NY州在住 <旧『東京在住』・旧旧『NY在住』>
kiyo



 何?突然?自転車暴走族。

 さて、これは絶対『NY在住』に載せなければ!と思ったネタです。SOHO(明日紹介予定)からイーストビレッジのほうに普通に歩いていたら突然、雄たけびを上げなら数千台の自転車の群れが前方から走ってくるじゃありませんか!もう十分以上もその列が途切れないのでびっくりです。はじめは何事かと思ったのだけれども・・・、どうやらブッシュ大統領再選反対のデモのようなものかもしれません。(そんな旗をもった人が大勢いた)エイズ予防を訴えて街中で裸になった人が逮捕されたニュースを見ましたが、いずれにしても平和でいいですよね。どっかの国なんて暴力的なデモで有名ですもんね。シアトルのWTOの会議のときはずいぶん荒れたようですが、あれ以来ずいぶんおとなしいんじゃないですか?この国のデモは。そりゃ、マイケル=ムーアに代表されるように、あれだけプロ市民も洗練されれば暴力じゃなくても十分アピールできるのでしょう。
 いずれにしても、途切れることのない自転車の列は勿論信号無視でした。というわけで、歩行者が渡るのも精一杯。車は大渋滞でキレたドライバーのクラクションと叫び声も響いておりました。難儀なことです。

道路中一杯に自転車行列が!!まるで大名行列!

2004年08月31日(火)



 沈む夕日で乾杯は出来るか?

 朝・夜が暑いのは東京だけのことなんじゃないかと思います。ま、東京に比べればNYの暑さは十分エンジョイできるレベルなのでずいぶん気に入っているわけですが。というわけで、夕方ころに公園にけば、涼しくなって、そしてまた、日差しの強かった夏の残り香が漂う良い感じの環境でジョギングや犬の散歩を楽しむ人を多く見かけます。私はそれほどお酒が好きではないのでよくわかりませんが、友人の多くはこのベンチでお酒が呑むことが出来れば、ということをよく口にしています。さて、なぜ「・・・れば(英語で言えばwishやwould haveといったところでしょうか)」という話なのでしょうか。そうです、NY市では、野外でお酒を飲むことは禁止されているらしいのですね。理由はわかりません。とりあえずフランス人とスペイン人は毎度毎度「stupid country」と嘆いておりました。ま、それでも紙袋などでカバーをしたりすれば、公園警察の人も見て見ぬふりをするといううわさですが。



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こんな風景の中、仕事終わりに乾杯をしたいですか?

2004年08月29日(日)



 Six Flags

 ちょっと前のことになってしまうのですが、親しい友人の誕生日会もかねて「Six Flags」というテーマパークへ。私は知らなかったのですが、どうやら全米にあり、世界各地にもあるそうです。NYの人々がテーマパークといったらsixflagsみたいです。(東京の人には東京ディズニーランドのようなものでしょうか。)イメージとしてはディズニーのようなやわらかい感じのものではなく、富士急ハイランドのような絶叫系のマシーンが数多くあるところでした。実際、コースター系だけでも10機くらいあったように思います。NYから車で一時間ちょっと、ニュージャージーにあるのですが平日に行っても混んでいること!ファストパスのシステムも導入されていて効率的に乗れば結構楽しめるのですが、それでも日に焼けまくってしまいました。ちょっとだけ感じたのは、こういうのはアメリカが本場でどこも追随できないかと思っていましたが、富士急並?人は贅沢や興奮を求める気持ちは際限がないものですね。ちょ〜〜広大な敷地にある辺りがアメリカですが個別の機種にすれば日本でも楽しめないこともない、かも?

