| 2005年09月27日(火) |
凍えるその手を離さない |
絵茶で捧げちゃっ隊6兎出張版→続。
Bさんの素晴らしく萌えな「廃墟でバトグサ絵」をそれぞれの視点から、書いた今回の話。 書きあがった結果。
バトさん視点は、やけに暗めに。 トグ視点は、やけに甘めに仕上がりました(笑)
SACベースのつもりで書いてたんですが、何やら、犬的になってしまったような気がしないでもな・・・orz
そして、細切れな感じもしたりして。
すべては、文力不足のせい・・・・orz(涙)
精進あるのみですね。 そうですね。(自問自答)
でも、この話、書けてよかった。 なんだかんだ言って、気に入っております(笑)
慌ただしく駆ける足音が聴こえる。 トグサはその後を追い、崩れ落ちた壁の破片を飛び越え、傾いたままの鋼鉄の扉の前に立った。 この奥に、気配がある。 焦りをおび、息を潜める、人の気配だ。 バトーの光の位置を確かめ、その位置が少し遠いことに、躊躇うが。 一つ、大きく息を吐き、トグサは手に馴染んだマテバを握り締めた。 そして、緊迫感の支配する空間に、身を躍らせる。 引き金に指を掛け、銃口を走らせ、標的を探す。 しかし、電脳に焼き付けた全身義体のサイボーグの姿は見当たらなかった。 が。 必ず、居るのだ、この瓦礫に埋まる一室の中に。 気を緩めずに、辺りを探る。 と、視界の隅を何かが掠めるように動く。 それは、折れた鉄柱の影へと一瞬で消えた。 トグサは大きく息を吐き。狙いを定め一歩、踏み出した。
「動くな」
声を発した、その瞬間。 影から現れた者に、トグサはしてはならない事をしてしまった。 それは、躊躇だ。 引き金に掛けた指が弛み、銃口が浮く。
子供。
こんな所に居る訳が無い。 そう思ったというのに、身体は反応してしまった。 任務の時は心の奥底に隠してある感情に、だ。
”銃を握り、任務に就いたら、躊躇うな” ”躊躇えば、お前が負うリスクは重くなるぞ” ”例え、それが、子供の姿をしていてもだ” ”容赦なく、引き金を引け”
義眼の男にも、女隊長にも言われたことだったのに。 痛いほど、解っていたのに。 トグサは唇を噛みしめ、銃を構えなおそうとしたが、それは出来なかった。 躊躇いが隙を生み、相手に優位な立場を与えたからだ。
後ろから伸びた、大きな手。 黒い皮のジャンパー。 その腕が自分の首を捉え、QRSプラグに、冷たいものが差し込まれるのを感じた。
それが最後。 トグサは、一瞬で意識を閉ざされ、その場に倒れた。 後悔することさえ、許されぬままに。
───────────────────
どの位、倒れていたのか。 トグサの白く閉ざされた世界に、色が戻り、音や匂い、感触が戻ってきた。 後悔の念とともに。 ゆるゆると開いた目で数回、瞬き、視線を上げる。 跪き、自分を見下ろしていたバトーの義眼と目が合った。 「生きてるか、相棒」 低音が、耳を打つ。 「──────お蔭様で」 情けなさに口許を歪め、苦笑と共にそう言って、トグサは埃にまみれた身体を起こした。 「すまない、逃がしちまった」 せっかく、追い詰めたというのに。 トグサは、頬に纏わりつく髪を払いのけ、大きく息を吐いた。 始末書と、また一から始めなければならない鬼ごっこに眩暈がする。 「始末書は、俺が書くよ、旦那」 「───────」 それから、トグサは自分の姿を眺め、溜息を吐く。 上着もズボンも、床に積もっていた埃で白く変色してしまっている。 取り合えず、ズボンの埃を落とそうと数度叩いてみたが、すぐに諦めた。 「うぁ、このスーツは完全にクリーニング行きだなぁ」 大人しく、埃はそのままに、上着だけ脱ぐことに決め、袖を抜いた。 片手にそれを持ち、バトーを返り見ると、黙ったまま立ち尽くしている姿が目に入る。 淡い光をを背にして立つ、そのバトーの表情は見えない。 暗い影が、それを隠して。 「旦那?」 その影に、トグサの胸は不安を生んだ。 先程から、押し黙り、なんの応えも返してこない。 失敗した自分をからかう素振りすら見せないなんて、何か、おかしい。 トグサはバトーの表情を確かめようと近付き、伺うように見上げた。 が、それを確かめる間もなく、いきなりその胸に抱き込まれてしまう。 突然の抱擁に、トグサは手にしていた上着を落とした。 乾いた音が、足元から上がる。 「ちょ・・・旦那?何だよ」 「────────」 答えは無く、ただ、バトーの腕にこもる力が強くなる。 「おい、旦那?」 力強い腕が、背から腰に回され、トグサは咄嗟にその手を抑えようとした。 息苦しさと。 「何なんだよ?」 それから、困惑。 性急に身体を繋ごうとする時の動きが、被ったせいだ。 「はなせ、って」 けれど、耳元で呟くように言われたバトーの言葉にその手が止まった。
「俺を拒むな」
懇願するような色を含んだその声に、胸を衝かれ。 トグサは抵抗する言葉を失った。
なんて、卑怯な声だろう。
これで、どうしたら、拒むことが出来るのか。 トグサは深く息を吐いた。 「・・・拒む気なんか、ないよ」 頬に触れるTシャツ越しのバトーの皮膚は冷たく、それがこの男の感情の全てを表している様で。 縋るように伸ばされた手を今、離してはいけないと、そう思った。 トグサはバトーの首に腕を回すと、引き寄せる。 「あんたの顔が見たいだけだ」 名を呼ぶ。 「バトー」 応えは無い。 それでも構わず、話しかけた。 「どうしたんだよ、何があった?」 トグサが、静かに問いかけると、バトーはやっと口を開いた。
