オクラホマ・スティルウォーターから

2004年08月31日(火) ネット環境の差?

 住んでいる近辺ほど行かないというのがあって、うちの実家の市には甲子園球場があるが、関西人には珍しく阪神ファンじゃないというのと(私はパリーグの方なので)、いつでも行けるというのがあって、一度しか行ったことがない。そういえば、関西人は阪神ファンか関西にあるパリーグのファンかに分かれるかも。

 私の年ほどここに住んでいる近所の人にもそれが言えるらしい。昨日、今日とその人と外に出たついでにいろいろ回り、それらが初めてというところばっかりだったらしいが(それは予想していたが)、そればかりか場所の存在さえご存じないようだった。ここに来て2年しか経っていない私の方がいろいろ行っていることに驚かれ、すごく知っているように思われて、少々困惑気味・・・・。インターネットの環境があるかないかという差だけやないと思うねんけど・・・・。



2004年08月30日(月) コーヒーゼリー

 昨日の深夜、オリンピックの閉会式をテレビで楽しんだのだが、今朝ネジャーティが寝坊。目覚ましすら止めたかどうか覚えていないらしい。

 昨日は日付が変わった時間にネジャーティが帰ってきたのだが、もうそろそろ片付けて寝ようかなと思っていたら、「明日、研究室でちょっとした送別会があってデザートを持ち寄りするっていうのを忘れてた。何か作ってもらえる?」というので、「えーーーーーーーっ?!」と、「寝耳に水」とはまさにこのこと。こんなことを実感したのは久しぶり。急遽牛乳かんを作って(ただ粉寒天に牛乳、水、砂糖という簡単なもの)冷蔵庫で冷やし、後でヘビーシロップのフルーツ缶を混ぜて、はい、終わり、ってなもんだったのだが、ネジャーティによると、他のデザートはアメリカの典型的なヘビーのパイやケーキで、フルーツがまともに入ってたのはうちのだけだったらしく(でも缶詰のフルーツ)、意外と好評だったらしい。まぁ、こってり系のお口直しになるだろうなあというおおかたの予想はついていたのだが・・・・。

 ところで、牛乳かんの他にコーヒーゼリーという候補もあったのだが、アメリカでコーヒーゼリーってあるのかなという疑問が。そういえば見かけたことがないような気がする。日本ではよく好んで食べてたのだが、こっちに来て、コーヒーゼリーを食べたことがない気がする。お店で気に留めたことがなかったこともあるが、目にしていれば買ってたかもしれないが、そういう気になったことはないということは見たことがないのかも。

 それで、粉寒天についてきたレシピで作ったことがなかったので、一度作ってみようと思うのだが、コーヒーゼリーのアメリカ人の反応ってどんなんやろう(この黒いのは何だ、とか・・・・)? 



2004年08月29日(日) ボツネタ

 日記はウェブ上に直接書くこともあるのだが、最近はワードで書いてコピー貼り付けをしている。日々に起こったことに関係なく、ふっと思ったことを書き留めたりするのだが、うまくまとめられなかったりして、途中まで書いて終わってないものもある。1ヶ月に一つはボツネタがあるかも。とりあえずボツネタはそのままにしてある。

 今月にいくつかあるのは、8月がやはり原爆投下や終戦記念日があったからで、何かを書きたいと思ったのだが、糸が絡まってて、解きほぐすのが難しいものがあって、時間切れとなってしまった。



2004年08月28日(土) フィンドレーマーケットへ

 今日も、昨日ぐらいに蒸し暑かった(夕方降った雨で涼しくなる)。

 補習校へ梨奈を送って行った後、ダウンタウン(近く?)にあるフィンドレーマーケットに行った。実はシンシナティに来てこのマーケットに行くのは初めてだった。ここは水・土と朝市をしているのだが、野外かと思ったら建物があって、そこで何軒かの肉屋と2軒の魚屋が並んでいた。建物を取り囲むように、八百屋やアフリカ系の人が出して入るお店があったりして、何か懐かしい雰囲気だった。
ネジャーティも興味を示したので、いつか行こうということに(でもいつになるやら・・・・)。



2004年08月27日(金) ひらがな

 プレイグループでは子供の教育についてなど、共通の悩みについて話すことがしばしばで、自分たちがどうやってひらがなを覚えたか、という話になった。自然に覚えた、というのが結論だったのが、そう言われてみれば、これをしなさい、あれをしなさい、と言われた記憶はなくて、みんなが言う通り、読み方を自然に覚えていたと思う。もちろん日本の方が読める環境にあって、駅の名前とか(漢字も形として一緒に覚えたりとか)、お店の名前とか、お菓子に書かれている字とか、番組のタイトルとか、字に囲まれているということはあるけども・・・。

 話を戻すと、子供自身は何も心配してなくて、親が心配するのよね、という話に、ほんとその通りだなと思うのだった。



2004年08月26日(木) 梨奈は本当は○○人?

