみると女の子の声。
「すみません、間違いました。」

あ、そう。ZZZ・・・。

次に家の電話が鳴る。
「百田です。」
「おはよう・・・」
「今日昼から、どうする?人工壁いく?」

そういえば、そんな話、してたね・・・。

「ごめん、やっぱり昨日の疲れが残ってるから今日は寝る。」


そう、今日はまたとことん怠けるつもりだったのだが・・・。



何故だろう。
何故私はそんな日に、
朝から掃除機をかけ、
ホットカーペットを片付け、
コタツ布団を片付け、カーペットを洗濯し、
防虫剤を買ってきて、
コートを片付けたりしてるんでしょう。

お陰でうちはすでに春バージョンじゃないですか。

貧乏性なのか・・・?私・・・・?


そして、夜。
なんとなく、『なか房』のラーメンが食べたくなり出かける。
うちのすぐ近所にあるラーメン屋で、
私、ここのラーメン結構好きなんです。

昨年の6月ごろに初めて行って、
その時は「ふーん、こんなもんか」と思ってたんですが、
先月久々に行ったら随分と美味しくなっていた。

豚骨系なんだけどこってりし過ぎないスープと細麺にチャーシュー。
美味しい〜♪
と、幸せな気分でお金を払う。
「気に入っていただけましたか?」
人好きのする笑顔で尋ねてくるおじさん。
・・・おじさん、あんたが気に入ったよ・・・・ではなくて!!!!

そんな風に先月ちょっと気に入ったものだから、
今日もなんとなく行って見ました。
今日は餃子つきのセットを頼んでみる。

ラーメンはいつもどおりのやつで、餃子とライスがついてきて800円。
ライスはおかわり自由で、漬物も食べ放題。
(キムチが結構美味しい時は美味しい)

先にラーメンが出てきたので怒涛の勢いで食す。
ん、やっぱり私ここのラーメン好きだわ。
そんな妙な感慨にふけっていたら、
「お待たせしました。」と餃子が出てきた。

「こっちが餃子ダレとラー油。
 それからこっちが僕のオリジナルの味噌ダレです。」

ほう・・・こんなものもあったのですか・・・。
なになに?
自分で作ってるんですって?
へぇ〜。
すったゴマと味噌と・・・後にんにくも入ってるな。多分。
それになんだろう、もっと色々入ってるけどわかんないや。

で、これを餃子にたくさんつけると美味しいって?

・・・。
をを、うまい。

ためしに普通の餃子ダレ+ラー油ってのも試してみたけど・・・
断然味噌ダレの方がうまい。

餃子だけでも食べてみたけど・・・
餃子自体は王将の方がうまいかも。(おっさんごめん:爆)

でも味噌ダレをつけることによってこっちの逆転やわ。
うーん、クセになりそう・・・。

これは・・・・・今度はチャーハンも食べて見なくてはなるまい!!!
(わけのわからん闘志を燃やすな)


あ、そうだ、スーツにアイロン当てておかなくては・・・。
(現在3月23日25時38分・・・・)



2001年03月22日(木)
ゼミと岩壁と

というわけで、目がさめればサークルの人間4人で雑魚寝状態。

部屋の奥から大東君、木下君、百田君、私。
ああ、昨夜は珍しく最初に寝たのね、私・・・。
当然か、前日夜遅くまで起きてて、就活で疲れた後に飲んだから。
お陰で珍しくベストプレイスで睡眠を取れたらしい。
枕もちゃんとある。(笑)
顔に落書きもされてない。(爆)

起きだして、準備を整えて、今日は木下君学生時代最期の岩場へ行く。
百田君は一度家に帰って支度をしてくる。
大東君は今日も就職活動らしい・・・がんばれ。

というわけで兵庫県にある烏帽子岩へ。
木下君の相変わらずのクールで華麗な登りを眺め、
自分ももうちょっとマシに登れんもんかと四苦八苦。
でも、やっぱし難しいものです。

彼らが卒業したら大学に残るのは私と大東君ともう一人だけ。
がんばらな・・・あきませんな。


ということで、3時過ぎた時点で私だけ素早く撤収して駅へ走る。
2時間ちょっとかけて・・・京都の三条木屋町へ。
ここで、ゼミの卒業コンパが行われるのですが・・・。
微妙に遅刻したみたいですね。

え?大丈夫??
だって、もっと遅れてくる奴がいる?
なんだ・・・。
ところで幹事は?
え?そいつが遅刻するやつだって!?

なんてゼミなんでしょう・・・。
そして全員集まったところで、メンバーを見渡します。
私は一番端の席にいたのですが、すぐ隣から一番奥まで、
男、男、先生(男)、男、男、男・・・・・。
ムサい(涙)
こんな状況が許されるのでしょうか・・・。
でもこれも卒コンには違いありません。
そして、これがこのゼミの真の姿なのでしょう。
(書けば書くほど哀しくなっていく・・・。)

先生が「みなさん卒業おめでとうございます。」とおっしゃる度に、
私の方を見て笑う声があがります。
因みに一番大声で笑っていたのは私だったりします。

私「はっはっは卒業しませんてっ」
一同「でけへんの間違いやろう!!!」


どうでもいいんですけど、
同じ店の別の会場では仮想大会でも催されていたのでしょうか?
顔中銀色の「ラララムジン君」状態の人。
ケバケバけばけばの「女装男」状態の人。

見た瞬間思わず爆笑してしまいました。
大変失礼いたしました。
この場を借りて、お詫びいたします。(意味ないって?)
でも・・・
笑わすためにやってんだから、芸人冥利に尽きるよね!?
(まさか・・・あの女装で男を誘惑するなんて言い出したら
 私ぁビール瓶でその金髪カツラ乗っけた頭を叩き割るところだわ!)



2001年03月21日(水)
卒業

「あお〜げば〜、とお〜とし〜、わが〜しの〜おん〜」

なんて歌を大学の卒業式でも歌うのかどうか、はなはだ疑問ではありますが。
(そもそもこの歌自体、未だに卒業式で歌われているのだろうか?
 私ぁ小中学校で君が代、日の丸を見たことがなかったのだが!?)

ともかく、今日はうちの大学の卒業式でございました。

サークルの仲間も、ゼミの同級生もみんな卒業しちゃいます。

・・・え?

「お前はどないやねん」

て?

ご存知の方はご存知の通り、私はもう1年大学にいます。
ええ、留年です。

まぁ、なんちゅうか、今日午後のグループディスカッションのテーマでも

「進学塾は必要か!?」

について討論してきましたが、
私自身の状況をかえりみると

「進学塾は必要だ。
 が、進学塾で学んだ事が将来役に立つとは限らないっ!!」

という事になりますね。ふふふ。


卒業式終了後、サークルのメンバーで食事+我が部屋で飲み会をしました。
なんだか、みんなでこうして集まって飲むのは最期なんだろうなと思うと、
寂しいとかなんとかいうよりも、ちょっと不思議な気持ちでした。
あ、でも飲んでたのって、私と大東君だけか。(笑)

そうして夜はふけていきます。

かい〜しゃに入った君がいる、だい〜がく残った俺がいる〜♪
あせ〜ることないさ、あせ〜ることないさ、こた〜えは風の中〜♪

微妙に歌詞が違うような気もしますが替え歌ってことで。
JRの駅の自販機にはあのジョージアのCMのポスターがはってあるので、
就職活動中にはよく頭の中であの曲が流れてるのよねぇ・・・。



★今日の小話。
 午前の集団面接を受けた後、帰りの電車での事です。
 垂水区からきてる北川さん(仮名)と愛媛県からきてる坂田さん(仮名)、
 そして私の3人が途中まで一緒の電車でした。

 坂田さん(以下、坂)「でも、やっぱり面白いわ・・・」
 私と北川さん(以下、北)「何が??」
 坂「大阪に来たら、みんなほんまに大阪弁喋ってるもん・・・」
 私&北「あたりまえやん!?」
 坂「なんか女の子が大阪弁で喋ってたりすると可愛い・・・」
 
 は、はぁ?
 一体何を云ってるんだ?
 大阪弁で喋る女の子が可愛い?そうか!?
 ていうかむしろそんなこと云ってる君が可愛いよ・・・じゃなくて!!! 
 
