| 2019年01月03日(木) |
SS一年の計は元旦にあり |
進藤ヒカルにはかねてからやってみたいことがあった。
それは初手天元。かつて社が本田に仕掛け、後に本田がヒカルに仕掛けたアレである。
(恰好いいんだよなあ)
普通あまり打たれないため、打たれれば相手は度肝を抜かれる。
それに何より派手だ。
けれど皆の記憶にまだ新しい為、打てば三番煎じと言われてしまう。
だからずっと出来なかった。
けれど正月の今日であれば許されるのではとふと思いついた。
それは恒例の二人だけの『打ち初め式』でアキラを前にした時、幸いにも自分は黒石で先番、絶好のチャンスだったからだ。
(でも)
碁笥に手を入れようとしたヒカルは思い直した。
(こいつのことだからおれがやりたがってたことなんかお見通しなんだろうな)
ずっとやりたいと思っていたんだろう、それをぼくに対して仕掛けてくるとはいい度胸だと鼻で笑われるのは悔しかった。
(いやいやいやいや、こいつだって面白い手を打たれるのは嫌じゃないはずだし)
嫌いじゃ無いからこそ、その後の展開がつまらないものになれば我慢しないだろう。
浅薄な気持ちでやるからだ、バカにしていると口汚く罵られるのは更に悔しい。
「…どうした?」
ヒカルがなかなか打たないのでアキラが不思議そうに首を傾げる。
「悪い、ちょっと待って」
初手天元打つかどうか今迷っている所だからとはさすがに言えない。
(どうするか、とりあえず打っちゃえばおれの気は済むし、って言うか、こいつ相手に打ってみたいのは猛烈に打ってみたいし)
一方アキラも考えていた。
(なんで初手にこんなに時間をかけているんだろう)
中盤や後半で長考になることはよくあるが初手からということはほとんど無い。
(これはもしやよからぬことを考えているんじゃないか)
ヒカルは時々碁をネタにアキラに賭けを仕掛けて来ることがある。大抵は夜に関することで、よくもまあ色々考えつくものだと思う。
(この間は両手を縛ることだった)
拘束されてのそれは背徳的な色が強く、興奮しなかったとは言わないがアキラ的にはたまらない。
しかもこういう時のヒカルはそこまでかと思う程バカ強い。今回何を考えているのか知らないがまたいいようにされてしまうのは嫌だった。
(でもうっかり促して藪蛇になっても困るし)
アキラは知らずため息をついた。
それをヒカルも聞き逃さない。
(ため息ついてやがる。さてはやっぱり解っていて、さっさと打って来ないかと痺れを切らしているのか)
しかし待ち受けられているとそれはそれで打ちにくいものである。
(ここはやっぱりやめておいて無難な所に打つか)
ちらりとアキラの顔色を伺うと目を眇めるようにして見返された。
(今更普通に打って許されるとでも思っているのかって顔だな)
(進藤、ぼくの顔色を窺っている。やっぱりろくでもないことを考えているんだ)
ここまで引き延ばすからには相当きわどいことなのではないか。さすがに薬物を自分に対して使わないだろうが、道具の類は使いたがるだろう。
(新年早々、足腰立たなくされるのは困る)
けん制の意味も込めて睨み返したら慌てて視線を逸らされた。
(やっべえ、やっぱこいつ解っていやがる)
解っていてイラついているとヒカルは焦った。
(どうする、打つか、打たないか)
(そこまで勿体つけるくらいなら早く言って心の準備をさせて欲しい)
(いや、でも初手天元打っておいて完膚なきまでに叩きのめされたら今年一年こいつに頭が上がらないし)
(あまりハードなのは困るとこちらから言った方がいいのか)
清々しい元日の朝、碁盤を挟んで背筋を伸ばした二人はそれぞれ明々後日な方向に互いの思考を張り巡らせていた。
結局ヒカルが恐る恐る初手天元を打ったのがほぼ昼という時間で、更には誤解を加速させたアキラが全力で迎え撃ち、長考対長考という辛碁対決となってしまったため、夜になっても勝負は終わらなかったのだった。
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