西方見聞録...マルコ

 

 

大掃除とかきうどん - 2004年12月28日(火)

 さて、大掃除である。我が家の掃除奉行のあめでおさんは張り切って公休をお取りになる。ワタクシ的には26日の日曜に子どもが昼寝してたり、外で縄跳びしてたりしている間にちょこちょこっと実施した台所改革で気が済んだというか憑き物が落ちたというか、もう今年は上出来、という気分だった。 だが、まあ一応、誰も立ち入りが出来なくなっている地獄部屋(=物置部屋)を何とかしようかなとワタクシも大掃除をすることにする。

 娘2人を保育所だの学童だのに預け、マルコとあめでおさん主従は黙々と大掃除。あめでおさんは居間と寝室を主戦場に物凄い抜本的に埃取り。喘息ケアの基本は埃取りという彼なりの哲学に彼は今年も最後まで忠実であった。マルコは前述の地獄部屋のほかはベランダとか風呂場とか玄関とかわりとオーソドックスにピンポイント掃除。

 とにかく午後2時には家中かなりきれいになったので、外出しご飯を食べ、時間をみながら2児を回収しに行くことにする。

 しかし2時という半端な時間が災いしてか、せっかくの大人二人ランチなのにめぼしをつけていたお店が軒並み「支度中」。そんでしょうがなく、法隆寺門前の観光客相手のお店で、一際、際物メニューといううわさの「柿うどん」というありがたい一品(630円なり)をいただく。

 え〜っと(意外にも)おいしかった。うどんは時節柄、ザルではなくてあったかい方のうどんにしたのだがちょっと甘味のあるお汁に、(柿が練りこんであるという)オレンジのうどん。そのお姿ほど、味の方はぶっ飛んでなくて普通に美味しかった。法隆寺近在を攻める予定の方は是非お試しあれ。

 その後、保育園のお昼寝タイムとそれに続くおやつタイムが終わるのが3時30分なので30分ほど余剰な時間がある。そこであめでおさんと2人で法隆寺境内を散歩。せっかく子らがいないというのに結局行くのはそこかい?と小さく魂がシャウトしたが、まあ日が傾きかけた冬の法隆寺境内を「子らが巣立ったらこうやって散歩するのかね〜」とか語り合いつつ、待機児童の減らないことと保育園需要の掘り起こし問題について論じながら散歩したりした。






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愛と疑惑のクリスマス - 2004年12月25日(土)

 さて24日晩、1号さんは家族のモノどもに「もう、みんな早く寝て、おとうちゃんはいつまでも写真の整理してないの!おかあちゃんは何インターネットしてるの!」と号令をかけ、午後9時には家族全員に就寝するように申し渡します。「だってみんなが起きてたら、サンタさんが来にくいじゃん」だそうです。なるほど。

 そして布団に入り枕もとに「友達いっぱいノート」を広げ、マルコにメモ帳を渡し、「サンタさんへここにサインしてください」と英文で書かせます。

 そして朝、首尾よくプレゼントと友達いっぱいノートへのサンタさんからの挨拶(フィンランド語*協力Papillonご夫妻)を受け取り、ご満悦な1号さんでした。そして1日プレゼントの「小枝ちゃんと木のおうち」で遊んでた1号ですが、夕食後、マルコがネットしていると、背後からやってきて

「ねえおかあちゃん、科学大好き土曜塾の質問コーナーで質問してほしいことがあるの」

と申します。科学大好き土曜塾とはNHK教育でやってる番組で子どもがかんじた不思議を質問で送ると科学的に解明してくれる「君もガリレオ」というコーナーが1号のお気に入りです。

その質問フォームを呼び出し「で、1号ちゃん何を聞きたいの?」ときくと、

「サンタは本当にいるの?ってきいて」
と、のたまうではありませんか。

質問フォームのまえに、マルコ数秒固まります。サンタの実在を演じるためのあんな苦労やこんな苦労は全て茶番だったのでしょうか??

 そして、その質問は科学で解明してもらえる質問なのでしょうか??

「1号ちゃんはサンタさんについてどう思うの?」

と訊いてみます。

「うーん。いると思うけど不思議なことだと思うの。」
 
 そりゃそーだ。疑いは科学への第一歩ですわ。少し悩んだ後、こっちのページをぐーぐる君で呼び出し、読んで聞かせます。

「いみわかる?」

ときくと

「サンタは絶対いるって事がわかった」

とのこと。

「そうだね〜。また来年読んでみようか。このページ。今とは違ってかんじるかもしれないからね。」

 来年、私たちはどんな風にこの日を迎えるのでしょう。朝に全力でサンタを演じ、夜に真実を語る日がそう遠くなく、やってきそうです。


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メモ - 2004年12月23日(木)

 多ぶんか考


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御礼 - 2004年12月22日(水)

