SS‐DIARY

2021年10月09日(土) (SS)幸せ/ヒカル誕生日SS




「あーっ! シアワセ!」


レジャーシートに寝転がるなり、ヒカルはいかにも幸福そうにそう言った。


「そうか?」

「うん、おれ今人生で一番くらいシアワセかも!」


大きくのびをして、それからアキラの方を向く。


「だったら良かった。早起きした甲斐がある」


答えるアキラは日よけに被って来た帽子のつばをぐっと持ち上げた。

抜けるような青空だ。

数日前までぐずついていた天気は、ヒカルの誕生日に合わせたかのように気持ち良く晴れ渡った。

日頃の行いが良かったんだねと、からかい半分言うと、ヒカルは屈託無く「そうだよ、おれ真面目だもん」と言った。


「真面目に仕事して、恋人大事にして、こんな良いおれの誕生日に天気が悪いはず無いんだって」

「すごい自信だな」

「違う! 真実だろ。弁当だってちゃんと作ったし」


言いながらヒカルが叩くトートバッグの中には、あり合わせで作った弁当が入っている。


「事実をねじ曲げるな。お弁当はぼくも作った」

「おまえ二割、おれ八割な!」


前日、誕生日なんだからゆっくり朝寝したい。だからおまえも早起きしなくていいよと言ったヒカルは、アキラが目を覚ますと何故かキッチンに立っていた。


「…キミ、何しているんだ?」


テーブルに並べられたおかず達を眺めながらアキラが尋ねると、ヒカルは『見つかっちゃった』みたいなばつの悪そうな顔をした。


「なんでこんな早くに起きてくんだよ。ゆっくりでいいって言ったじゃん」

「そんなことを言ったって、家中良い匂いがしてると音もする。嫌でも目も覚めるよ」


粗熱を取っているのはウインナーと唐揚げ。おにぎりも握ってのりを巻くだけにしてある。

「卵焼きは作らないのか?」

「最後に作ろうかと思って。あれ結構難しいからさ」

「じゃあぼくがやる。キミは朝食のーストとコーヒーの用意をしていてくれ」

「それだけでいいの?」

「だって後でこのお弁当を食べるんだろう」


それがどこかは知らないが、ヒカルが作っているのはどう見てもお出かけ仕様のものだったから。


「いや、えーと、うん。…せっかくだしさ」


近場で良いから景色の良い所に行きたくなってと、ヒカルは素直に食パンを手にして言った。


「おれの誕生日だし、珍しく二人揃って休みだし、そんな日にこんな上天気だしさ」


出かけないのはもったいないじゃんと言うが、前夜を振り返る限り天気が悪くても行くつもりだったに違い無い。


「で、どこに行くんだ?」


といた卵をフライパンに広げながらアキラが言う。


「それは行ってのお楽しみ」


勿体ぶって言うが日帰りで行ける場所はたかがしれている。

あそこか、あそこだろうなと思った、実際に後に到着したのは見事にその一カ所だった。



海が見える近郊の公園。

広々とした芝生は午前だというのに、既にたくさんのレジャーシートが広げられている。

鮮やかな緑の中を歓声をあげながら子ども達が走る回る様はまるで子犬のそれで、思わず口元がほころびてしまった。


「この辺でいいかな?」

「うん、いいんじゃないか」


広場の隅っこ。上手い具合に枝が影を作る場所にヒカルとアキラはシートを敷いた。


そして冒頭のヒカルの「シアワセ」発言に繋がるのである。



とはいえ、大人二人が芝生に居ても走り回るわけも無く、今日は携帯用の碁盤も持って来ていないので、なんとなくぼうっとしてしまう。


「確かに気持ちは良いけど、本当にここで良かったのか? 数駅先の夢の国の方が良かったんじゃ…」

「いや全然! 今日は絶対こうしようって思ってたから!」


走り回る子ども達が子犬ならば、シートの上でごろごろするヒカルは猫のようだ。


「そう言えば、ここに来る途中見た屋台では生ビールを売っていたね」

「マジ?」

「うん。それに牛串やたこ焼きなんかも売っていたみたいだ」

「そっか、おれ絶対牛串食いたい!」


ヒカルは本当に嬉しそうで、それを見ているアキラの目も嬉しそうに細められた。


「まあ、お弁当があるし、そんなに食べられないかもしれないけど」


後でゆっくり屋台を冷やかしに行こうかと言うとヒカルは破顔した。
そして隣をぽんぽんと叩く。


「おまえも寝ろよ」

「いや、ぼくは」

「お誕生日様の命令だぞ」

「こういう時に持ち出して来るのは卑怯だな」


けれどさして逆らわずアキラはヒカルの隣に寝そべった。

シートの下で草がかさりと音がたてる。

仰向いて見れば視界は染みるような青一色だった。


「なんかさ」


ぽつりとヒカルがつぶやく。


「なんか、こういうのって、すごくフツーでいいよな」


周囲から聞こえて来る子どもや親の笑い声。

合間に混ざるのは鳥の声や木の揺れる葉擦れの音で、ありふれたものだったけれど、心がほどける気がした。


「…うん」

「特別なことをするのもいいんだけど、こういうフツーもいいかなって」


フツーでシアワセなことをおまえと二人でしたかったんだと言われてアキラは胸の奥が温かくなった。


「そうか」

「うん。そう」


寝そべったまま、ヒカルがアキラの手をふいにぎゅっと握る。

「進藤」

「いいじゃん。どうせ誰もおれらなんか見てないし、見てもたぶんわからないと思うし」


今日くらいはと言うのでアキラは小さくため息をついた。


「少しだけだぞ」

「うん。少しでいい」



高く高く晴れた空。

緑の広い芝生の上で、ほどよい日差しを浴びながら二人で手をつないで寝転んでいる。


「…幸せだな」


うっかりと口に出して言ってしまった。


「だろ?」


恥ずかしいので見ないが、気配でヒカルがどや顔をしているのだけはよくわかる。


「絶対、ぜーったいシアワセだと思ったから今日はここに来たかったんだって!」


つないだ手から伝わってくる温もりが気持ち良い。

後で食べる予定の、二人で作ったお弁当も楽しみだ。

青い空も潮風も、何もかもが幸せでアキラき目がくらみそうになった。


(これじゃまるでぼくの方が誕生日みたいじゃないか)


期せすして、溢れんばかりの愛情と幸福をヒカルに貰った。


(だったらぼくも進藤に返さなくちゃね)


三ヶ月後の自分の誕生日に、どうしたらこれ以上の喜びをヒカルにあげられるだろうか?

頭上をゆっくり流れて行く白い雲。


それを眺めながらアキラが「覚えていろよ」と言ったら、意味はわからないはずなのに、ヒカルは「わかった!」と元気よく答えたのだった。


end


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