↑賽銭みたいなものです。是非。
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 コースターのレールが絡んでいる。

2004年08月28日(土)



 住宅事情と猫。

 さて、NYの住宅事情は経済情勢に過敏に反応しているらしく、好調の米経済を反映してからなかなか大変なのは私は身にもって知っているし、きっとみんなもわかってくれたのではないかと思います。みんなへ家捜しには四苦八苦。そんな中フランス人の友達が住んでいるアパートにいったんですよ。どうやら家主は夏の間中バカンスに出かけているとかで、住めるようになったみたい。そこで目撃したのはベッドで横たわる二つの毛の塊。そうです、猫です。どうやら彼は交渉の末、猫の世話と引き換えに、この家に住んでいいこととディスカウントに成功したらしいのですね。そんなケースはさまざま。友人はヨークシャーテリアの散歩をしたりしてるし。日本人同士の除法交換掲示板でも猫の世話をしてくれたら住んでください、などの書き込みもちらほら。集合住宅しかないこの街でかくも多くのペットがすんでいるのだから、そりゃ、どこかに住めばペットと一緒に住むことになるんでしょう。



↑ありがとうにゃー。
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たっぷりと太った猫です。持ったら重かった。
なぜ君は自分のベッドで寝ないのかな?

2004年08月25日(水)



 私はホームレス

 さて、通常版の再開です。これからは毎日がんばって更新したいと思います。(旅行版は旅行版で数日分の労力をかかちゃったんです!)私は八月の初めから昨日まで自分の住むところがありませんでした。というわけで旅行に行ったわけですが、帰ってからも部屋がないことは変わりませんでした。そんな私がどうしたかといえば、引越し先に大部分はダンボールに詰めておかせてもらっていたのですが、それでも巨大な荷物をかかえマンハッタン中をさまよっておりました。友達の家に泊まっていたのが大半ですが、時には学校のホールのソファで寝ていたこともあります。まるでホームレスです。ボブサップ見たいな巨大な黒人ガードマンに起こされるのはそりゃもう恐怖です。そんな生活も昨日で最後。昨日はたっぷり自分のベッドで一人で部屋で寝たわけです。ひさしぶりだー。

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こんな感じでスーツケースと大きなかばん二つ抱えて彷徨っていた。

2004年08月24日(火)



 『NY在住特別編ぁ戞舛修靴道笋呂修海砲い拭Ε殴謄スバーグ・ペンシルバニア〜

 ゲティスバーグのアンティークプチホテルで夜を明かした私は(連日モーテルだったので、おきたときはびっくりした)、午前中はもう少しこの街で過ごしてみようと思ったのです。というわけで、ゲティスバーグめぐりツアーに参加することに。ところで、旅行に来て思ったのだけど小さなツアーがそこいらじゅうにあるから面白いし、楽ですよね。数ドル払っていろんなツアーがある。馬に乗ったり、バイクに乗ったり、史跡を巡ったり、いろいろ。勿論わがNYにもあります。あまりに目立つのであんまり乗る気にはなりませんが。

 こんなバスで、二時間のツアーです。座席にはヘッドホンがついていて、それを装着して、バスガイドさんの説明と、南北戦争を模したラジオドラマをあわせて聴きながらのツアー。





↑エンピツ投票ボタンにもなってます。是非一票。

多謝

 ちょ〜〜〜〜広大な戦場跡を中心にめぐるのですが、はっきりいってどの戦場も私にしてみればどれも荒野です。びっくりするのは野原にしておくのではなく、ちゃんと草を刈って芝生にしてあることですね。もうひとつ考えさせられたのが、何百と立派な石碑が散在していることです。

 こんな感じで石碑がいろいろたっています。二百年以上昔の話ですよ。イオー島やノルマンディとはわけが違う。なのに今でも次々と新しく石碑が設置されているようです。関ヶ原に行ったことありませんが、そんなことないですよね?南北戦争はどんなメンタリティを持ってアメリカ人の心にあるのかどうしても知りたいと思いました。ま、いずれにしても荒野です。
 たまに、高台に行って、見下ろすんですが、こういう森と平原が点在する場所で激戦が行われたとは思えないほど、静かで美しい場所でした。


 というわけで、見渡す限りの平原でたまに鹿さんの群れなどを見ながらドライブを続けたところ、ペンシルバニアにたどり着きました。ペンシルバニアは何度か、今回の旅行で出入りをしているのですが、とても良いところですね。歴史の重みを感じながらかつ、アメリカの自由な雰囲気を楽しめる。あほで間抜けなアメリカ人のイメージとは程遠い感じです。高速道路を乗っていてこれは考え物だ!と思ったのは、看板に「next atraction」と見所が乗っていることですね。勿論高速道路料金はただなので軽い気持ちで下りてしまいます。そんなわけで目的地似つかないつかない。寄り道なんだか目的地なんだかわからなくなります。ここもそんな感じで行きました。

