ほうじ茶飲話【JOYWOW】
2003年03月31日(月)
気分は仏滅
実は昨夜、日記を更新するつもりでいたのだが、 どうもうつうつとして、気が乗らずに寝てしまった。
夜半に、身体の一部の異変に気付いた。 ブリッジを支えている歯が、ぐらついていた・・・・
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ショックで、朝は起きることができなかった。 とうとう歯医者に行かなければならない日が、 ・・・やってきてしまった・・・
午前中はあらゆるワザを駆使して、 通院可能半径の歯科医検索。 評判を比較し電話で会話、 これと思う医院を二箇所に絞った。
今日は仕事で行くことはできないが(ほっ) 状況は一刻を争うもので油断は禁物。 明日は、歯医者だ・・・(涙)
続報を待て!
2003年03月29日(土)
東京で一番好きな町は?
表題の問い掛けにはたと考え込み、小首をかしげた。 驚いたことに、即答できない。
学生時代から、生活時間の大半を都心で過ごしていたのに、 なんでだろう?前は、こんなことはなかった。 20代のほとんどを過ごした表参道が大好きだったし、 青山や広尾、自由が丘も庭だった。
今はなんと、どこにもぴんとこない。 住みたい場所も思いつかない。 ??・・・この文章↑キーボードで打ちながら、 自分の本音に打ちのめされている。 土筆とかぺんぺん草とか、どうやら身体の隅々までも 不便な田舎暮らしが浸透しているということらしい。
しかし。
いったい、いつ「都会人」じゃなくなったのかなぁ?
2003年03月28日(金)
つぶやき
このごろ、茶飲話を更新することに四苦八苦している。 ネタ詰まりというわけではなく、思考の中に横たわっている 現実が邪魔をするのだ。
世の中にどんな動きがあっても、 日常は動いていくし、時も止まらない。 TVも新聞もなにもかもが暗い報道をする中、 自由が可能な状況にあるからこそ、 前向きな明るい笑顔も、楽しみも必要だと思っている。
肩の力を抜いたネタで、明るい更新を!と思うのだけれど、 どこかで「戦争」という思考に邪魔されてしまい、 キーボードから手を離し考え込んでしまう未熟な私がいる。
春爛漫、桜もほころび始めたようで心機一転、 私なりにがんばろう。
* * *
以前ここでも報告した"Peace Palm"。 先日、小泉首相宛にはみなさんの手紙を製本して発送完了済み。 3/22からまた、手紙の募集を再開してます。 もしあなたが出口を求めているのなら、 訪れてみてください。
2003年03月26日(水)
新・三国志ー完結編
三ヶ月前から楽しみにしていたスーパー歌舞伎、とうとう観た。 すばらしい!いやー、よかった。
NYのブロードウェイやショーに負けてないどころか、 堂々と勝負できる。日本独自の文化、さいこー!と素直に喜ぶ 一夜となった。劇場としては、まだまだ改善の余地がありそう だが、舞台は文句なし。
今夜の席は一階四列目、迫力のある場所だったが、 二階、三階からでも十分楽しめるだろう。 へたな食事でお金を使うなら、こちらを太鼓判でお勧めする。
まだ体験をしたことがない方のために、 筋を詳しく話すことは控えるが、 なんと、水戸黄門の7倍程度は泣かされた。 今の時世に寄り添うような内容で、 まさにブッシュ大統領や小泉首相に観て欲しい。
おかしかったのは、一幕に一度は鳴り響く携帯の呼出音。 それも着メロなどでなく、ワザなしの通常純正ベル音。 いくら劇場側が事前に注意を促し、場合によっては上演中止もと 脅しても、じじばばには効かない。 聞いてないし、わからないし、うっかりなのだ(笑) そう、こんなことを笑って流せてしまうほど、 本当に見事な舞台だった。
うーむ、来月も行っちゃおうっと!