 ある日のこと、ネジャーティが学校で会ったカザフスタン人に梨奈の写真を見せたら、カザフスタンの子供みたい、と言われたらしい。カザフスタンというと旧ソ連の中央アジアの地域で、オリンピックの競技でも、ん?日本人?と思うような顔つきの人がいたが、色白だけど、黒い髪の毛で、端整な顔立ちという感じだ。日本から中央アジアを通ってトルコをたどると、日本人の顔から、ヨーロッパ系の入ったトルコ人の顔となるに違いない(ほんまか・・・)!?

 カザフスタンが日本とトルコの真ん中なら、梨奈はカザフスタン人?



2004年08月25日(水) トルコ人の挨拶

 HPによっては「○○への100の質問」というのがあって、HPを管理している人のプロフィールがよくわかることがあるが、インターナショナルカップルへの100の質問、というのを項目別に見て、一つの質問が目についた。それは、相手が○○の国の人なんだなあと思ってしまうエピソードについて、というもので、果たして、やっぱりネジャーティはトルコ人やなあと感じてしまうこと、というのは何だろう、と考えてしまった。

 電話でネジャーティがお兄さんとトルコ語で話しているのは別に何も思わないし、何かあるかなあと思っていたが、この前フェタチーズを食べてたら、トルコの家で食べていたのを思い出したと言ってたこととか、トルコ人とうちで食事をする時にはパンをちゃんと用意しておくとか、年上の女性への最初のあいさつだとひざまづいて、手の甲にキスをして額をつけることとか(うちの母に最初に会った時がそうだった)、というのもあるのだが、最初に見た時にびっくりしたのは、トルコ人同士のあいさつだったと思う。

 トルコでは男性同士、女性同士で、確か握手をしながら、ほっぺをくっつけてあいさつするというもの。女性同士というのは抵抗ないが(トルコだけではなさそうだし)、男性同士って、と思っていたら、アラブ地域も同じように挨拶をしていた。ネジャーティに、その挨拶はびっくりした、と言ったら、ロシアの挨拶には負けるでしょ、というので、確かにそうかもしれない、と思ったのだが・・・。オリンピックでもヨーロッパの国の選手とコーチが同じように挨拶をしているのを見て意外だった。

 ちなみに、私がトルコ人女性と挨拶する時にはほっぺたの挨拶になっている。これは順番があって、確か右、左の順番なのだが、もしわからなくなっても、顔だけ突き出しておけば、向こうが動いてくれるので心配はない。



2004年08月24日(火) この秋は緑とピンク?

 土曜日の補習校の帰りにモールに寄って用事を済ませて、2つの衣料店に入ると、どちらのお店にも秋の色としては珍しい、少し深い緑とピンクの洋服が出ていた。それ以外でもパンツは秋にしては色数が多かったのだが、今年はこの色が出るんだあと不思議だった。普通緑というと春先に出そうな感じなのだが、お店で見た緑は、春色ではなく、渋い色というのか、四季の中でどの色?というとやっぱり秋かなと思わせるような色だった。

 緑というと、かすかに記憶にある70年代に流行った色のような気がするのだが(緑のパンタロンとか・・・)、当時の緑というと、パステルカラーとか淡い色ではなくて、少しきつめの色だったり、黄緑も少し濃かったりという気がする。うちの実家で長く使われていた冷蔵庫も緑(濃い黄緑かな?)だったから、家電にも結構そういう色が使われていたんだと思う。

 色で流行を追いかけるのも結構大変かもしれない。



2004年08月23日(月) みんなのお母さん?