前回日記でいたしました署名のお願いにたくさんの方が賛同してくださってほんとにありがとうございました。
 現在目標5000のところ4260筆の署名が集まっているようです。年明けまでにまた集めて入管に第2次提出をする模様です。くわしくはこちら。
 ご署名いただいた方へのフィードバック日記でした。(12月27日記す)


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遠くて熱い声 - 2004年12月21日(火)

 前の職場で私が密かに恋していたのではないかといううわさのNさん(女性)から下記のようなお願いメールが転送される。
 元発信の下澤さんもNさんも世界で4番目くらいに信頼できる人(当社比)なのでもし下記を読んで共感してくださったら、署名の協力お願いします。

 下澤さんも日本のNGOの御三家といわれたシャプラニールの事務局長を降りてH橋大学の大学院に行ったといううわさだったのだけど地下でこんな活動をしていたのか。

 私自身は今現在、いろんな渦中から一歩引いて「どういう『支援』が効果的か」研究する立場に移ってしまった。でも下記のような文章を読むと、渦中のしんどさとギラギラするような緊張がフラッシュバックする。いろんなパワーを枯らさずに渦中に居続ける持久力ってすごいなとシンプルに思う。私もまたいつか戻りたいなと胸が熱くなる。

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不特定多数の方々に配信することをご容赦ください。
ジュマ・ネットの下澤です。(ジュマ・ネットについての詳しい情報は、
http://jumma.sytes.net/~jumma/index.htmlをご覧ください)

すでに一度メールを送らせていただいたかもしれませんが、事態が急を要する状況
になってきており、メールを再送すること、また重複して受け取られた場合もご容赦ください。もちろん転送、掲載は自由にお願いします。

2004 年12 月2 日、日本政府に難民認定申請中だったバングラデシュのジュマ民族D・チャクマさんが、難民不認定処分に対する異議申し立ての結果について通知を受
けとるために東京入国管理局に出頭したところ、その場で不法滞在として身柄を拘
束されてしまいました。D さんは、チッタゴン丘陵学生評議会の活動家としての活
動歴が長く、現地で何度も命を狙われたこともあり、活動に疑問を持ち亡命を決心
しました。我々もこれまでのチッタゴン丘陵への支援活動から、彼の活動の実績は
明白な事実であると認識しています。本国に帰れば、先住民族の対立・抗争に巻き
込まれ、再び命を狙われる危険性が高いのです。詳しいことについてはhttp://www.geocities.jp/dchakma99/をご覧ください。

入国管理局を数回訪れ、彼と面会し、話し合ってきました。連日、入局管理局の担
当官からひどい質問を毎日されているようです。しかし彼は「希望を持ちたい」
「日本の人々を信じている」と頑張っています。残念ながら、彼の最後の口頭審理
が12月24日の午前10時となってしまいました。場合によっては、強制送還となる可
能性もあります。
こうなった以上、22日夜までに集まった署名を今回は提示するしか私たちにできることはありません。現時点でわかる署名の数は700程度です。インパクトある数字にするためには、最低でも5,000以上の数が必要です。ぜひ友人、お知り合いにメールでこのことを伝え、署名活動に協力いただけるようお願いします。日程的にも時間がありませんので、サイトからの署名が早くていいと思います。↓
署名サイト
よろしくお願いします。



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1号の野望ーサンタをはめる - 2004年12月18日(土)

 1号さん今年のクリスマスプレゼント(サンタ依頼分)は「イロイタ」がいいという。イロイタ=色板とは5センチかける10センチほどのいろんな色の板状のモノで後ろがマグネットになっている。

 これなら100円前後で買えるのでは?今年は安くすむわい、ほくほく。と思っていた。

 「イロイタなんてどうして欲しいの?」

 ときいてみると

 「ほんとはイロイタが欲しいんじゃないけどサンタがどこまで1号ちゃんの心の中をわかってくれるか試しているの」

な、なに〜!ひっかけか??

「じゃ、じゃあ、ほんとに欲しいのは何?」

「それは絶対内緒なの。サンタに聞かれるといけないから。でもサンタなら1号ちゃんの心を読んでほんとにほしいものを持ってくるはずよ。」

 むむむう。それは困りまったな。サンタがっていうか、親が。申し訳ないがマルコもあめでおさんもあいにくテレパスではなく、一介の小市民である。

 また1号は今冬生活科の課題で「友達いっぱいノート」を課された。「友達いっぱいノート」とは身近な人、クラスメートや親や親戚に一言「これからもよろしくね。」とか書いてもらって署名してもらって社会関係を広げていくというモノである。帰省などで親類と出会う可能性のある正月は友達いっぱいノートの稼ぎ時でもある。

 なんと1号は「友達いっぱいノート」をサンタにお願いするという。「夜中に来るからあえないかもしれないけど、テーブルの上に手紙かいて『友達いっぱいノート』をおいとこうと思うの。きっと書いてくれると思うのよ。」