2003年03月25日(火)
与話情浮名横櫛(よはなさけうきなのよこぐし)
昨日の夜からなのだが。 ひとつの唄が延々と、頭の中でかかりっぱなしになっている。 今時のものなら、一晩寝ればまぎれてしまいそうなものだが、 あまりに特徴的なもので、 夜を越えて目覚めてからも続いてしまった。
♪粋な黒塀 見越しの松に あだな姿の洗い髪 死んだはずだよ お富さん〜
ある程度の年齢の方にとっては、必ずや聞き覚えがあるはず。 さすがにオリジナルは聴いたことがないのだけれど、 周りの大人がよく口ずさんでいたので、 すっかり記憶に植え込まれている一曲なのだ。 この唄は、今日の件名である歌舞伎の有名演目の一場面から きている。なかなか乙な唄なのだけれど。
私にとっての昨夜からの問題は、 「♪お富さん〜」のあとに 「♪港 出船の ドラの音愉し〜」と、 憧れのハワイ航路に繋がっちゃうことなのである(汗)
2003年03月24日(月)
終りの季節
大好きな水戸黄門が、またもや最終回を迎えてしまった。 がーっくり、だ。 ほとんど流血シーンがなく、 お約束どおりに正義と人情に浸かれるドラマ。 役者も上手いし、裏切られることがない。 私にとっては、かなりいい感じの娯楽だったのだ。
だいたい、今クールの民放ドラマが不作揃い。 加えて、趣味のように流していたニュースも今はOFF。 真実から遠いアンリアルな戦争映像を見ていても、 何の足しにもならないし。
欠かさず見ていた民放の黄門様が終わった今、 NHKや衛星放送以外に見る番組がなくなったことになる。 なんというか、とてもとても、さみしいものである。
あーあ・・・
2003年03月23日(日)
わがままな思い
つくしんぼうの盛りは過ぎたのだろうと、 なぜか勝手にそう思っていた。
春のぬるんだ外気に誘われて散歩をしていたら、 壮大な景観に出くわした。小さな丘の斜面一帯に、 つくし・TSUKUSHI・ツクシ・つくし・・・一面の土筆。 生まれて初めて目にした土筆の群生だった。
はじっこのほうの立ち枯れたものは、 まさに近未来建築の廃墟を思わせるようで、 なんだか不思議な感覚だった。
昔と違って滅多に目にすることもなくなったが、 春の風物詩としては群生よりも、 道端にぽこぽこひっそり伸びたつくしんぼうのほうがいい。
2003年03月22日(土)
しみじみ
仕事の後、とても楽しい夜を過ごした。
十人十色の人生があり、他に比べるものはないけれど。 女三人それぞれの鮮やかに彩られた人生は、 なんともいえない、いい味を出していた。
芯があってとうぜん。 強くなってとうぜん。 七転び八起きがあたりまえ。 だから、人生が何倍も楽しめる。
性別というより、思考回路と特質の違いなのか、 男性にはなかなか到達できない境地かも。
やっぱり、日本の屋台骨は女性だったんだなぁ。
2003年03月20日(木)
もちろん平和が一番だけれど
私は「戦争をしないことが正義」だとは思っていない。 LOVE & PEACE ですべてが解決される、友愛第一な世の中だという幻想も持っていない。全ての手を尽くして、なおかつ、どうしようもない選択をしなければならない時もあるだろう。 それは、否定しない。
でも、今回は違う。そのケースではないし、 アメリカ、イラク、どちらが正しいという問題でもない。 双国の大将の意地と傲慢ゆえに、 多くの一般市民が犠牲になっていく。 だから、声をあげた。
* * *
開戦の映像は冷静に受け止めた。 12年前のような驚きもなく。 またこの映像を見ることになるのかという、あきらめとため息。
NYの友人から「日本も北朝鮮が背後にあるのだから、 気をつけなよ」というメールがきた。 明日は我が身にならない保証は、ない。
