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2002年04月30日(火) 今日1日のこと

今日は、午前中はピアノを弾いて、午後からはカレーを作って、コーヒーを飲んで、夜はギターを練習して、1日が過ぎました。
ギターを弾いたのは、実に7年ぶり。キーボードを打つ指先が痛いです。

私のつたないギターに、旅の友がピアノを合わせてくれました。
いっしょに練習いた「青空」を今度、どこかで披露でしようという話で、グループ名まで決まりました。

ギターを弾いていると、初めてギターを練習したときのことを思い出します。
ずいぶんと時が経ったけれど、それでもその時に感じたことだけは、忘れられません。

今日は、またまたいろんなことを考えながら、おやすみなさい。


2002年04月29日(月) 叫び疲れたその後は

岬のほうまで車で行きました。
海がとても気持ちがよくて、いっしょに行った人たちと車の中で叫んでいました(笑)
「海がきれい〜っ!」
「お寿司おいしかった〜!!」
「ガソリン入れさせろ〜!!!」
「………」
ガソリンスタンドが見つからずに冷や冷やしたこと以外は、とてもとても楽しくすっきりとした1日でした。

昼間に叫びすぎたためか、夜はすっかり疲れてしまいました(汗)
「ここにいちゃいけない」
ふとそんな思いにかられながらも、今日もまた夜は更けていくのでした。

おやすみ。


2002年04月28日(日) 素直に嬉しさを感じられなくて

ここはいつも何も変わらなくて。
それが私を安心させます。
変わったことといえば、私の環境と気持ちの一部分。
うれしさの反面、悲しさや不安もいりまじる。
そんな1日でした。
まだまだ旅は始まったばかり、です。

おやすみ。


2002年04月27日(土) 考えても仕方がないことだけれど

フェリーでの朝です。
珍しく10時近くまで寝ていました。
母が作ってくれたおにぎりを食べ、船内をうろちょろして、映画を観たりおみやげ屋を物色したりしながら、それでも疲れがたまっていたのか、ほぼ1日中寝ていました。
ときおり甲板に出て、空と波を眺めました。
今回の旅は、いつもと何かが違います。
それが何かははっきりしていないけれど、旅を進めるにつれて、きっとわかってくるのでしょう。
「逃げちゃだめ」
心の奥のほうから、そんな声もちらほら。

さて、明日は上陸です。


2002年04月26日(金) 初フェリー

さて、いよいよ旅立ちです。
朝から荷造りにてんやわんや。若干の仕事道具といつもの旅グッズをザックに詰め込んで準備完了です。
車での初の一人旅。港まで無事に辿り着けるかが不安です。

夕方ころ、母に見送られて家を出ました。
おかしなことですが、ふとそのとき「家族」を初めて知ったような気になりました。
「あ、ここにまた帰ってこよう」
見えなくなるまで見送る母に、祖母の姿を重ねながらの出発は、旅先で宿を立つときを思い出しました。
これからが旅立ちだというのに(笑)

友だちに電話で道をたずねながら港にようやく到着。
手続きにどぎまぎしながら、乗船。
今までのこと、今現在の気持ち、これからのことをいろいろ考えながら、いつの間にか熟睡していました。

旅立ちはこんな感じ。


2002年04月25日(木) 街好き

今日は、ちょっと仕事をしてその後市役所に行って1日が終わりました。
市役所に行って思ったのですが、私はどの街でも住んだ街のことを知りたくなります。
歴史とか風土とかは住所の由来とか。お店ももちろん。
幼いころからです。
知れば知るほど、その街を愛することになります。
私が今住んでいる街も然り。

でも、大阪、という街はキライでした。
あんまりいい印象はありませんでした。
理由はいろいろ。

それでも最近は、少し大阪という街が好きになりかけています。
その理由もいろいろ。

キライな街の道は覚えられませんでしたが、だんだんと覚えてきました。

なんでかな?
きっと大阪に来てから出会ったあたたかくて楽しい人たちのおかげなのでしょう。




2002年04月24日(水) 今日、世話になった

学生時代に住んでいた町を散策。
懐かしかった。懐かしすぎた。思い出は、たどらないほうがいい、と珍しく思いました。

私は思い出が大好きです。
空想でいろんな楽しいことが待ち受けます。
賛否両論ですが、私はそれで満足しています。

それでも。
今日は思い出の定義が私のなかで変わりました。

それはまた今度。
いつしか。
おそらく。
話す日が来るのでしょう。

今日、お世話になったみなさん。ありがとう。


2002年04月23日(火) ありがとうの1日

今日もいろんな人に会いました。
お昼は、大阪の会社の先輩です。会った回数は少ないのですが、いっしょにいると気が置けなくてとても楽しい先輩です。
だからいろんな話もできます。