 起きてみたら熱は下がっていたようで楽だった。昨日は2リットル近くのお水と麦茶を飲んだので、それも効いたかも。

 ところで、昨日横になって休んでいて、ネジャーティと一緒にテレビを見ていたのだが、外で梨奈と一緒に遊んでいた隣の子が私たちを呼んでいた。ネジャーティが行ってみると、足の指を怪我した、と言ってきたらしい。ネジャーティは「家に帰ってお母さんに言うんだよ」といって、部屋に戻ってきたのだが、不思議そうな顔して、

 「梨奈は何かあったら絶対にうちに戻ってきて、他のお母さんにいうことはないけど、他の子って自分のお母さんには言わないで、なんでうちに来るんだろうね」

 と言うのだが、私が不思議だったことがやっとわかったやろう、と思うのだった。これが今日だけやなくて、いつもそうなんやって・・・。



2004年08月22日(日) 梨奈のお手伝い

 昨日の夜から鼻が止まらなくて、風邪を引いたかなと思った。風邪を引くと梨奈の風邪薬を飲むのだが、この前新しく買ってきてもらった風邪薬は、なんと赤ちゃん用(しかもぶどう味)だった。封をすでに開けているので、それを飲んでおとなしく寝たが、なぜか寝つけない状態。

 それでも少しはお昼ご飯の用意をしたりしていたが、午後になるとまた熱が出たりして横になっていたら、梨奈がお昼食べたお皿を洗って、食器洗い機に入れてくれていた。自分がお手伝いをした、というのがうれしかったらしい。ありがとう、というと、お手伝いが役に立った、というのがうれしかったらしい。

 それで、何だかんだいって、おなかがすいてくるので、ネジャーティと梨奈が外出する時に、近くのチャイニーズ・バッフェでテークアウトしてきてもらって食べたのだが、ネジャーティも気に入ったらしく、いつか行こうということに。

 梨奈は珍しく早く寝る。 



2004年08月21日(土) 雁の群れ

 昨日、今日と朝早くに雁の群れをアパートの芝生で見かけた。今日はアパートの目の前の芝生と道路をはさんだ芝生で餌探し。車が通る道なので、車も立ち往生。クラクションを鳴らしたりするのだが、食事に夢中な雁は知らん顔。明日はどこで餌探しとなることやら・・・・。

 昨日と今日に限ってネジャーティがカメラを学校に持って行ったので、写すことができず・・・・。



2004年08月20日(金) BBQ続き・・・ピエロの車?

☆ピエロの車
 教授宅でBBQが行われたのは、そもそもワシントン州でプロジェクトに参加している大学院生が来たからだったのだが、キャンパスから教授宅まで誰かの車で押し詰状態で来たらしい。それを小さい車から何人も降りてくる、ということで、「Clown car(サーカスのピエロの車)」と言っていた。

 そしてその学生が以前初めてルームメートを募集した時、300ポンド(約150キロ)もある女性が来て、すごく小さい車に乗っていて、何であんな小さい車に乗るのかわからないけど、あれこそ「Clown car」だと思ったよ、と言っていた。ちなみに家に部屋がいくつかあって、ルームメートを探すとき、男女問わないことが多い(ルームメートといっても、一人一部屋)。

 300ポンドの女性、と聞いて私の3人分以上だと思ったんだけど、アメリカにはそういう巨大な人がいるというのが実はとても不思議なのだった。


☆いないよりまし
 このBBQには実験をしにペンシルベニアから来ていたジョンもいたのだが、「今回は・・・」と辺りを見回しても奥さんと子供さんがいなくて、「今回は一人で来たよ。でもいないよりましでしょ」と笑っていた。この「(い)ないよりまし」というのは英語ではこちら参照→


☆アーノルド?
 教授の奥さんから4、5年前にシンシナティで起きた竜巻の話を聞いた。教授のお宅から数ブロック離れたところで竜巻が起きて、学校前の家が押しつぶされて、住人が亡くなったらしい。それで、それ以来お天気情報のラジオをみんなが持ち出すようになったらしい。奥さんの話は続き、「2、3人の機械の声の一つがアーノルド・シュワルツネッガーにそっくりなのよ。友達に聞かせても、アーノルド・シュワルツネッガーみたい、って言ってるし、だからこのラジオのことを『アーノルドウエザーマシン (Arnold Weather Machine)』って呼んでるのよ・・・・・。」

 この時に、電話の連絡網を英語で何というか初めて知った(こちらから→)。




2004年08月19日(木) モールリニューアルオープンですごい人

 近所のモールが今日リニューアルオープンするというのをたまたま知り、オープンする8時に行くと、先着1000名にテレタビーのビデオが、3000名にインスタントカメラがもらえる、ということだったが、行った時には9時を回っていて、インスタントカメラさえもらえなかった。

 テープカットが今年のミスアメリカと、テレビ番組のバチェラーの司会をしている人などによって行われて、その後風船が天井から落ちてきたのだが、風船を割る子供たちもいて、辺りは混沌状態。演奏なんか誰も聞いてやしない、という感じだった(演奏の人もかわいそうに・・・)。