 北「そう????」
 私「大阪弁てよく怖いって云われるけど・・・
   ほら、喋るのが早いからって」
 北「そうそう、私とかゆっくりやから
   『はよ喋れ!』てよぉよわれるねんで」
 坂「???(『え?それのどこがゆっくりなの?』という表情)」
 私「これでもこっち(大阪)じゃあゆっくりて云われるらしいわ。」
 坂「は、はぁ・・・(あっけにとられている。)」

他地域の皆様とお話するのは、やはりいつも楽しいです。
お粗末。



2001年03月20日(火)
晴天

今日はとってもいい天気だ!

こんな日に家でくすぶっているのも、
就職活動してるのももったいない!!

え、なんで今日あいてるのかって?

1次面接うかってたら来るはずの2次面接案内のハガキが来なかったの。
(よーするに、1次落ち。
 でもマクドナルド食べるのはやめません。)

だから今日1日暇といえば暇っ。


朝から洗濯して、お弁当作って、お出かけ準備ばっちりだ!

さぁ、どっかの河原でごろごろしてよーッと。


というわけでごろごろしてました。
暖かくて気持ちよかったです。
たまには「ぼけ〜〜〜〜〜」として頭を休めるのも大切です。

お弁当は作りすぎたので(?)姉にも食わせてみました。
美味しかったらしくて、ちと嬉し。

うーん、またそのうち作ろう。暇な時にでも。



2001年03月19日(月)
緊張

緊張感というものは1日に使用できる料が決まっているのでしょうか?

本日の日程。
午前10時JR学研都市線野崎駅徒歩10分にて適正検査。
午後 2時JR塚本駅徒歩10分にて2次面接。
午後 5時地下鉄御堂筋線西中島南方徒歩3分にてグループ懇談会。


朝一の適正検査は3回連続の2回目。
同じ会社で3回も適正検査やらされるのも珍しいが、
その結果を返してくれるのはもっと珍しい。

クレペリンって知ってます?
前回やった適正検査なんですが、それによると私は、
「処理能力が早く、積極的で、仕事のとりかかりがよい」
らしいのです。
嘘ですね。

とにかく、寝すぎたためかも知れませんが、
この結果の見方を説明されてる間が今日一番眠かった。
だって、
「見たらわかるやん?」
って感じのことだったので・・・丁寧に説明されてもなぁ・・・。


そうして午後には面接。
受ければ受けるほど面接慣れしていくって云うけど・・・、
同じ形式の面接に出会った事がほとんどないんですよ、今のところ。

今回は面接官対学生が3:1。
これはつらかった。
頼むから、質問してる以外の人ももうちょっと興味深そうに聞いてくれっ!
え?
花粉症だって?
そりゃ、しょうがないなぁ・・・。
しかし、今日のはとことん自信がない。
2次面接がこの会社の試験の山場らしいという事なのだが・・・。
うーん、ま、駄目でもいいか。
良い経験させてもらったと思えば。


ってな感じで、今日一日分の緊張感はここまでで使い果たしてしまった。

夕方5時からのグループ懇談会で、(実際には2人だった!!!)

「今日は質問会のような形で、選考ではないので緊張しないで良いですよ。」

云われた時にはとっくに緊張感なんぞうせていた。

ふぅ〜、明日はゆっくりするぞ〜。



2001年03月18日(日)
疲労

疲労というかなんというか。
私は結構健康的なタチで、
疲れが溜まってきたりなんかすると、自分ですぐに分かるんですね。

はっきりって、今日一日、だるかった。

とある、日本料理屋(料亭?)の説明会にも云ってきたのだが、
眠い・・・。

これ・・・なんか私とはあってないわ。

1次面接予約もせずに帰ってきてしまった。
さようなら。
もう二度とあう事もないでしょう。(多分)

家でもテレビを前にうとうとうとうと。

なんかやっぱりだるぃ。

駄目だねっ、こういうときは早く寝ようっ。

明日のスケジュールもかなり楽しい事になってるし・・・。
10時半就寝。
こんなまっとうな時間に寝てもいいのだろうか!?



2001年03月17日(土)
移転

義理は果たさねばなりませぬ。

旧バイト先の引越しがありましたので手伝いに行って参りました。
無論、バイト代は支給されます。(多分、されるでしょう)

引越しといっても、社内のある建物から別の建物まで動くだけなのですが。

でもこれが結構大変。
全部の机、全部のOA、全部の人間を移動させるわけですから。

なんか、私が顔出すと、

「お前やめたんちゃうんか?」
「何しにきてん?」
「やっぱりここに就職するんか」

関西弁における最大級の親愛表現(?)ですが文字にすると怖いですね。
とにかくそんな感じで歓迎してもらえました。

まー、いいストレス発散になったんじゃないですか?
たまにはこうして身体を動かすというのもよいものです。
・・・・最近岩、登ってないなー。

そうそう、ところで大阪営業所の「超巨大ベビースターラーメンの人」に、
「メル友になって」といわれてしまいました。(笑)

「街中で川口、山中(両方とも仮名)コンビを見かけたらご一報を!」

というのが最初のメールでした。

だからどーしたって云われても困るんですが・・・。



2001年03月16日(金)
焦燥

昨日中に連絡がなかったため、ジャス□は落ちたらしい。
だからというわけではないけれど、
今日の午前の筆記試験、何故だかとても不安だった。
  
何を思ったか、外食産業を中心に活動し始めた私。
一言で外食などといっても幅は広い。
ファーストフードあり、ファミレスあり、喫茶店なんかもそうだ。

個人の理念と会社の理念とを、
それぞれをそこそこ考えなければいけないはずである。

そんな中で、一社「ん、これは!」と思ったのがあった。
それが今朝受けた会社だ。

セミナーに参加した時はそれほどでもなかったが、
色々な会社を回っていくうちに、なんか良さげな気がしてきた。
仕事は大変そうだが、なんか自分に合いそう。

勘とは人間の生まれ持った感覚だけではなく、
その人のそれまでの経験、人生における積み重ねがミックスされ、
なんだか自分でも説明できないものとして現れてくるものらしい。
と、確か「ワタミ」の社長が云っていた。

ならばこの会社に対して感じたのはきっとその「勘」であろう。
そう思った。

筆記試験、というか適正検査だったのだが、
こんなものの結果は、はっきり言って自分ではさっぱりわからない。
できなかったと思っても受かってたりするし、
できそうなのに落ちてた人もいる。

そして、今日はさっぱりできた気がしなかった。
マークシートは全部埋まらなかったし、(いつも無理やりにでも全部埋める私が!)
レポートはいつもの筆先三寸が発揮できなかったし。

今まではそれでもなんとなく「なんとかなるぁ」的な考えがあった。
でも、今日はなんだがそうじゃなかった。

「あ、これで駄目だったら、この会社もう駄目なんだなぁ」

なんだか凄く不安だった。
これで落ちてたらいやだなぁ。
せめて面接までたどりつかないと、なんか悔しい。


午後は午後とてセミナーです。
アレ○という会社でした。
別に逆らったからといってポ○されるようなところではありません。
あ、その団体が名称変更した団体でもありません。

ちょっとジョークにしてもブラック過ぎるので、
この辺でやめておきましょう。
こんなネタ命がいくつあってもたりやしない。

というわけで北海道に本社がある会社です。
無農薬やなんかを売りにしておられます。
なかなかグッドではないでしょうか?
午前の会社と、午後のこの会社が私の上位志望企業ってところですね。

後は、未だセミナー参加できずの「くら」。
以前からご紹介申し上げている和食レストラン。
そんなところですね。

ふぅ、やっとまともな日記が書けた。
ちょっと約一週間分、これからがんばってさかのぼって書きますね。



2001年03月15日(木)
不安

ジャス□からの電話連絡がこない。
合格(内内定)だったら今日中に連絡がくる手はずなのだが・・・来ないな。
落ちたのだろうか・・・。
いや、一応夜まで待ってみよう・・・。

そういえば、マクドからのハガキも来ない。
んー、1次面接にして落とされたか??
採用人数が無茶苦茶多い分、応募者も多いのだね。
むぅ、仕方あるまい。

ということで、気持ちを切り替える。(我ながら素早い。)


そうそう、適正検査ってよくあるけど、プログラミング適正検査って知ってます?
今日の午前、それ受けてきたんですよ。
なかなか・・・・面白かった。
なんか言葉では説明しにくいな・・・。

うーん、プログラマが使うところの「フローチャート」、(でよかったっけ?)
みたいなのに、数字が入っていて、
指示に従ってどんどん書き換えていく。

てぇ感じなのですが(伝わらんな、全然)。
ちゅぅか、私は何故このような会社を受けているのでしょうか、不思議だ。
保険・・・というには随分リスクを背負っている気もするのですが、
とにかくたまには他の業界も受けてみようという遊び心(!?)かもしれません。

次ステップへ進めればそれも良し。


午後のセミナーは若干集中力が足りなかったかもしれない。
わけのわからない事ばかり考えていた。

「あ、人事のこの人、長塚京三にそっくり。」
「あ、この人前バイト先の鷹島さん(偽名)みたいな体型、
 でも阪本さん(偽名)みたいな顔」

(これを書いているのは実は翌日なのだが、
 今日の午後のセミナーでも高島政伸っぽい喋り方の人がいた)

いやいや、それはそれでいいことなのですよ。
実際、こうして覚えた名前は翌日電話をした時にもきちんと忘れずにいたのですから。
大切なのは、どんなしょーもないことも何かに役立てる事。
今日のオチは少々強引だったかな?



