| 2017年01月22日(日) |
(SS)お前達の考えていることは理解出来ないと和谷に言われた |
家に帰る途中、前の方を歩く塔矢を見つけた。
「と―」
名前を呼ぼうとして思いついて口を噤む。
見えると言っても割と距離があるので塔矢はおれに気がついていなくて、だったらしばらくこのまま黙って付いて行こうかなと思ったのだ。
いつ気がつくだろうかと尾行気分で楽しくて、けれどその内まったく違う面白さにおれはすっかりはまってしまった。
特に何がというわけでは無いけれど、塔矢の見る物を見、同じ所で立ち止まったりしていたらそれがとても面白かったのだ。
例えば急に顔を上げたと思ったら視線の先には電線に留まる鳥が居たり。
(なんだろ、鳩?)
近づいて良く見たら鳩では無くておれの知らない鳥だった。
さらに先を行くと街中で小さな子どもを見て微笑んでいる。
(うん。確かに可愛いな)
でもよくよく見たらきかん気な感じで、心なしおれにちょっと似ているようなのでムッとした。
(いやいや、おれ、あんな鼻水垂らしていなかったし)
スーパーや服屋、花屋の前の溢れかえるような鮮やかな南国の花、和菓子屋の前で少し迷い、結果見送って更に少し先のたい焼き屋でたい焼きを二個買った。
それらをずっと眺めていたら、わくわくするような、そして同時に胸の中がほかほか温かくなるようなそんな気持ちになったのだ。
(なんか新鮮)
よく知っているはずの塔矢の、でもまだおれの知らない部分を見ている。そんな感じだった。
(ふうん)
最初はどこかで声をかけるつもりだったのに、結局家に着くまで見てしまった。
さすがにそのまま帰るとバレそうだと思ったので、わざわざ近くのコンビニで時間を潰してから帰ったのに、顔を見るなり塔矢は「さっきのあれはなんだったんだ?」と言った。
「なんだ、気がついてたのか」
「気がつくよ、それは。キミは絶対に刑事や探偵にはなれないなと思った」
「悪かったな」
「で、一体あれはなんだったんだ? こそこそと何をしていた?」
「別にこそこそなんかしてないけど、うん、そうだな。面白かったんだよ」
「何が?」
「おまえの後を付いて行って、おまえの見ている物を見るのが、なんかすごく面白かった」
「特に変わった物を見た覚えは無いけれど」
さっぱり解らないといった顔で塔矢はおれを見る。
「うん、まあそうだと思うけどさ、一度おまえもやって見ろよ。そうしたらきっと解るから」
うんとも嫌だとも言わなかったけれど、数日後、おれは街中で塔矢に見詰められていることに気がついた。
(あ、早速やってやがる)
少し離れた場所からこちらをじっと見ている塔矢の視線は、本人の気性そのままに真っ直ぐで突き刺さるようで、これでは確かに気がつかない方がおかしいなと思った。
(おれもああだったかどうか知らないけど、おまえも絶対刑事にも探偵にもなれねーよ)
くすくすと笑って、それからいつも通り街中を歩く。
一瞬だけ、面白おかしくコース変更してやろうかと思ったりもしたのだけれど、それではなんの意味も無いと思ったので大人しくごく普通に家までの道を帰った。
そしておれと同様にどこかで時間を潰してから帰って来たんだろう。きっちり15分後に帰って来た塔矢に真っ先に尋ねる。
「どうだった?」
「なんだ、気がついていたのか」
ものすごく意外そうに言われて、それではあれで気がつかれない自信満々だったのかと可笑しくなった。
「いや、あれでわかんなかったらおかしいし」
「ふうん」
若干不満そうながらも、おれが繰り返し尋ねたら苦笑しながら返して来た。
「面白かったよ」
ぼくが感じたのがキミと同じ面白さだったのかどうか解らないけれど、それでもキミが見るものを見て、興味を示した物を見るのはとても面白くて新鮮だったと言われて嬉しくなる。
「な? な? そうだろ? おれも同じこと感じたんだ!」
そしてすっかり味を占めた俺たちは、それからも時々こっそりと相手の後を付いて歩く行為を繰り返すようになった。
「って遊びに最近おれら、はまっててさ♪」