「─────ここは、嫌な場所だ」
バトーの低音が、更に低く、トグサの鼓膜を震わせた。
「思い出したくもない感情を思い出させやがる」
戦場に生き、戦い、身体を失っていく。
悲鳴を上げる感情を。 麻痺していく感覚を。 無くしたくない誇りを。
かけがえの無い戦友を。
その他にも、自分には知り得ない何かを失い続けてきたであろう男。
バトーが居た、自分の知らない世界は、奪うことよりも失うことの方が多かったのに違いない。
奪うより、得るよりも、深く。 失うことを畏れるこの男には。 何度でも、言わなければいけないのだ。
まだ、その手には残されている物があると。 まだ、失ってない物もあるのだと。
そして、触れて。
自分は、ここに居るのだと判らせなければいけない。 だから。 トグサは何度だってバトーに触れ、伝える言葉を探し、それを形にする。 それを惜しみはしない。
生きている。 傍に居る。
バトーを生身の腕で抱き締め、それを伝えた。
「俺は生きてるよ」
触れる温度と言葉で。 凍えるような喪失の恐怖を抱え続けるバトーを温めてやれるように。
「あんたの傍にいる。心配しなくていい」
それでやっと、バトーの身体から、力が抜けていくのを感じた。
───────────────────
柔らかく解けたバトーの腕から、トグサは抜け出した。 「俺は、悪運だけは強いんだ」 いつもの軽口を装って、心からの言葉を伝える。 「─────────」 「滅多なことじゃ、死なない。だから、あんたの背中はずっと俺が守ってやるよ」 からかう様に笑って見せると、バトーの強張っていた表情も柔らかくなった。 「ぶっ倒れてた奴が、偉そぅに」 口調にもいつもの響きが戻ってきた。 「そりゃ、まぁ・・・ちょっと、迂闊なとこもあるかもしんないけど」 トグサはバトーの義眼に視線を合わせ、 「あんたの相棒は、俺じゃなきゃ、務まんないだろ?」 首を傾げた。 それに、バトーは何かを言おうと口を開いたが、けれど言葉にはせず。 口の端を引き上げ、トグサの頭を乱暴に撫でた。
「さーて、旦那。これから本部に戻って、一緒に少佐に怒られてくれる?」 「頼まれなくても、間違いなく、お前と一緒に怒られるさ」 バトーは口ををへの字に歪めると、肩を竦めて見せた。 「なら、いいや」 トグサが笑うとバトーは呆れたよう眉間を寄せる。
その表情が完全に強張ったものでなくなったことに、トグサは心の底から安堵した。
この義眼の大男は、なんて繊細なんだろう。 その、脆い部分を補う為に必要だというなら。 いつだって、傍にいる。
差し出された手を離したりしない。
そう思った。
END of ALL
| 2005年09月26日(月) |
触れる温度より熱い抱擁 |
捧げちゃっ隊6兎出張版。
Bさんの素敵絵に萌えて、話を捧げさせてくださいッ!と突進した春4月。 そして、今はもう、秋も深まる9月後半。
・・・・・・・・時の経過が痛い・・・orz
風の便りにBさん誕生日が迫っていると知り。 ここで、何とかせねば、漢がスタル!!(え?)と一文入魂!! 長い時間がかかりましたが(汗) 込められるだけ、愛を込めて、書き上げることが出来たので。 結果オーライかな、と。
Bさん、お誕生日、おめでとうございます!
悦んでもらえたら、いいなと思いつつ、捧げさせていただきます。 ネットの海の片隅から、こそーりと愛を叫ぶ武藤でした(笑)
廃墟、それは緩慢な死を連想させる。 時が止まり、崩れ、朽ち果てるとも、土には還らず。 ただ、その場に在り続ける。
そして、それらが。 生きながら、死んでいるような己を連想させるのだ。
壊れれば、新たな部品に挿げ替えて、生きる。 けして、朽ち果てることの無い連鎖。 体温も心音も、生きてるという匂いさえ。 遠く、記憶の底に沈む。 生身であったはずの部分も、徐々に無くなり。 有機と無機が合成された造り物の身体があるだけ。 自己は曖昧に、そして、自我は揺らぐ。
この廃墟のようだ。
バトーは眉間に皺を寄せ、銃を握る手に力を込めた。
───────────────────
潜伏する獲物を捕らえる為、バトーはトグサと共にこの廃墟の群れに潜った。 敵を二方向から追い、囲い込む様に網の目を狭め、捕らえる為に。
いつものように軽口を叩き合いながら打ち合わせを済ませ、バトーはトグサと離れた。 電脳に展開された廃墟の地図。 それに迷い無く動く、青い光が走るのを眼の端に捉え、行動を起す。 この瞬間から、トグサの電脳にも、バトーの動きが光となって映っているだろう。 互いの動きを連動させ、敵を追い詰める為の策だ。 バトーは義眼を索敵モードに切り替え、細心の注意を払いながら、動いた。 しかし。 視界を覆う色褪せ壊れた建築物が、バトーの心を粟立たせ、ちらつく思考が獲物を狩る行為から意識を剥ぎ取ろうとする。 集中することが、酷く難しい。 バトーはそんな自分に、嫌気がさした。
らしくない。
生き抜くための選択。 納得ずくで今の己を選んだくせに、未だに付き纏う、迷いのような感情が苦い。
迷い。 それとも、寂しいのか。 悲しいのか。
人とは掛け離れた、義体になったことを?
