SS‐DIARY

2021年05月31日(月) (SS)紫陽花



待ち合わせ場所で顔を合わせるなり進藤が言った。


「まるで花嫁さんみたいだな。すごいキレイ」


視線の先にはぼくが指導碁先で頂いて来た紫陽花の花束。
白い花が美しいと褒めたら切って持たせて下さったのだ。


「は? だれが花嫁って?」

「だってそれ、結婚式の時のブーケみたいじゃん」


確かに見ようによってはそう見えなくも無い。


「進藤」

「ん?」

「持て」


有無を言わさず束の半分を押しつける。


「なんだよこれ」

「良かったな。これでキミも花嫁だ」

「はあ? おれはただ…」

「ぼくが女顔だとか、そういう理由で言ったのだったら立派に容姿いじりの差別だ。軽蔑するぞ」

「ええええええええ」


進藤はぼくを侮蔑するために顔のことを言ったりしない。単純に思ったことが即口に出るタイプなので悪意が無いのはわかっている。

わかっているのだが。


(だからってどうして花嫁なんだ)


それはだれのだ? キミのか? それとも他のだれかのか?

喉元まででかかったけれど我慢して飲み込む。



「文句があるならじゃんけんで決めようか」

「おう、望む所だ!」

「最初はグー」


で、ぼくはパーを出した。


「ぼくの勝ちだな」

「きっ、汚い。じゃあ次おれの番!」

「いいよ」

「最初はパー」


チョキを出す進藤にぼくはグーを突きつけた。


「卑怯!」

「何がだ。だったら次もキミがやればいい」

「おう!」

「最初はチョキ」


チョキを出すぼくに進藤はパーを出して負けた。


「なんでいきなり素直だよ!」

「いや、最初はチョキって言うから」

「だったらずっとそれで通せ!」


進藤は馬鹿だ。

馬鹿で馬鹿で馬鹿で馬鹿で、そして心から愛しいと思う。



それから結局小一時間、ぼく達は道ばたで不毛なじゃんけんを繰り返したのだった。

end



2021年05月26日(水) (SS)友達



二度目の邂逅は真っ昼間のスーパーマーケットだった。

刺身と弁当とビールと柿ピーをカゴに入れて、ああそうだせめて牛乳くらい飲まないとと乳製品コーナーに行った時、真正面からカートを押して来る進藤達に出くわしたのだ。


「よ、久しぶり!」


この前会ったばかりなのに久しぶりは無いだろうと苦笑しつつ、「買い物?」と尋ねる。


「うん。今日休みだからさ、足り無い物の買い出しに来た」


そう言う進藤達のカゴの中は野菜や果物、肉に野菜。食用油に食パン等々。しっかりとした食生活を思わせる内容だった。


「普段は近くのスーパーで済ませちゃうんだけど、ここのが安くて品が良いじゃん?」

「んー、おれはいつも惣菜類しか買わないからなあ」


聞けば進藤達は隣町に住んでいるのだと言う。


「いや、マジ安いよ。卵や牛乳なんて特に」


言ってから思い出したように、進藤は牛乳パックを二つ取り上げてカゴに入れた。


「あ? うん」


横からつんと突かれて、進藤が一緒に居た彼とおれを交互に見る。


「こいつ横山。小学校の時のダチでさ」


それから彼を指さした。


「横山、これがおれの」

「奥さんだっけ?」

「!」


心底ぎょっとしたような顔を二人がした。


「いや、ごめん違ったな。ダンナさんじゃなくて…」


カートに手をかける彼の顔が見る見る赤く、そして青くなって行く。


「進藤っ!」

「いや、おれは」

「そうそう」


やっと思い出せたおれはぼんと手を打った。


「生涯を共にする人生のパートナーだったっけ。よろしく」

「キミ、ぼくのことを何て!」


進藤にくってかかろうとするのをまあまあとなだめる。


「塔矢…アキラさんでしたっけ。あれからおれも囲碁のこと調べました。すごく有名な方だったんだなって。進藤は昔から調子乗りで馬鹿ですが、根は真面目な良い奴なんでよろしくお願いします」


そして進藤に向き直って言った。


「人を指さすなってこの間も言われてただろう。そう言う所気をつけないと捨てられるぞ」


また改めて機会を設けて会おうぜと、おれもまたうっかり買い忘れそうになった牛乳をカゴに入れる。


「何人か集めとくからちゃんと連絡入れろよ」


進藤は何故か鳩が豆鉄砲喰らったような顔をしている。


「お…おう」


にこやかに笑ってその場を去ると背後で何やら揉め始めたのが解った。

振り返ると主に進藤が彼に叱られているようだった。

でもきっと大丈夫だろう。


(だってこの前ラブラブだったもんな)


