SS‐DIARY

2017年06月07日(水) (SS)キスと暴力と塔矢



ぐっすり眠っていたのを塔矢にいきなり叩き起こされた。



「起きろ、進藤!」


文字通り頭をスパンと叩かれたので、寝起きはこれ以上無い程よろしくない。


「何すんだよ、おれ一昨日からあんまり寝てなくて猛烈に眠いんだってば」

「知ってる。対局相手はぼくだったんだから。ぼくだって一昨日からほとんど寝て無い」

「だったら寝ろよ。そしておれも寝かせてくれって」


仙台で行われた天元戦の決勝でおれは2連覇ならず塔矢に敗れた。

ムカついたから先に一人で帰って来たのに、後からのんびり帰って来た新天元様はおれを眠らせる気が無いらしい。


「ダメだ」


短く言うと乱暴にパジャマの襟首を掴んで自分の方へぐいと引き寄せる。


「おまえ―」


幾ら勝ったからってやって良いことと悪いことってもんがあるんだぞと、怒鳴りつけようとした瞬間に唇が重なっていた。

啄むような軽いものでは無く、遠慮無く差し込まれた舌が寝ぼけたおれの舌を痛い程強く絡め取る。それは行為の始まりのようなキスだった。



「今日は」


角度を変え、何度も強引に貪った後で、ようやくおれを離して塔矢が言う。


「今日はキスの日なんだそうだよ。なのに恋人のぼくにキスの一つ与えず黙って帰り、一人で暢気に眠っているなんて、キミはぼくをバカにしているのか?」


もし来年もこうならぼくはキミには期待しない。誰かキミ以外の人を探してキスをしてくるからとお怒りMAXの口調で吐き捨てるように言うと、塔矢はそのままばたりとおれの隣に横たわった。

そしてすーすー眠り始める。


「は?…え?」


今やはっきり目の覚めてしまったおれは、呆然として熟睡している塔矢の横顔を見詰めた。

鉄壁の潔癖仮面が風呂に入らないどころか、着ていたスーツを脱ぎもしないで眠っている。つまりそれ程疲れているのだ。


(だったらキスなんてしないで寝ろよ!)


「そもそもキスの日とか、そんなの知らないし」


呟きながら枕元のスマホを手に取り、片手で検索をする。


「別に、誕生日でもクリスマスでもバレンタインでもホワイトデーでも無いじゃんか」


なのに塔矢はキスの日の存在を知って、怒り心頭おれにキスをするためだけに追いかけて来たわけだ。


(本当は一泊して帰るつもりだったんだろうに)


「まさか取材とか、全部ぶっちぎって帰って来たわけじゃないだろうな」


それとも早めの祝賀会と、古瀬村さんあたりが飲みに連れて行った先でキスの日を知って置き去りにして帰って来たとか。


(すげえありそう)


そしてその怒りのまま、眠っているおれをぶん殴って叩き起こしたというわけだ。


「それで寝るってか」


目的を達して満足して力尽きて果てて寝た。

でも、おれの唇には執拗な塔矢の唇と舌の感触がまだはっきりと残っている。


「…いい気なもんだよなあ」


カーテンの隙間から漏れて来る光に照らされる塔矢の横顔は少し青白いくらいだ。


「あー、もう、おれタイトル奪われた上に唇まで奪われたんだぞ」


タイトル奪ったんだから唇くらいおれに奪わせろと、キスの日も知らなかったおれに言う権利は無いけれど、悔しくてたまらなくてイッパツ同じように殴ってやりたくて、でも可哀想でどうしてもそれだけは出来無くて、悶々とした気持ちで朝まで過ごすことになったのだった。


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ヒカルにしてみれば理不尽ですが、アキラにしてみたらちゃんと筋道がたっているということで。


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