───────────────────
義体になり、生身の部分が欠けていく度に。 死と隣り合わせ、否、死と同調している己を強く意識する。 壊れ、再生し、朽ち果て、しかし土には還れない。 新たなる部品が、己を生かす。 生と死と、その狭間で、ただ立ち尽くし。 常に棘のよう突き刺さるのは、義体という事実。 それはじわじわと侵食し、バトーの奥に眠るゴーストを苛立たせるのだ。 抉るようなその感情は、痛みを伴う。
故に、奥深く沈み込ませ、忘れなければならない。
しかし、その真実は、時にこうして浮かび上がり、容赦なく己を苛むのだ。 その引き金は、何処にでも、転がっている。
そう、この廃墟のように。
ここは、堪らなく、嫌な場所だ。
バトーは電脳の内で、吐き捨てるように呟く。 口に出しては、言いたくなかった。
叫びだしそうな感情が込み上げてくるのが、怖ろしかった。
───────────────────
トグサの青い光が、ある一点で、動きを止めた。 電通で呼びかけても、応えが無い。
何か、あったな。
バトーは、舌打ちし、光の示す先への最短距離を駆け出した。 ブーツが高らかに足音をたてるのも構わずに。
───────────────────
折れ曲がり、剥き出しになった鉄骨。 崩れ落ちるにまかせた硬い壁。 割れた窓硝子の残骸、口を開いた窓の奥には、更なる廃墟が連なる。 その廃墟の群れは、眩しいほどの昼の光を浴びているが、ここには届かない。 ただ。 古びた換気扇の隙間から、薄暗い闇を溶かすような淡い光だけが射し込み、寄せ集まったそれらが辺りを照らすのみだ。 その不安定な光は、ゆらりと風に嬲られるように、動いて。 影と光を生み、埃だらけのコンクリの床を撫でるように這う。 そして、軋む錆びた音がこの場を支配し、無機物をより一層、死に近しい物にする。
───────────────────
埃を散らしながら、電脳が示すその一室に足を踏み入れたバトーは、銃を構え視線を走らせた。 素早く、銃口を数箇所に向ける。 そして、敵のいないことを確認し、バトーは銃を胸のホルスターに戻した。
鳴らぬ心音が高らかに鳴り響き、鼓膜を震わせ。 弾まぬはずの息が弾み、咽喉を焼くように感じる。 そんな生身の感覚をバトーの義体に蘇らせるのは、いつも、この男だった。
無機の義眼は吸い寄せられるように、有機の者を見つける。 死んだようなこの場にそぐわぬ、生きた色、温度を放つトグサの姿を。
床に散る、見慣れた茶の髪。 無造作に投げ出された手足。 その首筋には、電脳錠が見えた。
バトーは跪き、ぐったりと横たわるトグサの頬に触れ、口許に手をあてがう。 仄かな温かさと微かな呼吸が、手の平を掠める感触に深く息を吐いた。 無事であることは青い光の明滅で判っていたが、触れることで、やっとバトーの昂ぶった神経は落ち着きをみせた。
生きている。
そのことが、深い、安堵の息を生む。 自分と対極の、生身の身体のトグサの存在は、己の中で比重を増し。 いつの間にか、手離せない存在になった。 この男が、自分に生きているという実感を与え、生に繋ぎ止める楔になっていたのだ。 トグサは、言葉や感情、表情、身体の全てで。 バトーを緩慢な死から力強く引き上げ、清冽なまでに生を意識させ、揺らぐゴーストを容赦なく義体に縛り付ける。
それは、バトーに深い安堵と温かな安らぎを与えていた。
───────────────────
電脳錠に妙な細工がないことを確認したバトーは、それに手をかけ引き抜いた。 微かな電子音が、開錠を知らせる。 電脳錠を足元に投げ捨てると、カツンと乾いた音が辺りに響き、トグサが微かに身じろぎをした。
「生きてるか、相棒」 「──────お蔭様で」
コンクリの床から身を起こしたトグサは、バトーを見上げると苦笑を浮かべた。 それから、小さな声で「すまない」と謝罪した。 バトーは、それをただ、黙って見ていた。 ゆっくりと立ち上がったトグサは、己の姿の悲惨な汚れ具合に、困ったように眉を寄せるとブツブツ文句を言いながら、上着を脱いだ。 それから、茶の目が、バトーを振り返り。 真っ直ぐな視線が、義眼を捉え、ゆっくりと感情を露わにした。 悔しさと不甲斐なさに呆れ。 そして。 安堵と、困惑。 複雑な感情が浮かんでは消えた。
「旦那?」
訝しげな、トグサの声が電脳を震わせる。 否。 それだけでなく、表情、仕草、何もかもが自分を揺らす。
この男が、傷を負うことも。 触れられなくなることも。 今では、考えるだけで恐ろしい。
安らぎと、同時に、生まれるのは。 それらと対極の不安と焦燥。
それが、胸を焼くのだ。
それを知ってもなお、バトーはこの生身の男を手放す気にはなれなかった。 近付き、表情を伺うように見上げてくるトグサの身体を衝動的に引き寄せ、しなやかな生身の身体を抱き締める。 突然の抱擁に、トグサは抗い、抗議の言葉を口にしたが。
「俺を拒むな」
その一言で、トグサは大人しく、バトーの腕の中におさまった。 生身の身体を抱き、その腕に力を込める。 すると。 今度はトグサが反対に、バトーを抱き締めてきた。 囁くような声が人工の鼓膜を撫で、
「俺は生きてるよ」
背に回された腕が、そっと柔らかな温度を伝えてくる。 それは、触れる温度よりも熱く、バトーの身体を温めた。
「あんたの傍にいる。心配しなくていい」
その温かく、柔らかな声に。 バトーは、トグサの肩に顔を埋めると深く息を吐き出した。
B-side END → continued T-side
裏パラ「鬼の守人」これにて終幕。 長々とお付き合いいただき、ありがとうございました。
