SS‐DIARY

2018年10月09日(火) (SS)意地っ張りの祝い方

「わからずや!」


怒鳴り声と共にパンと左頬を叩かれた。


「なんでそう頑固なんだ」

「頑固はそっちだろう!」


大人しく見られがちだけれど、これで塔矢は結構短気で手が早い。

些細な言い争いから本気の喧嘩になり、殴り合いになることも珍しく無かった。

むろんその大体が塔矢の方から手を出している。

拳では無く平手である辺りにまだ理性と愛情を感じるがそれでも殴ることには変わりない。


(だれだよこいつが冷静沈着だなんて言うのは)


目の前で頬を上気させておれを睨んでいる顔を見る。


(こいつが冷静なのなんて碁の時くらい…いや、碁でも全然冷静じゃないか)


今日の言い争いもそもそもは最近の戦績についてが始まりで、聞き流せればいいものをおれも短気なものだからこうして睨み合いになっている。


「キミのやり方はなって無い。定石無視の無鉄砲だ!」

「はぁ? おれが無鉄砲なら、そっちは四角四面のクソ真面目だろうが。もうちょっと面白い碁を打ってみやがれ!」

「何を!」


塔矢の目がキリリと吊り上がり、再び手が振り上げられた時だった。ピッと小さくアラームが鳴った。

それは外して置いてあった塔矢の腕時計で、その途端はっとしたように塔矢が表情を揺るがせる。


「なんだよ、殴らないのかよ」

「…いや…今はいい。…やめておく」


悔しくて仕方無いような顔をしながら塔矢はぐっと唇を噛みしめた。

おれはと言えば塔矢の急変にどうしたんだろうかと驚いていたのだが、壁にかけられたカレンダーと時計の文字盤を見比べてはっとした。


「…誕生日、…おめで…とう」


どう見てもまだ腹が立って仕方が無い風なのに、無理やり絞り出すように言う塔矢を見ていたらぶっと思わず噴いてしまった。


「なんだ! 何故笑う!」

「いや、律儀だなあと思って」


時計は十二時を二分ばかり過ぎている。
九月二十日。おれの誕生日になったところだったのだ。

誰よりも最初に祝福をしたくて(いつだったか本人が言っていた)忘れないようにタイマーをかけたのに、よりにもよって喧嘩の真っ最中になるとは塔矢も思いもしなかっただろう。


「だ、だからって別に意見を翻したわけじゃないからな!」


背中の毛を逆立てた猫みたいになりながら、まだ塔矢はおれを睨み続けるけれど、おれの方はとっくに戦意喪失していた。

だってこんなに可愛いものを目の前で見せつけられてそれでも不機嫌でなんていられるだろうか?


「わかってる。さんきゅ」


くつくつと笑いながら、それでもかなりの本気で礼を言う。


「おまえに祝って貰えてすごく嬉しい」


おれの言葉に塔矢の目が少しだけ見開かれて、それから頬が一瞬で鮮やかに赤く染まった。


「だったら謝れ!」

「うん、おれが悪かった。ごめんな」

「そんなに簡単に意見を変えるな! もっと自分を貫き通せ!」

「うん、ごめん」


もう何を言われても、たぶん殴られても一ミリも腹が立つことは無い。


(ほんと、なんでこいつ、こんなに)

愛しいのだろうかと思いながら、取り合えず仲直りのキスをさせて貰えるかなと言ったら、塔矢はますます赤くなって、けれどダメとも嫌だとも言わなかったのだった。



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