 高速道路の標識を見るとワイナリーとあるじゃないですか。標識にのっているくらいだから、きっと見学も出来るだろうと探してみるとそのとおり。ワイナリーを栽培・醸造過程までそのおうちの娘さんが丁寧に説明してくれました。一対一なので緊張したものです。説明が終わるとテイスティング・販売コーナーへ。

 樽であるオークの香り漂う店内で、そこで作っている16種の銘柄のワインをテイスティングすることが出来ました。驚いたのは「ナイアガラ」というワイン。まるでジュースのような糖度の白ワイン。それでいてアルコールとのど越しの軽さがジュースとは違った重みと心地よさを与えてくれます。とりあえずお土産用に6本購入。テイスティングしただけですが、お酒にとてもとても弱い私はほろ酔いの危険運転を田舎道(田舎道でよかった)で運転再開。それでも道に迷わない自分を自分でほめたりして・・・。
 そんなこんなでまた各所を転々としながら「あーそろそろNYに帰るかね」という気分に。ニュージャージーからジョージワシントンブリッジを通ればそこはNYです。なぜかNYに入るときだけ通行料がかかるこの橋。

 車だらけでこの写真を撮るのは決死のことだったんだから!(いや、とらなくてもいいのは知っています)





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 というわけで、荷物を自室に下ろしてからレンタカーの返却場所であるラガーディア空港に行き、今回のドライブは終わりです。走行距離約2200マイル。一人旅でしたが十分楽しむことが出来ました。なんといってもうすぺっらなイメージが強いアメリカ文化ですが、十分に歴史があり、自分の国や家族・権利のために決死の営みを送っていた人がいたわけです。そんな人々の息吹をアメリカ東部をさまよっていると感じることが出来るでしょう。

 最後に、数日間だけでしたが苦楽をともにしたレンタカーの写真を取らせてもって家路に着きました。翌日は実に十時間以上も寝てしまいました。お土産ほしい人はメールくださいね。発送します。
 というわけで、明日からは普通の「NY在住」を再開するとしましょう。

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2004年08月14日(土)



 『NY在住特別編』〜そして私はそこにいた・アパラチア山脈・ゲティスバーグ〜

 さて、本当は私テネシーに行ってみたかったんです。なぜテネシーかって。。。いや、理由はなくて、一番田舎かな?っていう感じ。あと学校の先生が生まれがテネシーでそのころテネシー州は貧しくてウサギとか普通に食べてたって話を聞いたものですから、よほど田舎を見ることが出来るかと思ったんですよ。
 というわけで、一路テネシー州に向けて進路をとります。すると、地図を読んでいるとアパラチア山脈の分水嶺沿いに約1000キロ弱にわたってドライブ専用道路が通っていることに気づきました。そこは商用車(トラックとか)は通行が禁止されているところ。

 こんな森の中の山道が続きます。相変わらず天気はよくないものの、車の窓を開けるとマイナスイオンの香り満点です( ゚∀゚) 気分よくドライブしていると、昔一生懸命山の中友達の車で練習したドリフトなんかもしてみたくなります。ちょうどレンタカーなことですし、カーブで思いっきりサイドを引いてみたりして遊んでしまいます。アメリカはいいですね。誰もいないから。対向車なんてほとんどありません。そうこうしている内に、だんだん山頂部に近づき、山頂沿いにず〜〜っと道が続きます。左右いずれも雄大な景色!!アメリカの内陸部と東部沿岸地帯を分ける大山脈だけあります。

 という、景色を眺めながら走るわけですね。さらに展望台も各所に設けられていて、さすがに1000キロも続くのはアメリカってところでしょう。箱根のスカイラインもせいぜい数十キロですものね。飽きる。というわけで、山を降りてテネシーの田園地帯を探検です。いやー延々とトウモロコシ畑と、牧場が続きます。ちょっとだけ高原地帯なのか、絵に描いたような高原の景色が続きます。見たことありませんが『大草原の小さな家』はまさにこんな感じなのかと想像されます。

 ハイジっていってもいいかもしれません。いや、どうだろう。もっと山をおりると、牛さんや馬さんが延々と遊んだり寝たり(多くは寝ている)しています。車を止めてなんどかちかづいてみるのですが、牛さんはすぐ逃げてしまいます。そんな中、子牛は逃げずにちょっとだけ私の好奇心を持ってくれました。ハイチーズ!