2001年03月14日(水)
坊主

って、言っても今年の私は誰からも何ももらえませんでしたわ。

ていうかむしろ。

そんなもん関係あるかー!
 私は忙しいんだ!!


いや、感情に負けて思わず書いてしまいましたが、
本心であり、本心でなし。

くそ忙しくて疲れていたので、上述の通りなのですが、
やっぱり、そういう時こそ生活に潤いが欲しいじゃないですか。

なんか梅田あたりで道路歩いてて、
横断歩道を渡りながら、
一緒に歩いてる男の子に向かって、
恥ずかしそうに鞄から包みを渡す女の子。

「そっか、今日はホワイトデーだもんなぁ〜」

若干の違和感を感じながらも妙にほのぼのとした気分になれましたとさ。
いやぁ〜、若い者はよろしい。

え?私ですか?
うーん、内緒。(何もないくせに:くすっ)


そうそう、就活の話になりますが、
今日の午前、とある秤メーカーの会社説明会+グループディスカッション
がございました。

会社説明会のビデオの声を聞いて爆笑しそうになった私。

この声は・・・永井一郎!?
ああ、どう聞いてもガンダムのナレーションにしか聞こえないわっ!!
なんてわけのわからない事で一人ニヤついていた私。
勿論そんな事はどうでもよく。

グループディスカッションの内容は次の通り。

「人類は原子力により絶滅に向かいました。
 絶対に助かる事ができるシェルターに入ることができるのは10人だけ。
 貴方は次の13人の中から3人を除かなければなりません。
 誰を削りますか?そしてその理由は?
 
 ・プロサッカー選手(18歳男)
 ・自衛隊員(32歳男) 
 ・自衛隊員の妻(29歳、妊娠中、女)
 ・バイオ技術者(57歳、男)
 ・バイオ技術者の孫(8歳、女)
 ・あなた自身(47歳、男)
 ・貴方の筆頭秘書(27歳、女)
 ・世界をまたにかける商社マン(35歳、男)
 ・薬学部教授(42歳、男)
 ・中国から留学してきた医大生(20歳、女)
 ・歌手(29歳、女)
 ・大使館員(46歳、アメリカ人、男)
 ・コンピュータ技術者(38歳、男)


これを、6人の人間で40分間話し合います。
安易な妥協は許されません。
多数決もいけません。

って、勿論この問題、模範解答なんて存在しません。
話し合いの進め方、意見の出し方、意見の出させ方、
そういうところを見てるのでしょう。

でも、一番もめたのは「あなた自身」をどうするか。
こういうときに自分が生き残るべきか、率先して死ぬべきか。
意見は真っ二つに別れました。
一度、貴方も考えてみてください。
貴方なら、どうしますか??


んで、午後はワタミフードサービス(実名!)のセミナーに行ってまいりました。

以前、集団面接で、

「他、どんな会社を回ってますか?」
「ワタミのセミナーに行ってきました。
 社長が来て話をされたのですが、
 『こいつはすげぇやつだ』と思いました。」

お前がすげぇよ・・・そんな事云えるなんて・・・
と思っていたこともあり、

また別のところで、

「ワタミのセミナー云った?
 社長の話し聞きながら涙こらえるの必死やったわ」

といっていた人もおり・・・。

一体何者なんだ!?
関西にはワタミって店はねーんだぞ!?(2001年4/11難波にオープンです。)
これは・・・一度行ってみないと!!

なんて思っていたものでとりあえず行って見ました。

熱い人でした・・・。
なおかつ優しい人でした。(多分)
確かに良い人だと思う。
そして社長になって尚冴え渡るバイタリティ。

「この会場は5時に出れば飛行機の時間に間に合うそうなので・・・」

をい・・・。
だからってそんなギリギリまでいて良いのか!?
しかも・・・2時間のセミナー、全部社長が喋るつもりか!?
うーん・・・すげぇ人だ。

云ってる事も凄いし。
いや、大した事はいってない。
どっかで聞いたようなことばかりだ。
なのに、この説得力は何!?

「夢には日付をつけて、必ず実現させるんだ。」

なんてことを、恥ずかしげもなくいえますか?貴方は!?

「現代社会に必要なのは、愛情です。」
「私たちの仕事は『ありがとう』を集める事なんです」

なんて事を、新興宗教じゃなくていえますか?あなたは!?

企業が学生相手に喋る事全部が本当だなんていいません。
多分に嘘が混じっている事でしょう。
また、我々に伝えていない事実もあることでしょう。

でも、その逆に、
こういう場で学生に言ってしまう事には、
企業側にもそれなりの責任があって云っている筈です。
云ったが最後、取り返しのつかなくなることもあるのですから。

それが故に、
「こいつはすげぇ奴だ」
と、私も思いました。


でも、この会社を受けるかどうかと言うのはまた別の話。
因みに、関西には店舗がないのでほとんど知られていませんが、
関東では凄いことになってます。

東証1部上場の欄をチェックしてみよう。
 & 暇な人は 高杉良著「青年社長」を読んでみよう。
             (↑そして貸してください)


って、さぁ。
なんか一つにネタを絞ればよいのに
全部書いちゃうからなかなかまとめて日記かけないのよね・・・。



2001年03月13日(火)
家族の標本〜我が家の場合〜(その5)

焼場の都合で、骨上げは今日になってしまった。

私の場合、今日の午後にはずせない予定があったため、
今日の午前に骨上げが入ったのはギリギリというところだった。

親族のほとんどが集まる。
そうして、昨日までばーさんの形をしていたものが運び込まれてくる。

「小さいな」
誰かが呟いたとおり、
前から小さいと思っていたばーさんは、
思っていたよりずっとずっと小さな姿になっていた。

身体のあちこちを患っていたばーさんは、
それでなくても小さい体の骨を更にボロボロにしていた。

少しでも形の残っている骨を、各自拾って壷に入れてやる。
ここでは「違え箸(たがえばし)」というらしい左右互い違いの箸を使うため、
それぞれの箸から箸へと渡す儀式は必要としないらしい。

小さくなってしまったばーさんの骨は、
ほとんど全て、小さな小さな骨壷に収まってしまった。

なんとなく、今日は良く喋るうちの家族も言葉少なだったようだ。



午後、例の和食レストランの工場見学へ行ってきた。
以前仲良くなったメンバーの姿は見えず、どうやら私だけが残ったらしい。
と、いうことに気付いてしまうのはなかなかつらいものだ。

今日はまた見たことある人、ない人、色々な人と出会い、話しながら、
商品開発の現場、物流のスタート地点、倉庫、例か25度の世界を見学した。

こうして、私たちは企業に対する志望度をどんどん高めていくのだろう。

来週月曜日には2次面接が行われる。

 学生:企業側=1:3

の面接だ。

「皆さん、集団面接より個人面接のほうが得意って言ってましたよね?」
担当、石川氏(仮名)の相変わらずお茶目な発言である。

そら集団よりは個人の方が得意だけど、
相手が集団だったら話は別でっせ??

でも、泣き言ばっか云ってるわけにはいかない。
いけるもんなら、いけるところまで行かなくちゃ。

後悔するのは、できるだけの事をやってからがいいもんなっ!