おれも男でも女でも、あんな風に胸を張って人に紹介出来るパートナーが欲しい。

今の所陰も形も無いけれど、おれだってまだチャンスはあるはずだ。

そして改めて独身男を絵に描いたようなカゴの中を見てため息をつき、卵も買うかと売り場をゆっくり探したのだった。

end



2021年05月09日(日) (SS))三人





「なんだかなあ」


空は晴れ渡り、風は爽やかだと言うのに、それを眺める進藤の表情はどんよりと曇っている。


「なんだ? せっかくの休日が晴れて嬉しく無いのか?」


ぼくは嬉しい。たまっていた洗濯物や部屋の掃除が出来るからと言ったら進藤はうへえという顔になった。


「だってさ、ジュニアの大会は無くなったし、かと言ってこんな状況じゃどこへも遊びに行けないし」

「大会は無くなっていない。オンラインになっただけだろう」

「それでもおれらの出番無いじゃん。つまんねえ」

「キミねぇ」


呆れるほどのワーカホリックだなと言ったら、おまえにだけは言われたく無いと言い返された。


「一緒にするな。ぼくは洗濯や掃除や普段出来ない家事をしたいと言っただろう」

「じゃあそれが終わったら?」

「キミと打ちたいかな」

「ほら!」


鬼の首を取ったように言われて少々むっとする。


「別にキミが打ちたくないなら芦原さんか緒方さんに頼んでもいいけど?」

「は? 冗談! おれ捨てて浮気なんてとんでも無い」

「だったら我慢しろ」

「我慢なあ…」


海に行きたい、山に行きたい、河川敷でぼーっと水切りしたい。

空を仰ぎながら進藤はひたすら嘆き続ける。


「そんなにどこかに行きたいならお弁当でも作ろうか」

「マジ? どこに行く?」

「三丁目の公園。あそこは遊具も無いから人が来ない。ゆっくり日向ぼっこがてらお昼を食べよう」

「じっ…」


じーさん、ばーさんかよとじと目でぼくを見て、でも進藤はすぐににっこりと笑った。


「まあ、それでもいいかな。じゃあさっさと家事終わらせて弁当作って行こうぜ!」



言い出せば早い。

進藤はテキパキと洗濯や片付けをこなして行く。

ぼくは冷蔵庫の中をのぞいて卵とウインナーを取り出した。


(少しおかずは寂しいけれど、おにぎりを増やせば文句無いだろう)


炭水化物の取り過ぎだと、いつもは節制させるけれど、たまの休みなんだからうるさいことは言わないつもりだ。


「掃除機もかけてくれるなら、お弁当は全部ぼくが作るけど?」

「ああ、じゃあ頼む。おまえのが上手だしな」

「よく言う」


実際は進藤の方が料理の腕は上だ。

だし巻きなども上手に作る。でも進藤はそれよりもぼくの作る甘い卵焼きの方がすきなのだと言う。



「おかずは大体出来たけど」


卵焼きにチーズ竹輪、タコの形に切ったウインナー。幼稚園児の弁当のようだが進藤は大喜びした。


「おお! やっぱウインナーはタコじゃないとな!」

「後はおむすびと飲み物か」

「ビール!」

「駄目だ」


途端にしゅんとする。


「じゃあ、ノンアル」

「コーラで我慢しろ」


小さな近所の公園とは言え、人の目が全く無いとは言えない。仮にも棋聖と王座が昼から飲んだくれていたと誤解されてSNSにでもあげられては困ったことになる。


「わかったよ。ちぇっ」


外メシにはビールって法律で決まってるのになとブツブツわけの解らないことを言いながら進藤は小型のクーラーバッグを持って来るとコーラの缶を三本入れた。


「いや、外だと喉渇くかなと思って」


ぼくの視線に気づいて言い訳のように言う。


「…別に三本でも六本でも構わないよ」

「そんなに飲むか!」

「飲むかもしれないだろう。もう日差しは結構強いし、日向だと喉が渇くと思うし」


大体、今更だ。キミが用意している菓子の小袋も三袋じゃないかと声に出さず小さくつぶやく。


「そうだ! 携帯用の碁盤も持って行くか!」

「さっき散々人のことを」

「あー、解った、おれが悪かった! もう二度と野暮なことは言いませんっ!」

「解ればよろしい」



ぼくの知らないだれか。

その人もきっと碁を打つんだろう。

卵焼きは好きだろうか? チーズ竹輪は? タコに切ったウインナーに喜ぶだろうか?