好き勝手の設定で、やりたい放題、書いてましたが。 それを好きですとか、言ってもらえて、本当に嬉しかったです(笑) 書いてヨカッタなと思いました。
最後まで、楽しんでいただけるといいな、と思いつつ。
十、鬼の守人
「これは、兎草とお主の約定になろう。わしの許しは必要ない。兎草の判断が答えを出すだろう」 長く沈思していた大輔は、そう言って頷いて見せた。 ぽかりと口を開けていた素子も、呆れた表情は変わらずだったが、 「お祖父さまの言う通りね。拾ったのは、兎草だもの。兎草が決めることだわ」 馬濤の提案を受け入れた。 「兎草、あんた、どうしたい?」 「どう、って・・・・」 素子の強い視線を受け、兎草は困ったように眉を寄せる。 それから、この場にいる皆の顔を見回す。
大輔と素子は、兎草の答えを待ち。 庇護者たちは、心配そうに兎草を見守るのみ。 断駒と淵駒に至っては、きゃぁきゃぁと兎草を煽って喜んでいた。
誰も助け舟を出してくれる様子はない。(当たり前だが) 兎草は口許に手を当てると俯いた。 考える。
どうしたらいいのか。 どうするべきなのか。
いや、自分がどうしたいのか。
誰の意見を聞くとか、誰の為とか、そういうことじゃなく。 それが重要で。 暫くの後、兎草は傍らに立つ馬濤をまっすぐに見上げて、
「守られるばかりじゃなく、俺も、馬濤を守るってことだよな?」
問うた。 それならば、いい。 兎草は、そう思ったのだ。
「そうさ」
その馬濤の答えに、兎草は頷く。 それは、契約了承の合図だった。
兎草はいつも、守られていた。 大輔にも、素子にも。 そして、庇護者たちにも。 それはとても有り難く、嬉しいことで、兎草は嫌だと思ったことはない。 でも、それでも、やっぱり心苦しく思うことはあった。 自分を愛しんで、守ってくれると解っていても、守られるばかりの自分を情けないとも思っていた。 力があるのに使えず、自分の意思通りにはならない力ばかりが、皆に迷惑をかける。 それが、兎草は堪らなく、嫌だった。 もう、そんな思いをしなくてもいいんだ。 この男と契約すれば。 「・・・・じゃあ、馬濤は俺の傍にいればいい」 兎草は、にっこりと笑った。
「俺が、馬濤を守ってやるよ」
対等。 これは、兎草がずっと欲しかった関係だ。
「そうか」
馬濤は、兎草のその了承に、嬉しそうに笑うと乱暴に茶の髪を撫ぜた。
契約は、成った。
[いいのか、素子] 軒下から、波厨の密やかな声が届く。 素子はただ、契約を交わした兎草と男を眺め、答えを口の端にのせる。
「───あの子が選んだなら、否やはない」
主の強いその声に、犀灯は静かに耳を傾けた。 ずっと護ってきた小さい子供。 心配だけれど、主の言うように、否やはないのだ。
彼が選び、彼が望んだ。 それが、総て。 それが、契約。 何者も、それを侵すことは出来ない。
心配だ、愛しい、という優しい檻に閉じ込めることは、尚更に出来ないのだ。 人で無い、妖しの者にでも、それは良く解った。 素子は、弟を心配する心優しい妖しの者たちの名を呼ぶ。 「波厨、犀灯、防摩」 美しい笑みが唇を彩り、言葉を紡ぐ。 「私が、あの時、お前たちを選んだように。あの子も、あの男を選んだ」 [─────そうだな] 「そうよ」 波厨の溜息のような声に、素子は頷いた。 [もし、あの男が危険だと判ったら。俺が喰ってやるよ。お嬢も皆も、心配することないよ] それに、今まで黙っていた防摩が眠た気な声で言う。 常、素子から離れたことのない防摩は、兎草と密に接していたわけではないが。 それでも、無邪気にじゃれてくる小さな子供を愛しいと思う気持ちはあった。 小さい子供に何かあれば、自分の主人が深く悲しむことも想像に難くない。 だったら、自分に出来ることをすればいいのだ。 波厨も、犀灯も、そうすればいいのだ。 それで、何の問題もない。 防摩は、ふっさりとした尾を揺らし、主人の顔を見上げた。 [あの男は喰いでがありそうだしね] 「─────そうね。もし、おイタをするような奴だったら、その時は防摩に喰べてもらうわ」 素子は、笑いながら、防摩の大きな頭を撫でた。
「祖父さま、俺、馬濤と契約する」 茶の目を真っ直ぐに大輔に向け、兎草は言った。 ともすれば、姉の素子よりも頑固で意志の強い光を放つその目に、心の内で笑いながら、大輔はゆっくりと頷き、兎草を手招いた。 「兎草、お前は今日、新たな力を手に入れた」 祖父の神妙な声に、少し驚いたトグサだったが、その目がとても優しい色をしてるのに気付き、何故だか泣きたくなった。 大輔の前に立ち、大人しく、その言葉を聞く。 「力とは、己の心の鏡。心を澄まし、その声に耳を傾けよ」 目の前に立つ、大輔にとって、未だ小さな子供が。 自分の意思で、力を選び取った。
守る力を。
それが、何より、大輔を喜ばせていた。 「その力がお前を生かすよう」 兎草の手を取り、言の葉を呪にのせ、寿ぎの言葉を贈り、 「お前の歩む道に幸い多かれと祈る」 そして、同時に導きの言葉を贈る。 「馬濤はお前の良き助け手となろう。しかし、その強き力に振り回されるな。お前は、お前の力を揮うがいい。いいな、兎草」 「はい、祖父さま」 兎草は、こっくりと頷いた。 茶の目が、嬉しそうに笑むのを大輔はただ、見守った。
雛鳥はいつか巣立つ。 それが寂しくとも、親鳥はそれを見守るのみだ。
「馬濤」 「何だ、家長」 嬉しそうな馬濤は、すでに気安い呼び方で大輔を呼び、ふらふらと近付いてくる。 そんな馬濤に、 「宜しく頼む」 大輔は、深々と頭を垂れた。 そんな姿を見たことのなかった兎草と素子は驚き、そして勿論、頭を下げられた馬濤も驚いた。 けれど、馬濤はすぐにニヤリと笑い、頷いた。 「任せな。こいつは俺が護ってやるよ」 そんな自信満々の馬濤に、兎草の笑みが零れた。
