SS‐DIARY

2017年03月26日(日) (SS)キミを殺してぼくも死ぬ


唐突に目が覚めて、ふと横を見たら思い詰めた顔をした塔矢が枕元でおれの顔を見詰めていた。


「あれ?…塔矢、何してんの?」

「自殺しようか、キミを殺して無理心中しようか考えていた」


ぼそっと言われて一瞬で目が覚める。


「なっ、ちょっ…なんでそんな恐ろしい二択になってんだよ。おれおまえに何かした?」


問いかけにちらりとおれを見て深くため息をつく。


「キミはね、1時間くらい前にべろんべろんに酔っぱらってグラマラスな美人に抱きかかえられるようにしてタクシーで帰って来た」


そして続ける。


「“あら、あなたが一緒に暮らしてるってお友達? 彼今日凄かったわよぉ。おかげで私まだアソコがひりひりしてるの。目が覚めたら絶対また会ってって伝えておいてね”って」

「いやいやいやいやいやいやいやいや、ちょっと待てって、おれ今日は飲みに行って…大体ずっと緒方センセー達と一緒だったんだからそんなこと無かったってば!」

「どうかな? キミ、帰って来た記憶無いんだろう? だったらそういうことがあったとしても覚えて無いよね」

「いや、本当にマジで無いって! タクシーだって緒方センセーがずっと一緒に乗ってて…確か途中で降りたけど、それからそんなに経たずにここに着いたし」


必死で記憶をたぐり寄せながら言う。


「そのヒト飲んでた店のホステスさんで、方向が同じだからって一緒に乗って、それでたぶんちょっと意地悪言っただけなんだってば」


おれは確かそのヒトに、恋人と住んでると言ったのだ。


「本当に何にも無いから! また会ったりとか絶対無いし、そもそも連絡先も知らないし」

「だとしてもね、キミ、こういうこと今回が初めてじゃ無いじゃないか。その度にぼくは裂かれるように嫉妬させられて、なんだかそういうことに疲れてしまったんだよね。でもキミと別れることも出来無いし、だったらいっそキミを殺してぼくも死んだ方がいいのかなって」

「待って待って待って待って! 無いから! そこまで言うなら、おれもう2度と飲みになんて行かないから!」

「無理だろう。付き合いというものがあるし、接待する側に回ることもあるし」

「だったらおまえが一緒の時以外は行かない! それでいいだろ!」

「あのねえ、幼稚園児じゃないんだから『塔矢が一緒じゃなきゃ行かない』なんて通るわけが無い」

「じゃあどうすればいいんだよ」


少なくともおれは浮気をする気は全く無いし、今ここで塔矢と死ぬつもりも無い。


「…わかった。こうしよう」


しばし考えこむようにしていた塔矢は、何か思いついたように顔を上げるとおれに言った。


「今後はぼくも積極的にそういう付き合いに顔を出して、正体が無くなるまで酔っぱらうことにする。ぼくは誰かに送ってもらうかもしれないし、誰かの家に泊めてもらうかもしれない。でもキミにその連絡は入れない。それでどうだ」

「ちょ…嫌だ!」


自分でも驚くぐらい大きな声で返してしまっていた。


「そんなのダメ! 絶対ダメだから! そんなことされたらおれ死ぬ。おまえが誰かに何かするとかされたらとか、そんなこと考えただけで妬けて消し炭になっちゃいそう」


本当に少し考えただけで胸が痛くて裂かれそうになった。ああ、塔矢はいつもこういう気持ちを味わっていたんだなあと思ったら心から申し訳無い気持ちになった。


「…まあ、でも恐らく実害は無いだろうし」

「あるよ! 遊びでもなんでも、そんなこと絶対ダメ! そんなことされるぐらいなら、お前を殺しておれも死ぬから!」


言っている内に気持ちが高ぶって、思わず涙をこぼしてしまった。
ぱたぱたとシーツの上にこぼれる水滴を塔矢はじっと真顔で見詰めていた。そしてふっと表情を緩める。


「…思い知ったか」

「え?」

「ぼくがどんな気持ちに耐えて来たのか思い知ったかって言ったんだ」

「思い知ったよ。嫌って程今味わったよ、見てて解んだろ!」

「うん。だったらもういい」


何を言われたのか解らなくて馬鹿のようにぽかんと塔矢を見たら、塔矢は更に苦笑するように笑った。


「キミの情けない泣き顔も見られたしね、今回はこれくらいで許してあげてもいいよ」

「本当?」

「うん。キミも同じくらいぼくのことを愛してくれていると解ったし」


でもいいか? と、緩められた表情がキッときつく引き締められて付け足される。


「今回だけだ。二度は無いよ」


もし次に同じようなことがあったらキミはキミ自身とぼくか、又はぼくを永遠に失うんだと突きつけられるように言われ、おれは背筋にぞくりとした寒気を覚えながらも塔矢の愛に震える程喜び、大きく首を縦に何度も振ったのだった。

