オクラホマ・スティルウォーターから

2005年06月30日(木) 公園

 この前、幼い頃に遊んでいた川沿いの公園を車で通って、懐かしかった。その公園のすぐ南に堤防があって、砂浜が広がっていたが、今は埋め立て地ができていて、その向こうに海が広がっている。

 今日も近くまで来たので、寄ってみないこともなかったが、梨奈が寝てしまったので、今日は行かなかった。

 今度行ったら、写真を載せます〜。



2005年06月29日(水) 信号

 日本の免許は持っているが、前回帰国してきた時も多分自分で運転していない。最後に運転したのは6年前ぐらいかも。

 普段アメリカで、道の幅や、人や自転車の往来にほとんど気を遣わなくていいことに慣れてしまったので、日本での運転はすごく気を遣うだろうと思う。

 ところで今回一つ、前回の帰国時と違うものを発見。それは信号の下に矢印の信号ができていたこと。赤信号でもまっすぐや右折の矢印が出ていて、これは便利だと思う。というのも、アメリカでは矢印の信号があって、便利なので、日本でもあったら便利だろうなと思っていたからだ。

 時差式信号のところも、矢印で右を出してくれた方が、迷わなくていいと思うんだけど・・・。



2005年06月28日(火) 浦島太郎度は・・・。

 時差ぼけによる眠気もたまに襲うこともあるが、気候の違いからか、まだ完全な調子ではない。今のところ、日本に帰ってきた〜という実感があまりないまま、何事もなかったかのように、実家で過ごす毎日。

 ところで浦島太郎度を一番感じるだろうと思った駅の改札口は、難なくクリアー。切符は今まで通りに入れていいのを知らなかった。昨日行った100円ショップではかなりの品揃えでびっくりした。文具の種類はとても豊富。アメリカにある1ドルショップでもここまではいかないんだよなぁ。

 うちの車のカーナビにも目を見張るものが。前回の帰国ではうちの車にはついていなかったのだが、カーナビの機能の発揮。大阪空港の駐車場で、出口に向かう途中に、「兵庫県に入りました」「大阪府に入りました」とカーナビの声で大笑い。ちなみに大阪空港はほとんどが兵庫県伊丹市、一部が大阪府にまたがっているのだが、どうもこの駐車場も県境の上にあるらしい。

 カーナビは高校時代の後輩も持っていたので驚かないが、テレビが入るのにびっくり。そんな機能もあるのかぁ。うちのは走行中は映らないが音声だけが出て、停止中は画面に映る。アメリカとはテレビの放映システムが違うから一概には言えないけど、カーナビでテレビが入るというのはもしあったとしても何年か先だろうなぁ。



2005年06月27日(月) 片付け

 母の仕事が休みなので、私の部屋を中心に着るものを片付けることに。
半日(1日かな?)がかりで処分するものなどを分けて、夕方、キリのいいところでとりあえず終了。私のもの→半分以上が処分、母のもの→私にお下がり、という妙な構図。

 その後、気分転換に100円ショップへ。日本で4番目に大きいというお店が神戸にあって、そこへ行ってみたが、1フロアがそのお店になってて、すごい。目移りがして、時間なんてあっという間。オクラホマに持って帰ろうと思ってたものを早速買って、とりあえず時間終了。また来ないと・・・。



2005年06月26日(日) 9ヶ月ぶりに美容室へ

 朝、梨奈の体調が悪く、食べたいという気持ちはあるものの、食べると吐いていたので、胃が落ち着くまで食べさせないことに。

 しばらく寝てたので、髪の毛を切りに行く支度をしていたら、ちょうど外出先の母から電話があった。すぐに帰ってきてくれるということで、よかった。何かあったら病院に行かなあかんし・・・。

 カットを済ませて家に電話すると、母と梨奈が迎えに来るという。後で聞くと、氷を口に含んだ後、少しアイスクリームを食べて胃を落ち着かせたらしい。氷で少しずつ水分を取って胃に馴染ませるというのを、母が行きつけの内科で教えてもらったらしい。水分を取っても吐いていたのでどうしたものかなと思っていたが、今のところ落ち着いたようだ。