「お祖父さま、そろそろ中に入りましょう。冷えてきたわ」 話が纏まりを見せたところで、素子はそう切り出した。 大輔も、それに頷く。 「そうだな」 縁側に座っているには、そろそろ向かない時間帯だ。 漆黒の絹を空が纏い、空気が冴え、皮膚を刺す。 大輔が立ち上がり、障子戸を開け放ち中に消えると、大人しく沈黙していた紅と蒼の光が瞬きだした。 ≪わーいわーい!これで、馬濤さんにお話もっと聴けるね〜≫ ≪そうだね、断≫ ≪ヨカッタね〜、淵≫ ≪鬼喰いなんて、ハジメテだものね〜♪≫ ≪兎草くんは、いい拾い物をしたねぇ♪♪≫ そして、明滅する二つの光は、自分達の主を追うように室内に消えた。
断駒と淵駒の会話に苦笑を浮かべ、それを見送った兎草は、縁側に腰を下ろすと、スニーカーを脱ぎ捨てた。 それを拾い上げてから、馬濤を呼ぶ。 「馬濤、来いよ」 「おう」 馬濤は地を滑るように兎草に近付き、縁側に足を踏み入れた。 「人家に入るなんて、何百年振りだろうなぁ。しかし、洒落てるな、お前の家」 「そうか?普通の日本家屋だけど。てか、馬濤って、いったいイツの時代まで生きてた訳?」 「あ〜〜?取り合えず、戦乱があった頃までは生きてたが」 「戦乱??何時代だよ、まじで」 二人はたわいない会話をしながら、縁側から続く、回り廊下を玄関の方へと消えていった。
お茶の道具を片付けながら、それを聞いていた素子は、くすりと笑む。 「あれが、鬼喰いなんて、珍しい霊体だとはねえ」 [鬼喰いは、もしかしたら、妖しの者より稀有かもしれん] 波厨が縁の下から抜け出し、素子に告げた。 黒い尾を揺らしながら、犀灯も頷く。 [それだけの同族喰いは、妖しの者でも、滅多にいないからな] [妖しの者は、余計な狩りはしない。それをするのは、生者も死者も人間だけだ] 「そうね・・・・では、あの男は余程、狙われたのね」 素子は少し考える仕草をして、それを振り払うように笑った。 「でも、ああやって居るということは、強いということの証。それは、何よりも心強いわ。あれは、あの子の守護に憑くんですもの」 庇護者たちも、それは、認めざるを得なかった。
あの力は、異様かつ強靭。
鋼のような強固さだった。 敵であれば、これ程、恐ろしい相手は居ないが。 しかし、この男は敵ではない。 ならば、一層に、強いほうが良いのだ。 男自身が、小さな子供を何者からも護る、力そのものなのだから。 「でも、あれね。あの男、守護者というよりは、守人と言う方がしっくりくるわね」 素子は、ぽつりと呟いた。 「守護者、なんて、高尚な言葉が似合わない男だもの」 [違いない] 犀灯は、ひょいと縁側に上り、笑った。 後について音もなく、その隣に並んだ波厨も、可笑しそうに口を歪めた。 「じゃあ、中に入りましょう。お前達も、お茶を飲みなさいな」 素子が、お盆に茶道具をのせ、立ち上がる。 主である素子の動きに合わせて、犀灯は未だうとうとしている防摩を前脚でちょいちょいと突付いた。 [防摩、部屋に入るぞ] 白い長毛が、わさりと動く。 [・・・ん?あ、話はもう終わったんだ?] [つい、さっきな] 大きな欠伸をしながら、大きな身体を動かした防摩に、波厨が頷く。 「お茶の時間よ、防摩」 素子は笑いながら、大輔達が消えた障子戸をくぐった。 「お嬢、こないだ喰べさせてもらった”ぴざ”が食べたいなぁ」 防摩は、そのシャンとした素子の後ろ姿に声をかけた。 すると、遠くから、しょうがないわねと声がして。 「レンジでチンのやつでいいならね」 と笑い声が続いた。 それに、波厨が嫌そうに、目を眇める。 [お前、あんなのが、気に入ったのか?] [あれ、面白い味がしたんだよ。もう一度、食べてみたいんだよなあ] [防摩も珍しい妖しの者だぜ。人間の食べ物を喜んで喰うんだからな] 犀灯が笑いながら長い尾で、ぱしりと波厨の背を打った。 [まぁ、何はともあれ、行こう。お嬢を待たせる訳にはいかない] [そうだな] 白と黒、麦の穂色をした妖しの者達は、一塊になって明るい光の中に入っていった。
「俺が傍に居て、お前を護り、生かしてやるよ」
「馬濤は、俺の傍にいればいい。俺が馬濤を守ってやる」
これは、人と、人ならざる者、妖しの者達が紡ぐ話。 その、ほんの、一欠片。 この後、何が起こるかは。
誰も知らない。
END
終幕とか言っておいて。 実は、何気に続いてる罠。
だって、私、大切なあの髭の人を書いてないことに気が付いてしまッ(遮断)
いや、断じて! 断じて、忘れていた訳ではないのです!!(強調) 髭の人は、妖しの者としてじゃなく、人間で出そう♪とか、ものっそウキウキしてたんですが。 そしたらですね。 話の流れからして、ぽーんと出すことが出来なかったというオチが・・・orz(考え無しメ)
なので、続編、書きます。 終わるといった、その返す手で、なんだよー?って感じですが(笑)
折角、続編を書くのだから。 今度こそ、当初の目標だった"お色気"を盛り込んで。 それから、素子お姉様とその下僕(眷属)たちのお話なんかも書きたいなと。 構想が膨らみました。(妄想、際限を知らず) 長いお話、というよりは、短編でたくさん・・・って感じになる予定です。
もう少し、お付き合いいただけると、有り難かったり(汗)
これをオフで出す本のうちの一冊にしようかなと思ってみたりしてます。 家庭内手工業で、コピ本→小部数発行になるかと思いますが・・・。
