SS‐DIARY

2021年06月30日(水) (SS)だってキミの命はぼくの命より大切だから



進藤が死んだら、たぶんぼくはもう息をすることが出来ないだろう。

歩くことも見ることも話すことも出来ない。

暑さも寒さも感じられず、笑うことも泣くことも無くなるだろう。

それは石だ。

体も心も固まった、ただの石ころになる。



「だから精々長生きしてくれ」


映画館を出た後、感想を聞かれてそう答えたら思い切り嫌な顔をされた。


「…重っ。ていうか、感想はって聞いてそれが答えってどうだよ?」

「正直に言ったのに、そんなことを言われるのは心外だな」


誘われて普段は見ない類いの映画を観た。

原作を知っている進藤とは違って予備知識の無いぼくには解らない部分も多かったけれど、テーマは『命』なんだろうなと思った。

生きること。死ぬこと。

どう生きるか、どう死ぬか。

それは人それぞれで、願ったからと言って必ずしもそうなるかどうかは解らない。

けれどその刹那に悔いが残るか残らないかは生きることへの覚悟が関わってくるのだなと思わせられた。


「おれは…もっと単純に面白かったとか、格好良かったとかそういうのを聞きたかったんだけど」

「ああ、それなら思っていたよりずっと面白かったよ」


少なくとも居眠りすることは無かったと言ったらさらに嫌な顔をされた。


「おまっ…恐れ多くも大ヒット作を…」

「だから面白かったと言っているじゃないか」


キミが誘ってくれたものにしてはと言ったら、ぐぬぬぬと擬音が聞こえそうな悔しそうな表情を進藤は浮かべた。


「まあいいよ、もうそれで。そうだよな。おまえ途中で寝ることあるもんな」


それに比べればきっと興味を引けたんだろうと、それはもはや諦めの言葉だった。


「そんなにがっかりするなら和谷くんや、趣味が同じ相手と行けばいいだろう」

「おれはおまえと観たいの!」


例えそれで残念な反応だったとしても、凄く好きで面白いと思った物はお前にも観て欲しいんだと言われて目をばちくりさせてしまった。


「キミはわがままだな」

「一人っ子だからな!」

「いや、ぼくも一人っ子だけど」

「知ってるよ!」


一人でわくわくして、一人でがっかりして、一人で怒っている進藤はとても愛おしい。

本当に彼が居なくなったらと思うと今すぐここで死ぬことが出来ると思う。


「…ぼくもわがままなんだよ」

「は? そんなんよっっっく知ってるけど?」

「だから長生きしてくれってことだよ」

「またそこに行き着くのかよ!」


まだ怒った顔をしている進藤は、でも少しだけ考える風になる。


「わかった! 出来るだけ長生きしてやるから、おまえも桑原のじいちゃんよりも長生きしろよ?」


そしてぎゅっとぼくの手を握って歩き始めた。


「一緒だ。一緒だから」

「確かに一緒に行動しているけれど?」

「そうじゃなくて!」


おれだっておまえが死んだら息も何も出来ないよ。だから精々長生きしやがれと言われてはっとする。


「そうか」


そうなのか。

だったらぼくも長生きしなければいけない。不注意でうっかり彼の心臓を止めることが無いように日々注意して生きようとそう心に決めたのだった。

end



2021年06月21日(月) (SS)石の音



進藤がパチリと石を置いた時、ふと顔を上げてしまった。

もう数えきれない程打っている。

彼の打つ石の音はどんなものでも耳に馴染んで知っている。そう思っていた。


(でも知らない)


今置かれた石の音は今まで一度も耳にしたことが無かったものだとぼんやりと頭の隅で思う。

休日の午後、 彼の家で二人で打っていて中盤戦に入った頃だった。

戦況はぼくの方がやや優勢で、でもまだ終盤にかけて油断出来ない。そんな感じだった。

進藤はしばし考え込んで右上に打った。その音が今までと違っていたのだった。


(なんだろう)


置かれた所は急所というわけでも無く、ごく無難な手だったと思う。

なのに何故響きが違うのかわからない。そのことがぼくを不安にさせた。


「進藤」


声をかけようとして固まる。

ぼくが顔を上げたのと同時に、進藤がぐっとこちらに身を乗り出して来たからだ。

ゆっくりと彼の右手が頬に触れる。

そしてあっと思う間も無く顔が迫り唇が重なった。


真っ白だ。

頭の中も何もかもが真っ白になった。

それは時間が止まったような感覚だった。


「…矢」

「塔矢」

「おいってば」


呼ばれていることに気がついて目の焦点が合った。


「あ…ああ、なんだ?」

「なんだじゃねーよ。おまえの番じゃん、いつまで考え込んでるんだよ」


それはいつもの光景だった。

何十、何百と繰り返された。


(なんだ? 今のは一体なんだったんだ?)