 耳につけたタグがかわいさをより際立たせていると思いませんか?そして表情からも私に対する不信感はいっぱい伝わってきます。_| ̄|○
 そして、走ること、百数十マイル。ペンシルバニア州に戻ってきました。(この間バンダービルド大学などを見学。趣味過ぎるので割愛。)州に入った瞬間にドライブインに充実した観光案内所があるので、そこで情報収集。目に付いたのが「ゲティスバーグ」。私はアメリカ史についてほとんど知りませんが、ゲティスバーグくらい、南北戦争の激戦地だったことを知っています。それくらい有名。案内所のおばさんに聞いたところそこから一時間半くらいでいけるとのことでそこに向かいます。ついてみるとどういうことでしょう!南北戦争当時の町並みがそのままで生活を営んでいるじゃありませんか!(いや、実際には前述したように南北戦争が何年にあり、どんな時代背景で生活風景であったかなどの考証ができるほど知らないので、とりあえず時代劇っぽいってことです。_| ̄|○)

 町並みをそのまま保存して観光地として栄えております。小さな町なので車を置けば、歩いて見学が出来るほどです。ところが、世界中から人が集まるような観光地ではないので、チープな感じがないんですよ!!軽井沢ではなく、奈良吉野のようなものでしょうか。東洋人は私一人。ところが観光客でにぎわっている。そんなところです。すべて家具がアンティークで出来ていて、部屋数がわずか数室というプチホテルがいくつも散見されます。ほかは写真館やレストラン・みやげ物やなどです。ショウウィンドウにはどれもアメリカの歴史と気風を感じさせるかわいい品物が並んでいて目を楽しませてくれます。

 日々、チーズとクラッカーだけで朝六時から夜十時過ぎまで車移動を続けていただけの生活だったので、ここらでおいしいものを食べておくかといい感じのレストランに入って見ます。そこは伝統的なその地方の料理を食べさせるお店です。基本的に、牛・豚・鶏のしかも内臓以外の部分しか食べられない私なので、メニューにしらない鳥(七面鳥とかそういう系)とかみたときはうなってしまいます。とりあえず無難にチキンソテーとポテトチャウダーを注文。するといろいろついてくる。まるで韓国料理のようです。

右上にあるアップルバターというものがとてもおいしかったのが印象的です。その他はオールジャムです。すべてがあったか甘いか、つめた甘い。びっくりした。オレンジソースとかフランス料理などでありますが、すべてイチゴがオレンジかそんな感じの果実ジャムで味付けされています。おいしいものもあれば、そうでないものも・・・。基本的に暖かい果物が苦手な私にはこれも経験、と口に運んでおりました。ちなみに写真のサラダのドレッシングもイチゴジャムドレッシングです。_| ̄|○
 ゲティスバーグの町はどうやら市街戦が行われたらしいのですね。というわけで町中に悲惨な逸話があるとかで、心霊ツアーがそこらじゅうで行われています。私もひとつ参加してみることにしました。





↑久しぶりに値段あてクイズ

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 カンデラを下げた、昔風コスプ・・・、いや、コスチュームを着たおばさんが私たちを案内してくれます。夜十時出発の一時間半コースです。

真夜中の街で、井戸だったり、ビルだったりそれぞれまつわる怖い話を、こわそーに話してくれます。英語が苦手な私にもちょっとだけ、あー怖そうに話しているんだなー、結構うまいじゃん、ってわかるほど上手い話し方でした。最後に墓場に行くんですが・・・。心霊ツアーがたくさんあるおかげで真夜中なのに大賑わい。これじゃ幽霊が出る隙も、怖がる余裕もありません・・・。w 心霊写真が取れるというビルで写真を撮ってみたのですが、やはり写ってませんでした。
 というわけで、町中を引き回され、ところどころで怖い話を聞いて回ったのでゲティスバーグのアンティークプチホテルも、いつものモーテルと同じ、ただ寝るだけの場所になってその日は終わったのです。ちゃんと翌日エンジョイしたので良しとしましょう・・・。