 この思い付きをクラスメートに披露すると、居合わせた友人はその宿題をサンタにお願いするという1号の発想におののき震えたという。マルコもちょっと驚いた。サンタの(超能)力を試すわ、宿題をやらせるわ、相手は一応、神さま関係者なんだからさ。来年もし1号がサンタ伝説を信じていたら「サンタ捕獲作戦」とか考えそう。

 でもさ、サンタを信じたって何のトクにもならないけど、サンタを信じたスペースの分だけ心の大きな人になるってなんかに書いてあったし、騙せる限り騙してあげたいサンタな親心なのだ。とりあえず筆跡を悟られないように「友達いっぱいノート」を書く練習をするマルコ&あめでおさんであった。


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私はぎゅうすじカレーがにくい! - 2004年12月17日(金)

 週末はわりとよく、我が家で牛すじカレーが作られる。土日料理担当のあめでおさんが土曜の昼間、ことこと煮られて、夜に振舞ってくれて、日曜の夜にもう一回振舞ってくれたりする。牛すじは煮れば煮るほど美味しいのであめでおさんが牛すじカレーを作ってくれてる気配があると、なんとなくみんなうきうきする。

 マルコが土曜日に仕事を入れる場合は、土曜子どもの世話で牛すじカレーを煮込めないあめでおさんのためにマルコが金曜の朝から牛すじカレーを煮込んでおくこともある。そんで金曜の夜と土曜の夜にカレーを食べるのだ。休日である土曜に「んじゃ、よろしく」と家族からいちぬけしてしまうマルコなりの家族サービスというかあめでおさんへのご機嫌取りでもあるのだが。

 そんなわけで今日は朝牛すじカレーを作りかけて、お昼前に奈良市へとでた。1号さんの喘息の薬が入荷したので取りにおいで、と主治医から連絡があったのだ。それに今日は午後からは1号さんの学校での個人面談なのでどうせ仕事は出来ない。奈良市のさくら小路ででも美味しいランチを食べちゃったりしよう。なぞとうきうきと家を出た。

 おりしも奈良公園近辺は若宮おんまつりのクライマックスのお渡り式の時代行列が三条通りを練り歩いているところ。マルコはデジカメ不携帯のわが身を呪いながらJR奈良駅から三条通りを興福寺近辺の主治医のところへ、平安装束な人々や馬上の武者の行列の間を歩いていく。時々前触れもなく路上に馬糞があったりするので、雅な中にもデンジャラス感が漂う。

 そうして物凄い見物人と雅な行列と屋台の中をどうにかさくら小路まで到達し、薬を受け取る。その後さくら小路に新しく出来たイタリアンの店に入って、メニュをしっかり見ないでランチを注文した。

 新規開店やる気満々のイタリアンレストランのランチ。それだけでなんか美味しそうだ。

 ところが、その日のその店ランチは『牛すじカレー』であった、、、。

 何でイタリアンで牛すじカレーなんだ!貴重なまったり平日ランチの機会を返してくれ!この店接客もかなり悪かった。デザートと珈琲を出し忘れ、催促すると『え、もうお出ししませんでしたっけ?』って何たることだ〜。牛すじカレーで既に怒りモードだったワタクシ、激怒モード。そして出てきたデザートもまずかった〜。

 ちなみに牛すじカレーはその夜、家で食べたマルコ作の牛すじカレーの方が美味であった。

 
 その後、わが町に戻って、1号さんの個人面談があった訳だが、本日のマルコの頭の中は牛すじカレーでいっぱいで、夜あめでおさんに「で、どうだった?(個人面談は?)」と聞かれたので牛すじカレーで悔しかった話をこってりしてあげた。

 


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今年が凄い勢いで終わっていく - 2004年12月16日(木)

 いや〜終わっていきます。凄い勢いです。

 本日は専門学校のほうの年内最終講義でございました。そんで金曜は1号さんの個人面談で今学期の1号さんの様子を語られちゃう予定で土曜にフィールドワーク先での謎活動最終日を迎えます。

 しかしマルコは自らの持てる時間を正月開けそうそう締め切りの謎の原稿に食い尽くされています。正月はゆっくり休めるように行事を組もうよ〜>某学会事務局。

 その謎原稿と平行して来週中に年賀状と大掃除をさっくり終わらせて27日はうふ♥会いたい人と謎の密会をし、29日早朝から先ずは熱海に赴きます。熱海にてマルコ実家両親と兄夫婦+甥っ子たちと総勢10名でのめや歌えやの大宴会を催します。熱海は場所だけこのへんがいいよね〜と言う話をして、後のアレンジは兄に任せておいたらしっかり旅館とって案内状を送ってくれました。その案内状への受け取りメールを送ったら「東京するめクラブ地球のはぐれ方」を読んでおくように、という兄からの指令メールが届きます。

 この兄へは絶対服従のマルコは本日買って読みました。熱海の項を。

 兄ちゃん家族でなにしようって言うんだ。。。

 


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できました - 2004年12月13日(月)

 さて、講師稼業も高校や専門学校や大学や果ては区民講座までいろいろやってきましたが、今度の新しい遠距離講師先はなかなかやる気マンマンですな。1年分のシラバス耳をそろえて「1週間で出しなされ」という大変ありがたいお達しをいただきました。

 えーとえーと、講義する日の前の日に講義案作るってのではやっぱりだめ?