今日もなんだか言い過ぎじゃないかな、と思うくらいいろんな話を聞いてもらいました。どうもありがとうです。

午後から、昨日会ったジャーナリストの紹介でフリーの編集者と会いました。
初対面なのでちょっと緊張。でも表裏のないステキな人でした。
そこでもいろんな話を聞きました。

夜はお世話になったナースと食事。
そしてまたまた元気をもらいました。

最後は、友だちの家で近所に住む友を呼んで宴会。
かなり楽しい楽しい宴会でした。

ということで、今日はなんだかみなさん、ありがとう、の1日です。

おやすみ。


2002年04月22日(月) 打ち合わせ

仕事の打ち合わせに行きました。
なんだかちょっとぐったり。まだまだ始まったばかりです。頑張らねば。

午前中の打ち合わせで、私にわからないことがたくさん出てきました。
おろおろ、です。それでも誰かに聞いてみようと、前の会社の上司に連絡しました。もう定年されている方で、紙を触ると何の紙かとか重さとかがわかってしまうような職人です。
その人には、いろんなことを教わりました。
私にとっては、「編集の師匠」のような人です。
今回もいろんなことを聞きました。ほかの人には聞きにくいことも聞けて、いろいろとアドバイスももらえました。
ありがとうございました。

夕方からは、「ジャーナリスト」の知人を訪ねました。
少し「今後の不安」を愚痴ってしまいました。
元気づけようとするそぶりはないのに、その人と話すと元気になります。
昔からです。

今回もまた「元気パワー」をもらって帰ってきました。

いろんな人に助けられて、シアワセな反面、もっとしっかりしないと、と思いました。

おしまい


2002年04月21日(日)

今日からしばらく東京の友だちの家に居候です。
居候、といっても4日ほどですが。
彼らの住む借家は、偶然にも私が学生時代を過ごした街にあります。
とても懐かしい街です。

上京して初めて父と入ったラーメン屋がマックになっていたり、少しお気に入りだった酒屋がコンビニになっていたりと、若干の変化はありましたが、雰囲気だけは変わりません。

それでもなんとなくそわそわしてしまうのは、歳をとった証拠でしょうか。


2002年04月20日(土) 相談相手

今日は、小浜の三方五湖までドライブです。
友だちのドライブにまぜてもらったのですが、なんだかおじゃま状態(笑)
それでも楽しかったです。

私は、あまり「自分」というものを見せない気がします。
遊び仲間には、あまり何かを相談することはしません。というか、毎日会うわけでもないので、する機会がありません。

そういえば、私の相談相手、って、いつも会社の同僚が多かったな、と今日は思いました。たぶん、高校の友だちと同じくらい「私」について知っている人が多いでしょう。だからきっと居心地がよかったんだな。

だからこそ、いつまでも、つながりを大切にしていきたい、と思いました。
ときどき、泣きたくなるくらい孤独を感じたころを見計らったかのようにメールをくれる同僚たち。

ありがとう。


2002年04月18日(木) はいはい

今日もかなり疲れた。
何もしていないのですが。
明日は、やることがいっぱいです。
だから、おやすみ。


2002年04月17日(水) はい

今日は、ちょっとつかれた。
おやすみ


2002年04月16日(火) ステップ

いつもの時間に目が覚めたけれど、無理矢理寝ようとしていました。
それでも寝付けなくて、ついついプレステに手を出していました(笑)
会社の人に借りているソフトです。
早く返さないと(汗)

昨日もらったものを整理していました。
やっぱりいちばんうれしいのは、みんなのメッセージの入ったカードフォルダでしょう。
これがないと、次へのステップにならない、とも思います。
贈ってくれてありがとう。