2001年03月12日(月)
家族の標本〜我が家の場合〜(その4)

目が醒めたら朝の7時ごろだった。

私は連日の疲れで寝てしまっていたらしい。

といったところで、親父などもっと疲れて、もっと眠かったであろうに、
一つも寝ていなかった顔をしている。


私の朝一番の仕事は今日受けるはずだった面接の予定、セミナーの予定を、
全てキャンセルしたり変更したりすることだった。
昨日が日曜日で電話の繋がらなかった企業が多かったのだ。

それが終わった頃には、親族が少しずつ集まり始めていた。


親族は葬儀、告別式の間、それぞれの役割を完璧に果たしたと思う。

私と奈美姉は受付係を。
伯母は喪主を。
喪主の挨拶は実子である親父が担当し、
実務的な事は喪主の長男である忠志兄がほとんどこなした。
母親や兄貴、兄嫁は母方の祖母の面倒まで見なくてはいけなかった。
今度こけたら、もう歩けなくなるのではないか、そんな不安もあったからだ。

ともあれ、
親父は実の母親の告別式において、立派に挨拶をしたと思う。

茶番だな。
葬式なんて親族の見栄と、知人の偽善。
所詮はただの茶番だな、ニヒルな考えが心を支配する。

葬儀における役目を全うしようとすればするほど、
その瞬間におけるばーさんへの悲しみが薄れてしまうのだ。

結局、今回も私は涙ひとつ流さなかった。
血も涙もないわけではない。

伯父の時もそうだったが、この人たちの葬儀に私の涙がは似つかわしくないのだ。

「あほか!何泣いとんねん!!」
そう云われそうな気がした。

でも、きっと親父の時には泣くんだろうな。
親父には涙が良く似合うから。


そして、今日は実家で泊まった。
両親と、兄貴夫婦と、もう一人のばーさんと私。
6人そろっての食事はこれが初めてだった。

いや、ばーさんは疲れて先に寝てしまったようだったので5人か。


とにかく、残ったものたちはまたこうして新たな生活を始める。

生きているものは、そうせざるをえないのですから、ね。



2001年03月11日(日)
家族の標本〜我が家の場合〜(その3)

容態が安定していると昨日書いた。
正しくは、膠着している、というべきだったかもしれない。

寝ているばーさんの横で、父親と私はまた話しこんでいた。

若い頃のばーさんの話、私の知っているばーさんの話。
負けん気が強くて、最後まで嫁と同居しなかった。
金はないくせに、一人暮らしを好んだ。
ケンカばかりだった伯父とばーさん、親父とばーさん。
でも、戦後女手一つで息子二人を育てたばーさん。

わがままばっかりだったけど、こんな時には結局みんな集まってくれてる。
後は・・・兄貴夫婦だけだな。
今日のAM8時45分、新婚旅行から帰ってくる予定になっている。

「間に合うかな・・・」
従姉たちは、「せめてそれまではがんばって」と語りかけていたものだが、
私はそうは思わなかった。

もし、間に合わなかったら?
兄貴夫婦はショックだろう。
ばーさんだって、かわいそうじゃないか。

もう、こんな状態の人にプレッシャー与えてあげるなよ。

「最後に会えたら・・・」
従姉たちは云う。
確かに兄貴には悪いけど、でもやっぱり仕方ないよ。
会えた人は、会えた人で。
会えなかったら、会えなかったで。
それなりに、それぞれの心に残るんだから。

危篤のばーさんの横でそんな事を考えるのは不謹慎なのだろうか?


明け方あたりから、容態が変化した。
急変、というわけではない。
少しずつ、身体のあちこちにつけられた管から血が混じり始めたのだ。
呼吸も心なしか弱くなっている。

しかし、すぐにどうこう、というわけではなかったので、
親父は予定通り兄たちを迎えに関空へ向かった。
寝不足で、こんな状態のばーさんを残して。
親父を行かせるのは凄く気がひけた。
今日ほど、きちんと車を運転できない己の愚かさを悔やんだ事はなかった。

やがて伯母が来た。
「おばあちゃん(このばーさんね。)の夢見たんよ。
 私のこといつもどおり呼んでたんやわ」

そして気になったので朝から来たそうな。

私は伯母に一通りの状況を説明した。

そしてしばらくして、ばーさんは息を引き取った。
当初からの親父と伯母の意向で、延命処置はしなかった。

8時15分。
それは兄貴たちの飛行機が予定より早く日本に到着したのと、
ちょうど同じ時間だった。


その夜は通夜となった。

珍しく家族がそろうというのは結局こんな時ばかりだ。

伯母と忠志兄は、通夜から葬儀への手順をてきぱきとこなしてくれた。
昨年の伯父の時のノウハウが生きているのだ。

通夜には思った以上にたくさんの人が来られた。
そして、帰っていった。

後に残ったのは3人。
私と親父と、忠志兄である。
伯父の時と同じメンバーだ。

色々な思い出話をしながら親父は明日の挨拶を考えていた。
こうして夜は・・・ふけていく・・・・。



2001年03月10日(土)
家族の標本〜我が家の場合〜(その2)

こういう話は伏せておこうとも思いました。
少し時間が経ってからとも思いました。
が、やはり記憶が鮮明なうちに書いておきましょう。
タイトルは柳美里さんの、まだ読んでいないエッセイから拝借。
絶対近いうちに読む予定です。


自然と目がさめた。
眠れなかったというわけではない。
なんとなく・・・である。

時計はまだ5時を指している。

「早すぎるな」

しかし私は朝の支度を始めた。

今日の面接は午後から。
決してこんなに早く準備する必要はないのに・・・。

準備が出来次第私は出発していた。
目的地は無論病院。

面接には行くつもりだったが、それまでにできるだけ多く病院にいよう。
何故かそんな気持ちだった。


昨夜は親父が朝夜通しついていたらしい。
今朝になって忠志兄と交代し、仮眠をとりに帰宅したらしいのだ。

そんなわけで、私は忠志兄と二人だった。
忠志兄も色々な事を話してくれた。
こうして伯母や従兄と話す機会は本当に今までなかった。

なんだか妙な気分だ。

午後には由美姉が息子二人(2歳と1歳)と旦那を連れてきた。
ばーさんにとっては ひ孫になるんだぁね。
ひ孫が呼びかけた時、確かにばーさんは反応した。
閉じられがちだった目が、キョロキョロとひ孫を探していた。
何か云いたそうな口元・・・
喋らせてやれないのがもどかしい。

そして、私は就職活動に戻った。
午後からは、面接があるんだった。


グループディスカッションだったが、
ばーさんの事は切り離せて、全力を出せたと思う。
もっとも、それでもうかってる気は少しもしなかったけどね。
スポーツ、海、外食、ディスカウント、∞、宇宙、旅行、
等のテーマのうち一つを選んでのフリートーク。
一人、凄く上手な奴がいた。
沈黙が落ちそうになったら新しい話題を提供し、
喋ってなさそうな奴に水を向けてやる。
こいつはきっと、合格だな。
私はかなり・・・微妙だな。
結果は見てのお楽しみ・・・か、ま、やるだけの事はやったさ。


そして、一度京都にもどって服を着替えたらまた病院へ。

今夜は父親と二人で徹夜だろう。

今のところ、ばーさんの容態は安定しているが・・・



2001年03月09日(金)
家族の標本〜我が家の場合〜(その1)

今日は1日予定が空いていたので、百田君と人口壁に行く予定だった。
午後1半集合予定だったのでしばらくゆっくりしていたのだが・・・。

午前10時ごろ母親から電話があり、全ては変わった。
即刻百田君の留守電に行けなくなった旨を伝え、
諸々の準備を整える。

祖母危篤・・・との事だった。

1月3日に見舞いに行ったばーさん(その日の日記参照)と
2月27日の日記に登場するばーさん(  同上    )は別人である。

前者が父方の祖母、
後者が母方の祖母である。

母方の祖母は現在、自由に歩けると言うほどではないまでも、
随分回復してきている。
もっとも、目が離せる状態ではないのだけれど。

父方の祖母は正月過ぎから・・・ずっと入院中だった。


病院に到着する。
父親が一人ベッドの隣に座っている。
心電図を表す機械(なんていうのだろう)が規則的な音を発する。
酸素ボンベがコポコポと泡を立てている。

ばあさんが規則的な寝息を立てている。

話し掛ければ時に反応をする。
時々何か答えようとするけれど、声が出せない。
そんな状態らしい。

夕方、伯母が来た時点で父親は一時帰宅した。
長丁場になると踏んでの交代だ。

伯母と二人になることなんて珍しい。
私は伯母と色々な話をした。

ずっと一人暮らしをしていたばーさんのことは、
私はあまりよく知らなかったのだ。

伯母は伯父と結婚する前からばーさんのことを知っていた。
仲良くもあり、仲悪くもあったらしい。
私の知らない色々な事を聞かせてくれた。

さらに数時間後、従兄の忠志(仮名)と従姉の奈美(仮名)が仕事を終えてきた。
後は忠志兄に任せて、今日は帰ろうということになった。

「1週間で2回以上会うなんて珍しいね」
確かに、奈美姉の言うとおりだ。
奈美姉とは7年、その上の由美姉(仮名)とは9年、忠志兄に至っては11年も
年が離れているのだ。
兄貴も含めて、私以外はみんな仕事をもっている。
先週の兄貴の結婚式ぐらいしか、今年全員そろう機会はなかったのだろう。