 専門学校だって一応通年の授業計画は出したけどこんなに早くなかった。せめて2月だった。しかも1回1回の達成目標と1年に及ぶ講義の参考文献リストまで出せって。

 もーしょーがないなーと思って本日研究室のコンピュータールームにこもって他大学の同名講義の動向なんか見ながら自分の好きそうなエッセンスを並べてたら結構簡単にできてしまいました。この講義のラインアップなら1年間退屈しない(私が)。

 また参考図書リストは向こうさまの図書館で購入してくれるらしいので思いっきり欲しい本を並べる(いやもちろん講義で使うけどさ)。はい完成。

 どうでもいいけど講義の1コマあたりの報酬はいくらになるのかとかそういうことを私は知りたい。

 



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発熱小猿観察日記 - 2004年12月11日(土)

 夫@あめでおさん発病に関して掲示板の方に暖かいお励ましのお書き込みありがとうございました〜。ぱふぱふ。

 さてかの方、8日の水曜の夜に40℃の高熱を発せられてから金曜夜までず〜っと40℃付近をキープなさり「大人なのにこんな高熱を出すとは勢いのいい人だな〜」と感心してみていました(子どもは40度とかあっさり記録するけど大人ってなかなか体温が上がらないんだよね)。
 
 この高熱期間は基本的に部屋のすみっちょで寝ているだけだし、ご飯も喉を通らないのでプリンとかゼリーとか適当に買ってきて冷蔵庫に補給しとけば熱さましで1時的に熱が下がった時に食べているようで、比較的周囲の人間は楽でした。1度だけかいがいしくおかゆを作ってやったら「ごはんの硬さが好みじゃない」と却下され、40℃発熱中のご本人がぶるぶる震えながらおかゆを作って食べていました。うーんあっぱれ。その食へのこだわりぶり。

 そんでこの比較的おとなしかった高熱期も終わり、本日土曜は朝から37℃台に熱も下がったんですが、何度も熱さましで熱を下げ、また熱が上昇する時にぶるぶる震えたのが原因か全身が筋肉痛でしかも腕から指先までと足が麻痺してしまったとかで、なんかマリオネットのような人になってしまいました。

 「風と雲と虹と」で平将門(加藤剛)が高熱を出した後、脚気になって落馬して全軍の士気が落ちゃうシーンがあったけどそんな感じ。

 こうなるとちょっと介助が大変です。一人で起きられないし寝られないので、なんつうか老人介護の実習みたいな感じの1日でした。とにかく握力が全然戻らないのでさじより重いものがもてないとか深窓の令息のようなことを言ってます。

 
 そんでちょっと考えたんですが、「フェミニスト養成ギブス」の日記で共働きで家事参加しない夫なんて離婚だ!教育だ!と威勢良く叫んだんですが、例えば夫が(この場合妻でもいいけど)心身の不調があって、家事参加できない場合は全然気分的にOKなのが、結構新鮮。現象的には一人元気な配偶者の肩にすべての責任がのしかかってくると言うのは一緒なんですが、でも「離婚だ!」とは思わずにとりあえず窮地のパートナーに手をさしのべる風に心が動きます。(長期化するとまた違う心の動きがあるのかな?)

 やっぱ「GNPを生まない仕事(家事)は女の仕事!」とアプリオリに思ってる人との共同生活の中で行う家事労働と「苦労をかけてすまないねえ、ごほごほ。」というパートナーとの間でやりとりされる家事労働では性質が異なるのか?前者が傅く家事ならば、後者は施す家事なのか?

 現象的には同じなのに傅くのはNGで、施すのはOKってのは面白いなあと思いました。人間とはつくづく(形だけでも)相手より有利に立つのが快感なのでしょうか?