 気が付けば、ミスアメリカとバチェラーの司会の人がサイン会をしていて、梨奈と写真を撮ってもらう。ミスアメリカの人って、顔がすごく整っていて、やっぱりきれいだった(歯並びもきれいで、白い歯できらり☆)。

 いったんモールを離れて近くのパネラで腹ごしらえして、ゲームセンターで遊んだら、PBS Kidsのキャラクターの写真会が始まっていて、これがまた列をなしていた。待っても10分ほどだったが、梨奈は2つのキャラクター+おじさんと撮ってもらい、多分満足。



モールの様子



 マッサージ椅子に座り、3分ほど1ドルを入れてリラックスした後、モールに入っているスーパーで買い物して帰途に着く。

 きっと他の人も、買い物というより、イベントに来たという感じ。



2004年08月18日(水) BBQ1

 今週の金曜日と言っていたBlue Ashの教授宅でのBBQが実は今日だというのを先週聞いた。私と梨奈は家から直接向かったが、ネジャーティは少し前に着いたばっかりだったらしい。

 裏庭には学生やこの前お宅にお邪魔した教授もすでに来ていたのだが、その教授の顔と、私が覚えていた顔と違っていて、そしたら自分の頭にある顔って誰?とわからなくなった。

 今回お邪魔したお宅の教授はわかって、いろいろと話をしたのだが、今年は庭にトマトがないんですね、と教授に聞くと、味が一向に良くないらしく、諦めた、とのことだった。2エーカーほどある自分の畑でトマトを植えている、というようなことを聞いた。

 裏のデッキのBBQセットで自ら肉を焼くのだが、その教授とはこちら↓



 

 じゃなくて、こちら↓






 
(奥にいて、帽子をかぶっているのがその教授)



 食後、男性軍が教授のコレクションであるライフル銃やピストルを部屋に見に行ったのだが、ネジャーティによると、日本製のものもあるらしい(結構古いのかも)。

続きはあさって。



2004年08月17日(火) 手紙

 日曜日のこと、2階の部屋をネジャーティと片付けてて、梨奈がもう少し小さい時の写真を見ていて懐かしかったが、フロリダの写真が入った箱を見ていたら、ネジャーティからの手紙が入っていた。

 日付は95年の12月。ネジャーティも私もFSU付属の語学学校を修了し、私が冬休みの一時帰国の前にせん別のプレゼントともらった手紙だった。1月にはネジャーティはニューハンプシャーへ、私はFSUに行くことになっていたので、友人としてのお別れの手紙だった。

 手紙を読んで、その当時の気持ちになったのだが、友人として別々の道をいくはずだった私たちだったが、気が付くとなぜか一緒にいる。ふと目を横にやるとネジャーティが片付けをしていて、気持ちは現在に戻った。

 手紙をネジャーティに見せると、「覚えてるよ」、というのだが、私が当時の気持ちに浸って話すと、「自分が書いたから、知ってる。12月に書いたものだからね」と、たんたんと話されて、私の気持ちはあっけなく沈没・・・・。

 ちなみにもらったプレゼントは、最近までちゃんと箱にしまってたのだが、梨奈に箱だけおもちゃにされて行方不明(中身は別の所に)・・・・。



2004年08月16日(月) オリンピック体操

 お昼過ぎに、男子体操の団体で金メダルを取ったというニュースを読んで、見逃した、と思ったが、NBCでは夜に放送されて、アメリカとルーマニアの平行棒と、最後の鉄棒を見た。

 鉄棒はルーマニアの選手が落下したりとルーマニアのチームにとっては不運となったが、それ以上に、日本選手の鉄棒の技を見て、おぉ〜、すご〜い!と何度も感嘆の声を上げた。素人なのでわからないが、日本人選手のしなやかさや美しさがすばらしかった。

 日本の国歌が流れたのもちゃんと放映されたのだが、ネジャーティが「初めて聞いたけど、何だかお葬式に流れるような、寂しいメロディーやね。歌詞はそのままにして、もうちょっと明るい曲にしたらどう?」と言うのだが、実は私も同じことを思っていた。歌詞は古くからお祝いの席で歌われたみたいだからいいとして、メロディーが何とかならなんだんか、と思うのだったが、伝統楽器での演奏だときっとしっくりいくんやろう。ちなみに日本の国歌は1903年にドイツであった世界国歌コンクールとやらで一位を取ったらしいから、当時としてはいいメロディーだったのかも。

