初日 最新 目次

 


 

 

 

Daydream

 


ドッカン日記
DOK.Kan

My追加

2001年06月30日(土)
School days5

大人になったらきっと、どんな小さい事も
「ああ、仕方ない」「こう言う事もあるし」と気に止めなくなって行くんだろうか。
どんな事にも許せなくて一々全力で向かっていけるのは今の間だけかもしれないから、
それなら私は悩める間に悩むだけ悩んでおこうと思っています。
…何を突然…?

合唱祭は本番をお楽しみにともかく、面談やらなんやかんやで遂にぷっち切れたとも言うべきかしら。
「面談で余計判らなくなった事の補足」を建前に、またまた担任に意見書を提出したりして(苦笑)
しかも「調査書の下書」と一緒に!内申書が怖かったり?!
その上USJのグラサン姿の写真つき!!一通で三倍お得だね!!(ダメージ三倍)
…どうも私は今、「先生の姿」ってのをかなり必死に追い求めているのかもしれないです。
因みにそれを書く為に遅刻したんですが。
校則云々の件、気に入らなかった…って、先生方の言っている事が本当に判らないのが嫌だったから。
根が単純なの…それだけでここまで噛み付く自分が謎。
自分の目指す進路にも関わってくる為余計…これがね、高校二年なら「まあ来年あるか」で済んだの。
現在の担任の先生にはもう、私の学生生活最後の担任に当たった事を悔やんで頂くしかないです。
運が無かったと。

私が過去、尊敬した先生は(厳密に言うとただ一人ですが)小学校の幼い時分で何せ確実ではないけど
完璧ではなくて、でも怒ってくれて誉めてくれて、
何か自分が生きてきた人生においての信念を一つ、見せてくれた先生でしたから。
先生と言うのは、特に小学校〜高校は生徒と接する機会が長い。ただ勉強のみを教える訳じゃなく、
自分が生きてきた人生を生徒に「一例」として見せるのが仕事かなあと思いまして…
…あくまで自分は夢見すぎなんですが…まだ子供。まだまだ子供。
どの生徒も対等に扱う訳にはいかないだろうけど(人間好き嫌いはある!)
どの生徒も見捨てちゃいかんと思う訳です。

最近の学校崩壊、実情を知らない自分が言うのもなんだけど
中高の抑えが利かないでっかいガキはともかく、小学校の低学年ならそれは子供だけではなく、
家のしつけもあるでしょうが、先生の威厳が無いのもでかいと思うのですが如何なんでしょう。
威厳と言うか、「怒る事が出来ない」と言う事です。納得させる怒り方。
私は怖かったですよ、先生のお怒り。一応今でも。

因みに意見書の内容…
怒るのは胃が痛いと仰っていましたが本当に見て見ぬ振りが過ぎる気がするので、
そして以前、何でもない時にぽっと「お前の絶対はその程度か」と生徒に言ってたのが印象に残ってて、
「先生はそう仰ってましたけどそう言う先生の方が中途半端ではないですか。」
時には怒る事も必要でしょ。信念みたいのが見えないんですけど…。

すっげぇ生意気な生徒(苦笑)こんな奴絶対むかつくね;;
でも今週、ちょっと怒ってましたか?(判らんけど)
母親曰く、「それって『先生』にとって最も言われてはならん事でわ。」

個人懇談が怖い今日この頃。

*****

テスト週間、その後本気の半年ですから更に没します。(でも逃避には…怖ッ)
でも元気でやってますからvv(暴れすぎ。↑)
メイル、ウェブアンケート下さった方々ありがとうございます〜!!お返事できてなくて申し訳ありません。



2001年06月22日(金)
暗くて悔しく。

自分に嘘は吐きたくない。
それでも、時として嘘が必要になる時もあるのだけれどせめて、笑う事だけは本当の時だけにしていたい。
自分にバカ正直でいたい。
我儘やマイペースなんてモノじゃなく、自分の心だけは在るがままに感じていたい。
それでも、時として嘘を吐かなくちゃいけない時もあるけれどせめて、壊れる前に壊してやる。