 ちなみに髪を切って、だいぶ軽くなったが、椅子の周りにはカツラのように私の髪が落ちていた・・・。



2005年06月25日(土) まだ疲れてます

 今回の一時帰国では手術をしないことが決まり、帰ってきて早々、ちょっと拍子抜けして、疲れがどっと。時差ぼけというより体がだるい。

 今日は久しぶりにテレビで吉本新喜劇を見る。そう、関西では毎週土曜の昼に放送していて、うちではいつも見ている。

 夕方が時差ぼけできつくて、晩ご飯もやっと起きて食べたが、梨奈は晩ご飯時も起きないままだった。



2005年06月24日(金) 病院で

 昨日の帰国の慌しさも完全に抜けないまま、今朝、神戸にあるとある病院へ。

 病院での診察は矯正日記に書くことにして、結論を言うと、手術が来年の3月以降になりました。それまで全部日程が埋まっている、というのがその理由。そりゃそうやろ、日本の病院やで・・・。とりあえず、診断を受けてみないと、手術がそこでできるのか、どうなのか、ということもわからなかったので、それは仕方がないと思い、とりあえず7月11日に予約を入れて、その日に来る、外科手術も一緒にする矯正歯科の先生に会うことになった。

 7月11日以降、その矯正歯科の先生のところに少し行くことになりそうなのですが、もしかしたら、オクラホマに戻る時期を早めるかも。



2005年06月23日(木) 日本到着

 今回利用したアメリカン航空は、座席が、2−5−2の配列で、窓側2席だったので、気は楽。

 成田に着いたのはほぼ定刻通りの午後1時で、その後ゲートに入ったり、税関、入国審査を通って、国内線のチェックインを終えたのが2時半。入国審査では、一時帰国ですか、と見抜かれていた。「箱に入っているのは買い物の品ではないですよね」と聞かれ、こんなに買えたらうれしいけど、と思ったけど、正直に「日用品です」と答えた。

 さて、前回一時帰国したときは、税関を通ってそのまま国内線のチェックインカウンターまでカートを押していったが、その方向には国内線手続きの案内がない。仕方がないのでインフォメーションセンターで聞いたら、別のターミナルだという。

 ターミナル移動のバスに乗ったが、乗客でいっぱいになりかけていたので、次のを待とうかなと思っていたら、さっきインフォメーションセンターで私の前で国内線の乗り継ぎを聞いていた男の子が、荷物を載せるのを手伝ってくれた。荷物や雰囲気からアメリカからの一時帰国かなと思ったが、とにかくありがたい。ちなみに気軽に手を貸してくれる、というのもアメリカに滞在している人かどうかを見分けるポイントの一つ。

 バスを待っている間、蒸し暑い〜と思っていたが、国内線の手続きを終えて、もう一回このターミナルに戻って、どこかで休憩しようと思って、4階の出発ロビーに着いたら、風が吹いてすごく涼しい。気温が3度ぐらい違ってた。

 わりと新しいらしい回転寿司のお店で軽く食べて、国内線のターミナルに戻り、大阪行きに乗り、1時間後には大阪空港へ。

 というわけで、日本に無事着きました。しばらくは日本からの日記です。



2005年06月22日(水) 今日出発です

 今朝は4時起きで、支度を始めて家を出たのは5時15分ごろ。4時半に出ようって言ってたの、誰だったっけ〜?

 ローカルの道を走り、東の空が白む頃、西の方に雲から明かりが。太陽の光が反射しているんかなと思っていたら、雲から丸いものがだんだん見えてきた。新たな太陽か!?と思いきや、オレンジの大きな丸い月が・・・。今晩が満月らしい。なので、ほんのちょっと欠けていた。まだ半分寝ぼけている状態・・・。」

 空港に着いたのは6時半すぎで、チェックインカウンターには2人ほど前にいたので、待ち時間は5分ほど。ネジャーティとはそこでお別れ。セキュリティゲートを通り、ほぼ定刻通り出発、テキサス初上陸を果たすのだった。

 さて、成田行きの飛行機もスムーズに離陸。離陸の瞬間は感動しますなぁ〜。北へ向けた飛行機はほどなくオクラホマ上空へ。せっかく1時間かけて飛んだのに、また戻るんやったら、オクラホマから乗せて〜と思うのだった(何か飛び乗れる手段ってないんかなあ〜)。

 オクラホマシティの手前で北西に向かい、Chickasaw, Clinton, Woodwardといった、オクラホマにいればよく聞く町を通過。個人用画面のフライトルートには1回だけ、スティルウォーターの文字が映って、喜ぶ私。

 オクラホマを無事過ぎたのを見届けて、後は機内の旅を楽しむだけとなった。



2005年06月20日(月) 準備も着々と・・・

 学校が5月下旬に終わり、新学期が始まる8月下旬までは何となく夏休み、という感じで、ウォールマートでもその間に日用品の売り場の棚を移動したり、改装したりしている。

 この町で日用品が買えるところってウォールマートぐらいないので、新学期を迎える頃、大学の新入生が日用品をどっと買いに来たり、生徒が学校で使うの物を揃えたりするので、今のうちにしようというものらしい(多分・・・)。

