SS‐DIARY

2017年04月08日(土) (SS)春の出来心



「お客様」


カウンターでぼんやりと物思いに耽っていたぼくの目の前に、店員がコトリと小さな皿を置いた。


「あちらのお客様からです」


言われて驚いて顔を上げ、指された先を見てみると、少し離れたテーブル席に進藤が居てぼくを見てニコッと嬉しそうに笑った。

皿の上には木の芽色のうぐいす餅が一つ。


「しん―」


声をかけようと思った瞬間、手元に置いておいたスマホに着信があった。


『びっくりした?』

『おれ、一度これやってみたかったんだ』


へへへと笑い声が聞こえるような文字の羅列に思わず笑う。


『そうか』

『確かに驚いた』


そしてぼくは店員を呼ぶと、目の前のカップを指さして言った。


「あちらに、これと同じ物を」


カップの中身はミルクたっぷりの抹茶ラテ。彼がぼくに奢ってくれたうぐいす餅にそっくりな色合いだ。

きょとんとしている進藤は、目の前にカップを差し出され、店員に囁かれてぱっと満面笑顔に変わった。


『うわ、やられた』


やるもやらないも、そもそもぼく達はこの和カフェで待ち合わせをしていて、先に仕掛けて来たのは進藤の方なのに。

くすくすと笑いをかみ殺しながらぼくは彼にメッセージを送る。


『ぼくもね、前々から一度これをやってみたかったんだ』


そしてぼくはカップとうぐいす餅の皿を手に取ると、彼の居るテーブル席に笑いながら移動したのだった。

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これをバーのカウンターでやってはいけないんですよ。
和カフェでやるのがいいんです。



2017年04月04日(火) (SS)嘘はつけない


「あれっ? 今日ってエイプリル・フールじゃん」


碁盤を前に考え込んでいたヒカルが、ふと顔を上げて気がついたように言った。

視線の先には壁にかけられたカレンダー。めくられたばかりの4月を見て何の日であるか思い出したのだろう。


「ああ、そう言えばそうだね」


盤の向こうに居るアキラはさして興味も無さそうに、でも同じようにカレンダーを振り返って言う。


「でもだからって本当に嘘をついて回る人も居ないだろう」


そんなことより早く次の一手を打てと言外に促したのだが、ヒカルは折角思い出したエイプリル・フールをさっさと切り上げるつもりは無いようだった。


「えー、そんなつまんないこと言うなよ。一年に一回だけ嘘ついてもいい日なんだぞ。おまえなんかおれに嘘ついてみろよ」

「なんでぼくが!」


眉を寄せてアキラが言う。


午後の碁会所は人の入りもまずまずで、広い室内は石を置く音と話し声で結構騒がしい。

そんな中でもアキラの声はよく通って、聞き咎めた何人かが驚いたように振り返った。

しかしヒカルは気にしない。


「だっておれがおれに嘘つくことは出来ないじゃん。だからおまえがおれに嘘をつくしか無いだろう」


そういうものでも無いと思うが、これでヒカルは結構頑固で一度こうと決めたら梃子でも動かない。

納得しないといつまでも碁に戻れないと悟って、アキラは仕方無く考え始めた。けれどすぐに「いや、やはりダメだ」と言う。


「なんだよ。どんなつまんねー嘘でも構わねーよ」


どうせ頭コチコチのおまえのことだから技巧を凝らしたすんばらしい嘘なんて期待していないと、非道いことを平気で言いながらヒカルは促す。


「ほらほら、つけよ嘘」

「だから出来ないって言っている」


むっとアキラの顔に険が走った。


「なんだよう、おまえ頭イイんだからちょっとした嘘くらいつけるだろ」

「どんなくだらないものでもいいって言うなら一ダースでも二ダースでも考えつくけどね」

「へえ、だったらそれ言ってみろよ」

「だから――」


あからさまに大きなため息をアキラはついた。


「考えてはみたんだよ。キミは嘘をご所望だし、こんなことで時間を潰してキミと打つ時間を減らしたくは無いしね。でも無理だった」

「だから何で!」

「ぼくはキミに嘘をつけない。キミはぼくにとってとても大切な人だからいつでも正直に在りたいと思っている。だからね、つきたくても嘘はつけないんだ」


それはキミへの気持ちを汚すことになるからとアキラは至極真面目な顔で言う。


「な――」

「もしぼくがキミに嘘をついたとしたら、それはぼくのキミへの気持ちが薄れた時だ。それでもキミはぼくに嘘をついて欲しいか?」

「あ……うっ………」


じっとアキラはヒカルを見つめる。

ヒカルはその視線をまるで売られた喧嘩を買うようにがっちり真正面から受け止めていたが、やがて耐えきれなくなったようにがくりと俯いた。


「い……いいデス。嘘……つかなくても」

「そうか」


ぱっとアキラの表情が笑顔に変わる。


「じゃあ碁に戻ろう。キミ、随分な長考になってしまっているけれど、ぼくが退屈する前に次の一手を打つつもりはあるんだろうね?」

「あるよ!」


あるに決まってんだろと噛みつくように言い返すヒカルの首筋は刷毛で掃いたように赤く染まっている。

そんなヒカルに気がついているのかいないのか、アキラはただにこにこと微笑んで居る。


(まったくもう、これだから天然は!)


ほんの些細な戯れ言で思いも掛けず心臓を射貫かれた。


ヒカルは恨めしそうにアキラの顔を見つめると、それから息を1つ吐いてエイプリル・フールを頭から追い出し、アキラを満足させられる最良の一手を必死で考え始めたのだった。

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今頃ですが、エイプリル・フールSSでした!


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