end

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

タイトル物騒ですが、内容はいつもの痴話喧嘩です。



2017年03月15日(水) (SS)初めてと初めてと初めての話


「私の初めてを貰っていただけませんか、だって。見ず知らずのおれにくれちゃっていいのかよって話だよな」


スマホをいじっていた進藤がいきなり苦笑したように言ったので、ぎょっとしてぼくは彼を見た。


「何?」

「いや、迷惑メール。最近また来るようになってさ。件名がこう…完全なお誘いのヤツ」


そしてぼくに画面を見せてくれる。


「今すぐ会いたい。独り寝が寂しくて。バツ一子無しです。5分だけでもいいんですとか、もーよくもまあ色々考えて来るよな」


こんなん引っかかるヤツいるのかよと笑いながらぼくに手を差し出す。


「それは…わからないよ。しっかりしている人が思いも寄らない詐欺に引っかかることだってあるんだし」

「それにしたってさあ」


差し出された手の上にスマホを渡してやりながらぼくも苦笑で返す。

実は少し前に父がぼくが事故を起こしたと言う謎の電話に引っかかりかけた事件があったからだ。


『そもそもぼくは免許を持っていませんが』

『知らない間に取ったのかもしれないだろう』


弁護士だと言う男に言われるまま、父はもう少しで示談金を払ってしまう所だった。

寸前で母がぼくに確認することを思いついてくれたので事なきを得たのだが、そうでなければ数十万円を奪い取られていただろう。


「へえ、でもなんかそれはいいじゃん、子煩悩な先生らしくて」

「子煩悩で詐欺に引っかかられたら子どもは素直に喜べないよ」

「まあ、でも先生のは自分は海外に居てすぐに駆けつけられないからってのもあったと思うぜ?」


詐欺の犯人がそこまで見抜いていたとは思わないが、実際に弱い所を突いて来たのは本当だった。


「お父さんにはよく注意したから、もう二度と引っかかることは無いと思うけれど」


それでも一抹の不安は残る。


「いや、大丈夫だろ、明子サンが居るし。そういうほのぼのしい話聞くと余計にこういうエロメールが陳腐に思えて来ちゃうんだよなあ」


そう言って進藤は口を尖らせた。


「大体重すぎるっての。初めてを貰って下さいなんて言われたら、余程じゃないと大抵の男はどん引きするぜ?」


えっと思った。


「キミは引くんだ」

「え、そりゃあ。だってなんかうっかり貰っちゃったら一生逃げられないような執念みたいなもんを感じるじゃん」


ちょっとしたホラーだよなと言われてぼくはすっかり落ち込んでしまった。


「……そうか」

「なんでおまえが落ち込んでんの」


進藤が不思議そうにぼくを見る。


「いや、今日はホワイトデーだろう? キミに何を返すか散々考えたけれど何も良いものが思い当たらないからぼくを貰ってもらおうかなって」


毎年彼はバレンタインにぼくに執拗にチョコレートをねだるくせに自分でもぼくにチョコをくれる。

なのでホワイトデーにも同様のことになっていたのだけれど流石にそろそろネタ切れになっていたのだ。


「なんとなく今まで避けて来たけど、付き合い始めて結構経つし、そろそろいいんじゃないかなって」


でも重すぎるとまで言われては今更それをあげることは出来無い。


「別に一生逃がさないとか、そこまで脅迫めいたことを思っていたわけじゃないんだけどね」


初めてはキミにと思っていたから残念だと、ため息まじりに言ったら進藤にいきなり抱きしめられた。


「ありがとう! 嬉しいっ!」

「は? でも今キミ重いって」

「迷惑メールとお前を一緒にすんなよ! 嬉しいに決まってるじゃん」


感に堪えたように言われてぼくは戸惑ってしまった。


「それじゃ、キミ、ホワイトデーのお返しはぼくでいいのか?」

「おまえしかいらない。他の物なんか何も欲しく無い!」


ついでに言うと一生縛ってくれていいからと、いやぜひ縛って下さいと重ねて念を押すように言われて笑ってしまった。


「すごい掌返しだな」