そう思うと、人、一人が生死の間を漂うというのはやはり大事なのだ。

駅で、別れ際に奈美姉ができるだけ明るく云った。

「じゃ、また明日ね。」



2001年03月08日(木)
就活な1日

第一部 朝から決断。

うたた寝から復活。
時計を見たら午前4時半。
それって寝たうちに入るのか?
山口君が帰ってからの3時間ちょっとしかたってないやん。

等といっていられないのも現実。
がばっと起き上がって書きかけの履歴書を完成。

これ、今日持っていくのよね。


そして、ある会社にメールを送る。

昨日はセミナーに参加させて頂き・・・云々。

やっぱり受ける気がしなかったあの会社。
エントリーシート出したけど受けないよ。棄てといて。
との旨をメールで送っておきました。

正直その会社の次の選考と同じ日に入っていたセミナーを削るほどには、
その会社には魅力を感じなかったという事です。

ご縁がなかったということで・・・。
この就職活動で私が企業相手に始めて出した不採用通知でもあります。
就職活動ではこういうこともきっとアリ。

さて、中途半端な時間で寝てもきっと寝過ごしてしまうだけでしょう。
これから日記の編集でも始めますか・・・。


こうして私の朝ははじまった。



第二部 午前のセミナーにて。

とある紳士服の会社セミナーです。
ここが・・・・凄かったんだ。

いや、わかってる。
もちろん、この人らが接客のプロだってことはよぉく分かってる。
でも・・・・。
あんたら演劇の練習でもやってんのか?

妙に発声が良いし、間の取り方もうまい、視線の配りも良い。
絶対舞台で練習してるでしょう!?
それ、入社1年経たない人の動きじゃないぞ!?

しかも、後からきた入社2年目の人はもっとすごかった。
上記の喋りの上に、体の動きが追加される。

妙に腰が低く、身振り手振りが大胆。
うなずく時も体全体、振り向く時も体全体。
なんだか女性的な印象を受けたその人は男前。

なんだかなぁ・・・・。

ま、いっか・・・・。
なんかうまく感想がまとめられないや、あはは。


第三部 午後の面接にて。

どうも、ここの会社とは縁がないのかもしれない。
ちゅうか、私が深層心理でやる気ないのかもしれない。
いや、実際結構やる気ありません。
そんな気持ちが表に出たのか、またやっちまいました。

前回印鑑押し忘れで履歴書提出できませんでした。
今回は印鑑も押し、写真もはり、書き漏らしもなく。
ばっちりじゃん、って思って行ったんですが。


廊下で面接待ってる人、みんな「2次面接」なんですよね。

「1次って集団でしたよ」
親切に教えてくれるが、どうやら次の面接は私一人らしい。

「適正検査の結果がよかったから1段階飛んだのでは?」
数学悪かったって感触だし、それは絶対違うな。

とにかくどうでもいいことで妙に緊張して、そして自分の番。
素早く履歴書を取り出す。

「1次面接アンケートは?」
「は?」

そんなの・・・あったっけ・・・あったっけ・・・?
あった・・・・。
いわれてみればあった。
大体、何で今日に限って私は、面接受ける会社の資料一つも持ってないの?
そら、前夜は(早朝か?)午前のセミナー会場調べるので大変だったけど・・・。
だからってそんな初歩的なミスをするかなぁ!?

もう・・・この会社は落ちたと思おう。
どうせやる気ないし。
でもとにかく勉強にはなった。
「初心わするるべからず」ってことで。


第四部 メールにて。

夜のことです。
家でテレビを見てボーっとしていた時。
2月23日の面接の時、一緒だった市原さん(仮名)からメールが届く。

「やっぱり適正検査で落ちてました。えへ。」

なんだか妙にショックでしたなぁ。
この人、なんていうか凄く友達作るの上手で、
面接前後のほかの学生への気配りやなんかを見てても、

「あ、この娘、受け答えはしどろもどろの時もあったけど、
 多分絶対うかってるだろうな。」

と思ったら、やっぱり1次面接は受かっていたらしい。

適正検査で落ちることはあまりないと聞いていたので、
数学が苦手とは言え、この人がここまでだったというのは残念だった。

面接なんかで仲良くなるのは良いけど、こういうときはつらいね。
たった10人の採用枠。
自分がちょっと尊敬できる学生が落ちて、自分が残った時。
本当に自分にそれだけの価値があるのかと考え込んでしまう。

仮に最後の(採用の)10人に残ったとして、
私はきちんとその会社に入社するのだろうか。
入社しなかったとしてその人たちに顔向けできるのだろうか?

でも、それだけは情に流されて決定する事はできない。
自分の人生がかかっているから。

ただ、
自分が残った背景には、他の人が落ちているという事実は忘れてはいけない。
そこにはそれだけの重みがあるということは。

なんか随分当たり前のことを再確認しながら、
当たり前のことがわかるようになっただけマシか。
と思った。


同時に思う。
ここで落ちる人、残る人がこうして出てきても、
もし同じ業界を目指すならきっとまたどっかで会うことだろう。
それが就職活動中か、就職後かはわからないが。

この就職活動を通しての様々な出会いは、
同じ業界の別の会社に就職するであろう私と彼らの顔見せの儀式なのではないか。
時にそんな風に思えてならない。

集団面接で「この人すごい」と思えた人がそこで落ちても。
私から見てそう思える人は、きっと他の会社の誰かが認めると思う。

私だって、この先この会社の2次面接、最終面接と最後まで勝ち抜けるかどうか、
それは終わってみなくてはわからないけど、
どこかの会社には必ず潜り込んでみせる。

そしたら、この前の集団面接で一緒だった6人は、
きっと来年には同じ業界に同じ年度入社した人間となるわけで。

そう考えたらなんか感慨深い。
今のこの人らとのこういったつながりを、
後々まで持っておけばなんか凄く面白い事になりそうな。
そんな気がする。

みんな、それぞれに行き先が決まったら連絡しようね。
そんで皆が落ち着いたら、約束どおり飲みに行こうね〜。

(ごちゃごちゃしててすんません。)



2001年03月07日(水)
いつか見える・・・きっとわかる・・・

今回タイトルと内容はあんまし関係ありません。
なんとなく大黒さんのCDが近くにあったんで、そこから。


○その1
「駄目だこりゃ♪」(←無論いかりやちょーすけさんで)

けだるい。
力いっぱいけだるい。

起きる気がしない。
だるいだるいだるいだるいだるい。

朝一が志望度の低い企業のセミナーだとこんなものなのか。
そういえばカッターシャツにアイロンもかかっていない。
一応形態安定のシャツなんで見た目は大丈夫なのだが・・・。
なんか気分的に一段落ちるのは否めない。

えっと、大阪駅から徒歩10分として、10時開始だから・・・。
で、30分前に到着するとして、
京橋から環状線・・・・

緻密な計算が頭を支配する。
脳内天秤の上では睡眠と就活がシーソーしている。
というか、この状況では明らかに睡欲が勝っている。
上記の計算(?)は少しでも多く睡眠を確保する経路の設定なのだ。

おし・・・。
眠い目をこすりこすり、仕方なく起きる。
やはり気分は乗らない。

IT業界というのは決して嫌いな業界ではない。
こうしてここで日記を書いているぐらいなのだから、
私の生活でも結構深い位置で結びついているはずなのだが、
人気の業界である事と、趣味と仕事を分けたい気持ちが強いからか、
私にとってあまり志望度の高い業界にはなりえなかった。

しかし一応は行っておかなくては・・・。
就職活動は義務感でするものではないと、後になって再確認した。

というぐらいなのだからあまり良いセミナーではなかったのだろう。
別にセミナーそのものに不満はなかったのだが、
集まっていた学生たちに不満があった。
リアクションが乏しい。
なんかあんましやる気のなさげな人が多いんですわ。