 オリンピックのテレビ観戦は続く・・・・。



2004年08月15日(日) オリンピック

 オリンピックの開会式を見逃した私は、ネジャーティの研究室のアメリカ人が、開会式はよかった、と言う話を聞いて、見たかったなあと後悔>時間も知らなかった私・・・・。今回のオリンピックはNBCが放映権を持っているらしい。長野オリンピックを放映したCBSはCMが多くて最悪だった。ちなみに前回のシドニーオリンピックの記憶があまりないのはなぜ・・・。ちょうど実家にいたんだっけなぁ。

 昨日の夜中に水泳とかビーチバレー、男子体操の予選(日本すごい〜!)、今日は女子体操の予選や水泳の予選など見る。トルコは金メダルを2つ、銅を1つ取っているのだが、どれも男女の重量上げだ。トルコは重量上げやレスリングが強いのだが、ヨーロッパの国からは、何でエレガントな競技ではなくて、力強いものが得意なのかと言われているらしく、日本の柔道や、韓国のテコンドーのように、トルコはそういうところはアジアだなあと思ってしまう。ネジャーティ曰く、他のスポーツのトレーニングは十分ではないみたいで、オリンピックや国際大会に行くには、経験者によるトレーニングがないと難しいだろうなあと思った。

 ネジャーティは剣道もフェンシングみたいにオリンピックにあっても面白いんじゃないか、と言っていたが、剣道は道具がいるから(といってもフェンシングも道具がいるが)、ちょっと大変かも。柔道だと柔着だけでいいし。ちなみに、ネジャーティに「柔道」とか「剣道」とかの「道」は何か、と聞かれ、答えてみたが、説明するのは難しい。



2004年08月14日(土) 補習校2学期

 梨奈の夏休みも終わり、補習校の2学期が始まった。「なつやすみのおもいで」と題して描かれた絵には、お花と空、ネジャーティの大きな顔と、梨奈が端っこにいて、なぜか私はいなかった(涙)。

 図書室でビデオを借りたいというので入ってみると、オンラインで買おうかなと思っていた本があって、早速借りた(帰宅後一気に読んでしまった)。

 補習校から途中エデンパークに寄って、噴水の周りを歩いた。車から降りて歩いたのは初めてだ。その後、クローン温室に寄ろうと思ったら、改築工事で一時閉園になっていた。

 噴水はこんな感じ↓






2004年08月13日(金) 今日はここで遊びました

 最近は、半そでに何かをはおらないと肌寒い、という、秋かなあと思ってしまう気候だ。今日も曇っていて、時折さす日差しで暖かいと思うのだが、ちょっと肌寒くなったりして、8月とは思えない陽気だった(日本のみなさん、びっくりしますよ〜)。ジーンズで十分です。

 今回のプレイグループでは前々回に引き続き、公園であった。遊具や砂場(バレーボールもできる)があるので、子供たちも思い思いに遊んでいた。

 ↓こんな遊具や、道を隔てて池もある。







 外でいつまで遊べるかわからないが、ちょっと肌寒くても大人は暖かいものを飲んでもいいね、など話していた(・・・とここでは簡単な文で終わってますが、日本の話やら、いろんな話をしてます)。



2004年08月12日(木) 舌鼓

 お昼ご飯も兼ねて、UCのアパートに住んでいる韓国人のお宅に何人かでお邪魔した。UCのアパートに行くのは初めてだったが、ニューハンプシャーにいた時のアパートを思い出して、懐かしい気がした。

 部屋には結婚写真も飾ってあったのだが、新婚旅行らしき写真もあった。行ったことはないが多分、済州島だろうと思って聞いたらそうだった。今度みんなで集まる時は日本からも、半島からも近い済州島がいいね、なんて話していた。

 お昼ごはんの内容は、ツナとキムチが入った韓国風おにぎり、オリジナルのサラダ、持ち寄りの韓国風のり巻き、餃子、そしてデザート、高麗人参茶と続いたのだが、食べた後は満足感、そして眠気が襲い、帰宅後は2、3時間寝てしまった。

 ところで、フロリダで最初に行った語学学校で、のり巻きが韓国にもあると聞いて驚いたのだが、日本が韓国を占領中に持ち込んだ、という話を聞いて、複雑に思うのだった。おにぎりもそうなのかな。



2004年08月11日(水) 顔と名前が一致しない・・・

 来週の金曜日の晩に、ネジャーティの研究室の教授のお宅で*BBQ(バーベキュー)をするらしいので行くことになった。

 *日本で思い浮かべるBBQは串刺しの、シシケバブみたいなものだが、アメリカでのBBQはハンバーガーやホットドッグのパンが用意されて、中の肉を焼いて、はさんで食べたり、骨付きの鶏肉や豚肉を焼いたりする。その上に鉄板を置いて、焼きそばを作ったり、お好み焼きもいいかも、と思ってしまう関西人の私。