 まあ家事をめぐるパートナーとの立ち位置的な有利不利には「愛」の問題も密接に絡みついてるんですが、ここではその問題は触れません。係数が異常に複雑になるので。
 


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猿の攪乱 - 2004年12月09日(木)

かくらんって漢字はコレでよかったのでしょうか。いまいち自信がございません。

 さて表題どおりあめでおさん攪乱中であられます。水曜の夜から40度ほど発熱されてずーっと部屋の隅に寝ています。お医者さんも行ったらしいんですが、かかりつけ医がその日ちょうどお休みだったので法隆寺門前の年代物のお医者さんが「コレはなんだかわからないけどインフルエンザじゃないよ」という診断んだかなんだかわからないご託宣を受けて帰ってきた模様。

 ワタクシ的にはインフルエンザだと思うんですが。せっかく注射打ったのに無駄な抵抗でしたか。

 あめでおさんが使えないと家庭を回す業務全般がマルコのごッつい肩にのしかかってきてそれはそれは疲れます。夫というのは労働力なのでございます。小学校1年生の1号さんもちょびっとだけ使えます。全身ヨーグルトまみれになったおKさんがヨーグルトをなすりつけて歩くのを捕獲して確保しておいてくれるとか。でもまあその程度です。あめでおさんならおKさんを確保して服を着替えさしてその辺を拭く所までやってくれます。

 でもまあそもそも、結婚して子どもを生まなかったらここまで家事は肥大化しないので、相方と分担する必要もないですな。なんか原子力発電所を回すのに巨大なエネルギーが消費されるから原子力が必要だと主張しているみたいです。

 ほかに結婚の実利って何かあるかな〜とつらつら考えてみたんですがうちの夫婦の場合は結構相方の稼ぎを担保にリスキーな生き方を選べたってことが言えるかもしれません。20代後半から30代前半はあめでおさんリスキー期で、30代後半からいつまでかはわかんないけどとにかく現在はマルコリスキー期ですな。でもやっぱり結婚してなければリスク自体がそんなに大きくないので担保事態が必要ないのか?と思いなおしました。

 基本的に結婚するしないの選択と言うのはチームプレイ系の競技がすきか、陸上系の個人種目が好きかって言う嗜好の問題なのかな。

 以前、既婚文化と未婚文化の異文化理解のススメみたいな感じで酒井順子の負け犬論の時にこんなふうにこんなふうに書いた覚えもありますが、まあ嗜好の問題です。どっちの道を行こうが。年とともに、状況とともに、ここまでチームでやってきたけどちょっこり一人でやってみっか、とか、この黄金の健脚をちょっとアメフトで生かしてみたいとおもってチームプレイから個人競技系に移ったりその逆をしたりしてもいいけど、どっちがよりすぐれていると、価値付けをすること自体あんまり意味のない行為なのでしょう。

 ここんとこ掲示板でいい男の選び方とか話題になっててちょっと考えてたんですが、男の選択や夫婦のありようを考えることは決して「結婚のススメ」ではないよな〜と思い至りました。

 例えば私は娘2人がいて、彼女らのしあわせを心から望んでいるけど彼女らの幸せはなんなのか親の私にはわからないってのが正解のような気がします。親は子どもに幸せになって欲しくていろいろ言いますが基本的に親のそういう「子どものためを思っての発言」ってのは85%くらい間違ってるような気がします。時代が30年ずれれば時代の常識も変容するのが当然でしょう。

 せめて「いい男を選んで、恋愛だけでもしてくれ」と言う思いも例えば、娘がレズビアンな場合は娘らしさを抑圧することにもなるわけですな。

 でもだからって物分りのいい顔するのも癪なのでやっぱり30年分位ヅレる予定の親の常識をうるさく言い立てて「もうおかあさん馬鹿なんだから黙ってて!」とか言われて娘が選んでいく道のアンチテーゼを提供することくらいにしか親には出来ないのかなとか考えたりします。

 あめでおさんご病気中で話し相手がいなくて暇なマルコの繰言でした。


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ぶるぶる観戦記 - 2004年12月06日(月)

 所属先の講座で今年博士号にチャレンジなさっている推定年齢50歳の先輩のD論の公聴会があリました。マルコはうっかりしていて出損ねちゃったのですが、出席した講座メンバーによると「マルコさん行かなくって、正解。」と言うことでした。「ど、どう正解なの?」と聞くと「あんまりにも素晴らしすぎてあの人の後にD論提出しようと言う気が失せるから」とのことでした。

 D論の公聴会と言えば昨年ぼこぼこ観戦記なんてこともあったのですが、今回は居並ぶ教授からは賛辞しか聞かれなかったそうです。しかも発表をはじめる前に指導教官が「今日の発表の結果、コメントをいただいたからと言ってあなたの論文を修正する必要はありません。今後の研究への課題と言うことで受け取っておいてくれていいです。」という事実上のD論合格宣言もあったそうです。

 この先輩は10年間東南アジアの某小国に篭って、NGO活動を続けておられて、6年前に帰国され、修士課程に入学し、そのNGO活動中の成果を一気に研究成果に吐き出し中の人なんですがとにかく集中力が凄まじいのです。

 今回のD論も仮説が16個もあって全て立証されたそうです。社会学系の論文で16個の仮説を検証するってのは正気の沙汰ではありません。

 講座メンバーは全員ぶるッちゃうほどの素晴らしいD論。講座の中ではNGO上がりなのは私と彼だけなので私もぶるってはいるけど、まずは「おめでとう」ですな。ここまで無冠だったけど、10年のNGO活動とその後6年に及ぶ研究活動が報われて良かったね。これからどんどん過激に爆走して行ってね>H先輩。