白昼夢を見たのだろうかと思う程、進藤は何も変わっていない。

呆れたようにこちらを見ているその顔は憎たらしいくらいだ。


「目ぇ開けたままで眠るなんて余裕だな。そんなにつまんねー碁になってるか?」

「いや、そんなことは」


慌ててパチリと石を置く。

するとすかさず進藤が石を置いた。

今度はいつもの音だった。


(なんだ?)

(本当に夢でも見ていたのか?)


でも触れた生々しい感触が唇には残っている。

夢か、現実か、それともあれは自分の半ば諦めている願望なのか。
ぼくは静かに考えた。

深く、深く考えて、それからパチリと石を置いた。

特別珍しい一手では無い。

でもはっとしたように進藤が盤から顔を上げるのが見えた。


ぼく達はいつも石で語らう。

きっと彼の耳には、今のぼくの一手が先ほどの彼の石の音と同じようにいつもとは違う響きを耳に与えたことだろう。

彼の目を見つめながら、ゆっくりと彼の方にぼくは身を乗り出した。

負けっぱなしは気にくわない。今度はぼくの番だった。


end



2021年06月14日(月) (SS)情けは人のためならず


進藤を甘やかそうかどうしようか、しばし迷った。

彼は最近とても忙しいし、人間関係でのトラブルもあった。相当疲弊しているだろうし、落ち込んでもいるだろう。


「だったらアイスの一個くらい」


目の前にあるのはハーゲンダッツの新作だ。テレビのCMを見て進藤が食べたがっていたのを覚えている。

仕事帰りにスーパーに寄って、日用品を買おうと思ったら偶然見つけてしまったのだった。


『駄目だ、キミ、そうでなくてもジャンクフードばかり食べているのだから甘い物は節制しろ』

『でもちゃんとジムに行って運動してるし』

『その帰りにビール飲んだりしてるだろう。隠していても知っているぞ。駄目と言ったら駄目だ』


生活を共にしているし、生涯のパートナーだと思っているのだから健康を害して早死にされたら困る。

なので食生活には特に厳しく干渉していたのだけれど、締め付けるばかりではストレスになるかもしれない。


「よし、買って帰ろう」


決心して手を伸ばした時、その隣に置いてあるアイスもまた彼が食べたがっていたものであることに気がついた。しかもそれは安売りでは無い。


(二個はさすがに…安くも無いし。でも喜ぶだろうな)


散々迷って結局それもカゴに入れる。


「甘やかし過ぎかな」


ため息をつきつつ歩いて行くと今度は彼の食べたがっていた新作スナック菓子を見つけてしまった。


(いや…さすがにこれは…)


でも昨日も非道く疲れていたし、こんなもので気が晴れるなら買ってやってもいいのではないか?

ため息をつきつつスナック菓子をカゴに入れる。


ところがその先でも(うっ、これは最近流行の生クリームデザート)(前に飲んで気に入ったと言っていた中国のビール)(寿司のパックが半額!)(ベーカリーに焼きたてピザが!)(この間、興味津々に見ていた台湾パイナップル)と、進藤の好きそうな物が連続で登場して結局皆買うはめになってしまった。



「いくらなんでも買い過ぎだ…」


両手に一つずつ大きなスーパーの袋を提げてぼくは自己嫌悪気味に帰宅した。


「おかえり、遅かったじゃん」

「うん、ちょっと」


何か言おうとかも思ったが恩着せがましいのも嫌で袋をそのまま突きつける。


「何?」


不思議そうに受け取った進藤は中を見てぱあっと一気に笑顔になった。


「なんだこれ、凄い! 全部おれが食いたかったものばっかり!」


嬉しそうな顔に複雑な気持ちになりつつ、でもやっぱり買って良かったと思ったぼくは、何故かその後服を脱がされ風呂に入れられ全身くまなく丁寧に洗われた挙げ句、ドライヤーの後、マッサージまでされてしまった。

買って来たもので食事を済ませた後は歯も磨かれて、挙げ句に寝る時頭を撫でられ子守歌まで歌われてしまった。


「え…進藤…?」

「何? もう一回マッサージする?」

「…いや、いい」


頭の中は疑問符で一杯だったが優しくされるのは単純に心地よい。


えーと…。

あれか?