あまりに楽しかったので、嬉々として和谷に報告したら、どん引きした顔をされた挙げ句、「おまえらの考えることは本気で理解出来ねぇ」と真顔で言われてしまった。
「えー? 滅茶苦茶楽しいけど」
「その感覚が理解出来ねえって言ってんだ! おまえらちょっと普通じゃねーわ」
でも別に構わない。
だってこれは、おれが塔矢を好きで、塔矢がおれを好きだからこそ成り立っている遊びだから。
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他人からしたら全く理解出来ないけれど本人達はとっても楽しいというラフラブバカっぷるのみに適用される遊びです。
ぴんと張った空気が頬に心地良かった。
本来ならエレベーターで降りる所を三階だからと階段で下りて、目的の場所に向かうべく角を曲がったら思いがけず中庭に出くわした。
まだ掃除の途中らしく、古いガラス窓は大きく開け放されていて、だからすぐ目の前にある梅の木をよく見ることが出来た。
「あれぇ、もう花咲いてんのな」
肩越しに暢気な声に言われて、ため息をついて振り返る。
「梅はこのくらいの時期だよ。うちの庭でも咲いていただろう」
「おまえんち、庭が広すぎてどこに何が植わってるのかよく覚えて無いし」
立っていたのは進藤だ。
ぴしりと清潔にスーツを着こなしているけれど、頭のてっぺんに寝癖のついた一団がある。
「キミね、写真も撮られるしネットでも配信されるんだから、もう少し身だしなみをちゃんとして来た方がいいと思うけど」
「いいよどうせ後で頭かきむしるはめになるんだから」
「なるのか」
「なるよ。おまえ相手だもん」
にこっと邪気無く言われて失笑する。
「かきむしるはめになるのはこっちかもしれないだろう」
「おまえそういう格好悪いことはしないじゃないか。ただ鬼みたいに凄い顔になるだけでさ」
悪気0%で言われては怒る気にもなれない。
「それにしてもどうして階段で下りて来たんだ、キミ七階だろう」
「なんとなく。昨日からここに居るから動き足りないっていうか、なんかもぞもぞして」
「動物か! でも少し解る。確かに動きたい気分になるよね」
話しながらまた視線を中庭に戻す。
今日ぼく達はこれからこの宿で棋聖戦の最終局を戦う。
これまでの戦果は三勝三敗で全くの互角。彼が挑戦者でぼくが現棋聖だ。
プライベートでは一緒に暮らしているけれど、集中するために少し前からぼくは実家に戻っていて、彼と顔を合わせるのは久しぶりだった。
「折角キミを憎らしいと思い続けてモチベーションを上げて来たのに台無しだ」
「平気だろ、打ち始めたらすぐにおれのこと憎らしいって思うだろうし、大体それはお互い様だし」
人がサワヤカな気持ちで対局に赴こうとしたら、こんな所で暢気に外を眺めているんだもんなあと言われて軽く睨み返す。
「気持ちがいいなあと思っていたんだ。空気が澄んでいて、冷たくて緊張感があって」
「俺も同じこと思ってた。それに梅も咲いてるし?」
「うん。梅も綺麗に咲いているしね」
朝の空気に混じって香る、その香りは甘くて清々しい。
と、小さな鳥が枝に止まった。
「え? マジ? 梅に鶯ってヤツかよ」
嬉しそうに進藤が言うのに、微笑んで返す。
「残念。あれはメジロ。でもメジロの方がイメージの中の鶯に近いよね」
ちょん、ちょんと枝を渡り、花をつつくメジロの姿は愛らしかった。
「いいもの見たな」
「…うん」
それも進藤と二人で見た。それがとても嬉しかった。
「あ、でもそろそろ行かないとヤバくないか? もう結構時間迫ってるぜ」
「じゃあキミが先に行け、仮にも最終局を争う挑戦者とホルダーが仲良く一緒に入場なんて格好がつかない」
「だったらおまえが先に行けよ、いつもなら15分前には入ってるだろう」
「そうだね、そうさせて貰おうかな。キミはいつもギリギリだしね」
「その方がいいんだよ。緊張感持続したままやれるから」
「寝坊も方便だな」
「違うって!」
笑い合ってそれから、一度だけぎゅっと抱きしめ合った。
「今日はよろしく。手加減はしないよ」