後で大東君と電話で話した時には、
「そういうところで違いを見せ付けんねんって。」
云われたけど、そういうのはどうもあわない。

私は決して私という個人ではなりたたない。
集団が存在して初めて個人が成り立つと思っている。
私と会社ではなく、私と周りの人と、そして会社。
つい、いつもこういう考え方をしてしまう。

目の前にいる採用担当者+周りにいる学生のうち何人かと、
将来一緒に仕事することになるかもしれない。

そんな事を想像してもピンと来なかったし、
無理に想像してもなんかやっぱり違うと感じた。

一応だが、エントリーシートには記入して帰った。



○その2
「会社に入った君がいる〜、大学残った俺がいる〜♪」(←ジョージアのCMで)

夜、大東君からの電話で、

「成績表が実家に送られているらしい」
旨を確認。

早速実家に電話して探させる。
電話口で風邪気味の母親に読み上げさせた結果、
今年度秋学期の単位はほぼ全部取れていたようだ。
1科目、取得できてるかどうかが微妙な単位の確認を忘れていたけれど、
取得単位数と前回まで取得した単位数によるとどうやら取れているらしい。

今回は・・・がんばったからね。
当然だよ。
なんてうそぶきながらもホッと胸をなでおろしている私。


そして、夜10時。
待ち合わせの時間到来。
卒業が決定した山口君(仮名)と養老の滝へ行ってきました。
以前から「関西はなれる前に一度飲みにいこう!」との約束だったので。

就職活動の話なんかをしながら、閉店ギリギリまで飲んでました。

昨年就職活動をした彼も、
「面接会場で隣の人に話し掛けた時のリアクション」
について私と同じ見解を持っていたようです。

つまり。

面接前の控え室。

〜〜〜〜〜話しかける側〜〜〜⇒〜〜〜〜〜話し掛けられる側〜〜〜〜〜〜〜〜 
男から男へ話し掛けた時。  ⇒ 一言、二言の返事、後はまた瞑想に戻る。
                どうやら面接の答えを考えているらしい。
女から男へ話し掛けた時。  ⇒ とりあえず愛想良く返してくれる。                     どうやら若干の下心が存在するらしい。
男女問わず女へ話し掛けた時。⇒ 本音はどうあれ楽しく話してくれる。
                どうやら話しているほうが落ち着くらしい。 
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
               
もちろん上記は「こういうことが多いね」というだけの話で、
「話しているほが落ち着く」いう男も結構いるようです。
でもやっぱりこういうケースが多いみたいですね。

そして山口君曰く。
「そうして仲良くなった女の子は就活が終わると消えていく・・・」
らしいのだ。(爆)


こんな風に山口君と飲むのは良く考えたら初めて。
大学入って最初に知り合った友人だったのだが、
お互いクラブ、サークルの志向は全然違ったため会うことも少なかった。
時々思い出したように連絡をとり、引越しを手伝ったりもしてもらった。

勤務地はどこになるかまだわからないらしいが、
とりあえず関東方面と考えてほぼ間違いないようだ。

関西から貴重なキャラがまた一人失われていく・・・。

まぁでも、彼とも本山君のようにどっかでばったりあうのだろう。


なにはともあれ、卒業決まったみなさん、おめでとうっ。



2001年03月06日(火)
睡魔はきまぐれに

はい、どうやらばっちり起きられたようです。

とはいえ、9時半に江坂に到着した私はあくびを必死で我慢しながら、
大同生命ビルを目指します。

10時には予定通りセミナーが開始されました。
眠かったのは当然ですが、興味は眠気を打ち消してくれるのでしょうか。
(時にそうでない時も多々あるが。)
約2時間の説明の間、私の目は爛々と輝いていました。

 ・・・大学でこんな事ができていれば苦労はしなかったろうに。
 云ってもせんないことながら、ついつい考えてしまうものです。

とまと&あそしえいつ。
それがその会社の名前でした。
地域密着型という響きは私にとって大変魅力的なものです。
面白い会社だ・・・と率直に感じました。


さて、午後は大阪市北区の郵政互助会ビルで・・・。

ってそれどこ?
江坂を離れる前に言い知れぬ不安がよぎります。

しかし
「OAPの轍は踏むまい。」
そう、次はあの時の会社の筆記試験なのでした。
北区の郵政互助会ビル・・・最寄り駅はどこなのだろう・・・。

おし、住所はわかってるんだからコンビニで地図を見ようっ。
当然のことですが店員さんに教えてもらうわけではありません。
売ってる地図を立ち読みするわけです。
この手段は住所がわかっているけどアクセス方法がわからない。
そんな時に案外便利です。

昔、大学に入ったばかりで、
京都の地理に全く通じていなかった頃よく使った方法でした。
(↑それこそ烏丸通と河原町通りの位置関係も知らなかった頃。)

数分後、コンビニから出てきた私は、
質素なお昼ご飯とお茶を携えていました。
どうやら目的地が特定できて気分上々、ついでに買い物でも・・・
ということだったようですね。


2時間の筆記試験、さっさと終わらせた私はまっすぐ帰るはずが、
なんとなくそこら辺をゆっくり歩きました。

帰り道、以前いた印刷会社の大阪営業所が目に入りました。

時間的にそれほど忙しい時間帯ではないはず。
遊びに行ってみようっ♪

6Fまでの道のりをあえて階段を使用する私。
忙しかったらすぐに帰ろう。
知ってる人がいなかったら、笑って誤魔化して逃げようか?
いやいや、ちゃんと京都の元バイトと説明して・・・・。

考えているうちに6Fに到着。
とりあえず入り口から中に向かって声をかけてみる。
「こんにちは〜」


受付に素早く現れる女性社員。
「はい、こんにちは〜」
私の安心した笑顔を見て一瞬動きが止まる。

1秒。
2秒経過。

そして、笑いが起きる。

「こんなとこで何してんの〜」

以前ベビスターラーメンJUMBOを下さった上多さんとの再会である。

「就職活動のついでに・・・。
 たまたま近くを通りかかったもんで。
 お忙しくなかったですか??」

この時期のこの時間はまぁ大丈夫だろう、
という大まかな計算の下立ち寄ってみたのだが、
(実際何度も近くへは着ていたが、
 忙しそうな時期には素通りしていたのだ。)
時ならぬ多忙さを見せることもあるので一応尋ねてみた。

どうやら大丈夫らしい。

その後、バイト先の事、就職活動のこと、色々と立話し。(←受付で)
通りかかる社員のみなさんが、

「就職活動?ええ会社あるで〜」
その先は聞かなくてもわかる・・・・。
同系統のネタに、

「を?うちの会社受けにきたんか?」
というのもあるぐらいなんだから。(そう云った人もいた)

みんな冗談とも本気ともつかぬ口調でそんな事をいいながら通り過ぎていく。
そんな彼らはほとんど初対面。
さすがは大阪営業所である。

「でも、うちの会社はやめといたほうがいいと思うで」
この時だけ上多さんの表情から笑顔が消えた。
どうやら本気でやばいらしい。
なんとかギリギリ、会社としてはやっていけるが、
その後の伸びが期待できない、とのことらしい。

なるほど・・・。
でも。

「もし半年ぐらいして就職決まらなかったらコネ・・・」
なんて軽口も忘れてはいけない。

それが関西人のコミュニケーションなのだから。

そして、
帰りの電車では疲労と眠気を思い出し、泥のように眠ったとのことだ。



2001年03月05日(月)

早朝5時半、私は実家の布団の中で目を覚ました。

・・・・。

人間正直な方がよろしいな。

訂正。
早朝5時45分、実家にて父親に起こされました。

そう、まだ実家にいたんです。
昨夜は一仕事終えた父親の晩酌に付き合い、
まぁ、京都まで戻ってられるはずもなく。

でも今日は朝から京都でセミナーがあるので、
ゆっくり寝てもいられず・・・。


あ、そうそう、木下君が今日から海外一人旅するので、
関空は無理としても新大阪まで見送りに行く事になったので、
京都へ向かう途中で新大阪にもよりました。

とにかく、早起きしなくてはいけなかったのです。

そんな状況下で頑張って新大阪に到着した私。
百田君も時間きっかりに登場。
木下君が時間通りに現れたのは当然。
・・・・。
一人足りない。
大東は何をしている・・・・?

