SS‐DIARY

2016年12月30日(金) (SS)幸せについて考える


「あなたが今まででもっとも幸せだと思ったのはいつですか? その理由も含めてお答え下さいって、なんだこりゃ」


進藤は渡された用紙を一瞥すると、ぽんとペンを放り出して言った。


「古瀬村さんて、記事のネタに詰まるとこういうわけわかんないことするよなあ」

手合いの帰り、急ぎの用が無いならと通りすがりに捕まって、ぼくと進藤は記者室でアンケートに答えることになったのだ。


『次号の特集なんだ。他の人達にももちろん頼んでいるから』


慌ただしくぼく達に用紙を渡した古瀬村さんはお礼代わりに奢るからと自販機に飲み物を買いに行った。


『質問は一つだけだからすぐ終わるでしょ、よろしくね』


そして用紙を見てみれば、確かに質問はたった一つだけだったがそうそうあっさり答えられるような内容には思えない。


「すぐ終わるでしょなんてよく言うよ。だったら自分も書いてみろっての」


そうでなくても文章の依頼が大嫌いな進藤はみるからに不機嫌な顔で用紙を睨み付けている。


「なあ、おまえもそう思うだろ、今まででもっとも幸せだと思った時なんか、そんな簡単に思い出せるかよ」

「うん、まあ、そうだけど」


呆れる程余白の多いアンケート用紙に苦笑しつつ、でもぼくは彼ほど困ってはいなかった。


「あ、なんだよ、おまえ書けんのかよ」

「いや、だって、今かなあって」

「今?」

「だってこれといった大病も患わず、健康で打ち続けることが出来ているんだから、少なくともぼくは『今』を一番幸せだと思うな」


ぼくの言葉に進藤は少し考えたような顔になり、確かにな?とさらりと返した。


「うん。体壊して棋士やめた人だっているもんな。それ考えりゃ確かにおれもすげえ幸せだと思う。でもさあ、今までで一番だぜ? おまえ今までだってずっと打って来たじゃん」

「そうだけど、今は目の前にキミがいるしね」

「おれ?」

「そう。温かい部屋ですぐ目の前にはキミが居て、そのキミはぼくの恋人で、しかも生涯ぼくはキミと打つことが出来るんだ。こんな幸せがどこにある」


だからやはりぼくは生まれてから一番今が幸せだと思うと言ったら黙られた。


「じゃあ、明日になったら? 明日は今日よりも劣るのかよ」

「明日は、明日が一番幸せに決まっているだろう」


明後日になれば明後日が一番、1年後、2年後、どんなに時が過ぎようとその瞬間がたぶんきっとぼくにとってはいつでも一番幸せな時だ。


「ただそれにはキミにも協力して貰わないと」


ジャンクフードを好み、規則正しい生活が送れていないだけでなく、碁以外では慎重さに欠けるところのある進藤には常日頃思っていることがある。


「浮気せずに、碁もやめずに、そしてなるべく長生きをしろ」


それがぼくの幸せに不可欠なことなんだからと言ったら進藤はびっくりするほど一瞬で顔を真っ赤に染めて、それからぼそっと「うん」と言った。


「ヤベえ、マジヤベえ」


おれも今この瞬間が人生で一番幸せだと続けて呻くように彼に言われ、ぼくは思わず声を出して大笑いしてしまったのだった。


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ということで、冬コミ置き土産SSでしたー。
行ってきまーす。



2016年12月25日(日) (SS)ぼくのキミへの贈り物


「そういえば今日は結局どーすんの?」


朝食を食べながらヒカルが尋ねた。


少し前、アキラから今年のクリスマスには考えていることがあるので何も用意したり計画したりしなくて良いと言い渡されていたのだ。

けれど当日である今日になるまで一切何も言われないので、一体どんなプランを立てたのだろうかと興味津々だったのだ。


(なんだろ、綺麗な夜景でも見に行くのかな。それとも近場で温泉旅行とか)


明後日はお互いに手合いがあるけれど、夜行バスなら充分に行って帰って来られるだろう。


(あ、でもここまで何も無いってことは、家でゆっくり過ごすとかかな)


もしかしたら徹夜で打ちたいと言うかもしれない。そうだったらそれはそれで最高だとヒカルは胸の中でそっと笑った。


(なんだかんだ言って、塔矢って碁馬鹿でおれ馬鹿だもんなあ)


わくわくと尋ねたヒカルに、食べ終わった食器を流しに片付けようとしていたアキラは振り返ってさらりと言った。


「ああ、今日ならぼくは実家に帰るから、キミは夕食を一人で済ませてくれないか」


What?