 今度行くお宅の教授は、ネジャーティの指導教授の二人のうちの一人で、名前を聞いてもいつもどちらかわからない。この前お邪魔したお宅の教授も、名前がどっちだったかなとわからなくなっている。年に何回か会うか、というぐらいなので、へたすると顔も忘れてしまうのだが、それぞれの教授についてネジャーティが話してくれる時に、「キャンパス近くに住んでる方」とか「ブルーアッシュに住んでる方」とか言ってくれるので、それで名前を区別している。

 日記にも多分時々書いているのだが、欧米人の顔の特徴をつかむのが難しい。それは逆のことも言えるらしく、ネジャーティはアジア系の顔が同じに見えるらしい。学校や職場のように毎日見ている人なら別だろうが、頻繁に会わない人だと、決まった場所以外で会うとおそらくわからない。ニューハンプシャーのあの小さい町でも、スーパーで声をかけてくれたのが歯医者さんだったというのに気づくのに、言われるまでわからなかったぐらいだ。

 ところが、今度行くブルーアッシュのお宅はおとどしの夏以来にもかかわらず、家の間取りやら、裏庭などがちゃんと記憶に残っている。玄関から右に行くと台所があって、それを抜けるとどんな部屋があって、裏庭にどうやって抜けたかというのも写真のように覚えている。もちろん、細々としたものは覚えていないのだが(ここに何があったかまで覚えてたら、マニアやって・・・・)、例えば、この部屋で教授と奥さんと立ち話をしたとか、裏庭のサンデッキでごはんを食べただとか、裏庭の芝生でバドミントンをしたり赤ちゃん同士で遊んでいたとか、そういう記憶と共に残っている。

 家の特徴をつかむ要領で、顔の特徴をつかんで名前と一致させたら多分大丈夫なんやろうけど・・・。



2004年08月10日(火) 5年前の記憶

 ネジャーティの研究室、奥さんの出産予定日が今月初め、という人がいて、今日は研究室に来ていなかったから、もしかしたらもうすぐ生まれるかも、ということだった。

 バースクラス(Birth Class)には行ってなかったようなので、きっといろいろ不安なことも多いだろうと思っている。ニューハンプシャーにいた時は、何回かにわたってバースクラス(夜に行われる)に行ったが、必ず2人そろって来ることになっていた。というより、それが普通だったみたい。日本だったら日中、妊婦だけでクラスがありそうな気がする。

 今となってはあまり何をやったか覚えていないのだが、毎回クラスの最後に、先生が電気を消して音楽をかけたりして、パートナーが妊婦さんのマッサージをすることになっていて、肩や腰がつらかった私は、マッサージがとても楽しみだった。

 私がすっかり忘れていたのは、クラスのシリーズの最後の方で、生まれたばかりでまだ退院していない赤ちゃんを先生がお風呂に入れて洗っていたことだった。ちなみにアメリカにはベビーバスというのがあって、ネジャーティは研究室の人にそれを勧めたらしい。

 *ベビーバスは、台所のシンクに合わせた大きさになっていて、そこにお湯をためて洗うようになっている。でも今のうちのシンクは2つに分かれているので、もしかしたら使えないのかも。ベビーバスの下からお湯が流れるようになっている。腰をかがめなくていいので、洗う方としては楽。

 ネジャーティが逆にすっかり忘れてた、というのは、梨奈が生まれて5日目にトルコ人のお宅のクリスマスパーティに呼ばれて、ネジャーティがトルコから来ていた人に風邪をうつされ、1週間ほど高熱でうなっていたこと。そのせいで、回復していない私は家事がつらかった。

 さて、もう生まれたかな。



2004年08月09日(月) 下調べ

 今日は涼しかった。クーラーをつけずにすんでいる。

 ところで、来月はうちの親とシカゴで落ち合わせ、1週間滞在していろいろ回る、という予定になっている。梨奈が生まれてからというもの、梨奈に会うのが第一の目的でアメリカに来ていて、今回で海外&アメリカが3回目だ。今回はオハイオはいいから違うところ、というので、シカゴになったのだが、シカゴはこの前の3月に行ってて、まだ記憶が新しいし、回りやすいかも。

