| 2017年05月16日(火) |
(SS)ベンティアドショットヘーゼルナッツ、以下略 |
「進藤、悪いけど、カフェであのキミがよく頼んでいる、呪文みたいに長い名前の飲み物を買って来てくれないか」
「呪文って」
唐突なアキラの言葉にヒカルが少し驚いたような顔で笑う。
「ホイップとか、チョコレートなんとかとか、ノンファットとか、キミ、この間も頼んでたじゃないか」
「あー、まあ。いいけど、あれ甘いからお前あんまり好きじゃないと思うけど」
「知らないよ。中身がなんだか知らないし。とにかく長ければ甘くても辛くても気にしないから」
なんでもいいから買って来いと追い払うように手を振られる。
「んー、じゃあ今日は暑いしフラペチーノに色々足してみるか」
「任せる」
「あ、でもフラペチーノの種類くらい」
「任せるって言っただろう。とにかく少しでも長く、魔法使いか陰陽師の呪文レベルで長いものにしてくれ」
そうじゃないとキミへの返事を考えられないと、アキラは言ってしかめっ面で俯いた。
待ち合わせた公園で、会って10秒でヒカルは愛を告白した。
『付き合ってよ。おれの勘違いじゃなければお前、おれのこと好きだろ?』
『だからって、こんないきなり聞くようなことじゃないだろうが』
『いきなりの方がいいかなって。それっぽくするとお前逆に雰囲気に負けそうだから』
まあとにかく俺は告ったんだから返事をプリーズと、ふざけているのか真面目なのか解らない態度で迫られてアキラが言ったのが冒頭のセリフだった。
「とにかく考えさせろ、そんな簡単に言えるわけが無いだろう」
「悪い返事じゃ無いならいくらでも待つけど」
「良い返事だよ! でも、すぐには答えられないし、なんて言ったらいいのかも考えたい」
「了解! それならいいや。無茶苦茶長いカスタマイズしてくるからゆっくり考えろよ」
「頼む」
「頼まれた!」
ヒカルは嬉しそうに満面の笑顔で去って行く。
その後ろ姿を見詰めながら、アキラはヒカルが買って来るであろう珍妙な長い名前のドリンクの味と、自分が答えることによって変わる未来を想像して、不安と期待の入り交じった深いため息をついたのだった。
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いつも思うわけです。取りあえず足して飲んでみないと味なんか分からないと思うのに、あんなに色々足して本当にみんな味解っていてオーダーしてるのかなあって。いや解ってるんでしょう、たぶん。
もうずっと長いこと、5月5日はおれにとって『大事なものが無くなった日』だった。
馬鹿だったから。
子供だったから。
何も考えていなかったから。
かけがえのないものが消えて無くなってしまった。
悔やんだからってどうなるものでも無いし、反省したからって無くなったものが戻ってくるわけでも無い。
それでもその日になれば否が応でも自分の馬鹿さを思い知らされて、涙も出無い程の後悔に苛まれ続けた。
外に出て、あの日と同じ晴れ渡った空を見るのも辛い。かといって家に引きこもっていても思い出されるばかりで居たたまれない。
そんなおれに塔矢は何も言わないで、ただ寄り添い続けた。
何故何も聞かないんだろうとか、聞かないでも解っているつもりなんだろうかと腹が立ったり、放って置いてほしいのにと疎ましく思ったこともある。
抱きたいと言えば抱かせてくれて、側に居て欲しいと言えばずっと側に居てくれて、あれ? これ『都合のいい彼女』みたいだなと黒い気持ちで思ったことすらもある。
それをそのまま口にしたこともあるけれど、塔矢は別に怒りもせずに、『そうでも無いよ』とだけ言った。
『ぼくはぼくの好きにしているだけだから』
確かに邪険に扱われても寄り添い続ける塔矢の態度には、おれがどうでも関係無いという意志がほの見えて、それに腹を立てたこともあった。
でもある日、いつものように空虚な気持ちで知らない場所を当てもなく彷徨い、一日を過ごした後、ふと思ったのだった。
(今日のメシ、何かな)
今はもう一緒に暮らしているから当たり前と言えば当たり前だけれど、そうなる前から塔矢はごく普通に食事の用意をしておれのことを待っていた。
引きこもりから一転して、あいつを置き去りにしてどこかに出掛けるようになってから、どんなに夜遅くても帰ると塔矢が待っていて『夕飯は済ませたのか?』と聞いて来る。
食べていないと答えると、あっという間に支度して、おれと二人で黙って夕食を食べるのだった。
(ってことは、あいつ食わないで待ってるってことなんだよな)
まあ元々食への意欲は薄い方だからそんなに苦では無いんだろうけれど、それでも作ったならば待っていないでさっさと自分だけ食べていればいいのにとおれは自分勝手にそう思っていた。
(大体、その割におれの好きなもん作って待ってるわけでも無いんだよなあ)
フツー、こういう時には好物作って待ってるもんじゃねーの?と尋ねたら、どうしてわざわざそんなことをしなければならないのだと返された。
『別にキミ、今日誕生日でもなんでも無いだろう』
おれが嫌いなブタのレバーも、あんまり好きじゃない鰹のたたきも、大好きな炊き込みご飯と一緒にしれっと目の前に並べられる。
(マジ、こいつの考えてることわかんねえ)
でも、嫌いなはずの物達も何も食べずに1日過ごした舌と腹には非道く美味くて、気がつけば掻っ込むようにして食べてしまっている。
『おかわりは?』
『するよ!』
差し出した茶碗を受け取る時、塔矢の顔に一瞬だけ表れる苦笑したような表情は、小癪でもあり、非道く申し訳無い気持ちにもさせられた。
(あー、もうあいつ、滅茶苦茶に犯してやりてえ)
乱暴な衝動に駆られることもあったけれど、そしてそれを実行したこともあったけれど、最近はとんとそんなことも無くなった。
「…6時か」
夕暮れの海を眺めながらそろそろ帰らなくちゃと思う。
手にはさっき干物屋で買った美味そうな鯵の干物と佃煮。
なんか格好悪いなあと思いつつ、見た時にあ、これ買って明日の朝食べようと思ったのだった。
時間を確かめるために見た携帯には何の着信も無かった。
いつもそうだ、塔矢は心配しているのだろうに絶対に連絡してくることは無かった。
「今頃何やってんだろう」
塔矢のことだから録り溜めて見ないままになっていたドキュメンタリーでも見ているのかもしれない。
それともただひたすらにおれのことを案じているのだろうか。
「さーてと、今日の夕飯何かな」
尻と足についた砂を払ってゆっくりと海岸に背を向ける。
頭の中にはもう一つのことしか無い。
(今日の味噌汁、茄子とミョウガのヤツだといいんだけどな)
そうでなければ明日の朝飯に自分で作ろうとそう思った。
(今日買った干物焼いて、佃煮も出して)
他に目玉焼きでも焼けばいいかと思いつつ、駅への道を戻り始める。
ゆっくりと暗くなって行く景色にほんの少しだけ寂しさを覚えても、引き裂かれるような痛みは無い。
5月5日は気がつけば、俺にとって『塔矢とメシを食う日』に変わっていたのだった。
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1日遅れてしまったけれど、5月5日SSです。 ゆっくりとヒカルの傷が癒えていけばいいなあと願います。
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