 ほんとにおめでとう、ぶるぶる。


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正しい斑鳩町民としての1日 - 2004年12月05日(日)

 さて昨日神戸からの帰り、大阪であめでおさんと待ち合わせして、みんなで夜帰宅したんですが、我が家の最寄り駅に着くといきなり大雨が降っていたので愛車のチャリを駅前の駐輪所に置きっぱなしにしてタクシーで帰宅してしまったのでした。

 そんなわけで本日お昼前、自転車を取りに行くために家族で徒歩にて駅へ。途中、近所の幼稚園で西和7町村合併の意思を問う住民投票に投票しました。事前にこんな記事が出てましたがまあどうなるのかな〜。今(午後11時現在)ちょっと町のHPを見てみたらあっさり結果が出てました。そうか圧倒的多数で合併否決ですか。まあそれもいいか。合併協議会ご苦労さんって感じですな。私自身は行政の効率化を考えて現在の町の規模は少し小さすぎるように考えていたんですがまあ多くの人は「小さくてもいい、伝統的であって欲しい」ってことだったんでしょうかね。

 さて自転車を駅前駐輪所で回収した後私たちは今度は法隆寺に向かいました。ここではやっぱ先日朝日新聞の一面を飾った若草伽藍の遺物発掘があって、本日は1日現地説明会が法隆寺門前の発掘現場で行われてました。
 下記が現地写真。







 若草伽藍というのはですな、607年だかに建てられた法隆寺のプロトタイプの遺構で、現在の法隆寺はそれより半世紀ばかりあと、天智天皇の時代に再建されたものなんじゃないかという説があるんです。こっちの説は法隆寺再建説といいます。そんで、いや寺が二つあって法隆寺の近くにもうひとつ焼けた寺があったんだ、という法隆寺非再建説ってのもあってこの再建論争は今年で99年続いていて、来年栄えある100年目なんだそうです(論争の長さも伊達ではありません)。

 そんで今回出てきた遺物には燃えたあととか、焼け跡くっきりの壁画の破片
とか出てきて、再建設の有力な証拠となりそうなんですわ。

 現場の説明を聞いたあと200メートルばかり先の法隆寺Iセンターという観光案内所で件の遺物が展示されているというのでそれも見に行きます。まずIセンターの講堂で斑鳩町の教育委員会の発掘担当者からレクチャーがあってそれから遺物を見るという流れになってました。途中おKさんが飽きちゃったのでレクチャーの途中で中座して遺物の展示スペースに生かせてもらったのですが家族4人で世紀の大発見遺物をのんびり見ることが出来ました。

 これまで発見してきた若草伽藍遺構とかは文化庁主催の大調査で発見されてきました。しかし今回の遺物は例の「かどや」さん立ち退きによって法隆寺前のスペースを整備するために行った斑鳩町の教育委員会主催の発掘調査で発見されたので町としても物凄い力が入っていました。でもこの遺物も国立の橿原考古学博物館に上納する運命なのかな?

 その後法隆寺境内にて年賀状用の写真を撮影。

 これまで年賀状は2児の写真を送ってたんですが今年からは家族4人の写真にしようと我が家の写真奉行のあめでおさんのご発案。子どもだけだとベストショットがとりにくいというのがその理由です。なんだよベストショットって。

 そんな斑鳩町民として正しい初冬の休日を過ごしたのでございました。



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粘土とクリスマス - 2004年12月04日(土)

 本日はフィールドワーク先のNGOでクリスマスパーティがあったので2児を連れて神戸の先まで行く。ここでは在日外国人の子ども達の学習支援やコンピューターリタラシー・表現活動などを支援しているので、いろんな国の子どもたちがクリスマスパーティにやってくる。日本人もスタッフの子弟や近所の子なんかがわさわさ来ていた。

 おKさんは集まった子どもの中で最年少だったので、学生ボランティアやベトナム系のちょっと年長の女の子たちに可愛がられてご満悦だった。やっぱあの仏顔は仏教国の子どもに受けるようだ。

 1号さんは同年代の子どもたちとかなり群れて遊ぶことが出来ていて、人見知りで知らない人のところでは石の様に固まる彼女としては上出来だった。

 実はクリスマスパーティのちょっとまえに1時間半ほどの子ども向けの陶芸教室があり、そっちにも参加した。1号さんは粘土をこねてタツノオトシゴのオカリナを製作すると言う難題に挑んだ。多分彼女なりに心の中を表現する活動をしたことがその後のパーティでのいつもとは一味違う積極性を引き出せたのではないかと思う。