一瞬思考停止したヒカルはすぐに慌てて尋ね返した。


「は? なんで? 今日はクリスマスイブだぜ?」

「うん、だから実家に帰るって言っているだろう」


会話が全く噛み合わない。


「待て待て待て、何? 塔矢先生達に帰って来いって言われたん?」

「いや? お父さん達は年明けまで台湾でその後は箱根に行くって言っていたけど」

「じゃあ無人? 何が悲しくておれを放っておいて一人で実家で過ごすんだよ」

「だからクリスマスイブだからって言っているじゃないか」


さっぱりわけがわからないままヒカルは椅子から降りると、床にぺたりと伏せて土下座をした。


「なんだ? どうしたんだ進藤」

「いや、わからないけどどうせなんかおれがやらかしたんだろ、それでおまえ怒って一人で実家に帰るって言ってんだろう?」


だからごめんなさい、勘弁して、本当に申し訳無かったデスと、ひたすら謝り倒すのをアキラは戸惑ったように見詰めてから言った。


「別にキミは何もしていないけれど?」

「じゃあなんでだよ!」


ヒカルはもう涙目である。


「だから―」

「おれのこともう嫌いになったんなら、こんな回りくどいことせずにはっきり言えよな!」


半ギレで言うヒカルの頭をアキラはぺちりと軽く叩いた。


「落ち着け。別にぼくはキミのことを嫌いになんかなったりしていない。そしてキミが何かぼくにして、それに腹を立てて実家で過ごすことに決めたわけでも無い」

「じゃあ…どうして」

「言っただろう、考えていることがあるって。いつも誕生日やクリスマスにはキミが色々と考えてぼくに幸せで楽しい時間を贈ってくれるから、今度はぼくがキミに同じくらい幸せな時間を贈りたくなっただけなんだよ」

「…それがどうして『ぼっちで過ごすクリスマス』になるんだか、馬鹿なおれの頭にも解るように説明してくれねえ?」


ヒカルの目はまだ疑い深く、口元は拗ねたように尖っている。


「おれはいつでもおまえと一緒に居たいのに、そのおまえが居なくてどうして幸せな気持ちになんかなれるんだよ」


ヒカルの言葉にアキラはふっと嬉しそうに笑い、それからすぐに照れ臭そうに口元を手で覆った。


「本当にキミは…ぼくを幸せにするのが得意だな」

「茶化すなよ」

「茶化して無いよ。本当にそう思うから。でね、キミは今、いつでもぼくと一緒に居たいって言っただろう? ぼくもそうだ。おかしいよね、もう一緒に暮らすようになって10年以上経つのに、それでもキミが居なければ寂しいし一刻も早く会いたくてたまらなくなる」