 他の方からお借りしているガイドブックや、この前シカゴで仕入れた情報などで、いろいろ予定を立てている。前回はシカゴのダウンタウンに泊まったが、今回はオヘア空港近くの日本人コミュニティーにあるインに泊まって、ちょっとゆっくりする予定だ。

 旅行前の下準備はかなりする方で、グループやネジャーティと行っても、調べるのは自分だ。自分が運転するので、AAA(日本でいうJAF)でもらった地図とにらめっこする時間も結構長い。旅行よりも、下準備の方が結構楽しかったりするわけで、シカゴのダウンタウンにはないパネラが泊まる近辺にある、というのも調べてわかったし(といってもそこには行かなくて、きっと日本のパン屋さんに行くんだろうけど)、自分の進路を間違えたかなと思うほど、この作業は自分には合っている。

 それから日本からの旅行者よりも詳しいだろうなと思うのは、一つはガイドブック以外のことを知っていることだと思う。オハイオにあるなしに関わらず、全米に店舗を持つお店やレストラン、ホテルなどを知っている。今回は親が来るが、友人が来ても、このお店には行っておきたいとか、モールもおさえておきたい、とか思うし、お店のHPで前もって場所を調べておくことができる。もちろんシカゴに実際に住んでいるわけではないので、地元情報は、実際に住んでいる方のHPをかなり参考にしている。

 というわけで、下調べの作業、続行中。



2004年08月08日(日) 野郎2人のドライブ?

 今日は高速出口からすぐのところにある、ハミルトン郡の公園、Lake Isabellaに行った。釣りを楽しむ人たちでにぎわっていたが、そこの湖では、なまずやニジマスなどが捕れるらしい。



釣りを楽しむ人たち



 高速出口から反対に行くと、先週の金曜日にお邪魔したプレイグループのお宅の方にいくのだが、この前のこと、高速出口からお宅に向かっていると、前と後ろの某ドイツ系の外車にそれぞれ2人の男性が、何かを話しながらドライブを楽しいんでいるように見えた。年齢からすると30〜40代といったところで、こういう2ショットはゲイの人たちに違いないと思っていたら、その2台ともショッピングセンターの手前を左折した。

 2台ともそろって左折するとは、と思ってよく見たら、その外車の営業オフィスだった。なんだぁ、ディーラーと顧客だったのかぁ、とホッとした。
 



2004年08月07日(土) 郵送物の行方判明

 先月の12日には着いている、となっていた行方不明の郵便物。実は昨日配達されたらしい。そりゃいくら探してもないはずやわ・・・・・。

 誰かが受け取ったとなっていたのは結局なんだったかわからないが、とりあえず郵便物の封筒をコピーしたものを郵便配達の人が持っていき、調べてくれるらしい。届くのになぜ約1ヶ月もかかったのか、というのはとても不思議なのだが、一度よく似たことを私も経験していて、プライオリティーメール、という2、3日で着くというものをシンシナティの本局からケンタッキーに送った時に、2週間ほどかかっていたことが後でわかった。車でも2時間の距離が、なんで2週間かかるねん、と思ったが、システム上、何か問題があるのでは、と推測。

 郵便物ではトラブルはなかったので、今回のことはちょっと意外だった。



2004年08月06日(金) 来年で60年

 去年のこの日に日記には何て書いたかなと思って見てみたら、この日は飛ばしていた。多分まとまらなくて書かなかったんだと思う。8月は戦争について考える月になっている。広島や長崎の原爆投下、そして終戦日と考えは尽きない。

 広島に原爆投下から59年と聞いて、もちろん毎年年数が増えるのは当たり前なのだが、来年また大きな節目を迎えるんだなと感慨深かった。原爆の日の前後に出てくるニュースでは、広島の人がどのように伝えていけばいいか、という試行錯誤もあったり、当時体験した人の話など、心を動かされ、涙なくては読めない話が多い。

 小学校の時、広島にいたおじを訪ねた時に、平和資料館を訪ねたのだが、なぜか気持ち悪いとは思わなかったし、中学に入ってからも図書館にあった原爆後に取られた写真集を時折見たりしていた。海外の人たちの多くは、この日に広島に原爆投下されて、何万人の人が亡くなった、という短い文章でしか事実を知らず、亡くなった人たちや被爆した人たちの当時の状況などまでは伝わっていない。

 その短い文章だけでは、そういうことがあったんだ、という事実しか伝わらない。そこに人たちがいて、それぞれの生活や、人生があったこと、生き残った人たちの証言や思いなどが伝わってほしい、と思う。