「それはこっちのセリフだっての。首洗って待ってろよ」
「ああ、大丈夫、昨日お風呂で良く洗ったから」
そして離れるとぼくは彼を残して対局場に向かった。
去る前にもう一度見た中庭の梅にはもうメジロの姿はなくて、でも真っ直ぐに花を見詰める進藤の横顔が目に映った。
この世で最も憎らしく、この世で最も愛している相手。
ああぼくの宿敵は本当に男前だと誇らしく思いながら、ぼくは磨き上げられた木の廊下を少し早足に歩いたのだった。
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たぶんきっと一生こんな感じ。
| 2017年01月04日(水) |
(SS)この素晴らしい新年 |
朝目覚めると、進藤がちょうど出掛けようとしているところだった。
「どこに行くんだ? 買い物?」
お節もお雑煮も、正月に必要な物は全て用意してあるのに、まだ何か足りないものがあったのかと思ったのだ。
「え? いや、買い物じゃ…ない」
「じゃあマラソン…って格好でも無いな。なんだ、どこに行くつもりなんだ」
最近体力作りのために時々朝走っている進藤だが、それならジャージになるはずで、今のようなふらりとコンビニにでも行くような服装で在るはずがない。
「しかもこんな早朝に、ぼくに言えないようなことをしに行くつもりなのか?」
「あ、いやっ、まさかっ! ただちょっと」
ごにょごにょと言う小さな声をよくよく聞けば「ちょっとポケスト巡りして来ようかと思って」というようなことを言っている。
ああと納得する。昨年配信されたスマホのゲームを進藤はちょこちょことマメに楽しんでいるようだったからだ。
「それはどうしても元日の朝にやらなければならないようなことなのか」
「そんなこと無いけど、でもおまえと一緒の時にやるのはおまえに失礼だし、今日は初詣に行ったり色々出掛ける用が多いからやってるヒマ無いと思うし」
それでその前に少しやっておこうかと思ったのだと進藤は言いにくそうな顔で言う。
「ガキだと思ってるだろ」
「…まあ、ちょっと」
「呆れてるんだろ」
「正直少し」
でもそれよりも圧倒的に可愛いなあという思いの方が強かった。
そうか、そんなにもやりたいゲームよりもキミはぼくを優先してくれるのかと、その喜びの方が大きかった。
「別にいいよ、一緒の時にやっても」
「や、でもそれはさすがに」
「じゃあ、これからぼくも一緒に行く。それでキミの気が済むまでポケストとやらに回ればいいんじゃないか?」
詳しいゲームの内容は未だにぼくはわからないけれど、あちこちにあるゲームポイントを巡ることが必要なのだということは解っている。
「で、でもポケモン出たらおれ掴まえたくなると思うし」
そうなったら一々立ち止まって時間食うかもだしと、進藤はまだ躊躇している。
「いいよ、付き合うからゆっくりやればいい」
その代わり、ちゃんとぼくに説明しながらやってくれと言ったら進藤は、ぱっと嬉しそうな顔になった。
「解った。ついでにジム戦もやっていい?」
「?よく解らないけど、別にいいよ」
「やった! じゃあとにかく起きて温かい格好して」
本当はずっとお前と一緒にやりたかったんだとはしゃぐ進藤の顔を見ながら、ぼくは心の底から笑った。
ああ幸せだ。
なんて良い元日だ。
(キミには解らないかもしれないけれど)
例えそれがゲームだろうとゴミ捨てだろうと、キミと何かを一緒にする。それがぼくにとって一番幸せなことなんだよと思いながら。
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すみません。既に4日でぽけごーネタですが。
アキラは自分がやらなくてもヒカルがやっているのを見て楽しめるタイプ。 でも実際に始めたらものすごく真面目にやりそう。
二人が住んでいる付近のジムのポケモン、アキラの最強のラプラスとか居そうです。
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