「いいじゃん! 嬉しいんだから! ああ、マジで信じられない。おまえの初めて貰えるなんて!」

「連呼するな、居たたまれなくなる」

「するって、どんだけおれが嬉しいと思ってんだよ」


ああ幸せだ、信じられない、最高だ。

進藤はぼくを抱きしめたまま感嘆符のついた言葉を繰り返す。


「どうする? もういっそこのまま速攻でホテルにでも行く?」

「いや、それはちょっと」


まだ昼と言っていい時間だし、そこまで性急に運ばれてはぼくも気持ちの準備が出来ない。


「折角だから、少し気取った所でご飯でも食べて、それからキミの部屋に行くことにしないか?」


変にホテルなどにすると緊張してしまいそうだった。


「うん」

「出来ればこの間の対局の検討をしたいんだけど、無理ならそれはしなくてもいい」

「いや、いいよおれもしたいと思ってたし」

「で、それからかな。いや、……こういう風に言葉にすると生々しいね」

「んなことねーよ、生々しくていいよ、とにかくおれ、最高にシアワセだから!」


ガバッと身を離して真正面から目を見詰められてそう言われた。

進藤の顔は真っ赤に染まっていて、それが胸に染みる程嬉しかった。


「えっと、じゃあ…少し早いけど、どこか食べる店を探そうか?」

「うん!」


元気の良い犬みたいだなと思いながらぼくは彼に微笑みかけた。

本当は言うか言わないか迷っていた部分が大きかったプレゼント。迷惑メールのお陰ですんなりと口に出来たのは有り難かった。


「そういえばキミからのお返しも貰えるんだったよね。今年は何かな」


ゆっくりと歩きながら思い出して尋ねる。


「実は毎年楽しみにしているんだ。去年は時計だったから、今年はネクタイかなって思っていたんだけれど」


当たっていた? と尋ねると進藤は一瞬黙ってそれからぽそっと言った。


「笑うなよ?」

「うん」

「今年のお返しは…おれデス」

「は?」

「付き合い始めてもう結構経つじゃん? でも一向にそういう感じにならないから、思い切って俺の方からお誘いしてみようかなって」


おれの初めてをどうか貰ってやってくれませんかと誘うつもりだったと言われて思わず吹き出してしまった。


「キミ、さっき重いって」

「いや、アレとこれとは違うし」

「それにキミ、初めてなんだ? もうてっきり経験済みなのかと」

「悪かったな! ずっと前から最初はおまえって決めてたんだってば!」

「へえ、そうだったのか」

「笑いたければ笑えよ!」


恥ずかしそうな進藤の横顔がたまらなく愛しい。

ぼくと違って人好きのする彼は女性にももちろん人気があって、ぼくと付き合う前には何人か付き合っていた女性が居た。

だから嫉妬するまいと経験の有無を尋ねずに居たのに、大切に取っておいてくれたとは思いもしなかった。


「笑わないよ。嬉しい」

「んなこと言って本当はバカにしてんだろ」

「するわけが無い。ありがとう」


おかげでぼく達はまっさらなままで抱き合うことが出来る。

古くさい馬鹿馬鹿しい拘りだとは思うけれど、するならば本当に愛している人としかしたくない。

そして出来れば相手にもそうであって欲しかった。


「幸せだなあ」

「真似すんなよ」


進藤はまだ少し拗ねたような顔だったけれど、それでもおずおずとぼくの手に触れて来た。


「ちょっとだけ握ってもいい?」

「いいよ」

「1分で離すから」


きゅっと手を握られてぼくの心臓が跳ね上がる。


「あー、マジ嬉しい。今年のホワイトデー最高」


そして本当に離そうとするのでぎゅっと強く握り返してやった。


「いいよ、今日は特別に後5分」

「5分かよ」


進藤は可笑しそうに笑って、でもとても幸せそうな顔で更に強くぼくの手を握り締めて来たので、ぼくはその5分を更に10分に延長してやったのだった。

※※※※※※※※※※※※※※※※

1日遅れのホワイトデーSSです。塔矢パパは変な所で世間知らずでこういう詐欺とかにころっと引っかかりそうな気がします。


 < 過去  INDEX  未来 >


しょうこ [HOMEPAGE]