待ち合わせたファミレスで、「ちょっと左手貸して」と塔矢に言ったのは、本当に軽い冗談のつもりだった。
「何?」
訝しそうにしながらも差し出された手の薬指におもちゃの指輪をはめる。
「へへへーっ」
早めに来て席に行く前、レジ横に置いてあるのを見つけた。
ちゃちな作りの数百円か幾らかの子どもが遊びでつけるようなもの。 でも見た瞬間におれはそれを塔矢の指にはめてやろうと思ったのだった。
こほんとわざとらしく咳をして言う。
「えー、病める時も健やかなる時も死が二人を分かつまで、おまえはおれのことを愛することを誓いますか?」
塔矢は一瞬呆気にとられたような顔をして、それから真顔に戻って静かに言った。
「誓わない」」
「え?」
予想していたのは「馬鹿なことをするな」と怒鳴られるか、照れて何も言えなくなるか。
けれどそのどちらでも無い。
「え…と、え? なんで?」
その時のおれは相当情けない顔をしていたと思う。
「薄情だなキミは」
「え?」
「今世での愛しか誓わないのか。死んだら終わりと、そういうことだろう」
「違うよ。って、大体これがフツーの誓いの言葉だろ」
「ぼくならこう言う、来世も」
「らい…せ?」
「そう。死が二人を分かつても、来世でぼくはまたキミと愛し合いたい。そのまた来世、またその次の来世でも」
ぼくは永遠にキミだけしか愛さないよと言われてさっと顔から血の気が引いた。
「そ、そんなのおれも」
「後出しは卑怯だ」
怒った顔では無い。むしろ勝ち誇った顔におれは見えた。
「キミはまだ覚悟が足りない」
「なっ…」
「キミのうすっぺらい愛情はまだまだぼくの愛情には届かないみたいだね」
悔しさでカッと頬が染まる。
なんて自分は幼稚なんだろうかと恥ずかしさでいたたまれなくなった。
(そうだよ)
本当に真剣な思いだったなら、軽口のように言葉にしない。
冗談で誓いの言葉なんかを持ち出したりするはずもないのだと痛いほど思い知ったからだ。
「愛してるよ」
塔矢がにっこりと笑っておれに言った。
「心の底から命かけて愛してる」
一言、一言が胸を刺す。
「ごめん。おれの…悪手だった」
「そうだね」
「勢いだけの読みの浅い、馬鹿みたいな一手だった」
「わかっているじゃないか」
「だから!」
言いかけて塔矢の目をじっと見る。
「次は絶対間違わない」
「うん」
「おまえが驚くような最上の一手で臨むから」
だから挽回の機会をくれよと言ったら塔矢は目を細め考えるような顔になった。
「そんなに言うなら待ってあげる。ぼくは気が長いからね。来世でもそのまた次でもキミの長考が終わるのを楽しみに待つよ」
「そんなに待たせるかぁ!」
「ふうん?」
挑むような目つきが憎たらしい。
本当になんでおれはこんな奴を愛していて、こんな奴だとわかっていてあんな浅はかなことをしてしまったのだろうか。
「待ってろよ!」
「もちろん」
「その時になって吠え面かくなよな!」
「ぜひかかせて貰いたいね」
なんでおれ達はいつもこうなってしまうんだろう。
怒鳴り合いながら頭の隅で思った。
大好きなのに。
愛しているのに。
(戦わずにはいられないんだ)
なんだかんだで言い合いのまま、碁会所で打つ話になった。行く道々も怒鳴り声の応酬で道行く人にぎょっとされた。
でも仕方無い。
きっとたぶんこれが、おれ達の愛し合い方ってやつなんだろう。
ふうと一つため息をつくと、おれは一刀両断されたおれの想いをどう知らしめてやろうかと考え始めたのだった。
※今日の置き土産SSです。久しぶりのコミケ楽しみです。
| 2021年12月14日(火) |
(SS)Thanksgiving Day 塔矢アキラ誕生祭20参加作品 |
誕生日、ぼくは感謝する。
ぼくを生み育ててくれた両親に。
時に優しく、時に厳しく見守ってくれた兄弟子達に。
この世に生まれて来たことがとても嬉しい。
ぼくとして存在出来たことがとても嬉しい。
だって、だから進藤に出会えたのだから。
(ありがとうございます)
地にも天にも、星にも空にも、日にも風にも、何もかもに感謝する。
幼稚園の先生、学校の同級生、僅かしかいなかった囲碁部の人達にも感謝する。
市川さん、北島さん、広瀬さん、碁会所のお客さんの全てに感謝する。
きっと誰か一人、何か一つでも欠けていたならば、ぼくは彼と会えなかった。
そしてもちろん。
(進藤のお父さんとお母さん)
本当にありがとうございます。あなた方がいたから進藤がこの世にいる。
ぼくは彼と出会えて幸せになった。
本当に、本当にありがとうと、窓の向こうの明けて行く景色を眺めながら思っていたら、情緒もへったくれも無い声に呼ばれた。
「お前、いつまでも素っ裸でそんな所に居ると風邪ひくぞ」
振り返ると掛け布団を持ち上げて、進藤がおいでおいでをしている。もちろん彼も何も身につけてはいない。
「いや、もう毎年だけどさ、正月でも無いのに日の出なんか見てなんか楽しいか?」
「別に……日の出を見ていたわけじゃない」
「だったらなんでだよ?」
ベッドに戻るとすぐさまぎゅっと抱きしめられた。
「ほら、こんなに冷えちゃってるじゃん。十二月の気温舐めるなよ?」
「舐めてない。大体エアコンだってつけているし」
それでも確かに体は冷えた。
抱きしめて来る進藤を振り返ると、すかさず唇を奪われる。
「……しつけが悪い犬だな」
「飼い主がおれに甘いんでね」
「だったら厳しくしつけ直してもいいんだぞ」
「えー?」
いいよおれはもう充分、日々調教されてマスからと。
今度は首筋から肩にかけてキスの雨を降らせる。
キスはきっと体のもっと下まで降りて行くことだろう。
(夕べ散々したのに)
まだ足りないのかと、一瞬、さっきの感謝を取り消したいような気持ちになったけれど、それでも胸の内は愛される喜びに満たされていたので、改めて出会わせてくれた何かに深く感謝することに決めたのだった。
end
塔矢アキラ誕生祭20様参加作品です。今年も開催ありがとうございます。
タイトルはこの日はアキラが世界中に感謝する日であるということで。
|