 外装も変えるみたいだし、カートも新しくなってたし、びっくり。

 ウォールマートでの買い物もほぼ終えて、あさっての出発の準備が着々と進んでいる。今朝、矯正歯科では調整の後、封筒に入った治療記録と箱に入った歯型をもらい、先生にも挨拶して、メールで進行状況を伝えることになった。歯科を出た後、これで一つ済んだとホッとした。

 午後はこれまたWさんのお宅へ行くのも最後で、マンガのサザエさんをちょっと見たりして、日本語で家系図を勉強したりした。中国語ではお父さんのお姉さんが「姑」だったり、「嫁」は動詞で、女性が結婚するという意味で使われることを教わったり、同じ漢字でも微妙に意味が違っているのが面白い。

 帰宅後、郵便受けに梨奈のアメリカのパスポートが届いていた。日本のがあるので帰国できるが、それまでに間に合わなかったらネジャーティに送ってもらうことになっていた。でもその手間も省けてよかった。

 5/23に申し込んだ時に、4〜6週間かかると言われていた。日本と違って時間がかかる。それで、テキサスのパスポートセンターでは6/11に発行されて、投函されたのが6/17。やっぱり約4週間というところかな。

 これでまたホッと一息。



2005年06月19日(日) ビデオ/ピザ

 昨日の夜は、ビデオの箱にしまってあった、「ファミリー・マターズ(Family Matters)」というアメリカのコメディホームドラマのテープを久しぶりに見てたので、寝るのが遅くなった。

 「ファミリー・マターズ」のキャストの中で、日本で知られている人というと、レジナルド・ベルジョンソン(Reginald Veljohnson)という俳優で、映画ではクロコダイルダンディーでニューヨークでハイヤーの運転手を演じたり、最初のダイハードでは建物の中にいる、ブルース・ウィリス演じる警官と外から連絡を取り合っていた警官を演じているが、11年続いたファミリー・マターズで警官を演じてたので、この俳優、というと、この警官のイメージが強い。

 結構笑えるドラマなので、梨奈と私が日本に行った後も、ネジャーティはこのビデオを見てそう。何本かあるテープを出しとかないと。1本に6時間分入ってるので、当分は見られるやろう・・・。

 夕方に、日本語を勉強しているWさんのお誘いを受けて、この街でおいしいというピザ屋さんでご一緒した。Wさんのご主人に会うのは初めてで、ネジャーティもご夫妻に会うのが初めてだったが、ネジャーティはWさんのご主人と研究内容について話したりした。

 いったん帰って、ブーマー湖に行って、冷蔵庫にずっとたまっていた鳥用のパンの耳(どれだけためてるねん・・・)をやりに行った。

 雁の群れが芝生でついばんでいたが、パンをやり始めたとたん、どんどん寄ってきた。梨奈が持ってたパンを直接食べたので、梨奈が怖がってしまった。それでパンを食べながらフンをする雁もいて、どないやねん、と突っ込むネジャーティ。

 明日は午前中は矯正歯科、午後はWさんのお宅へ最後の訪問。



2005年06月18日(土) 空港の下見@オクラホマシティ

 何か特別な買い物というわけでもなかったけど、とりあえずオクラホマシティへ。今日は空港の下見も兼ねて街を走る。

 空港への道順は簡単だったけど、高速の出口の出方や、向かい方がシンシナティの空港みたい。時間単位の駐車場があって、1時間1ドル、最初の1時間が無料というところも実際に入ってチェック。ターミナルまでの行き方も簡単だったが、出発ターミナルはチケットカウンターしかなく、あとはセキュリティーを通らないと入れないようになっている。売店も何もあったものではないというもの。シンシナティの空港の方がまだあるぞ・・・。

 ちなみに、日本に飛ぶ国際線は午前中か正午というところで、ダラス発の私の便は朝10時15分。こんなに早いのも珍しい。空港があるオクラホマシティまで車、オクラホマシティから国内線でダラスに飛ばないといけないので、朝はかなり早い。

 このアパートから空港まで70マイル(112キロ)あるとわかったので、時間を逆算していくと、朝の5時にはアパートを出なあかんな・・・。



2005年06月17日(金) テレビの天気図

 このところ雷雨が多く、雷雨注意報がよく出ている。

 オクラホマもそうだが、このような雷雨や竜巻の注意報や警報の時に、番組を中断して天気予報を知らせるところもあるが、だいたいはテレビの画面の隅に、地図で注意報や警報を色分けして載せている。

 土曜日、オクラホマシティから帰宅して、スティルウォーターでの雷雨が通り過ぎた後、オクラホマ全域が竜巻注意報になっていた。ひえ〜、どの地域でも竜巻が起こる可能性があるのかぁ、と思っていたら、そのうち東側だけになっていった。