開戦してしまったからこれですべてが終わり、 というわけじゃない。 これから、何が出来るのか。 しっかり、考えていかなくちゃね。
2003年03月19日(水)
祈り��
もうすぐ日付が変わる。
今、いろいろな国の様々な立場の人たちが ひとつのことを考えている。 眠れない夜、集中できない時間。 涙、恐れ、怒り、悲しみ、そして多分、喜びや高揚も。
ここからまた歴史は大きく変わっていくのだろう。
それでも諦めず、願いを捨てず、 今日を明日につないでいく。 きっといつか、理不尽な日々がなくなることを信じ続ける。
2003年03月18日(火)
祈り
今朝10時のニュースから、断続的に涙がぼろぼろ出ている。 ずっと、泣きながら、なにかをしている。
怒りとか、悲しいとか、悔しいとか、 そういう簡単に言語化できる感情ではない。
自分なりに解釈してみたのだが。 9.11の件は私にとって、戦争と国際政治の意味を身近に考えざるをえなくさせた初めての出来事だった。そして続く母の懐疑的な事故死は、あらん限りに死を身近なものにさせた。このふたつの出来事が、理不尽な状況を想像することができる思考能力をぽんぽんと整えてくれた。
この涙。 巻き込まれる人々の無力感、涙、叫びという類の、 もうすぐ起こる悲劇の「想」のようなものが、 現実として私の中に入り込んできたせいなのだろう。
国連安保理も民衆の叫びも、なにもかも踏みつけて、 敬虔なクリスチャンである彼は、もうすぐ戦争を始める。 新たな不条理の歴史が、刻まれる。 21世紀の文明、世界平和、自由。 なんだか、あまりにそらぞらしい。
今は、ただ、祈る。
2003年03月17日(月)
本物とつきあう
私の敬愛するある女性。押し付けでなく、さまざまに私に影響を及ぼしてくれている人がいる。
いまだ独身であるものの、昔は婚約者がいたという。 なぜ結婚しなかったのか訊ねてみた。
「昔の話だけれどね。NHKの日曜美術館を見ていたのよ。私はあの番組が大好きでね。ところがその男がちょっかいを出してきて、邪魔したわけ。それでね(笑)、婚約破棄したの」
その話をきいた当時は、婚約者を切るほどの「日曜美術館の魅力」を理解することはできなかった。が、いつのまにやら、その気持ちがわかるようになった自分に驚くのだが。
またある時、この方から、骨董の伊万里茶碗二客に、染付小皿二枚を頂いた。せっかくだからと使っていたら、日が経つにつれ、なんともいえない味わいと愛着が湧いてきた。それまでも好きな器にこだわってはいたが、それからというものは、いい器にしか目がいかなくなってしまった。
日常が人間の思考に影響を与える大きさ。 わからなくても、本物を見る、触れる、使う。 とても大事なことだと、思う。
2003年03月16日(日)
同意語
「あれもこれも、なんでも出来る」
さて。
「あれ」は、どういうことをさすのだろう。 「これ」のディティールはなんだろう。 「なんでもできる」のなら、それ以上必要なものはなにもない。
「なんでもできる」は「なんにもできない」のといっしょ。
2003年03月15日(土)
坊主が憎けりゃ
・・・袈裟まで憎い。というのが、現在のアメリカ世論らしい。 ある程度大げさに報じられているとは思うが、差し引いて考えても情けない。フランスが攻撃に反対しているからといって、なぜ4ヶ月先まで予約の埋まっていたフレンチ・レストランをボイコットするかな。フレンチ・フライの名前を変えるって、なに?
もし日本政府が攻撃に反対表明を出したら、日本食レストランがそうなっていたわけだ。SUSHIも松井もイチローもSONYもボイコットされていた?