オンで上げた話を大幅に加筆(修正)して、書き下ろし数本を加えて。 如何でしょうか?(訊くなョ)
お久しぶりの”鬼”更新です。 前回から、ちょうど四ヶ月も経ってることに、驚愕ですよ。 はっはっは(汗)
この話の次で、一応、ラストになります。 全10話。 いい感じだなー、この、きっちり感(笑)
2月後半から始めて、やっとここまで辿り着いたーと感慨深いです。
でも、長々と書いてきましたが、ちっともお色気話にならな・・・・・orz (脱力)
まぁ、こんなこともありますよね?(訊くなっての)
ラストはもう打ち終わってるので(連休のおかげ)、直しの作業が終わり次第、アップしようと思っております。 最後まで、お付き合いいただけると、ほんとに有り難いです。
九・契約
「どうやら、お主を呼び起こしたのは、兎草で間違いないようだな」 馬濤の言葉に、大輔は苦笑を浮かべ、孫の一人に視線を送った。 急に、名を出された兎草は、祖父の優しい目を驚きと共に見返す。 「俺が?」 解らない、と首を傾げると、馬濤が笑って答えた。 「そうさ。爺さんの言う通り、俺を起こしたのは兎草、お前だ」 「・・・ほんとに?」 「ああ。お前がせっせと俺の寝てる櫻の大樹に気を与え、そのお零れに与っていた俺が満腹になって起きちまった、という訳だな」 馬濤は、きょとんとしているトグサを見下ろし、笑った。 それに、素子が呆れたような声で言葉を投げる。 「偶然の産物、というわけね?幸か不幸か」 「まぁ、そうなるな。幸か不幸か」 同じ言葉を繰り返し、馬濤はニヤリと笑い返した。 その馬濤の表情に。 「小さい頃に、言っておくんだったわ。何でもかんでも、癒したりするんじゃないって」 素子は苦笑を浮かべ、直ぐ傍で蹲っている防摩の柔らかな毛並みを撫でた。 何でもかんでも、癒したつもりは、兎草にはない。 なにせ、自分の意のままに操れる力じゃないのだから。 「・・・・・・・・」 兎草は、何か言い返そうと思ったが、結局、何も言おうとはしなかった。 それは、姉に逆らうとどうなるか、身にしみて知っている弟の処世術でもあった。 「そうなると。お祖父さま、この男、どうしたらいいのかしら」 そこらに放り投げていいものでもないし。 素子はそう言って、大輔を返り見た。 大輔は、馬濤を見、次いで、兎草に視線を据えた。 「さて、どうしたものか」 ≪ねぇねぇ、家長≫ ≪この人、此処に居てもらおうよ〜≫ ≪僕たち、もっとこの人から、お話聴きたいー≫ 黙して長考する大輔の周りをかしましく紅と蒼の光が飛び回る。 「淵駒、断駒、静かになさい」 素子が、二つの光をたしなめる様を眺めながら、兎草はただ、事の成り行きを見守っていた。
自分の力で、解き放った、鬼喰いと異名を持つ霊体。 畏れと親しみを抱かせる男。
淵駒や断駒のように、無邪気に、ここに馬濤を置いて欲しい。 そう言いたい気持ちと。 そう、言ってはいけない気持ち。 先程のように、対極の意志がまた、兎草の内で生まれている。
どうしたら、いいのか。
戸惑いの中、兎草は黙ってそこに佇んでいた。 すると、馬濤の暢気な声が、 「なぁ。俺が、兎草の守護に憑くってのは、どうだ?」 そう提案してきたのだった。 「────え」 その言葉に、兎草は驚きで目を見開き、傍らを見上げた。 馬濤はといえば、自分の考えが最上だ、とでも言わんばかりの表情で大輔や素子達を見ている。 「ここから解き放つのが心配で、どうしたらいいのかと考えるなら。兎草が俺を傍に置いておけばいいじゃねえか」 突然の提案に、大輔は眉間を寄せ、素子はといえば、呆れたように口を開けていた。 馬濤は、次いで、兎草を見下ろし、 「どうだ、兎草?」 そう言って、お伺いを立ててきた。 兎草は、それに答えることも出来ず、ただ馬濤を見上げるしかない。 その真っ直ぐに自分を見上げる視線を隠された目で受けながら、 「俺が傍に居て、お前を護り、生かしてやる。代わりに、兎草、お前は俺に気を喰わせてくれればいい」 「・・・・・」 「守護に憑く、とは言ったが。庇護者や守護者のような一方的なもんじゃねえ。これは謂わば、対等の関係だ」 対等、その言葉に、兎草の気持ちが揺れた。 馬濤は言葉を続ける。 「俺はお前から気を貰う代わりに、何者からも守護してやる。お前は、俺に気を与え生かす。これって、対等じゃねえか?どうだ?そういう契約をしねえか」 俯き、考える兎草の姿に口の端を引き上げた馬濤は、再び、正面に陣取る肉親である二人の術者を見遣った。 「家長殿、姉上殿、どうだろう、この契約、お許し願えるだろうか?」 その言葉は、兎草の鼓膜を優しく撫でた。
| 2005年09月11日(日) |
��題 「言わぬが花、秘すれば花」 |
��題の第二弾。 Gさんから頂いたお題「タチコマがミテタ」です。
裏仕様、かつ、バトグサの濡れ場(笑)とタチコマを絡める・・・という難しいお題でしたが。 愉しんで、書けました。 ええ、ものっそ、愉しんで書きましたとも。 ←欲望に素直な大人がココに
・・・でも、あの、なにやら、かるくスン止め劇場な仕上がりで(汗)
濡れ場が中途半端なことをお許しくださいませ(土下座)
Gさん、ごめんね・・・orz 私、まだ、ピュアな部分が残ってるみた(強制遮断)
バトグサ分がちょっと少ない上に、仕上がったらイシモトになってた罠も発動・・・。 でも、Gさんに萌えを感じてもらえたら、いいなぁと思って書きました。
どうぞ、お納めくださいませ。
Gさん、狩られてくれて、ありがとうございました(笑) そして、素敵なお題をありがとうございました!!