彼に似合わない携帯電話を鳴らしてやっても・・・・

「・・・現在電波の届かないところにおられるか、電源が入っていない為・・・」

・・・・。
地下?
それとも電源切ってる??


再度チャレンジしているところに、百田君のPHSが鳴る。

「大東家」
えらいところからの着信である。

どうやら今起きたらしい。
・・・・。
ま、仕方ないか・・。
笋靴討ただけでもよしとしよう。

ま、とにもかくにも木下君は無事に旅立ちました。

私は京都まで戻り、午前中はある会社のセミナーを受けましたが、

「後で質疑応答の時間をとります。
 質問がなければこちらから当てますので、
 なにか質問を考えて置いてください。」

おいおい、その発言で私は随分やる気をなくしたぜ?
それ、云っててすごくナンセンスだと思わないかい?
あ〜、もう。
やめたやめた〜、この会社受けるの〜。

結局社長が語ってる間も後半部なんかはうとうと・・・って感じだった。
失礼だったかもしれないが。

言い訳するわけではないが、他に寝てる奴がいたのは知っている。
奴らは真ん中列のかなり前の方に2,3人はいた。
だから自分は悪くないというつもりはない。

でも、まぁ、あんましまじめに聞く気はしなかったのも事実。

次回会社訪問は電話で受付か・・・・。
いかなくても良いかな?
なんて思ってしまった。
ああ、ここにこんな書いたら多分マジで行かないかもね。(笑)


ところで今日、昨日分の日記結構適当かも。
実は先週金曜日から4日分の日記を今日まとめて編集しました。

・・・・すっげぇ眠い・・・・早く寝ないと明日もヤバイな・・・。
きちんと起きられえるのだろうか・・・。
朝7時半に京都を出発・・・。
すごく不安だ。

結果は明日報告。
御期待あれ。



2001年03月04日(日)
一大イベント

昨夜お話しましたとおり、
今日は兄貴の結婚式でした。

うーん、詳細はなんとなく語るの辞めときましょうかね、やっぱり。
なんか色々な事がめまぐるしく進んで、
長いようであっという間に終わってしまいました。
色々と思ったこともあるんだけど、なんか書くのはなぁ・・・。

せっかくだから私の胸にしまっておきます。(笑)
でも知りたい人には個人的にお話しましょう。
質問歓迎。(笑)

とりあえず、皆それぞれの役割を立派に果たし、
それなりに格好はつきました。
なかなか良い式に、披露宴になったのではないでしょうか?

それだけですね。

お幸せにな〜、兄様&義姉様。



ところで、でもやっぱりこれだけは書いておかねば。

「縁は異なもの」シリーズであります。

義姉の中学時代の友人が5人ほどいらっしゃってました。
その中に、一人、非常に珍しい名前の方がいらっしゃいました。

私、その方と同姓同名の方を知っていたんですね。
前のバイト先(某印刷会社)にいらっしゃった人なんですけれど・・・

「まさかね」

そう思っていたんですが・・・・。

「あれ、君、どうしてここにいるの??」

どうやらそのまさかだったようです。

「私は新郎の親族ですよ。
 西さん(仮名)こそどうして!?」
「私、新婦の中学校時代の・・・・」

あるんですね・・・・こういうことって。
ていうか、この人新婦の中学時代の友達ってことは・・・。
ああ、大体の年齢がわかってしまった。

ってことは、私との年齢差は・・・。
ひゃー、とてもそうは見えない。
私ぁ、てっきり2,3上ぐらいだとばっかり思ってたんだが。
随分若く見えるんですね・・・この人も。

なんて微妙に失礼かもしれない事を考えながら、
(女性を若く見るのは日本では失礼ではないよね?ね?)
世間の狭さを改めて実感したのでした。

本当、悪い事はできませんで、みなさん!!



2001年03月03日(土)
前夜

腕が痛い・・・。

昨日の午後はくらっくす京都店でボルダリングに興じすぎたか?
ボルダリングとは・・・
まぁクライミングの一形式と言ったところだ。
ロープは使わず、
比較的低い壁を登る。
高さなどよりも、むしろ一つ一つのムーブに重点をおく。
そういうものである。

ともあれ、自分では少し余力を残したつもりだったが、
疲れが溜まっていたのか随分ぐったりしてしまった。
いつのまにかうたた寝しており、そのままばたんきゅ-。

いつもなら起きてすぐの身支度にも時間がかかる。

今日もとある会社で適性検査。
なんか毎日やってる気がするが、そういう時期なのだろう。

今日の適正検査には楽しみがあった。
先週金曜日、土曜日の日記に登場している、
松嶋さんと大田君に再び会うであろうことがわかっていたからだ。

偶然にも二人とも今日の予定が同じだったのだ。


開場の30分以上前に到着したが、

「15分前まで開きませんので」

とのこと。
仕方ない・・・待ちますか。

廊下にどんどん人が集まってくる。
その中に大田君の姿が見え、松嶋さんもあらわれる。

「あはは、久しぶり」
「1週間ぶりかな?」

少しでも見知った人間がいると、こういう時とても安心できる。
適正検査自体は一昨日のものとそう変わらず、
まぁ、これで落ちることも少ないと聞くので安心。

検査終了後、大阪梅田で午後バイトの松嶋さんと別れると、
大田君と二人でマクドナルドへ行く。

何故かこういう流れだと、何の違和感もなくマクドへ行ってしまう。

・・・・。
「野菜生活80円」

最近ではこんなもの置いてるんですね・・・。

「それ、バリューセットにつけられますか?」
「野菜生活はデザート扱いになってしまうんですよ。」

・・・・・左様ですか。

他所で見たことないんですが、
場所柄、野菜も一緒に売らなくては行けないんでしょうかね?
(大阪梅田、忙しいビジネスマン多数通行と推察。)

なんて他愛もない話をビッグマックをたべながら繰り広げる。

「次の面接はばらけちゃったけど、
 先の選考へ進んだらどっかでまた会うかもねっ」

そういいながら解散。

会えたらいいねっ。
って、二人とも携帯番号、メアドおさえてるんだけどね、実は。(笑)


午後はまるまる部屋の掃除や洗濯、洗濯物の乾燥にあてた。
コインランドリーまで導入せんことにゃ、洗濯が間にあいやしない。
カッターシャツも残り少ないんだからっ。

で、やっとこさ片付いたら今度は実家へ戻る。

実家じゃぁ兄と父と母がなにやら綿密に打ち合わせ。
・・・・。
なにやらじゃねーよなぁ・・・。

明日の兄貴の結婚式の打ち合わせであります、もちろんのこと。

実は実は、私兄の奥さんになる人(要するに私の義理の姉になる人)って、
まだ一度も会ってなかったりするんですね。
たまたま機会がなくて・・・。

実は明日はそれも楽しみだったりして。

さ〜、お兄さん、お父さん、お母さん。
みんなしっかりできますかね。
緊張のあまりとちったらあきませんよ〜。
(私は今回は一番気楽な立場。
  兄に「お前も自分の番になったらわかるわ」と云われたりもしたけど・・・)












2001年03月02日(金)
「縁は異なもの・・・。」

まだ薄暗い早朝の事。
私は光あふれるパソコンのディスプレイを見つめていた。
眠い目をこすりながらも、なけなしの頭脳を必死で回転させている。
苦手な計算と様々な要素を分析した結果を総合し、
かろうじて一つの決断を下す。

「じゃ、今日のセミナーキャンセルってことで♪」

さようならD実業蝓
貴方たちとの縁もここまででしょう。

残念ですが、

<<3月4日正式オープンを前にして、
 大阪店の会員証を持っている方は3/2、3/3の2日間登り放題!!
 クライミングジムくらっくす京都店>>

この素晴らしく魅力的な誘い程には、
貴方たちへ興味を抱く事は私にはできなかったようです。

もしかしたら、なんて云うのはよしましょう。

時には息抜きも必要。
人生にはゆとりが大切。

タイミングが悪かったと割り切ってください。


それはさておき。
こうして午後の余暇をキープ(?)した私は、意気揚々と午前の活動を開始した。

本日は2月8日にセミナーを受けた会社の適性検査。
全部で3回ある適性検査の一回目である。

適正検査3回なんてはっきり言って多すぎるというものだ。
が、ここはただたくさん適性検査を行うだけではない。

なんと3回とも、その結果をフィードバックしてくれるらしいのだ。

これはこの会社を受けない人にとってもなかなか有意義な事なのではないか?
もっとも、実際自分にどんな適正がある、という単純な事ではなく、

その検査でどの程度の事までわかるのか、
それがどの程度信用できそうなのか、
そういうことがわかるだけでも価値はあるかもしれない。


今日のは「くれぺりん」とかいう検査。
用紙全体に並んだ数字の隣り合ったものを順々に足していくという・・・。
それが15分×2回繰り返されるという。(もっとか?)
なかなかに気の滅入る検査だった。

適性検査・・・後2回やるの・・・マジで?
こんなのは、この1回だけよね?