 ここでは南米系の子どもたちとインドシナ系の子ども達がマジョリティなのだが慣れない国でわからない言葉で本来の自分らしさが発揮できていない子どもたちに言葉以外の方法で心の中を吐露させる場を設定するのは具体的な支援の前ふりとして有効なのかなと思ったりもした。


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のだめカンタービレ11巻を勝手に予測する - 2004年12月03日(金)

 久しぶりに気合を入れて漫画10冊いっき読みをした。

 敬愛するどらりんさんのサイトでチェックしてずっと読みたかった「のだめカンタービレ」をどらりんさんにこそっとお願いして送っていただいた。ちなみに貸し出し希望を伝えた時点でこれまた敬愛するC氏がどらりんさんちからレンタル中だったので、C氏経由でブツは我が家に宅配された。

 のだめカンタービレがどんな話かは上にリンクを張ったアマゾンさんからブックレビューを読んでいただくとして、同じく才能にあふれながら「がりがり上を目指していく」千秋(おとこ)と「楽しければいいのでマングースのきぐるみ着て奇声を発している」のだめ(おんな)の役割が男女逆だったらどうだったか?とかこのごろとみに脳みそがジェンダーなので考えたりしたんですが、気が向いたときしか努力しないのだめ(おとこ)ががりがりがんばる千秋(おんな)を才能ひとつでインスパイヤしたり、改心させるのはそれはそれで腹が立つかななんて思ったりもした。

 とにかく漫画でここまで音楽が表現出来るのだというのが感動的な作品なので是非ご一読を。ほんとにアマゾンのブックレビューにもあったけど10巻揃っているところでこの作品に出会えてよかったよ。次がでるのが大変待ち遠しいので。

 待ち遠しいついでに勝手に11巻の展開を予測してみよ〜。

 10巻でのだめと千秋はパリの音楽院に留学して千秋は早速「指揮者コンクール」に出場。千秋と千秋が幼い頃からあこがれ続けた指揮者ヴィエラの弟子ジャンと風采が上がらないが独特の指揮法を持つ日本人片平の3人に焦点が当てられてコンクールは3次予選まで進んでいる。

 1次予選、2次予選と基本的に千秋とジャンの一騎打ちの様相でコンテストは進むが3次予選でジャンの演奏を見て焦った千秋がオケの心をつかめず空回りな演奏をしてしまうところで10巻は終わっている。

 11巻は本選が舞台になるのだが、おそらく千秋は本選に進む(1次2次での成功から)。しかし本選では3次予選の失敗が響いて優勝をとりのがす。で、多分ジャンは千秋に焦りを感じているので本選で失敗して、大穴の片平が優勝すると思う。しかし本選に残れたことで千秋はヴィエラと再会できる。その再会が暖かいものか波瀾ぶくみなものかはわからない。それはこの漫画が何巻まで続くかによるかな?

 とまあ予想してみました。のだめファンの皆様のご意見はいかに?


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ももこせんせいおかえりなさい〜 - 2004年12月02日(木)

 専門学校同僚のONE先生改め、ももこ先生が産休から復帰なさいました〜。ぱふぱふ〜。3,600gでお生まれのお子さんは2ヶ月にして早くも6,000gの大台に!

 ももこ先生は中国からの留学生で当HP重鎮さるとるさまの中国勤務時代、同じ大学で学んでおられた「スター学生さん」(こぴーBYさるとるさん)。

 ももこ先生のいらっしゃる講師室はぱっと花が咲いたようでございます。

 来年は新しい分野での講義をすることもあり、専門学校での仕事はどうしようかな〜?そろそろ退路を断って自分の進むべき道を明確にするべきかな〜?なんて思ってたんですが、ももこ先生に会いたいから来年もコマ数減らしてもらって1日だけでも専門学校行こうかな〜。

 そう思って学科主任の先生に「来年何コマくらいになりそうですか?」とお伺いを立ててみると「3種類5コマの講義をお願いしようと思ってるんです〜(にこにこ)」とのお答え。ぴき〜、できません〜。でもこれを受けたら、涙の扶養生活から脱却できるか?いやいやD論が一生書き上げられんぞ。心はチヂに乱れましたが「1種類1コマの講義に減らしてください。じゃなければ後任探させてください。」と脱力してお伝えさせていただきました。

 マルコの運命はいかに。来年のももこ先生との逢瀬の行方はいかに。


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フェミニスト養成ギブス - 2004年12月01日(水)

 昔から話していて時々感じるのだが、「専業主婦に育てられた友人は男女の役割分担意識が強い」ように思うのだが、いかがでござろうか。

 へなちょこマルコなんかよりよっぽど革新的に生きている人も、専業主婦の母を肯定している人も否定している人もなんだかとっても男女差(生物的性差も社会的性差も含めて)がぱっきり分かたれてる感じがする。

 専業主婦の方はひょっとして自らの存在理由を肯定するために「性差強調」の英才教育をしているのであろうか?