 昨日も夜中に激しい雷雨があって、5分ほど停電があった。

 最近は雷雨がよくあるので気をつけないと。



2005年06月16日(木) 梨奈と楽しむのも1週間 by ネジャーティ

 ニコール・キッドマンが演じる「奥様は魔女(英語では Bewitched)」の映画の宣伝をコマーシャルで見てたら、24日かららしい。え〜、24日って日本に帰ってるやん・・・・。映画館に歩ける距離に住んでるのに・・・。

 来週の今頃は機上の人。この前の引越で使ったU−Haulのダンボール(小)に早くも荷詰め。というよりただ入れてるだけなので、本格的にするのはこれから。ちなみにアメリカに最初に来た時だけスーツケースで、あとはダンボールの往復となっている私。家と空港の間は車、関空だとリムジンバスのバス停と家とは車。電車に乗らないので、ダンボールで帰るという業を成し遂げている。

 最近、「あと何日で日本だ〜」とネジャーティに言っているので、しばらく梨奈に会えないと実感したのか、月、火と晩ご飯の後、とりあえず家にいた。昨日の朝は梨奈とバスで学校に行き、1時間ほどして電話がかかってきたが、学校では図書館の隣の軽食コーナーで朝ご飯を食べたらしい。

 そうそう、もう1週間切ったんだから・・・。



2005年06月15日(水) 多分ここで初めて見るニューハンプシャーのナンバー

 昨日の夕方ネジャーティを迎えに行ったら、駐車場にニューハンプシャーのナンバーの車があった。ここに来て初めて見たので、ネジャーティに「ニューハンプシャーのナンバーだ〜、珍しいね〜」と言ったら、「そうだね、あっ、きっとジョージのだ」とネジャーティ。

 ジョージが最初一人できた時はトラックだけで来ていて、車はニューハンプシャーに置いていた。それに乗って家族を連れてきたということなのだが、私ってあほや・・・。ジョージの車だというのが全然頭になかった。

 家族を連れてくるために、私たちがタルサに行っていた先週の水曜日、ジョージはジャネットにここから2時間ぐらいの距離にあるカンザス州のWichitaの空港まで送ってもらって、ニューハンプシャーまで行ったらしい。サウスウエストでニューハンプシャーのマンチェスターまで飛んだか、他の飛行機でボストンまで飛んだかわからないが、とりあえず、戻ってきたのは昨日の深夜で、今日一日ずっと寝てて、夕方学校に出てきたということだったらしい。

 ニューハンプシャーからここまでやったら、そのぐらいかかるやろう、と思っていたら、娘さんの卒業式が終わるまでは向こうにいて、2泊ほどで走ってきたらしい・・・・。どうやったら2泊で来れるねん、わからへん・・・と頭を傾げる私だった。



2005年06月14日(火) 犬のせいで・・・

 夕飯の前に、ネジャーティと梨奈が自転車に乗ってアパートの敷地を一周するというのが習慣となっている。昨日の夕方は空がとてもきれいだったので、私もカメラで空を撮っていたが、ちょうど一周して帰って来た時に、近所の人が鎖でつながれてない犬を指して、「その犬はピットブルだから危ないよ」と注意してくれた。ピットブルというタイプは犬の中でもとても獰猛らしく、先日タルサで、男の子がその犬に腕を噛まれたらしい。

 多分まだ子供の犬みたいだったが、ネジャーティによって行ったり、私にも来たりしている。それで姿が見えなくなったので、写真の続きを撮っていたら、いつの間にか近くに現れていた。気がつかないふりをして、駐車場の車の方へ歩いてアパートに戻ったら、ついて来ているようだった。あわててアパートに入ったが、犬の姿は見えなかった。

 ネジャーティと梨奈が入ってきたら、ネジャーティ曰く、「犬がすぐそこにいたよ」。どうも玄関と直角になっている通路にいて、ネジャーティの姿を見て逃げて行ったらしい。

 ネジャーティは、私が犬によく好かれるから大丈夫だろうけど、というのだが、頭をなでて噛まれてもいやだし・・・。ネジャーティは小学校の時にクラスの何人かと狂犬病の犬に噛まれたことがあって、おなかに10回に分けて注射をされたことがあるので、それ以来犬には敏感らしい。

 それでこのアパートではペットを飼わないことになっているのに、犬やら猫やら飼ってる人が多く、なんで昨日みたいな犬が鎖もつけずに放たれているのかわからない。せっかくきれいだった空を楽しみたかったのに、十分に楽しめなかったとネジャーティ。