そんなこんなで、今日は、そんな1日。

おやすみ


2002年04月15日(月) むずかしい

いつもと変わりない1日でしたが、なんとなくざわざわ。
いつもどおりに接しようとしていながらも、やはり、違う雰囲気があります。

朝の少しの緊張のなか、雑務をこなしていると、1通のメールが届きました。
「スマイル!」
それがなんともうれしくて。
いろんな人に言葉を贈りたい、と思っていたけれど、そんな大それたコトはまだ先にして、私は「スマイル」でいればいいんだな、と思いました。
どうもありがとう。

いろんな人が電話をかけてきてくれて、印刷屋さんが激励の言葉をくれて、そして、みんなが「がんばって」って言ってくれました。
「当たり前」の言葉だけど、それでいいんです。
飾る必要なんて何もない。

夜は、同僚が小さな送別会を開いてくれました。
そして、そこでも私は寝てしまい。

あたたかい、あたたか〜い、1日、を、日記に書くのは、とても、むずかし、い。


2002年04月14日(日) あたりまえの言葉

会社の人たちに、手紙を書こうと思ったけれど、途中まで書いてやめました。
なんとなく「あたりまえ」の言葉になっているようで。
その「あたりまえ」の言葉の意味を知っている人は、何人いるのでしょう。
「がんばってね」「よかったね」「シアワセにね」「だいじょうぶ」………。
あたりまえの言葉は、あたりまえの言葉としての重さがあります。
その重さを知っている人にしかわかりません。

それでも私は、明日、言うでしょう。
「ありがとう」
と。

あたりまえの言葉の意味を、きっと彼らは知っているから。


2002年04月13日(土) 朝カラ

朝帰りの影響で、昼まで寝ました。
明け方までカラオケ屋にいたのなんて、何年ぶりでしょう。
うそうそ。つい最近もありました。

3人で朝までいたことはきっとずっと覚えているでしょう。
いつか笑い話に。
そして、最後に歌ったブルーハーツをまた歌うのでしょうか。

きっと朝までカラオケは、もうしない。でしょう。


2002年04月12日(金) 金曜日

今日は、茨木で茨木にゆかり(?)人たちの飲み会でした。
といっても、ゆかりなんてホントは何にもない人たちが多いのですが。
とても楽しい会になりました。

それでも、いくら飲んでも心のなかにある「しこり」は、どうしても消えなくて。
隣りの彼女と、この先の雑誌のことを考えると、「無責任」という言葉がつきまといます。

私が彼女に残せる言葉は、もう何もありません。
それでも何かを伝える義務があるのは、わかっています。
それが最後の仕事になるのでしょうか。


2002年04月11日(木) 今日の日を忘れない

今日は、2人の上司とそれぞれ昼食、夕食に行きました。

いっしょに昼食に行った上司は、今の会社での最初の上司です。私はこの上司におおいに影響を受けました。
もっと長くこの人の下にいたかった、と今も思います。
この上司の考え方を理解できて、もっともっと学びたい、と思っていたときに異動になりました。
それは、仕方のないことで。
それでもお礼が言いたくて、お昼を誘いました。
その上司といろんな話しをして、いろんなことを忠告してもらい、とても感謝しています。
たった2年でも、この人の下にいられてよかった、と思います。
泣きたくなるような気持ちを抑えて。
どうもありがとう。


夜は、今の上司を誘いました。
今の上司も私に「編集」というものを教えてくれた人です。
「編集」というより「編集の厳しさ」といったほうがいいかもしれません。
ここ数日の間にいろんなことがありすぎて、話したいことがたくさんあって、でも、話を始めるとなかなか話したかったことが話せずにいて。
それでも最後に自分の今の気持ちを伝えてきました。
それを伝えてから、「そうだ。私はこの人を尊敬していたんだ」と思いました。

帰りのタクシーのなかで、声を殺して泣いた今日の日を、私はきっと忘れません。


2002年04月10日(水) ありがとうありがとうありがとう………

最近、よく胸がつまります。
あたたかい気持ちが、「じか」に伝わってきます。
それは今日も例外ではなくて。

居心地がよすぎてせつなくなる瞬間が、私はとても苦手です。
それでもその瞬間を共有できる人たちがいると思うと、それは「シアワセ」に変わります。

今日はどうもありがとう。
私のなかの「自慢できる思い出」になりました。

ありがとう。

おやすみ。


2002年04月09日(火)

会社の先輩たちに囲まれての飲み会でした。
楽しい楽しい会でした。

私は編集者です。
ただ、編集者を理解している人がどのくらいいるのかわかりません。
今の会社は、編集全般のことに携わることができます。
分業化の世の中、ある意味「ぜいたく」なのかもしれない?