もしかして、たぶんあれか?


『情けは人の為ならず』


進藤のため、少しだけ甘やかしてあげようと思ったぼくは、逆に五百倍くらい彼に甘やかされることになったのだった。


end


※※※※※※※

すごく嬉しかったので真っ先にアキラを労るために風呂に入れています。
その後ごはんで、この日の家事はヒカルが全部やっています。
えっち無しという所がポイントです。



2021年06月07日(月) (SS))紙一重



燕三条で刃物を買った。

果物ナイフより少しだけ大きく、でも包丁にしては小さい。

それを手にした時、非道く安心した気持ちになったのだった。



「で、買ってきたのがこれ?」


他の土産を渡しがてら見せると進藤は興味津々と言った風に桐箱の中に納められたナイフを見た。

「うん。ずっと刀鍛冶をしている所だそうで、切れ味が凄く良いんだそうだよ」

「でもおまえ、包丁の類いは一揃え持っているじゃん」


一人暮らしを始める際に芦原さんにかなり良いものをセットで貰った。

だから本来は必要では無いのだが、それでも買わずにはいられなかったのだ。


「これは…まあ、ぼくの心の安寧のためというか」

「ふうん?」

「キミがぼくを裏切った時にこれがあれば殺せるなって」


飲んでいたコーヒーを進藤は噴いた。


「おれ専用デスか」

「うん。キミは結構浮気性だし、つけいる隙がありまくりだ。でもそれに一々イライラするのも嫌だから」


彼がぼくを捨てて他の人に愛情を移した時にはこれで命を絶てる。そう思ったら安心したのだ。


「いや、いいけどさ」

「いいのか?」

「良くは無いけど、仕方無いし」


そのくらいの覚悟がなくちゃおまえとなんか付き合えないと言われて、よくわかっているじゃないかと苦笑してしまった。


「あ、でも使う時はよっっっく確認してから使えよ。冤罪はごめんだ。それと普段は持ち歩くな。万一職質されたら面倒なことになるから」

「解ってるよ」

「だったら別にいいんじゃねえ? 」


普通なら引くだろう所を進藤はあっさりと片付けて笑っている。


「…怖く無いのか?」

「いや、だからそんなの今更だし。それにおまえがおれを殺すんなら、それはそれほどおれを愛してるってことだから、正直どっちかって言うと嬉しいかな」

「…変態だ」

「好きに言えよ。でもさ、おまえにそこまで思われるならおれは世界一幸せだとそう思うぜ」

「理解しがたい変態だ」


突き放すように言って桐箱に蓋をする。


冴え冴えとした月の光のような刃はそのまま切れ味の鋭さを表す。


『こんな大きさでもバターみたいに簡単に牛肉の大きな塊を切れますよ』


そう説明された時、だったら人の体も容易く切り刻めると思った。


「それよりも今日何食いに行く?」


何事も無かったかのように話題を変える進藤は、たぶん本当にぼくに愛故に殺されることを喜びに思うんだろう。

そんなに愛してくれてありがとうと事切れる前に言う姿まで容易に想像出来てしまうくらいだ。


(だけどね)


ぼくのキミへの愛情はそれを遙かに凌駕するくらい深いことをキミは知らないんだと独りごちる。


「…本当は」


このナイフはキミがぼくを捨てた時、キミがぼくを裏切ってだれか他の人に心を移した時、速やかに彼を屠り、そのまますぐに自分も後を追うために買ったのだなどと想像もしていないだろうなと思う。


「ん?何か言った?」

「いや。…たまにはイタリアンが食べたいかなと思って」

「おっ、いいな。じゃあ久しぶりに行くか」


カバンの中にひっそりと仕舞った小さなナイフ。

言われた通り常に持ち歩くつもりは無いけれど、いつでもすぐに取り出せる場所に置いておこうとと思っている。

切っ先を彼に向ける時、血にぬれたそれを自らの首筋に当てる時、たぶんぼくは最高に幸せな気持ちを味わっているのだろうなと思うと少しだけ背筋がぞくりと震えた。

end


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