2005年06月13日(月) 免許証の更新

 トルコのお兄さんのところから電話がかかってきたので、ネジャーティに電話して知らせた時に、車の免許証の更新を今日しようということになった。この町では、免許証のオフィスで書類の手続きをした後に、タグオフィスにもう一度行って、そこで手数料と写真を撮ることになっている。

 免許証のオフィスがアパートのすぐ近くなので、オフィスに行った後、うちに戻ってネジャーティがお兄さんと電話で話し、タグオフィスに行って、無事免許証の更新。オクラホマに来てからビザの種類が変わって、今度は有効期限が2008年までなので、この州ではそれまで更新しなくていい。

 オハイオにいた時には、ネジャーティの仕事が年ごとの契約で、その契約ごとにビザの書類も更新していたので、2年半の滞在で1回はニューハンプシャーの免許からの変更、2回は更新で3回オフィスに行っている。

 2008年まで更新がないから、ちゃんと写真写りをよくしとかないとね、とネジャーティに話した。出来上がりはというと、ネジャーティは前よりは気に入ってるものの、兵士みたいと言って笑っていた。ネジャーティはなんでいつも難しい顔をするかなあと思うのだが、アメリカでは免許証は笑顔でもOKなので、私はちょっと笑顔で。今回はなかなかよかったかも。

 一つ用事が終わってホッとした。



2005年06月12日(日) 帰りはどしゃぶり

 いつもウォールマートでオイル交換をしてもらっている間に買い物するというパターンで、この前の金曜日にもオイル交換に行ってきた。

 この車を持ってもうすぐ6年になるが、この前初めて、いつも交換しているオイルはこの車には合っていない、と言われた。この車のオイルだと3ドルぐらい高いらしい。それなら6000マイルごとに換えるものにしたら、と勧められて、結局それにした。

 今日はオクラホマシティまで行って来たが、とても走りやすい〜。いつもは高速で必死に走っているという感じだったが、速度も出やすいし、とてもスムーズ〜。

 買い物を終えて、いつもの通り、遠出の時に寄るゴールデンコラルで持ち帰りをして、オクラホマシティでいつも入れる高速出口沿いのガソリンスタンドに寄って、高速に乗ったが、その時には西の空に黒い雲が。これは〜と思って高速を走って4つ目の出口ぐらいで、どしゃぶりで前が見えないほどになり、出口を出てガソリンスタンドで5〜10分ぐらい待った。

 雨足が弱くなったので、車を走らせたら、西の空は夕焼けのようになったものの、いたるところで雷が光っている。広い平地なので、写真のような枝分かれした雷がよく見える。

 雨雲は東に移動しているので、スティルウォーターの出口(といってもそこからスティルウォーターまで13マイルある)から雨雲を追うように東に車を走らせてスティルウォーターに帰ってきた。

 大学のランドリールームからネジャーティに電話したら、建物の電気が落ちたらしい。建物に着いてみると、階段だけ電気がついていて、他は真っ暗だった。ネジャーティとアドバイザーを車に乗せて帰ったが、アパートは電気が通っててよかった。



2005年06月11日(土) メメットが学科長に?

 昨日の夜中は雷雨があって、窓のブラインドを閉めててもわかるぐらい明るい稲妻が走ったので、近くだなと思った瞬間どこかに落ちたみたいだ。

 今日の午後は梨奈がプリKのクラスのお友達の誕生日パーティーへ。

 ところでフロリダの語学学校以来のトルコ人の友人メメット(♂)は私と同じ年で、イリノイにあるキリスト教系の私立大学で数学を教えている。憎めない性格のメメットとは気心が知れてるのだが、ネジャーティには用事のある時しか連絡して来ない、と文句を言っている。

 この学校の姉妹校が何とうちの地元で知られていた女子校だった。メメットはイスラム教にも関わらず、この学校で教えているのだが、ネジャーティによると、つい最近やっとグリーンカード(永住権)が取れ、数学学科の学科長になったらしい。

 え〜っ、メメットが学科長? と、肩書とメメットの性格が合わないので笑ってしまったのだが、数学学科には教員が2人しかいないので、どちらかがやるしかないらしい。

 最近メールを出していなかったから、そろそろ出さないといけないなあ。



2005年06月10日(金) 浦島太郎度チェック

 フロリダを離れて7年経ち、在米生活の中で留学生活のウェイトもだんだん少なくなってきたが、ニューハンプシャーにいる時以来、リンクして頂いてる、ある留学サイトにちょこまか顔を出しては、留学を考えている人たちの質問で、地域情報や答えられるものがあれば、書き込みをしている。地域についての質問もあって、オハイオにいた時は質問者と実際に会ったこともあった。