2004年08月13日(金)



 『NY在住特別編◆戞舛修靴道笋呂修海砲い拭ΕΕリアムスバーグ・ノーフォーク〜

 ワシントンからすぐ南にあるリッチモンドの町から海(東)に向かうとウィリアムスバーグという小さな町に着きます。この街にはアメリカで唯一スカンセンがあります。400年前のイギリス統治時代の建物がそのまま残されたエリアで、入場料を支払って入ると、そこは数百年前そのもの。すべての建物で当時のままの衣装と方法で生活の営みを再現されているところです。

 広いエリアがそのまま時代劇のよう。イギリス統治時代人々がどんな暮らしをしていたのかが散歩をし、雰囲気を楽しみながら学べるわけです。生活を再現してくれている人は質問には何でも答えてくれますし、時には小さな案内ツアーもあります。

 これがイギリスからきた植民地時代のガバナー(総督?)の家。これはツアーでまわります。ベッドが良い感じです。っていうか、憧れ?こういう豪華絢爛な建物のほかにも、下の写真のように皮職人や鉄砲職人の家があり、自由に入って工作過程を見学できるわけですね。

 クラフトマンっていう感じがよく出ています。とってもやさしく説明してくれました。(そりゃそうだ、下手な英語で質問するんだから)

 鉄砲職人は手を動かすよりも説明するほうがご執心でした(笑)。いや、結構技術的にすごいのよ。っていうか、毎日鉄砲作っているとやっぱりああいう職人顔になるものなんですね。このほかにも料理場を再現して当時のパンや食事を味見させてくれたりするコーナーもあります。勿論、この中にレストランもあって、当時の料理を食べることも出来るみたいです。暑い中広大な敷地を歩き回って食欲を失ったので食べませんでしたが・・・。_| ̄|○
 さて、そんなスカンセンを体験した私は目的地、ノーフォークを目指します。地理的には西から、リッチモンド→ウィリアムスバーグ→ノーフォークとなっています。ちょうど行き先に見つけたのがウィリアムスバーグのスカンセンというわけですね。ノーフォークはまったく持って私の趣味です。そうです。船の写真を撮ることです。大西洋最大の軍港、ノーフォーク。アメリカ版横須賀みたいなものです。
 とりあえず、博物館と、海軍基地ツアーと、軍港フェリーを事前に予約♪心躍り、疲れが見えてきた運転の旅ですがへっちゃらです。
 

 いや、博物館がすごい。何がすごいって歴史よりも何よりもイージスシステム紹介コーナーがあるじゃないですか。日本とアメリカだけが持っているイージスシステム搭載艦。そのイージスシステムを紹介するコーナーがあるとは・・・。なんとその内部では、お姉さんによる説明が数十分ごとに繰り返されている。しかも、軍艦内部のCIC(戦闘情報センター;軍艦の中心部みたいなもの)が再現された施設で!これがそれ。

 本職の軍人さんが、戦闘シュミレーションと、訓練体験と、戦闘シーンの再現をしてくれる15分から20分くらいのエキシビジョンです。会場自衛隊博物館にもこんなのあったら良いですね。どうだろう、世界に冠たる掃海部隊のシステム展示とか・・・。
 この博物館の付属施設として巨大な戦艦が隣に停泊しています。戦艦ウィスコンシンです。年鑑によると海軍の籍をはずれているわけじゃないんですね。(ということは使う気か?どこで?)第二次大戦から朝鮮戦争・ベトナム戦争とアメリカ海軍を長きにわたって支え続けたシンボル的な船ですよね。ミサイルとレーダーに取って代わられるまえの古きよき時代をかもし出してくれています。
 