聞きたくて、聞けない。


(でも)


その人の分のおにぎりも握った方がいいだろうなと思ったぼくは、具は梅でも良いだろうかと考えながらきゅっとご飯を三角に握ったのだった。



end

※※※※※※※※※※※※※※

今頃の五月五日話です。



2021年05月04日(火) (SS)猟奇的な彼氏




ほとんど知られていないことだが、塔矢アキラは短気だった。

その上、父の名声と己の容姿のせいで幼い頃から何度も誘拐されかけたり絡まれ続けてきた結果、殺さなければ反撃はOKという危険な認識を持つに至っていた。

ヒカルがそれを初めて見たのは北斗杯が終わった少し後のことだった。

待ち合わせた碁会所に向かう途中で酔っ払いに絡まれているアキラを見つけたのだ。


「なあ、いいだろ。ちょっと付き合ってくれよ」


場所は駅の高架下近く、左に行けば碁会所、右に曲がればいかがわしい界隈が広がる薄暗い露地だった。


「可愛いなあ。中学生? 高校生かな? こんな時間にこんな所を一人で歩い

ていたら危ない目に遭うかもしれないよ?」

まさに今、その危ない場面に出くわしているというのにアキラは極めて冷静だった。


「離してください。ぼくは男です」

「や、いいよ。こんなに可愛ければどっちでも。ね、どうよ。お小遣いあげるからさ」


にやにやとアキラに迫る酔っ払いに、ヒカルはアキラを助けに行こうとした。その瞬間、アキラが大きく足を振り上げた。

ぐぎゃっと蛙が潰れたような悲鳴が上がって酔っ払いが蹲る。育ちの良い囲碁界の王子様は酔っ払いの股間を全力で蹴り上げたのだ。


「急いでいるので失礼します」


何事も無かったかのようにアキラはその脇を通り過ぎようとしたが、涙目の酔っ払いがすかさずその足首を掴んだ。


「離して…」


くださいと言いたかったのだろうアキラはその場に引き倒される。


「人がおとなしくしていれば、このくそガキっ!」


股間が痛むのだろう、酷く顔を顰めながら酔っ払いがアキラに馬乗りになる。


「騒ぐなよ? おれを怒らせたお前が悪いんだぜ」

「塔矢っ!」


酔っ払いが下卑た声で言うのとヒカルが叫ぶのと、アキラが相手の顔面に缶コーヒーを叩きつけたのは同時だった。


「ギャアアアッ」


顔を押さえて蹲る男は今度こそもう動けない。ヒカルはアキラの手を掴むと引きずるようにしてその場から逃げ出した。



「おまっ…、やり過ぎだろ、あれ」


碁会所とは全く別な方向にかなり走った後でようやくヒカルは立ち止まった。


「あんな…相手殺す気かよ!」

「一応加減はしている。精々鼻の骨が折れたくらいだろう。あと鼻血」


未成年に暴行を加えようとしていたのだからふさわしい報いだろうと言われてヒカルは一瞬言葉に詰まる。


「でも! とにかく! あれは! やり過ぎ!」


万一当たり所が悪くて殺してしまったらどうするつもりだと言われてもアキラは平然としている。


「正当防衛だし、ぼくは未成年だ」


あ、こいつ倫理観が異次元だと頭を抱えたい気持ちになりながら、ヒカルは懇々と説教をした。

例え相手が悪くても、正当防衛で罪にならなくても、警察沙汰になれば噂は一生ついて回る。それは棋士として打ち続けることの障害になりかねないと。


「大丈夫だ、父はあれで顔が広いし」

「いやいやいやいや、普通にもみ消そうとするなよ。塔矢先生がいくら親馬鹿で顔が広くても対処しきれない場合もあんだろ。それでもし施設とか少年院送りになっておれと打てなくなったらどうするんだ、おまえ」

「…それは…困る」


(犯罪者になるより、おれと打てない方が重要なんだ)