 それで留学生に102の質問があって、それに答えてリンクをしました、という報告をしたら、500の質問を作っているところです、といって、2、3日後にはそれが出来上がっていた。

 102の質問を更に広げた形の500の質問に答えていったが、アメリカに来た当初に勘違いした英語の表現とかも思い出しながら書いたりして、なかなか答えがいがあった。それで自分のホームページで何となく宙吊りになっていた留学生活の項目をキャンパスライフとして、表紙に新たに欄を作ることにして、102と500の質問回答も載せることにした。興味がある方はHPの表紙から。

 500の質問のカテゴリーの一つ、浦島太郎度チェックはきてますなぁ〜。インターネットの情報で何とかわかるものがあるものの、最近のサッカーの話題にもついていってない。話題はともかく、ちょっと日本を離れていただけで、テクノロジーの進歩に戸惑うと思う。3年半帰っていないうのはちょっとどころじゃないけど、電車の改札口でのスキャンも今度帰った時が初めてになるので、実際に通る時にはわかってても戸惑いそうだ。



2005年06月09日(木) トルコではいとこもおじさん、おばさん?

 久しぶりのトルコネタ。

 ネジャーティの研究室にいるトニーに3歳の妹がいるらしい。トニーにそのぐらいの娘がいてもおかしくないよね、という話から、ネジャーティのおばさんにも似た話があるという話になった。

 それで話を進めていくうちに、トルコでは年上のいとこでもおじさん、おばさんと呼ぶらしい。というよりは、おじ、おばに当たる言葉の意味の範囲が広いんやろう。そういえばいとこの話になった時に、よく、おじ、おばという言葉が出ていたので、どうも英語でおじ、おばと訳していたらしい。

 ネジャーティのお兄さんの息子は確か小学校の高学年と中学生で、梨奈より年上なので、おじさんと呼ぶことになるの、と聞くと、普通はそうなるらしい。トルコ語でおじさんは、え〜と、「アムジャ」だ。

 じゃぁ、ネジャーティのお兄さんといとこと一緒にいる時に、おじさんって呼んだらみんなが振り向くんじゃないのかなと思ったら、名前をつけて呼ぶらしい。そういえば、「自分はケマルアムジャだ」とトルコから電話をかけてきたおじさんがいたし。



2005年06月08日(水) 半年ぶりにタルサへ

 元日にタルサへ行って以来、半年ぶりにタルサへ。

 1ヶ月に1回、大きな街に出るという目標を立てて、だいたいは達成していたが、オクラホマシティの方がなぜか出やすい。多分高速一本で行ける、というのがその理由だと思うのだが、タルサの場合は、車線の少ない有料道路を通って行くのと、ダウンタウン付近は出口や他の道路と交差しているところが多いからだと思う。

 初めて行った時はジャネットと行って、お店は行ったが町を回らなかったので、今日は町を回るのも兼ねて行ってきた。

 タルサのダウンタウンや高速の出口の雰囲気はデートンのようで、デートンを走ってるみたい、と思ったのだが、ダウンタウン近くの出口を出て、最初の目的地、Creek Council Oak Tree (18th & Cheyenne)へ。

 それから町中を走ったが、そんなに新しい地域ではなさそうだったが、ドイツっぽい家やメキシコにありそうな家とか、いろんなタイプの家があって、シンシナティで例えるとハイドパークのエリアのような雰囲気だ。

 タルサはオクラホマシティより少しハイソな雰囲気があって、所得層も少し高いそうなので、オクラホマになさそうなSaks Fifth Avenueとか、オーガニックのWild Oatsも州内ではタルサしかない。ネジャーティも住むならタルサの方がいいと言っていた。

 その後、ウッドワードパークとタルサガーデンセンターを散歩。ガーデンセンターにはバラ園があって、10月頃まで咲いているらしい。ピークが終わった種類もあったが、赤のバラは今がピークらしく、きれいだった。

 あと、車を走らせて、エキスポスクエアにある、ゴールデンドリラー(Golden Driller)を写真に収め、近くのパネラへ。そういえばこの町でペンギンの像をよく見る。パネラの横にもこんなのが↓。


左はゴールデンドリラー、右はペンギン

 最後にタルサで一番大きいというモールへ。買い物の後はお決まりのマッサージチェアで3分間休憩(1ドルというのがいい)。そして、遠出した先で寄るバッフェのゴールデンコラルで持ち帰り。モール近くのところは今週改築していたのでやっていなかった。

 時間なんてあっという間だぁ。



2005年06月07日(火) ここは何の街?