 自慢の16インチ砲。戦艦「大和」「武蔵」は排水量からも砲塔の大きさからもこれを上回っていたわけだから驚きですよね。
 軍港ノーフォークならではの博物館と海軍基地を見学した後はいよいよフェリーツアーです。確か、博物館で15ドルで、もう1ドル払うとフェリーツアーのチケットもついてきた。お得極まりない。港に出るとすぐにみつけられるのが、ドッグ(船を修理する工場)です。当日は、iwojima級強襲揚陸艦がドッグに入っておりました。バウドームから全景を撮影できるチャンスでしたので、やっぱり笑顔がこぼれます。たとえ雨がふっていても・・・・。(そうです。やっぱりまた雨が降ってきました)

 艦名を聞き漏らしてしまいました。フェリーツアーでは停泊中のほぼ全艦艇を見ることが出来ました。日本でさえイージス艦は数隻運用しているだけなのに(そうえいば韓国が導入すると聞いた事がありますが、あの技術力と錬度ではまだ無理でしょう。導入しても運用するのに15年はかかるんじゃないですか?だってミラージュ戦闘機だってまともに動かせていていないらしい。)4・50隻がずらずら並んでいるのを見ると、この国はいったいどこ戦争する気なんだろう・・・と考えてしまいます。海軍だけでどこの国でも制圧できるんだろうね。っていうかこれだけあると食傷気味で目新しさの何もない。だって、原子力空母ですら三隻並んでいるんだよ!サマー・パルス2004(ほぼ全戦力を投入しての世界的な演習)が終わったんでしょうか?北大西洋艦隊のほぼすべての艦艇を撮影できたのはうれしいことです。


 こんな感じでほぼすべてがイージスフリゲート。たまに、指揮艦「ブルーリッジ」など珍しい艦を撮影することが出来てやっぱり幸せでした♪
 ほとんど一眼レフで撮影したので、今度別のコーナーで紹介させてください。というわけで、大興奮のノーフォークを後にして、次はテネシー州の田舎へと旅立ったのでした。

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2004年08月12日(木)



 『NY在住特別編 戞舛修靴道笋呂修海砲い拭Ε錺轡鵐肇鵝

 さて、私は8月6日に学校の寮を追い出されてから、やっとのことで探し当てたアパートすら21日からの入居ということで、ジプシー状態に。これを機会に旅に出ることにしました。コンセプトは、あんまりメジャーではなく、とりあえず大学を中心に回ってみよう、それと夢の地ノーフォークに行ってみたい!っていうちょっと普通の人にはつまらない内容。というわけで、誰もついてきてくれる人はいなく、一人でいくことになりました。レンタカーを借りて気ままな一人旅です。これを記念してこの『NY在住』も普段の数倍の労力をかけ、特別編です。
 一日目、NYを南下した私はフィラデルフィア、バルティモアを抜け、ワシントンDCを目指します。せっかく東部にきたのだから首都くらいは要っておかないと・・・。そんな気持ちです。私は特殊な能力があるのか、決して道に迷わないので、(道を間違えることは間々あるが、すぐに気づくし、進むべき方向は結局わかっている)一人旅でもへっちゃらです。NYから結局4時間くらいでしょうか?高速道路はワシントンを囲むように走っているので(というかアメリカのどの町も高速道路は町を囲んで作ってある。首都高のように縦断・横断していない)多少、高速道路から中心部へかかります。とりあえず記念塔が見え、地図で多少確認。途上駐車ができそうなところを探して、モールとよばれる博物館・官庁がずら〜っと並んでいる公園で一休み。まずは、ホワイトハウスを見よう。

 いや、感想は・・・。意外と小さい?首相官邸のほうが荘厳な感じです。ま、デザインはホワイトハウスのほうが遥かにいいでしょう。ニュースでみたまんまをそのままあると、とりあえず感動はすくないものです。突然(韓国語でカプチャギ)雷が鳴ります。空の色を見てもらえるとわかると思いますが、すぐに雷雨になります。そこでも私はあきらめません。私が尊敬するパウエル国務長官がいる国務省・ロバート=ルービンが勤めていた(前期ね)財務省、などニュースで見ることがない建物を見た後で車に乗り込みます。超雷雨。っていうかヒョウまでふってきた!!ちなみに検問も嵐です。ご時世からか、何度誰何を受けたことでしょう。ほとんどの車が停止して、嵐を見送っているのですが、旅に出ると私、修行僧のように過酷な旅をするのが好きになります。というわけで、あきらめずに運転。とりあえず国会議事堂。