「旦那、なんの冗談だよ?」
茶の髪の男が、やや焦ったような声で、背後の男を返り見る。 ”旦那”と呼ばれた背後の男は、義眼の大男だ。 後ろから伸びてきた義眼の男の手を必死に剥ぎ取ろうとしているようだが、成果は上がらないようで。 その手は、茶の髪を指に絡ませ、次いで男の首筋を撫でるときっちりと締められたネクタイを解きにかかった。 椅子に腰掛けたまま、覆い被さるように抱き込まれている為、逃げようにも逃げられない男が非難の声を上げる。
「いい加減に、よせよ。冗談は」 「冗談?」
男の低音が、笑い含みに応える。
「何でそう思う、トグサ」
トグサと呼ばれた男は、眉間に皺を寄せると、不機嫌に答えた。
「冗談じゃなきゃ、何なんだよ、この手は。任務中だぜ?」 「本気の証、と言ったら?」 「───────あんたなぁ・・・」
”本気”の言葉に呆れ声になった男が、大きな溜息を吐いた。 この男達は、何かの任務の真っ最中であるらしい。
「専従捜査だからって、気ぃ抜いてんのか?」 「抜いちゃあいねぇよ」 「じゃあ、この手は止めてくれるんだろうな?」
ネクタイを抜き取ろうとする、大きな手を力を込めて握る。 その手の主は、悪戯を咎められ不貞腐れたような、子供のような言い方をした。
「お前が、そんな格好してるのが悪い」 「そんな格好??普通のスーツだろうが。いつもの格好と変わんねえよ」 「いつものは、やぼったすぎる」 「うるせえ。俺は、あれが楽で好きなの」
茶の髪の男は、義眼の男の言い分に、顔を顰めた。 義眼の男の行動の原因は、ちょっとした”変化”のせいらしい。
「黒のスーツに白のシャツ、ネクタイ、革靴。手入れの行き届いた髪。企業に入るにはこれが一番、馴染むんだろうが」 「悪いかよ」 「バカだねぇ、お前は。悪くねえから、こうなってんだろうよ?」 「はぁ?馬鹿はあんただろー??」
呆れるを通り越してしまったのか、茶の髪の男は、義眼の男の腕の中で笑い出した。
────────────────────────
『ねぇねぇ。これって、性交渉ってやつでしょ?』 『普通は男女間のものだけどね』 『義体化が進んだ現在では、性ってものは有って無きがものなんだよ』 『”ボーダレス”かつ”セクサレス”ってやつだね』 『そう!故に男同士、女同士の性交渉ってものもあるのさ』 『へえ、そうなんだー』 『こうなってくると、人間の種の存続って、大変になるねー』
オレンジの光の渦巻く空間に、青い光たちが集まって円形を描いている。
『でも、意外だなぁ。バトーさんとトグサ君が、そういう関係だったっていうのは』 『そうだねぇ』 『確かにぃー』 『トグサ君には、奥さんがいるものねぇ』 『どうして、バトーさんと性交渉するんだろう?』 『ううん?どうしてだろうね』 『牡の、種の保存に対する本能的な強い欲求?』 『だったら、牝とするじゃないかー』 『じゃあ、なに?』 『ううん、一概には言えないけど』 『けど?』 『相手を征服したいという闘争的思考か、支配欲か』
青い光たちは、わやわやと身を揺らしながら。 喧々諤々、論じている。
『でも、バトーさんはそういう人ではないよねー?』 『トグサ君も大人しく従うような人じゃないし』 『もしくは、たんなる好意。もしくは、愛とかいう感情かなー?』 『ううんー??』 『これだから、人間の感情というのは、一概に語れないんだよね』 『そうそう、とっても難しいものなのさ』 『特に、僕達みたいなAIにはね』 『神は永遠に幾何学する、ってことかなぁ?』 『僕たちがゴーストを獲得したかどうかが、難しいのも、そこにあるのかもしれないね』
答えを見出せないまま、青い光たちは広大な電子の空間を漂っていた。 よもや、そんなところで己たちの性交渉のなんたるかが語られているとは、二人の男たちは思うまい。 と、そこに彼らを呼ぶ声が響いた。
『────────タチコマ』
青い光、彼らを呼ぶ。 女の声。 深く、この空間を満たすように、硬質の声がする。
『この声は』 『まさしく』 『 『 『 『 『 少 佐 〜 〜 〜 〜 』 』 』 』 』
タチコマ達は一斉にその女を呼んだ。 思考戦車である彼らの、いわば、飼い主とでも言おうか。 女は、少しの揺らぎも無い声で、タチコマ達に話しかけてくる。
『こういう時はな、見ても聞いても、知らぬ振りをするのが通常だ』
命を預けることの出来る同僚達の濡れ場も。 女にとっては、然したる問題ではないらしい。
『あいつらに、どうしてなどと、訊くんじゃないぞ』
その言葉に、タチコマたちは不平の大合唱になる。
『ええええ、でもぉ〜〜』 『経験値、上げたいですぅ〜〜』 『だってだって、知りたいんだもぉん』 『ねぇん、少佐ぁ、少しなら訊いてもいいでしょぉー??』
機械たちの激しい抵抗。 ゴーストを手に入れているかのような、その反応に女の笑う気配が辺りに満ちた。 この機械たちの好奇心は、限度を知らない。 予想通りのその反応に、女は笑いを収め溜息を吐くと、電脳空間の青い集団にきっぱりと宣告した。
『モニタリングは禁止事項だったはずだな?』