喜んでいいのか悲しんでいいのかわからない。ヒカルは複雑な気持ちになりつつも、専守防衛に務めろと言った。


「おまえ頭いいんだから、やれ! それくらい!」

「まあ…うん」


不承不承ながらも約束をさせて、ヒカルはほっと安堵の息を吐いた。

取りあえずこれで生涯をかけたライバルを暴力沙汰で失うことは無くなったと思った。





数年後。


「塔矢、おまえ今日の午後、磯山先生の研究会に行くんだろ?」

「そうだけど何か?」


アキラは外面こそ穏やかで礼儀正しい風情だが、中身はほとんど変わっていない。

けれど有り難いことにまだ犯罪者にはなっていなかった。


「あの人、あんまりおまえにいい感情抱いて無かったみたいなのに、どうして急に行くことにしたんだ?」

「個人の好悪はともかく、勉強になるかなと思って」

「だったらなんで缶コーヒーなんて買ってるんだよ」


棋院の廊下の自販機にアキラは小銭を入れていたのだ。


「缶コーヒーなんて買っていない」


缶のポタージュスープだと、えへんと見せつけられて嘆息する。


「で、それは今飲むのか?」

「いや」

「腹が減った時用?」

「それもある」

「それも?」


アキラが護身用に使うのは手の中に握り込める小さなサイズの缶飲料が多かった。なので嫌な予感しかしないヒカルはアキラにそれを寄越せと手を出した。


「いいけど…」


素直に渡して来たかと思えば再び自販機に小銭を投入している。


「このっ、しるこならいいってもんじゃないんだよ!」

「じゃあ煎茶ならどうだ?」

「とにかく、いざって時の武器として缶を持って行くのはやめろ」

「…ずいぶん信用が無いんだな」

「当たり前だろ、おまえは前科があるんだから」


あの頃より背も伸びて、体つきもしっかりしたものの、アキラはやはり全体的に体が薄く囲碁以外の戦闘力は著しく低い。相変わらず絡まれやすい日常を過ごしていた。


「心配しなくても、キミとの約束は守っている」


微笑むアキラにヒカルは伺うような視線を向ける。


「純粋に勉強しに行け! 嫌がらせされたら碁か口でやり込めろ」

「口で…噛みちぎれと?」

「言って無い、言って無い。ノー暴力! 平和万歳!」


実際は自分の知らない所ではアキラは色々やらかしているのだろうなとヒカルは思う。

ただ本当に頭が良いので狡猾な方法で気づかれないように隠蔽しているのだろう。


「ほんと、おまえに言っても、のれんになんとかって感じだけど頼むから自重してくれ」


おまえに会えなくなったらおれも相当キツいんだからさと言ったらアキラは驚いたように目を見開いて、それからぱあっと嬉しそうに笑った。


「そうか! 了承した!」

「おう、何をどう了承してくれたのか解んないけど、平和を維持してくれるんならそれでいいよ」

「もちろんするとも。なんたってキミはぼくがいないと寂しくて困るくらいぼくのことが大好きみたいだからね」


上機嫌で言われてヒカルは一瞬止まった。

ん? おれそんな言い方したっけ?

首を捻るヒカルを前にアキラはさらに続ける。


「ぼくを愛していて、一時も離れていたく無いくらいぼくのことを大好きなんだろう? 実はぼくも同じ気持ちだ。だからこれからは本気で行動に気をつけるよ」


「お…おう」


ヒカルは考えた。考えて、考えて、本因坊リーグの決勝の時よりもたぶん考えて、考えることを放棄した。

平和が一番。

かなり盛りに盛られているとは言え、この数年で今の会話が一番アキラの心に響いたというならそれでいいではないかと思ったのだ。


「愛するキミのために誓うよ。もう二度と缶で人を殴ったりしないし、拳に鍵を握り込んで目潰しをしようとしない。ホチキスを肌に打ち込んだりしないし、カッターの刃を--」

「おいおいおいおいおいおいおいおいおい!」


にこにこと並べ立てるアキラにヒカルの顔から血の気が引く。


「本当に、ほんっっっっっっとうに殺人はしてないな?」

「ぼくがそんな下手を打つとでも?」


にこにこと笑うアキラは可愛い。

中身がどうあれ困ったことに可愛いとヒカルは思ってしまう。子どもの頃からずっとそうだった。


(あー、なんかおれの将来もう決まったような気がするな)


猛犬の引き綱を引いて生きる。


(まあ、でもそれも悪くないかもしれないな)


可愛い顔も、破綻した人格も、甚だ問題のある倫理観も合わせ含めてヒカルはアキラを好きだから。

むしろそれも味の内というか、たぶんきっと自分は絶望的なゲテモノ喰らいなんだろう。


「あ、でも丸腰も不安だから画鋲くらいはいいよね?」

「よせ。尖った物は全部駄目だ」

「割り箸は…」

「もう、手ぶらで行け! 手ぶらで!」


最終的に前身ボディチェックして、それからやっとアキラを見送った。


「くれぐれも(自分の行動に)気をつけて行けよ?」

「わかってる」


そう返しつつ、置いてあったチラシをさり気なくカバンに入れたアキラをヒカルは慌てて追いかけた。

紙は意外によく切れる。ことにチラシに使うような厚手の紙は。

自分で選択したとはいえ、おれの人生面白すぎるぞとヒカルは苦笑し、それからゆっくりと天を仰いで嘆息した。

end


※※※※※※


アキラの性格がかなり破綻していますがお許しいただければ幸いです。
それからこのタイトル、以前別の話に使った気がします。それも重ねてお許しいただければと思います。


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