 マルコは他人の生き方にいちゃもんをつけるつもりはない。自分はやらないけど専業主婦な生き方ってのの魅力と言うのもわかるつもり。そしてそんな「素敵なおうちにいるお母さんの暮らし」にひかれて、「専業主婦を志す娘」ってのがいるのと同様「専業主夫を志す息子」ってのも存在したら、専業主婦冥利に尽きると言うものだろう。でも「家にいる素晴らしさ」は何故か娘にのみ伝授しようとすると聞く。まあ男女の教育水準や労働環境の格差が今より際立っていた親世代では仕方ないのか。

 私見だけど高度経済成長期が終わった現代日本において、最初っから悩みなく、専業主婦(夫)志向な人って竹を割ったような性格のギャンブラーだと思う。他人の人生に自分の人生を託すってとこがすげえギャンブルだ。きっと友達として付き合ったらさわやかな気持ちのいい人が多いだろう。あとはいつでも社会復帰できる特殊能力を持ったひととかかな。

 注)この場合、最初っから選択したって部分がポイントね。途中からある程度キャリアつんでから、病気のために仕事を降りたとか、リストラにあって仕方なくってのは除きます。

 マルコんちは母親のエルザさんがかなりやさぐれていたとはいえ、「女子教育」や「女性の社会進出」を研究してた心理学者だったので結構ジェンダーセンシティブに育てられた記憶がある。

 あるとき
マ「だって男の人のほうが体力あるんだし」といったら
エ「それは思い込みだ。それぞれ得意な身体能力があるのだ。柔軟性や持久力は女性の方が優れている」
といわれ、
マ「でも男子マラソンの記録の方が女子マラソンの記録より早いじゃん。」
と食い下がると
エ「男子マラソンが始まって何年経つと思うのだ。女子マラソンが始まってからの年数の方がどれだけ短いと思ってるのだ。女子は可哀想だから長距離走らせられんとかアホなことを言ってた時代からようやっと普通に走り始めたばっかりでいきなり何百年かしらんが積み重ねてきた男の記録が抜けるわけないじゃん。ちゃんと女も時間かけてトレーニングされたら記録は積み重ねられていくわよ」

といわれた。このとき1見、生物的性差の問題に思われるような「体力」の問題にも歴史と社会が作り出した性差が潜んでいることを多分エルザさんは言いたかったのだろう。そして、女であることを何か出来ないことの言い訳にするな、というきついエルザさんの教えだったように思う。実際マラソンにおける性差は現在10分まで縮んでいる。くわしくはこちら

 そのエルザさんに育てられた兄は、専業主婦の母を持つあめでおさんに比べれば家事参加にしても役割分担にしても結婚当初からかなり進んでいた。くわしくはこちら

 あめでおさんも結婚当時は今のように家事の60%位をになっていたわけではなくてせいぜいご飯作ってくれるくらいであんまりたいしたことなかった。長い戦いと教育の歴史があった。あとやっぱ新婚当初彼が無収入のオーバードクターで私の方は一応収入があったってのは大きいかも。

 マルコは家事や育児の責任を共有してくれない男の人と暮らすなんて絶対いや。女だからと言う理由で全部やれといわれたら、結婚と言う契約は物凄い女に不利だ。でも統計をみると結構現実は厳しい。ちなみにこの統計を紹介していた働く母親のサイトムギ畑では「家事ってのは"やってもいいもの"ではなくて"生活者なら誰でもせねばならんもの"だろう?」とパワーエリートなおかあさんたちがやさぐれていた。ムギ畑の会員の人々をみると、もし夫が家事をしてくれない場合、「夫を教育する」「夫と離婚する」「自らが燃え尽きて鬱になる」「家事は外注」などのパターンが見て取れる。


 多分マルコは夫を教育した口だと思う。まあ結婚するまでに6年ほど付き合ってたので家事の潜在能力の高さはわかっていたが。

 教育の余地のある男とない男はどこで見分けたらいいのだろう。もし自分の夫が教育の余地のない男だったらやっぱり「離婚」「家事の外注」と言う現実的な選択肢をもったほうがいい。そのために必要な経済的自立はしっかり確保して結婚に臨んだほうがいいと思う。まあギャンブルが好きな人はそれはそれでいいけど。

 娘2人は結婚してもしなくてもまあ自由だけど、もし結婚するなら「教育の余地のないテイシュカンパク」なんていう前世紀の遺物をパートナーに選ばないようなセンスを身につけて欲しいとは願っている。やっぱお母さんが専業主婦な人をパートナーに選んできたらちょっと身構えちゃうかな?まあ離婚して帰ってきてくれるってのも楽しそうだけど。

 そういうわけで娘2人が「私も働きたいわ」と思ってくれるような母親でありたいというのが今日の結論。うーん、大きな口を叩いたワリには達成度としてはいまいち。



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