…今日はお腹が痛くて痛くて、家に帰ってずっと父に胃の裏を叩いてもらってました。
ストレス…かなあ?判らないや、それだけではないんだけども。
合唱祭、伴奏を降りるつもりです。
突然何を言うかって?いや、十分考えて、皆の行動を見ての結果なのだけど…
口では幾らでも「頑張る!」とは言えますよね。だけど、練習しないわ話聞かないわ出るのは文句文句。
これが最近の、一部の、女子高生の実態です。あくまでは一部ですけど、それでもそれが真実。
二度、怒鳴りました。一度目は指揮者さんの注意中、「折角注意してくれてんねんから聞いてよ!」
左首付け根の筋がぶちッと鳴りました。はっきり言って、やばいです。
二度目は「聞いてッ!」ここら辺からもう、我慢の頂点です。
挙句の果てに現状で満足…可笑し過ぎて笑いも出ません。甘い、全く甘すぎる。
ここで私が降りると言ったらば、「引き受けたからには最後までしろ」と言うでしょうか。
確かに無責任は承知ですが、度合いで言うならどちらが無責任か…否、そう言う問題ではないな、
このままでは私は潰れるので安全策です。これが最大の。そして棄権を勧告するつもり。
下手くそで恥をかくよりも、サッパリ棄権した方がまだ潔くて格好いい。
言ってる事とやってる事が違うんじゃないのか、甘いんじゃないのか。
これでいい結果が残せなかったらそして、また何かの所為にするのか?
選曲が悪い、指導が悪い、審査員の耳が悪い…仕方ない。
そして焼肉を食べに行ってすっかり忘れると。はッ!!
…勿論、最終的に別の人を立てるかもしれないし、心を入れ替えて私がまたしてるかもしれない。
だけど私は今は、これを言うべきだと思ってるから、必要と思ってるから。
…ここらが頑固者と言われる由縁ですか…。

すっかり犬笑い犬似の担任「犬君」(あだな決定。いぬき)
覚えてるお前、絶対いつか言ってやる。
柔軟な姿勢と甘いのとは違う。怒るべき時に怒る事も出来ないような奴は教壇に立つな。
って言うかうちのクラスが一定レベルの清潔度を保っているのは、毎朝私が整理したりゴミ捨てたり
果てはゴミ箱洗ってるからって事を理解した上で、美化に勤めろこのヤロー犬君!!
先生、甘いわ。



2001年06月16日(土)
らいおんはーと。

無駄に面白い「らいおんはーと」。
…今巷で噂(…かどうかは知らんが)の小泉内閣のメールマガジンです。
何を思ったか購読開始、しようと思ったら金曜日の4時に間に合わなくて
創刊号を逃してしまったのでバックナンバーを読んで参りました。
たかだか世間の荒波すら何も知らない温い学生の私だけど…
これ、言ってる事が結果として現れたら凄いよね、確かにこの国は変わる。
でも、言い倒れになったらもう立ち直れないんじゃないだろうかね。
要は「結果」、「成果」だもんね。
ねえ?Drマシリトさん。(総理大臣さんの事よ)
「君が代」斉唱(不覚にも今、「さいしょう」って打っちゃったよ;;)
の強制だけは勘弁して頂けませんか。
(まさかとは思うけど、正しくは「せいしょう」ですよ)

この間朝のラッシュ時に、臨時休校で遊びに行くのか中学生位の女の子達三人が、
電車を降りて皆で階段に向かうそのラッシュピークのホームで事もあろうか三人頭を揃えて下向いて…
ガム吐きやがりました。
誰が掃除するねんとか誰が踏むねんとか否、それよりも…
嘘やろ。
余程、蹴ってやろうかと思いました。(ラッシュ時に付き実行ならず…ちッ)

「情けは人のためならず」
−その人の為に親切行為ばかりしても、その人の為には良くない−
…なんて思ってる人が多いのか…私はこれ、小学生の頃に習ったなあ。
−人の為に親切行為をしているといつか巡り巡って自分の為になる−

「可愛い子には旅をさせよ」
−可愛い自分の子には望むように好きに旅行させてやろう−
…それは嘘やろ;;
−可愛い子には多少辛い目にあっても人生の旅をさせよ−
な感じの筈…スイマセン、確実説明できないんで間違ってたら教えて下さい…;;