 先日シンシナティにある車の保険の代理店に電話し、保険の更新のキャンセルをしたいと告げた。用紙を送るというので今日送られてきたが、伝えた住所の市が「Stillwater」ではなくて「Steelwater」となっていた。

 電話だったし、つづりを言わなかったから仕方がないものの、アメリカ人やったら察してぇなぁ〜と思うのだった。

 StillwaterのStillはじっとして動かないとか、静かなという意味で、その水というわけだが、Steelだと鋼鉄という意味になってしまう。

 そしたら、ここは鋼鉄と水の街なんかい・・・。



2005年06月06日(月) 朝顔

 昨日は晩ご飯を食べてから、ネジャーティの髪を切る。バリカンですむのだが、バリカンの先に何もつけずに、えりあしの部分を剃るのが好きだ。以前はおそるおそるバリカンを手にしていたが、今ではものおじせずにやっている。今はネジャーティの髪の毛が伸びてても量が多くないので、やりやすいのかもしれない。

 それで12時ぐらいには寝たのに、今日起きたら10時過ぎてた・・・。

 ところで先週だったか先々週だったか、シンシナティのアパートの裏庭に植えてた朝顔の種とコスモスの種をアパートの前の土に埋めた。期待していなかったが、2、3日して朝顔の芽が出ていた。気付いたら、他にもすでに植えたと思われる朝顔の葉っぱが大きくなっていた。

 楽しみだなあ。



2005年06月05日(日) 昨日の続き(健康診断とお友達の家)

昨日はここの大学のセンターの一つで、子供対象の健康診断があった。といっても、歯、背骨、聴力、視力の4つで、行った時には眼科の先生は帰った後らしく、視力検査はしなかった。

歯は、奥歯の一つが虫歯になりかけているらしい。ニューハンプシャーにいた時にころんで少し欠けた前歯も、色が変わってきているので、レントゲンを撮って調べた方がいいと言われた。それ以外は大丈夫らしい。

あとは問題なし。梨奈、歯医者に行かなあかんなぁ。

夜の6時には梨奈のクラスで一緒だったローレンのおうちへ。クラスの女の子だけで集まって、ローレンのお母さんのお姉さんか妹(英語でシスターだけじゃどっちかわからない)が飼っている馬と遊ぶというもの。

梨奈をローレンのうちに送った後、ネジャーティを迎えに学校に行ったのだが、みるみるうちに、天気が悪くなった。竜巻注意報と雷雨警報(注意報だったかな)が出ていた。

ここは雨がぽつぽつ降っただけだったが、オクラホマシティの南や、ここから40分ほど北に行ったポンカシティではかなりひどかったらしい。後でローレンのお母さんに聞いた話では、ポンカシティで竜巻があって、知っている人の家がぽんと飛ばされたらしい(今日の夕方って言ってたけど、竜巻があったって天気のニュースで言ってたかなあ・・・)。

8時にローレンの家に向かう時には、西の空に晴れている太い帯状に部分と雨雲との境界線ができていて、晴れている部分が虹色になっていた。虹が晴れている部分全体にできたという感じで、カメラを持っていなかったのが残念だったが、こんなにきれいな空を見たのは初めてだ。

だって、青空や夕焼けの色は見たことがあるにしても、緑色ってなかなか見ないし・・・。そのうち雨雲から太陽が出てきて、虹色の空は消えてしまった。



2005年06月04日(土) トルコから電話

 今朝は少し遅めに起きたが、起きようかなと思っていた時に電話が鳴った。ピーっとなったので、最初はFAXかなと思ってボタンを押そうと思ったが、もう一度、「Hello」と言ってみた。

 なんと電話をかけてきた相手はトルコにいるラマザンだった。最近どうも海軍の仕事で1ヶ月バージニア州に来ていたらしいが、電話をする機会がないままトルコに戻ったという。それで、ネジャーティや梨奈はどうしてる、とかネジャーティは学校で教えてるの、とか一方的に聞いて、フィリズもよろしくって言ってたよ、といって、ネジャーティはいる?とか何も聞かずに切ってしまった。

 お〜い、ちょっと〜!!! ネジャーティいるのに〜・・・。

 いつもは寝起きの時に電話で話したくない、というネジャーティだったが、今日は寝起きでも話せる雰囲気だったのに〜・・・。

 ネジャーティも、「一方的に話しただけで切っちゃったの? まぁいいや」といってまた一寝入りしてしまったが、朝ご飯の時にも、ラマザンが一方的にしか話をしなかったのを不思議に思ったらしい。

 メールのやり取りもなぜか私とラマザンだが、メールを書いて、梨奈の写真を添付して送っとこう。



2005年06月03日(金) ニューハンプシャーから加わる

 まだ私たちがニューハンプシャーにいた時に、ネジャーティの今のアドバイザーが1年間の休暇を利用して、当時ネジャーティがいたニューハンプシャーの大学の研究室に来ていたことから、ネジャーティを含めて、研究室の学生を知っている。