タチコマたちが、二人の乗っている偽装バン、そこに搭載されている装置から、モニタリングしていたことを女は断罪した。 その声が、微笑を含みながらも硬度を増す。 それに、機械であるはずのタチコマ達は反応した。 ヒトの様に。 ”恐怖”という感情を理解したかの様に。
『はあい、そうですー』 『ごめんなさい、少佐ぁ・・・・』 『ちょっとした、出来心ってやつですー』
この機械たちにとって、そう、この女は神にも匹敵する存在なのだ。 それ故に、彼らは従い、沈黙するしかないのである。
『僕たち、ラボ送りになるのーー??』
ざわめく青い光たちに女は、
『ラボ送りになどしない』
そう応えた。
『わぁあい、ヨカッタねえ〜!』 『良かった、良かったねぇ♪』
機体の揺れる音が聴こえてきそうな、彼らの映像の動きに、女は笑みを浮かべ。
『───が、彼らを数時間に及び観察した記録はお前達から削除する』
しかし、容赦のない決定を下した。
『 『 『 『 『 え え え ぇ え エ ェ え え え え ! ! ! ! ! ! 』 』 』 』 』 『そんなぁ、少佐!ゴムタイなぁあーーーー』 『それだけは、ご勘弁をお代官様ぁ〜〜〜〜』
わらわらと右往左往しだす彼らに、女は徹底的に許可を与えなかった。
『全て、洗いざらい消去だ』 『 『 『 ひ ぃ え ぇ ェ え エ ー ー ー 』 』 』
叫びながら、慌てふためくタチコマに、女は言った。 その声には、少しだけ、柔らかさが混じっていたのだが。 青い彼らは、気付かなかった。
『言わぬが花と言うのよ、人は、それをね』
そして、その言葉が溶けてなくなるのと、同調するかのように。 女の声が消え。 そして。 電脳空間から、青い集団も姿を消した。
────────────────────────
女は、宣告通り、タチコマ達の数時間の記録を削除した。 『言わぬが花というのよ、お前達』 その言葉以外は。
彼らの秘め事が。 誰の目にも、誰の電脳にも触れぬように。 永遠に、触れられることのない場所へ。
女は、彼らの囁きを思い出して、笑む。
いつも張り詰めたような、繊細な心を持つ義眼の男の安らいだ声。 生身の身体そのままに柔らかで、しかし強靭な色を隠す男の温かな甘い声。
こういう関係があっても、いいじゃない。 女は許容した。 彼らの行為が、何重もの罪を負っていても。 それでも、許せると思った。
────────────────────────
「秘すれば花、とも言うかしら?」
電脳で囁いたはずのその言葉は、音声になって零れ落ちていた。 女の愉しげな声。 ダイブ装置に収まったままのイシカワが、それに反応した。 首に繋がっている装置を外し、
「どうした、少佐?」
傍らに立つ女に視線を向け、片眉を吊り上げた。 流れ落ちるデータを共に視ていたはずの女の言葉とは思えなかったからだ。 その渋く重い声は、自分がダイブルームで情報を洗い出している最中であったことを女、草薙に思い出させた。 薄暗いダイブルーム、装置のシートに手を掛け、モニターを覗き込んでいた身体に意識を繋げる。
「───ああ、すまない、イシカワ」
ここの主とも言える男に視線を落し、謝罪すると、
「いや、それは構わん。俺はお前の手足だからなぁ。文句なぞあろうはずがねぇ」
顎鬚を撫でながら、イシカワが口の端を引き上げた。 気心の知れた昔からの戦友の癖のある笑いに、草薙は笑みを返す。
「それよりも、今の言葉は何だ?そっちのが気になる。いきなり、黙り込みやがったかと思ったら、”秘すれば花”ときた」 「あら、聞えてた?」
唇が美しい弧を描く。
「ああ、しっかりな」
その、人を惹きつけてやまない笑みに含みを読み取り、イシカワは片眉を上げた。 草薙の、こんな表情は、珍しい。
「何か、面白いことでもあったか?」
その言葉に、草薙は目を伏せた。 しかし、それでイシカワが引き下がることはなかった。 女の声には、拒絶の気配が感じられなかったからだ。
「で?」
草薙は、イシカワの視線を真っ直ぐに受けると口を開いた。
「うちの好奇心の塊達が、オイタをしてたのよ」 「オイタだぁあ?」
頓狂なイシカワの声に、くすくすと笑いながら草薙は言葉を続ける。
「だから、ちょっとお仕置きを、ね」
それで大体の事情を察したイシカワは、頭の後ろで手を組むとシートに背を預け、草薙を見上げた。
「ふふん、そいつは、おっかないねぇ」
言葉を次ぐ。
「で?どんなオイタをしてたんだ、うちの思考戦車どもは」 「ふふ・・・それは”秘すれば花”よ。イシカワ」
そこには、拒絶の色を纏った微笑があった。
「さいで」
草薙のその笑みに、イシカワは眼を眇め、追求をするのを諦めた。 もう、口を開かないと長年の経験で理解したからだ。
「じゃぁ、オレは、情報の海に戻るとするぜ。隊長殿」
重厚な装置を再び首に繋げたイシカワに、草薙は頷いた。
「頼むわ、イシカワ」
その唇には、花の様な微笑が宿っている。
────────────────────────
彼らの秘め事は、誰も知らない。 永遠の彼方へ、消えた。
言わぬが花。 秘すれば花。
ただ一人。 その花を支配する女だけが。 すべてを識って。 そして、黙するのだ。
END
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