腕がつりそうになったわ・・・まったく・・・・。


ところで、ただ検査だけするわけではないのがこの会社である。
続いて質疑応答の時間もとってもらえた。

あらかじめ渡されていた質問カードに質問を書き込み、
それを回収した人事担当者が一つづつ名前と質問を読み上げ、回答していく。
そういう形式。


この時、少々驚くべき事が起こった。

「次の質問は・・・K大学、本山さん(仮名)」

ビクッ。

・・・まさかぁっ!?

確か同じ高校卒業で本山って奴がいたけど・・・まさか??
うう、私よりかなり後ろの方の席だ、振り返りたい・・・。
振り返って確認したい・・・でも。

今振り返ったら相手の思うつぼだ。

この思いが揺れ動く私の心を必死で止めてくれた。

ここで簡単に動いて、相手にその様子を見られ、
あまつさえ目が合ってしまっちゃったりなんかした日にぁあ!!

(にやっ)

って笑われるのは目に見えているんだぞ!?
大体私の質問はもう終わっている。
相手にこちらの名前(案外珍しい)は確認されているんだ。
こちらは圧倒的に不利な状況にいるんだ。

そんなやくたいもない考えばかりで頭はいっぱいになってしまった。
気がついたときには、質疑応答は終了。
次回の予定を聞いて解散とあいなった。

素早く荷物をまとめて帰り支度をして、さりげなく振り向く。

・・・・・・。
いない・・・・?

もう、帰ったのか、人違いだったのか??

・・・・・。
・・・・・・いた。

人ごみの後ろから、明らかにこちらを意識している視線が一つ。
煌めく両目には意地悪な光が宿っている。

間違いない、本人だ。
全然顔変わってねーでやんの。

「お久しぶりです。」

はい、お久しぶり。
この人は本当に・・・私の人生の節目に登場するんだから・・・・。

ここで簡単に本山氏と私のつながりについて触れておこう。
別に我々は特別仲良しの親友でもなんでもない。
普通に言うところの友達づきあいもほとんどしていない。

だが、それこそ腐れ縁というのか、なんか妙な場面で出くわすのだ。

始めてあったのは小学校、いや中学校か?
とにかくその頃通っていた塾で出会ったのだ。

仲が良かったわけでもなく、かといって悪くもなく。
普通に話ぐらいはしたかもしれない。
他の全くそりのあわない連中よりは、少しはマシだったかもしれない。

そして、我々は高校受験を向かえる。
同じ中学で私が通った高校へ進学したのは私を含め3人。

同じ塾でその高校へ進学したのは私を含め2人。
もちろん、そのもう一人が本山君なのだ。

高校時代は、クラスが違った事もあり、
結局それ以上特別仲が良くなる事は、やはりなかった。

家は割と近くなので、帰りの電車で一緒になって、
たまたま一緒に帰ることは結構あった。
でも、やはりそれだけの関係。

やがて大学受験、前述の通りそれぞれ現役で別々の大学に合格。

そう、二人とも現役で別々の大学に進学しているのだが・・・・。


「なんで今年就職活動してるの!?」

二人がお互いに向けて言った言葉である。
どうやら、二人とも卒業は1年遅いようである。
これを、腐れ縁と云わずして何と言おう!?

まだある。

くしくも、再会した場所が場所だった。

「なぁ。ここって本社やったらしいで。知ってた?」
「あんだけ毎日、前通ってたのになぁ・・・」

15から18の間。
毎朝毎夕重い荷物を持って歩いていた、或いは走っていた通学路。
その途中ある会社で、私たちは再会したのである。

「適正検査、後2回あるから後2回はここで会うな・・・。」

縁は異なもの・・・・、因果なものである。



2001年03月01日(木)
え?実は最終面接!?

布団に入って志望動機なんか考えたら駄目です。

そんなことして寝付けるわけがない。

やはりすぐには寝付けませんでした。


そして。

朝5時半にきちっと起きられました。


朝電車の中で新聞を読んでたらヤバイ記事を見てしまった。

「イトーヨーカ堂2位に転落。
 ジャスコ1位浮上。」

営業利益の話らしいです。
・・・・。
私、結構とんでもないところ受けるんですね。
緊張感は高まりました。


会場にはなんか早く着いてしまい、まだ控え室はあいておりませんでした。

部屋の外の椅子に座って待っていると。

「あ、うちの面接?」

とおじちゃんが座ってきます。

・・・・前回私を面接してくれた感じのいい人です。
噂では人事部長です。(どこの噂やねん)

なんか部屋の用意ができるまで色々と世間話をしてしまいました。


やがて控え室の準備ができ、採用担当のお姉さんに案内してもらいました。
中々面白い人で。
待ってる時間緊張がほぐれたのは良いのですが。

「早い人は今日で面接終わりですからねー。」

・・・・。
じゃぁ、人によってはさり気に最終面接ですか?

なるほどなるほど、こういうことね。


○極めてよい⇒内々定 (15日までに電話で通知。)
○そこそこ。⇒3時面接 (封書にて連絡)
○駄目⇒さようなら。(通知なし)

はぁ、一気に緊張が最高潮にまで高まりました。

そして今日の面接の順番。

はい、なんかそんな気はしてましたが、私が1番でした。
いいよ、最期まで待っていられるものか。
早く終わってくれ。
って感じで受けました。

さぁ、鬼が出るか蛇が出るか。
結果は2週間以内。
どきどきです。


そうそう、控え室で前回一緒の面接のグループだったマツダ君と再会しました。
なんか彼とはまた会いそうな気がしていました。

実は彼、変な人だったんです。
どうやら彼は、この会社をこよなく愛してしまっているらしい。
色々と爆笑のエピソードはあるのですが、それは割愛。

どうでもいいのですが、喋り方、声などが衣田君にそっくりでした。

「君、マツダ君だよな?」
「うん。そうやで」
「衣田じゃねーよな?」
「は?なにそれ?」

なんとなくリアクションも似てる。

「いや、知り合いで声と喋り方がそっくりな奴がいたから。」
「その人のほうが俺に似てるんやわ。」

・・・・言う事までいっしょでやんの。

顔さえ見なけりゃ本人としか思えないんだがなぁ・・・・。
口の悪いところまで似てるし・・・。

まぁ、皆まで言うまい。


とにかくここまでが午前中の話。

午後は某和食レストランの適性検査。
今日から交通費が出ました。
これはありがたい。

そして、どうやら今日私が行ったのはイレギュラーだったらしい。

「僕の頭の中では君は明日来る事になってるんですが、、、なんでいるの?」

ははぁ・・・。
9人しか入らない部屋に何故か10人いるわけですね。
いや、でも私は1日の14時から来るようにいわれたのですが・・・。
むぅ。

なんだ、本来私ぁ明日来るはずの人だったのか。
明日くれば良かった。
そしたら前の面接の時いた、
R大のちょっと素敵な人にも会えたかもしれないのに。(爆)

冗談はまぁそこそこにして。(?)

適性検査っていってもSPI。
もう、これは運も実力のうちと思うしかないわな。

国語、数学はまぁできたかな?
できてないとしても皆同じようなもんだろう。

問題は性格診断の問題。
200問以上・・・いや、もっとか。
とにかくたくさんありやがんの。


これはちゃんと応えられたか自信ない。
直感で応えたら、なんか始めと終わりのほうで矛盾した答えになったりしてるし。
こまったもんだね。
やれやれ。


もう疲れたー。
今日はー。

とか言いながら、昨夜なくなった分の代わりに、
また新たにカレーを作り始めた阿呆な私。

家空けることが多いので、ご飯用意しておいてカレーを暖めれば、
すぐに晩飯にありつける・・・。

そんな状態を考えて、最近の食事はカレーバッカシデス。
カレーばっか死するかも・・・。(しねーって。)


ふぅ・・・・疲れた・・・。
あかん、、、、なんか文章へたくそ・・・最近特に。
疲れが取れてないのねーきっとねー。
(いいわけ中。)