編集、について、看護、について、言いたいことは尽きないほどあって。

それでも私は、目下のところは、自分自身との闘いなんだな、と思います。

どうか、つつがなく。

おやすみ。


2002年04月08日(月) 自己反省

私は心が狭いっちゅうことで。


おやすみ。


2002年04月07日(日) すべてに意味が。

久々にのんびり日曜。
お花見のお誘いがいくつかありましたが、すべてお断りしました。
こんな不義理な私を誘ってくれてどうもありがとう。
とにかくたまりにたまった心と体の疲れをどうにかしたかったのでした。

こんな日記を書いていたら、新着のメールが届きました。
「女の子が生まれたよ」
!!

京都の北のほうで高校教師をしている親友からのメールでした。
おめでとう。
ホントにホントにおめでとう。

このメールで、今日一日のことすべてに意味ができたような気がしました。
ありがとう。




2002年04月06日(土) 教える

ようやく帰ってきました。
やはり楽しい取材でした。学会に行くと、一年分と言っていいほどの企画が生まれます。きっとその企画は、すべて形になるでしょう。
それはまだ、創刊してようやく企画が一巡した雑誌だからです。
切り口を変えて、いろいろできます。
これがもう10年以上経っている雑誌だとまた違うのでしょうが。

なじみの先生に挨拶しました。
みんなニコニコしていました。
帰りはなんとなくなごり惜しかったけれど、これからもきっと会えるはず。

帰りはいろんなことを考えながら帰ってきました。
いろんなことといっても、会社のことです。
人に何かを「教える」ことと、人を「育てる」ことは違うと思っています。
それは、私の甘さ、なのでしょうか。

時代に合わせて医療が変わっていくように、時代に合わせて「教育」も変わっていくべきなのでは。それは社会人教育も同じように。
と思ったことが、私の決断を早めてしまったのでしょうか。
私の知っているすべてを教えたかった隣りの彼女は、まだ、すべてを知るには早すぎたのかもしれません。

ところで、やはり家はいいですね。


2002年04月05日(金) 田舎の都会

今日は学会取材。
いつも挨拶する本屋さんがとてもうれしい言葉をかけてくれました。
人脈って普段どんな接し方をしているかで、決まってくるものなのかもしれません。
今のこんな気持ちを誰かに相談したいけど、すぐに相談できる人が側にいなくて。

すこし不安です。

話は変わりますが、豊橋は、田舎の都会です。
携帯で日記を書くと、話が錯綜して困る。


2002年04月04日(木) 豊橋

豊橋出張中です。
携帯から日記執筆に初挑戦。うまく書けるかな。
今日の仕事は施設取材。楽しかったです。
いろいろ書きたいけど打つのが面藤テなので。おやすみ。


2002年04月03日(水) 元気メール

なんとなくへこみ気味の日記を書いていたら、数人の知人から「元気メール」が届きました。ありがとう。

元気メールの甲斐なく、今日はもっとへこみました。
いろんなことがきっかけです。
へこんでいるときは、いろんなことが気になります。

だから、誰のせいでもなくて。

おやすみ。


2002年04月02日(火) 花は盛りに…

花見、でした。
会社の近所の公園で、同じ階の人たちで集まりました。
楽しかったです。

それでも、へこんだ心はやっぱりへこみ気味。
この人たちとこうしていっしょにいられるのも最後なのかな、と思うと、ときおり泣きたくなりました。
いえ、泣きたい理由はもっとほかにあるのですが。
それでもまだ、私は泣くわけにはいかなくて。
とにかく、目の前の緊急度も重要度も高い問題を解決しなければいけません。

桜の花が散るまでに。



2002年04月01日(月) 取りかかること

どうすればいいのかわからないことでいっぱいです。
とりあえずは緊急度の高いことから、取りかからないと。
そして、それが今いちばん重要なことなんです。


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