曳航弛緩パーティション。

あの日があった水面を振り仰いだ。
腕の中に高く其れは凪いでいた。

取り残された滴を指先から取り戻そうとしたのか。
取り残された私を指先から投げ出そうとしたのか。

触れた其れは表情を変えていた。
胸の中を乱反射して遠く曇った。

散らかり出した映像の一つ一つも沈んでしまった。
質量のない世界に想いを馳せて浮かんだ。

作られた網の目から零れて光っては消えてしまった。
時間のない世界に足を踏み入れて泥んだ。

楔を打ちつけては其の下を潜っていた。

不透明な幾つもを重ねては見えるままを儚んだ。
見える先が透明になれと祈っては見えぬ全てに委ねた。

欠けた液体は低地に向かっていた。

張り付いた表面からは届くはずもなかった。
いつまでも凪いだ水面を抱きたかった。

また見上げてみた。

明媚切断フライト。

春の嵐が吹き荒れたあの日。
自らもまるで春の嵐であるかのように貴方は私の前に現れた。

晩夏の台風が過ぎ去ったあの日。
台風一過で飛び去った雲のように貴方は私の前から消えた。

ひどく僅かな日々を思えばそのあまりの儚さに心許無くなる。
にも拘らず不意に掴んだ思いが確かに強い手応えを返す。
重ねた時間の多少と重ねた思いの多少とが相寄らずにいた。
其のことに気付かされたのは偶然だと思えた。

あの日少しだけ語られた言葉はいつか流れてしまった。
自分を捨てた貴方が最後に残したものは私に預けられていた。

繫がることを信じたのではない。

繋がることはないと信じ切れないだけだった。

一度掴んだ手応えはいつまでも消えず其処に在った。
私に預けられたものを育てることが必要だった。

あの日が消えないように。
あの日の私と貴方が忘れないように。
あの思いが消えないように。
あの思いを忘れないように。

次に吹く強い風が幾つかの答を運んで来るだろう。
そして同時にそれは幾つかの答を運んで行くのだろう。

あの日のように。

ノクターン碑銘詩歌。

其れは歩いている。
あれもこれも動き続ける。

痛む。

其れらは肩を組んで笑みなど浮かべる。
あれやこれやに意気投合する。

苦しむ。

この身をこの場所に留めるものは形を持たない。

苦痛。

この身をこの場所に倒し昏倒させるものは無形。

全身を突き抜ける其れに身動きも取れなくなる。
其れは吐き出しても吐き出しても押し寄せる。

この身を滅ぼす其れだけがこの身をこの場所に打ちつけ続ける。
この身を失くす其れだけがこの身のこの場所に在ると証明する。

腐り果てて停止することだけを見据える。

零と壱の綴れ織。
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