アメリカ国民全部が全部そうじゃないことはわかっていても、 なんだか子供っぽくて情けなくて、悲しくなる。
すごいことに、自国と自国民が「※グローバル・スタンダード」だと信じているアメリカ人が多い。私たちに夢と希望と自由を与えてくれたあの国は、これからどうなっていくんだろう。
※特定の国や地域、企業などだけで適用されている基準ではなく、世界中どこでも適用される基準や規格、ルールといった意味で使われている。
2003年03月14日(金)
三つ子の魂百まで
考えてみたら、クローゼットにあるスカートは夏用3枚だけ。それも、つるしてあるだけ。昨年はめずらしく二度も穿いた。ワンピースなら、もう少し頻繁に着る。といっても、夏場に10回、冬場に一回くらい?オケージョン対応の範囲だが。
毛嫌いしているわけでもなく、いつのまにかこうなった。 なぜだ?と、いろいろ考えてみたけれど、やっぱりアレしかない。 ・・・というところに辿り着く。
むかしむかしむかし、高校一年生の夏。 お風呂から上がってきた私の足の真横に、 母がぴたっと足を並べた。 「まあ、おまえの足って、ほんと太いわね」 と、けらけら笑いながら言い放った。
高校生の足は、輝くばかりにぱんぱんだ。 そして、母は細かった。
植え付けられたこの一言が、娘の後の人生を決定しているとは、草葉の陰の母もビックリだろうけれど。 覚えているほうもほうだよね。まったく。
2003年03月13日(木)
若さの意味
昔はそれと気がつかないのだが、人生折り返しを過ぎると知恵もつき、いろいろ心をよぎる苦い思い出がある。
若い頃の「思い出したくもない恥ずかしい失態」とか「ひどい思い込み」、「二度と思い出したくない発言」とか(苦笑)。若いときには、当然の権利とか、あたりまえのように自分の主張が正しいと思っていた。恐いものなんかなかった・・・はずなのに。
確かに、いまだからこそ冷や汗をかく気分になるのだけれど。
昨夜運転していてはたと気がついた。この「若さゆえの思い込み」、一定年齢まではとても重要なファクターなのではないのだろうか。
大人になれば、年齢を重ねて知恵も経験もあるからこそ、立ち止まって考え、失敗を避ける。でも、若いうちには立ち止まって考えるより、行動が大切。そうやって、痛い思いして、泣いて、笑って、感動して、失敗して・・・。その数が多ければ多いだけ、想像力をもてる大人になっていけるんだね。
そう考えれば、なんだか、自分の冷や汗な数々の過去も、温かい目でみてあげられるかな(笑)
2003年03月11日(火)
旅へのあこがれ
今、無性にしたいことがある。
「ひとり旅」
よく考えたら、出張以外でまともな一人旅をしたことがない。
純粋に誰一人知り合いのいない、未知の土地への旅。 国内限定。 移動手段は車でなく、電車か飛行機。 その両方でもいい。 行きたいところはたくさんある。 欲張らず、でも、満足のゆくスケジュールが望ましい。 誰をかまうことなく、縛られもせず、 のんびりと贅沢に非日常の時間を使う。 呆然とひとつの風景に魅入るような、 そんな時の流れに憧れている。
この春の楽しみが、またひとつ増えた。
2003年03月10日(月)
遅配
毎日がんがん稼動しているメーリングリストがいくつかあるのだが、中に無料サービスを使っているMLがある。そこでよく、この「遅配」が起こっている。今の世の中、メールなんだから遅れても届けばいい、とはいかない。メールだからこそ即座に、瞬時に、相手に届くべきなのだ。遅配の理由は、サーバーの不安定さとか、膨大な使用量とか、いろいろあるのだろうけれど、とにかく困った問題。
遅配といえば。
初めて自分のコンピューターを手にしたのは、1997年の夏、NYで。 MACのPowerBook1400c。今から考えると、びっくりしちゃうようなスペックなんだけど、あの時はアレが普通だったんだよね。当時はダイアルアップしか選択肢はなかったし、あの「you've gotta mail!」の声に憧れていたこともあり、プロバは手近なAOL。
この当時のAOLの遅配、すごかった。7-8時間の遅配はあたりまえ、隣の部屋にいる同じAOL使用者のルームメートに送ったメールが18時間後に届いたり、すごいったらなかった。
それを考えたら、今は文句を言えた環境ではないのだけれど。 でも、おろかな人間なもので、この遅配には腹立つ!