ホワイトハウスよりもはるかに繊細でかつ大きい感じがします。これは予想以上だ。
 そして、一応法学部出身のみとしては最高裁判所に行くことに。そしたら警官と押し問答。ほかの国の警官とは喧嘩をしないことを信条としているので、とりあえず懇切丁寧に最高裁判所をみたい旨説明します。わかってくれる。印象としては、さすが首都だけあってワシントンの警官は話がわかるし、必要以上に偉そうにしないように思います。NYの砂利のような移民を相手にしているのとはやはり違うのでしょう。そして、これが最高裁。

 はい、大雨です。まいった。これが写真を撮る限界。厳戒態勢で、しかも大雨で車が溢れ返る中、運転しながら写真取り続ける馬鹿は私だけでしょう。さて、次はどこに行こう・・・。というわけで、ジョージタウン大学を見学しに行くことに。その道を地図で探していると、面白いものを発見!!いや、どうだろう。私には面白かった。なんとウォーターゲートコンプレックス!!そうです。ニクソン大統領を辞任においこんだ、アメリカ最大のスキャンダル、ウォーターゲート事件の舞台となった場所です。そして、クリントン大統領と「不適切な関係」をもったらしいモニカ=ルインスキーさんが住んでいた場所ですね。

じゃーん。いや、ま、これもどうってことないね。多少、面白いデザインでしょうか。ここに、ちょうど30年前泥棒が忍び込んだことから始まったわけですね。(そうだ、30周年記念だ)
 ワシントンの中心部から、西へ少しいった閑静で安全そうな住宅街にジョージタウン大学はありました。(少しも道を間違わずに当て勘でいくのだからすごいと自分で思った。)近くで車を止めて、構内に入ります。コロンビア大学が世の中で一番きれいな大学だと思っていたけどアメリカの大学はどれもとってもきれいです。コロンビアとは違ったよりこじんまりとして落ち着いた雰囲気ですね。荘厳さではコロンビアのほうが一日の長があるかもしれませんが、ジョージタウンもまた歴史と誇りを感じさせてくれます。

 中世のお城の中っていう感じです。
 さて、この辺から雨が上がってだんだん晴れてきました。今度はどこに行こうかと思案。いや、本当は決まっていた。ポトマック川の桜を見るんです!!有名桜を見て回ることを趣味のひとつしている私はこれははずせない。日本から70年くらい前に贈られたポトマック川の桜です。当初は「日本の桜」と呼ばれていたらしいですが、太平洋戦争直後から「東洋の桜」と呼ばれていたとか。ベストポジションはどこだろう・・・と考えていたら対岸のジェファーソン祈念堂から見るのが一番だということに気づきました。というわけで車で移動。橋をどこかでわたればいいのか微妙に困った。

 もちろん、桜がさいているわけなく、青々と茂る葉っぱだけの桜ですが、なんと虹がかかる、ワシントンモニュメントの写真をとることが出来た!!
ジェファーソン祈念堂からなんとホワイトハウスが見ることが出来るすね。ちょっとみずらいけど写真のずっと向こうにはホワイトハウスが見えます。

 巨大なギリシャ神殿のようなものがポトマック川のほとりにそびえており、その中心部にジェファーソン大統領の大きな銅像がホワイトハウスを見守りながら建っているのです。まるで、風水みたい。
だんだん日が落ちてきて、6時過ぎになってやっと最後の目的地にたどり着きました。それは、アーリントン国立墓地。一度いってみたかった。どんなところだか知りたかった。靖国神社が話題の中心になって久しい昨今ですが、最近わりとアメリカのアーリントン国立墓地みたいなものを造ろう!という話も耳にしますしね。国家を守ってなくなった人々が今も大勢の人に見守られながら眠っていました。もう閉門時間でしかも平日だというのに結構大勢の人が来ていたのに驚いたものです。

 正面の写真がこれ。
 ちょっとだけ見学した後に、ワシントンDCをあとにして、次の目的地へと向かったわけです。その夜はリッチモンド郊外の小さなモーテルで休みました。『NY在住特別編』一日目終了。

2004年08月11日(水)