世の中変わりましたね、皆非常識でね。
偶にふと、私も十分非常識なので、ボケをかますと家族からの突っ込みが痛い。
こんな事ではダメな気が…数学の計算が幾ら出来るより、大事なのは常識。
人と人との社会に暮らす上で守られるべき暗黙のルール。
当然周知の上であろう最低限の知恵知識。
斉唱を「せいしょう」と読めるかどうかも最低限の知識だろうけどな。
(字面を思い出してボケかまして「さいしょう」と打ってしかも「宰相」と出した私は言えないが;)
昔習った事のある者としては
「憧憬」…正しくは「しょうけい」の筈が今や「どうけい」になりつつある。(パソコンでも出るようだ)
「重複」…こちらも「ちょうふく」の筈がすっかり「じゅうふく」…気持ち悪いなあ…。
そう言えば母親は「上」と言う字の書き順が昔と変わってて気持ち悪いと言っていた。

常識がないとか、その非常識が常識になる世の中が怖いと思う今日この頃。
そして自分の常識のなさに危惧する…はわわわわわ;;

この間某友人に、
「なあなあ、今日『はかけんしん』やんな?」
って聞かれた時は思わず
「…は?」

正しくは「しかけんしん」。
勿論「歯科検診」ね。



2001年06月10日(日)
駄々駄々駄文。

昨日の訳の判らない日記は、直接あの事件の事ではなく寧ろ日頃から思っている事です。
私は学校で、先生から事件の事を殆どリアルタイムで聞きました。
開かれた学校として、学ぶ子供として、教える先生として、何も、何にも悪くはないのに…物凄く痛いです。
「ムカツク」と言う、若者の流行語として本来の意味から多少外れて
軽率に使われている言葉がありますが、今回だけは本当にそんな気持ちです。

合唱祭、ハイ、伴奏頑張ります。
但し今回は「いつ切れてもいい権」を担任から、そしてクラス委員からお許し頂いたので
自分の勉強犠牲にするつもりはないですし、遠慮はしないでバンバンいかせて頂きます。
…と言ってもまた、なかなかぶち切れると言う事をしないんだろうけどな…。
怒ると胃が痛い。
先ず最初にドカンとやってまえば?と先生は勧告なされましたが、最初から血を吐いてどうする。
って言うか自分も怒る時胃が痛いんならお判りでしょうが、できない事を。
Y君、否、M嬢?八つ当たりは覚悟しておいて下さいね?←いや全くの私事
って言うか私は実生活でもTちゃんと呼ばれるんですか。アイヤー。

某友人に(ぶっちゃけた話M嬢ですけど)凄く「少女」を見てしまった。
いや、実際少女なんだけどさ。
こう、ときめいてるんですよね…「胸キュン」と言う表現が在るなら将にで。
見てるこっちがドキドキするくらいのね〜ギャー溶ける〜////
珍しく良い意味で、「女の子だなあ〜」と思ってしまいました。
や、別に私がそう言う青春めいた感情を「失った」とか「初めから枯れてた」って訳ではなくて!
…恋愛の形態は自由でしょ。←多少意味が違いますが
女の子が好きな男の子にドキドキしてるのも、(何だか少女漫画のようでゴワス)
うちの母親が新選組ネタに埋没ラブしてるのも、(「幕末」の単語一つで沸き立つ話が止まらない)
友人が下敷き見て胸焦がして悶えてるのも、(これだけじゃ何の事か判らない。まあいいか)
立体だろうが活字だろうが二次元だろうが(この表現嫌だな)、形は違えど「恋」なのよ。
若いわ、眩しい。

…何言ってるんだろ自分…本気でオッサンみたいやわ。
私にも立派にそう言う感情はあるんですけど〜、どうも性格上「−きゃっv」とはならんのですよ。
比較的こっそりなのですよ。あくまで控えめに。最近そんな事もないけど。
今現在、まあ色々と、メキメキときめいてますしね。(この表現なんかもっとイヤだな)
だから「冷めてる」とか「枯れてる」とか言わんで下さい某M嬢。
これで日記の仕返しを終わります。まる。



2001年06月09日(土)
ヒビ、ツレヅレ

歩いていても、家で寝てても学校で勉強していても、
「死ぬ可能性」はどこにでもあった。
だけど、「殺される可能性」なんて、最早防ぎ様がない。
一体何に怯えて何を防げばいいのか、それを守ったら、
道を歩けも家で寝ても学校に行けもしない、生きていけませんね。