 その一人、ケニア出身のジョージがこの5月に博士号を取る予定で、以前からジョージをネジャーティと同じポスドク(博士研究員)として迎えようとしていた。結局この秋から別の州のキリスト教系の大学で教えることになったので、夏の間だけこの研究室に来ることになった。それで、メモリアルデーの休みあたりにニューハンプシャーから引っ越してくるというのを聞いていたのだが、一向に来る気配がなかった。

 今朝、ドアをたたく音がして開けてみると、同じ研究室の学生で隣に住むトニーが立っていた。ジョージが今自分のアパートにいて、これから荷物を運ぶので手伝ってほしい、という。梨奈も私もジョージとの再会を果たしたのだが、私たちがニューハンプシャーからオハイオに引っ越した時には梨奈は2歳半だったので、大きくなった梨奈の姿に驚いていた。ジョージは私たちの車も見覚えがあるらしい。そういえばニューハンプシャーの車検の黄色いシールがまだ貼ってあるし・・・。

 ジョージの家族はまだニューハンプシャーにいて、1週間後に飛行機で飛んで、向こうにある車で来るらしい。なのでジョージは一人でトラックで来たのだが、30時間かけて2泊ぐらいで来たらしい。

 先週オクラホマまでルート66を走らせてきたY子さん一家も1日でここまで来ているし、みんなどないなってるねん〜・・・。 私たちが遅いだけなのかぁ・・・・。

 ちなみにニューハンプシャーからここまで1720マイル(2750キロ)。MSNの Maps & Directionsで検索すると、25時間の距離らしい。



2005年06月02日(木) カメ/アルマジロ

☆カメ
 朝ネジャーティを送る途中、道の真ん中にカメがいた。真ん中にいたので轢かずにすんだが、帰り道、気になっていたら、今度は反対側にいたので、また轢きそうになった。

 引き返して車を止めて、道路の脇に寄せたが、池にいるようなカメじゃなくて、甲羅が盛り上がった陸ガメのような感じだった。スーパーマリオに出てくるカメといったところかな(でも色は黄土色)。

 カメは歩くのがすごくのろいかと思っていたが、かなりさっさと歩いていた。
 
☆アルマジロ
 いつも道路脇に轢かれてしまったアルマジロしか見ないので、多分アルマジロもどんくさいんだと思う。生きているアルマジロを見たのはただ1回。ペリーという近くの町で見ただけだ。

 昨日も、アパート近くの普通の道路脇にアルマジロが轢かれていた。フロリダでは高速沿いや郊外を通る道路で轢かれていることがあるが、こんな町中で見たのはこの町では初めてだ。

 手足が短いのだから仕方がないのか・・・。カメと競争させたらどちらが早いかな?



2005年06月01日(水) 今月里帰り

 一時帰国が今月だぁ〜。今週は無理だったが、来週タルサでお買い物予定。タルサのモールのお店でこの前見た同じ時計があるかな〜。オクラホマシティの方がなぜか出やすく、タルサには1月以来行っていない。でも楽しみ。

 先月はWさんのお宅に週2回お邪魔したこともあって、5月のスケジュール帳のページは文字で埋まっていた。普段取り立てて用事らしい用事もない私はそれだけでも大騒ぎなのに、6月も帰ってから、この日は美容室とか、この日は○○があるとかネジャーティに言ったら、美容室に行くのは用事じゃない、と反撃される。

 椅子に座ってたらいいだけでしょう、と言われても、髪の毛の量が違うんだから、私にとっては一大行事なのだ・・・・。15分や20分で終わるシロモノではない。髪の毛をすごくすいてもらって、これが普通の量です、と美容師さんに言われる量なのだ・・・。この髪の毛をネジャーティにあげたいぐらい(・・・としつこい)。

 ところで、一時帰国予定があると必ずしていることがある。それはリスト作り。何のリストを作るかというと、日本に持って帰るもの、日本で買うもののリスト。ワードでただ品目をカテゴリー別に書いているだけなのだが、何か思い出したらすぐに書き加えている。だいたいは覚えているのだが、その場になったらどれか忘れそうなので、書いている。

 ここに来てからの痛手は、ショッピングモールがすぐ近くにないこと。シンシナティの時は買い物には便利のいい所に住んでいたし、車で20分も行けば別のモールにも行けたが、ここは1時間行かないとないんだもん・・・。

 でもこの町もどんどん家が建っている地域があって、発展しているようで、ショッピングモールができる日も無きにしもあらず(ま、でもいつのことやら)・・・。


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