2004年08月05日(木) 侮れない4歳児

 おととい、矯正歯科に行った後、パネラに行ってフローズンコーヒー(?)を注文した。いつもコーヒーのスタンプを貯めて、それがいっぱいになったので、フローズンコーヒーはタダだったのだが、アメリカらしいなあと思うのは、どっちのサイズがいいか、と聞いてくることで、おんなじもらうんやったら大きい方がいいやろう、というので、遠慮せずに「大きい方」と頼んだ(年々厚かましくなる?私)。

 パンを買って席について、梨奈と2人で飲んでいたのだが、梨奈がお水を持ってきて、自分はコーヒーを飲むから、ママはこっちを飲んでね、とお水を差し出す梨奈。つぼにはまってしまい、笑いをこらえる私の図。

 どんどん知恵がつく4歳児はあなどれない・・・・。



2004年08月04日(水) 緊張感が必要?

 昨日は矯正歯科に行くまで掃除をして体を動かしたからか、寝る時にはなぜか気分爽快で、そのうち眠りに入った。寝起きがこんな気分爽快だったらいいのになあと思うのだが、なぜか途中で目が覚めることが多く(梨奈に蹴られたりして)、睡眠時間は十分に取ってもすっきりとまではいかない。

 本当は日々暮らす住人が快適な生活をしないといけないのに、毎日梨奈が散らかすのを見ると、それに慣れてしまう。誰かをお呼びするとその日の前後は普段よりきれいなのに、また散らかってしまうので、この緊張感を持たないといけないと自戒する私だった。
 日々の暮らしに変化をつけるのも、緊張感を持たせる一つの手かも。



2004年08月03日(火) 視力検査

 暑かった〜! 今日は掃除をしてると汗ばんできて、蒸し暑い関西の夏を思い出した。こういうカーッと暑い夏を過ごした〜、という気分を味わってから秋に入るという、夏と秋のギャップが個人的には好きだ。

 ところで、この前の金曜日に免許を更新した時に、視力検査があって、ネジャーティが先に受けたのだが、メガネをかけているにも関わらず、「ぼやけて字が読めない」と文句を言い、何度か言わされて、かろうじて合格。霧がかかってるみたい、とぼやいていたが、それってあんたの視力の方が悪いんとちがうんかい、と心の中でつっこんだが、視力が落ちているんやろうか、それはあかんやろうとまたもやつっこむ私(心配よりつっこみを入れないと気が済まない典型的な関西人)。私もこのところコンピューターの前に座っていることが多いので大丈夫かなと思っていたが、ちゃんと見えてよかった。裸眼でちゃんと見えるのはありがたい。

 もう一つ、ライトがどちらに見えるか、というのも聞かれたことに気づかず、ネジャーティが横からライトが見えるのを言わないといけない、と言ってくれてたら、他の係員に、横から口出ししちゃいけない、と言われて、ネジャーティは踏んだりけったり。



2004年08月02日(月) 近所の子6人が遊ぶ@裏庭

 このところ暑い日が続くが、多分日本と比べるとマシな方だろうなあと思っている。

 今日は隣のサディラの所にケイラという女の子が遊びに来ていて、梨奈とヒスパニック姉弟といういつものメンバーに加わって、裏庭で遊んでいた。ヒスパニックの一番上の姉、グアダルーペは「ステファニーという名前に変えたから、そう呼んでね」というので、梨奈も間違わないようにステファニーと呼ぶようにしている。

 その下のブレニーは少しずつ英語の言葉を覚えているようで、ネジャーティもブレニーはかわいいね、と言っていたのだが、きのうかおとといか、ネジャーティのことを「ダディー」と呼んでいた。ブレニーは3歳でスペイン語しか話さないのだが、もともと優しいのか、思いやりがある(梨奈をかばってくれたりとか)。今日も、梨奈が泣いてるよ、と言いに来てくれた。

 今日はサディラとケイラのお母さんが裏庭にいたので何かあっても助かったけど・・・。



2004年08月01日(日) 空港で

 今朝空港に日本に帰国される方をお見送りに行った。見送る人がみんなさみしくなったのだが、先月もプレイグループでシンシナティを離れる方がおられて、さみしいものだなあと思ってしまう。

 ところで、見送りに行ったのはノースウェストのターミナルだったのが、デルタのターミナルにいつのまにか移っていてびっくりした。もしかしたら以前聞いてたのかもしれないと思ったが、全く記憶になかった。

 空港には見送りかで迎えにしか来たことがなかったが、やっと自分も来月利用する予定だ。シンシナティに来て初めてなので、ちょっとわくわく。


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