生まれた瞬間から「命の尊さ」と言うのは本能的に理解出来ている筈。
なのにそんな基本的な事すら理解しかねている人間が現在いる訳で、
そして私は命の尊さは判っているつもりでも、何故か、それを明確に説明出来ないでいる。
「何故殺してはいけないの」「何故死んではいけないの」…説明出来ますか?
しかし、何故そんな事にすら説明が求められるのですか。

自分の考えを持っている人が、今の世にどれだけいるだろう。
自分の頭で考えていますか?「私はこう思う」と、胸を張って言える?
考える事を放棄した人間に進化はないし、
考えられなくなった人間は最早考える事すらどうすればいいのか判らない。
残念ながらこの世の中、考えなくても流されて生きていける。
寧ろその方が楽かもしれない。自分にダメージはないから。
でもそれじゃ、何の為に生きてるんでしょう。本当に自分の為?
考える「振り」をしている私には、判らない事なんだけども。

想像力がなくなっている。最も怖い事。
例えば奪う者は、奪う事自体と奪われた事、感じる力がない。
本能のままに生きる、加えて程度と言う限りがないから生きる為と確固たる目的がないからそれは
「野生の獣」として生きる動物ではない。ただの怪物だ。
それで人間ですか?本当にそれで?
人と人との間、動物との共生、環境との共存…?
この世が自分ひとりだけなら、或いはそれで良かったかもしれないけれど。
在るがままに我儘に、「何をしても許される」。
その傲慢は、残念ながら動物ではない怪物だ。

生きたくても死んでいかなくてはならない人が多い中で、自分の命をよりにもよって
「生きていても仕方ない」なんて奪う奴は、迷惑・悲しみを置いておいても最も贅沢な悩みでしょ。
命は自分の物ではないし、誰かの物でもない。
それを奪う事は誰であってもどんな理由でも、許されない筈。
自・他関係なくね。

「自由」と言う拘束の中で、自分を貫き守る事は他人のテリトリーを侵害しない事。
愛とか慈悲とか思いやりとか、言い方は色々あるかもしれないけど心を無くした人間は、人間じゃない。



2001年06月07日(木)
School days4〜面談編の二

久々に日記を書いたらあまりに長くて切ってしまいました。
コンフェデ杯ビバ☆ニッポンイレヴン!!習い事の為に後半からしか見られなかったけど
(つまりまたシュートシーンを逃したと…泣)格好いいよぅ!!フランスかブラジルか…楽しみだ。

校則問題について…これは実は私の中で一つの形として整ってたのですが。
以前担任当てに出した意見書の事ね〜最後に手を組み直されて万全の体勢で来られましたね。
「それはそうと〜」…ギクぅッ!って感じに。(笑)
正直に言うと、忘れてたんだけどね。(4月27日付参照くらいかな?)
何だか言い包めようとしてるんだろうかと言う雰囲気をヒシヒシ感じたが、元からコチラは反対ではない。
このような結果を推し進めるに至っては、仕方ないとは思っていたけどやはり、段階の問題で納得できない。
学校は社会の縮図ではあると思う。
その中で、建前は大事なのは確かで、建前を立てれば自由は崩れ、自由を立てれば建前は崩れる。
但し、何をしてもいいというのは「自由」ではない筈。
我儘と自由は違う、自由である為には自由を望み続けなきゃいけないし自由であり続けなければいけない、
既に「自由」と言う一つの拘束がそこにあるんだよな。
本当の自由とは…実は、多くの先生は今まで口を酸っぱくして仰っていました。
そこから学び取る事が出来なかった生徒のバカさがこの状態を招き、こうなってしまった。
段階を踏んで自由と言うものは何か、そしてこれを今することの必要性は何かが知りたい。
「それは俺に言わせれば甘えやわ。」まあ、そうだけどな。
私に言わせれば押さえきれなかった教師も十分温いわ。
建前と言うのはある一定の纏まり程度はなければ成立しない筈。
それすらないでしょう、建前を翳しときながら。
今回の学校がとった方法の結果は直ぐに出る物じゃないけれど、私達は後一年だから中途のままなんだよな。
それがまたイヤで。「ええやないか、今こうして聞けてんねんから。」
って、それがヤだから必死で聞いてるんだっつの。この先生、考えが意見として言いたい事が
言葉として纏まっているのはいいんだけどどうも、飛ぶんだよな、言葉が。
ただ、うちの学校の何が素晴らしいと言うとやはりこうやって、
判らない事は納得するまで話を聞ける環境だ。私が思う自由とはそれだから。
意見を言う事、聞ける事。そしてそれをどう活用するかは私達次第。
私は一応、自分の中である段階で纏まってはいるんです。
憶測で先生はこう言いたいんじゃないか、私はこう思うと思った事は確かめれば。
どちらも言葉が足りなかったと言う事かもしれない。「曖昧な意見が出ることは素晴らしいぞ。」
って、それは「強制的支配を受けない自由」と言いたいんですか…?
私に言わせればそれはどちらも必ずしも素晴らしい事ではないんだが、憶測でまたそれを理解しなあかんと。
…言葉足らんやろ絶対ー!!