2003年03月09日(日)
野遊山
買い物の道すがら、ぽこぽこ伸びてるつくしを発見。 その横にはぺんぺん草が生えていた。やはり、とんだ田舎に住んでいるのだと楽しくなった。
小さい頃によく雑草で遊んでいたのだが、この”なずな=別称ぺんぺん草”もそのひとつ。一本の茎についているすべてのバチ状の実の部分を下に引っ張り、すじを切らないようにぶらぶらにする。それから茎の下のほうを、親指と人差し指でつまむ。耳元に持っていき、つまんだ指の間でくるくる茎を回す。するとね、ぺんぺんぺぺんと小さな音がする。ここには、三味線のバチに似てるからとの説明があるけれど、この小さな音が別称の由来だとずっと思っていた。
どちらにせよ、ぺんぺん草のぺんぺん音、 なかなかおつなものです。 機会があったら、聞いてみてください。
2003年03月08日(土)
Peace Palm
さて。阪本のSurfin'を購読している方はご存知だと思いますが、 阪本塾・ e 阪本塾卒業生有志と2/18から始めたプロジェクト "Peace Palm"が始動しました。戦争回避のためになにかできることはないかと、そんな思いではじめた期間限定プロジェクトです。
昨夜Surfin'で告知したわけですが、既に反響が届き始めました。 キーボードに向かって賛同してくださったみなさんの、そのひとつひとつの想いに胸が熱くなっています。
なにもしなければなにもかわらない。 でも、なにをしていいかわからない。 そんな思いが心のどこかにあるのなら、 どうぞ"Peace Palm"を訪れてみてください。 その一歩が、ここにあります。
2003年03月07日(金)
雑誌、雑誌というけれど
ふだん、雑誌はほとんど読まない・買わない。美容院でさえ、手にしない。なぜ雑誌を読まないのかといえば、ため息が出るような誇大キャッチや、見たくもない儲け話の類の広告、そして羊頭狗肉な記事内容。紙面を目で追っていくうちに、悲しくなってしまうから。
そんな私が例外的に大好きな一冊がある。 定期購読専門の和楽という月刊誌だ。
載せる写真がとても美しいということもあるのだが、なんというのか、そう、粋な記事が多いのだ。きれいなもの、いいものを忘れないように、本物を身近に感じられるようにと、そんな思いがくさん込められている本。監修者の美意識の高さが感じられる。先日届いた最新号では、「江戸人たちの、楽しい生活」を浮世絵で紹介し、中には江戸のヘルシーライフを説くページもある。
極めつけは、読者の投稿ページ、発行人+編集者の一言ページがない!余分なものがない雑誌って、雑誌のくせに捨てられない。引越しするときまでも、持っていってしまいそう・・・。これはこれで、また問題。
2003年03月06日(木)
サクラサク
2/7に登場した件の少年、晴れて志望校に合格したとの連絡が入った。お祝いを何にしようか、時計がいいのか、なんなのかと、悩んでいたら母親である友人からメールがはいった。
なんと、彼のお祝いリクエストは日帰り温泉だった。あの若さでこの発言、へんなヤツだとは思っていたが。らしいといえばらしくって、ほほえましいといえば、ほほえましい(笑)
これでやーーーっと、気兼ねなく春を迎えられそうだ。
2003年03月04日(火)
携帯する意味
携帯電話を携帯するという、基本的お約束をよく忘れる。 家の中でも一階と二階、バッグの中、車の中、テーブルの上、コートのポケットと・・・・
あれぇ?どこいっちゃったのかなぁ?あれぇ?