 こんなところにも人が。

 屋上の話が続きます。高いところが好きだからでしょうか。それは高みの見物がすきだからか、煙と同類なのか、いろんな理由があるかもしれませんが、それは気にしないことにしましょう。ビルの屋上にいると地上の雰囲気とは一変して、ごちゃごちゃしたビル群も一見して静かに見えるから不思議なものです。そしてビルに張り付いている窓、窓、窓。ずっと昔RearWindowなんて映画があった気がしないでもありませんがまさにそんな感じです。この間屋上に上っていたら不思議なものを発見しました。それは、ビルにやっぱり、張り付いている、梯子のメンテナンスをしている人。黒い梯子に黒いペンキを塗って歩いていました。ほとんど差が感じられないのですが立派なお仕事です。ちょっと写真に載ってみたら面白かった。

いろんなところに人がいるものです。

2004年08月09日(月)



 屋上で。

 マンハッタンにはビルしかありません。一戸建てなんてまずありません。それはそうして狭いエリアに集中して企業や住居を設置することで移動や管理を楽にしているんでしょう。そのために、マンハッタンにかかる橋が少ないとも聞きます。屋上に登る機会がありました。下を見ると歩道をあや足で歩く人が・・・。小さな小さな猫の額ほどの屋上スペースでも、ビルしかないマンハッタンだと本当に空中庭園になるんですね。ものめずらしいものだからしばらく友達とずーっと話してしまいました。今度住むところはベランダでもあるといいなー。





↑ボタンを押せば秘密が明らかに

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並んで仲良くおしゃべりです。


2004年08月06日(金)



 今夜ビルの間の月から。

 日本から見る月も、NYから見る月も同じ。世界中の誰もが夜になれば月を見上げて、「あー、あの月数時間前にはどっかの国のどっかの人が私見たく見上げてたんじゃないかなー」「とか、意中のあの人も今見上げてたらいいなー」なんて思うのは誰でも思うことですよね。夜、レストランで食事をして帰る途中ででっかい月がビルの間に浮かんでいたので、やっぱり私も思ってしまいました。この月は日本の友達の上でも輝いていたわけだ。
 というわけで、同じ月かどうかみんなに確かめてほしいと思って今日の『NY在住』は月にしました。

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ユニオンスクエアにある公園から撮影

2004年08月05日(木)



 実験してみた。

 あんまりNYとかかわりのない話を。NY市は水道水は飲料用にも使える水を提供していると公表しているのですが、一般的には飲み水は購入するか浄水器を使用している人が多いのではないかと思います。私も、NYにきてしばらくして水を毎度毎度買いに行くのが重いし面倒なので、ピッチャー型の浄水器を購入。結構高かった。カートリッジを二ヶ月か三ヶ月に一度替えるのですが、実は今日替えたのです。もういらないカートリッジでぜひぜひぜひぜひしてみたかったことがあります。それは、濾過機にジュースを通すと真水が出てくるか?ということ。というわけでついに交換をする時期に来ましたので実験!!コーラを要らなくなったカートリッジに通してみます。するとどうでしょう!最初は真水が出てきてびっくりしたのですが、だんだんと薄い茶色の水がでてきたではないですか。(写真のとおり)たしょうがっかりだ。一応味を確認。すっごい薄いコーラしかも、炭酸無しがたまっておりました。ちょーまずい。
 というわけで、今日はちょっと夢をかなえた。こういうのはさ、大人になってお金が自由にならないとできないことですよね♪


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これが実際の実験写真。
色が薄くなっているのがわかるかと思います。

2004年08月04日(水)



 ショーウィンドウ

 洋服に興味はまったく持ってないのですが、NYの町を歩いていると、東京よりもずっと小さな洋服やさんが多いように思えます。ソーホーの辺りに行くと、どれも個性的な店内のデザインで歩いているだけでも目を楽しませてくれます。お〜面白い!って思ったので、ついシャッターを押してしまいました。
 やっぱりNYは市場も大きいけど、競争も激しいみたいです。その分私たちは街を歩いているだけでも、目を楽しませてもらえるわけですね。

 面白いでしょ?アイスクリーム。

2004年08月03日(火)
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