正しい間違ってるで片付けられるものではないから、長い目で見なければいけないかもしれない。
結局言い包められる理由がないのでそのままだけど、言いたい事は大体言ったかな?
実際楽しかったです。教師と議論すると言うのはね。中々出来る事じゃない。
今日はケンカ腰ではなかった!これは絶対。
ただまあ、「よく判ったわ。」と言われたけどこっちはまた混乱してるんだぜ。
どうでもいいけど私は人と話す時は睨む程に人の目を見て話すクセがある。
これは幼稚園のシスターにつけて頂いた非常に有り難いクセなんですが
(実戦向きです。具体的にはケンカ向き)その上で、話をしている最中に
ゴロゴロゴロゴロ姿勢を変えられるのははっきり言って目が回る〜!!
そんなに前髪が鬱陶しいなら切りやがれ!!
40分はしんどいっちゅーの。



2001年06月06日(水)
School days4〜面談編の一

『進路についての面談』と言う奴です。
しかし進路は5分そこらで済んで他はクラスの事と校則問題ってどういう事だ。
「どちらかと言うと君は皆と騒ぐよりもそれを冷静に『こうやって』見てるタイプやろ。」
わざわざ頬杖をついてそれはもしかして僕の物真似ですかティーチャー。
目つきが似ててイヤんね。って言うか眉間に皺入れないで。
いや、それはこうバーッと騒げないと言う性格なんだけど…
そうだなあ、外れてはない。
しかしだな、だぁあチクショォ!40分近くもは今日はしんどかった…。

進路については、芸術方面はまあ、あまり言えないとは思うんです。
本人の頑張り次第。頑張るぞって、気概と目標と向上心はあるんだけどね。
そしてそれについていこうともしてるから、
ヘバってる時は寝かせて下さいとしか言えません。

クラスについて…もうすぐ、合唱祭なるものがあります。
私が奏楽をした中一、中三〜高二までのうち、後者4度は幸運な事に入賞しました。
中一はまだまだ子供の声でも誉められたんだけどね。ウフ。
ただ他は、私のチカラではなくて皆の踏ん張りでした。
合唱祭、合唱は、どれだけ指導に力を入れても歌うのは皆です。
皆が頑張らないと意味がない。
高二は、皆が文句を言うわ人の苦労は無視するわで当日に私がぶち切れてガンガン弾いたので
(はっきり言って演奏ではない代物、音がでかいだけ)
何故かそれに乗せられて皆も声が出た。迫力のギリギリ入賞です。
自惚れて貰っては困ります。あれは運です。
今回、奏楽の推薦を頂けた事は光栄だし、実際でしゃばりだし最後だし、やりたい。
ホント言うと。だけど、クラスはいいクラスではあるけど、一度ふざけたら止まらない所が在る。
お調子者が多いんだけどな。だから、文句を言ったり騒いだりされると
今までならそれを裁ける余裕はあったけど受験と言う物が重なるとそんな余裕は吹っ飛ぶんです。
私は怒ると胃が痛いから怒りたくないし、統率する力はない。
それではと言うなら他の人を探して欲しい。
これ、人を纏める側の人は痛切に判る気持ちではないですか?
纏められる方には微塵も通じてない気持ち。
「怒ると胃が痛いよな〜…」「はぁ…全く。」
って話を、なして教師相手にしみじみせにゃならんのだ。