と、独り言を言いながら探していることがよくある。 ひどい時には、48時間くらい平気で携帯の存在を忘れている。仕事の連絡はほぼ100%メールで済んでしまうし、携帯の優先順位が低い生活なのだ。緊急で電話してきた友人にはあきれられ、何の役にも立たない携帯だと肩を落とされる。笑い事ではないのだが、こういう出来事にはつい笑ってしまう。
ボケているつもりはないのだけれど、携帯を不携帯。確かに何の役にもたたないよなぁ。少しは自分を戒めなくては!
2003年03月03日(月)
類友
先だってここに登場させた友人夫婦を、メールを介して、シドニー(オーストラリア)に住む友人に紹介した。もう、向こうに住んで20年ぐらいになったんだろうか。血は繋がっていないが、「同類」とでも言おうか。
こんなエピソードがある。
彼女は年に数回NYに来て(純粋に休暇)、我が家にステイしていた。ある暑い夜。いきつけの"Dew Drop Inn"というレストラン、週末で表のテーブルは満席だった。連れだって飲みに出た私と彼女もテーブルを確保し、おしゃべりもたけなわ。ふと、後ろに座っていたアメリカ人グループの女性が、話し掛けてきた。
相手A「あなたたち、どこの国の人?」 私達「どこだと思う?」 相手B「うーん、絶対中国人じゃないわね。韓国でもないわ」 私達「・・・」 相手C「う〜ん、むずかしい。でも、日本も違うわね」 私達「うふふ(にんまり)」 相手A「わかった!!サモア人でしょ!!あたりよねっ!」
私も彼女も、真っ黒く長い髪だった。 ついでに、ノーメークで、よく日焼けしていた。 アメリカ人には、よくフィリピーノと間違われていたし、英語をしゃべれないスペイン人のおばちゃんにもスペイン語で話し掛けられていたりした。だが。サモアンとは!ついに南の島まできてしまったなと、その夜はふたりでフローズンマルガリータを飲み交わしながら、夜更けまで大笑いをした。
そして、今も彼女はサモアンのまま、だ(笑)
2003年03月02日(日)
ささやかだけれど、役にたつこと
いつ頃だったか、はっきり覚えていない。 NYで暮らし始めて数年経った頃。
友人のオフィスに遊びに行った時、たまたま本棚にあったその本が目に付いた。カバーもなくなっていたし、お世辞にも綺麗な体裁ではなかった。レイモンド・カーヴァー著・村上春樹訳『ささやかだけれど、役にたつこと』。この本を、その後私は何度となく読み返すことになる。
文中のパン屋が言う。
「よかったら、あたしが焼いた温かいロールパンを食べて下さい。ちゃんと食べて、頑張って生きていかなきゃならんのだから。こんなときには、物を食べることです。それはささやかなことですが、助けになります」
なんどもこのセリフに助けられた。しょぼくれたり、どつぼにはまってしまったり、気弱く帰国を考えたりしたとき。
そうだ、生きていかなくちゃ。ごはん、食べよう。 それで、あと一日がんばろう。きっとがんばれるよ。
本読んで、いつも泣くだけ泣いてから、キッチンに向かった。 あの日々が、ほろ苦く、懐かしい。
2003年03月01日(土)
理不尽
『戦場のピアニスト』を観た。
想像力を働かせて物事を受け止める。 この癖が身についてしまった精神には、とても重たい一本。
映画館を出てから、頭の芯が痛くなっていることに気がついた。言葉は出なかった。誰がいいとか悪いとかではなく、確かにそういう事が起こっていたという現実。
理不尽という単語が、それからずっと頭にある。 この時代に、日本人として生まれ、存在している。 自分の福分に感謝する。今、それが精一杯。
目を背けず、もっともっと、事実と真実を知らなければならないと思う。
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