「だったら実家になんか帰らずにこのままここに居ればいいじゃん」

「うん。でも、だからこそ思わないか? もし一晩離ればなれで過ごしたらどんなに寂しいだろうかって。そしてどんなに恋しく思うだろうかって」

「そんなん…当たり前って言うか」

「じゃあ今度はこう考えてみてくれ。それで散々恋しくて相手に飢えた後で会ったらどんなに嬉しく感じるだろうかって」


ゆっくりと言われた言葉を租借して、ヒカルは、はっとしたような顔になった。


「も…のすごく嬉しいと思う」

「うん」


アキラは満足そうな顔で頷いた。


「いつもの倍、いや、もっともっと嬉しく感じるだろうって思うんだよね。だから敢えて今日はキミと離れてみることにしたんだ」


まだ床に座り込んだままのヒカルは、もにゅもにゅとなんとも言えない複雑な表情の動きをした後で苦笑のように笑った。


「でもそれって、おれがそこまでおまえのことを好きって言う大前提があってこそだよな」

「そう。でも少なくともぼくは今夜キミに飢えて切なく過ごすことが決定なんだ。自分で考えたことなのに、実家に来たことをたぶん絶対後悔する」


だってクリスマスイブだぞ? とため息のように言われてヒカルは今度は苦笑では無く本気で笑った。


「どういうドMだよ」

「ドMで結構。ご馳走をより美味しく食べるための努力は惜しまない方なんだ。そして出来るならキミにもより美味しく食べて欲しいと思っている」


そう言うアキラの目元にはほんのりと艶やかさが漂っている。


「まあキミのことだから、寂しさに耐えかねてぼくを罵りつつ和谷くんの所にでも行ってしまうかもしれないけれど」


もしアキラから説明を聞かされていなければ、たぶん本当にそうしていたのでヒカルは少々ドキリとする。


「し、しねーよ。待つよ明日まで。一人で悶々とおまえの居ないイブを過ごしてやる」

「言ったね」

「言った。だからおまえも覚悟しろよ、明日は悲鳴あげるくらい極上に幸せにしてやるから」

「それはぼくのセリフだよ。キミが嬉しくて泣くくらい絶対に幸せにしてあげるから」


ふっと息が漏れる。


アキラが屈み込み、キスしようとするのをそっと手で止めてから、ヒカルは勢いよく立ち上がり、自分から濃くて深いキスをアキラにした。


幸せなクリスマスの、それは前哨戦だった。



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似たようなシチュエーションの話を書いたことがあるかもしれませんが。

付きあいも長くなって来ると色々技巧を凝らすようになるわけです。



2016年12月18日(日) (SS)キミの結婚式にぼくは出ない


「キミの結婚式には出たく無いな」


唐突なアキラの言葉にヒカルは目を丸くした。


「は? 何それ」

「何って言葉通りだよ。キミの結婚式にはぼくは絶対出たく無い」


今度は『絶対』まで付け加えられ、ヒカルは明らかにムッとした顔になった。


「おまえ…もしかしなくても喧嘩売ってんの?」

「何をどう聞いたらそうなる。ぼくはただキミの」


結婚式や披露宴に出席したく無いだけだと、話しながら二人が歩いているのは繁華街で、双方とも手に大きな荷物を提げている。

今時珍しいそれは風呂敷で包まれた引き出物で、ヒカルとアキラは共通の棋士の結婚披露宴に出席した帰りだった。

とは言うものの、道々話していたのは結婚には全く無関係な碁のことで、なのにいきなりそんなことを言われたのだからヒカルで無くても仰天する。


「で……じゃあ、まあ聞いてやるよ。なんでおれの結婚式には出たくねーわけ?」

「だってキミは感情がモロに顔に出るじゃないか。結婚なんてことになったらそれは幸せそうな顔をすると思うし、それを同じ空間で見ていたくないなって」

「いや、だって結婚式だろ? 幸せそうでなんぼじゃねーの?」

「そんな脂下がった顔を見せられるくらいなら、不幸せそうな顔の方が100倍マシだ」


さらりとアキラは非道いことを言う。


「だから本当に申し訳無いけど、ぼくはキミの結婚式には出ないから」


そんな話が出るどころか、そもそもヒカルには付き合っている相手がいない。

なのにどうしてそこまで頑固に言い張るのかと言えば、単純にアキラがヒカルのことを好きだったからだ。

いつからと解らないくらい前から好きで、でもそれを胸の奥に隠して来た。

このままずっと誰にも話さず終わるものと覚悟していたけれど、今日披露宴で幸せそうな新郎新婦にヒカルを重ね合わせて見てしまい、すっかり憂鬱になってしまったのだ。


「別にぼくが出席しなくてもキミは友達が沢山いるから構わないだろう」

「いやいやいやいや、出て貰うよ。お前が出無いとおれ困るし」

「何故だ? スピーチなら和谷くんでも伊角さんでも、呼べば社も喜んで来てやってくれると思うよ。ぼくが出席する必要は無いじゃないか」

「あるよ、大あり! だっておれだけ出ても、花嫁がいないんじゃさあ」

「花嫁?」


不審そうにアキラの眉が寄る。


「え? あれ? もしかしておれが花嫁の方? だったらそれでも構わないけど、とにかくケッコンって一人じゃ出来ないじゃん。碁と同じで二人揃って初めて出来るものだから」

「キミ……なんの話をしているんだ?」


ゆっくりと歩みを止めてアキラがヒカルに尋ねる。


「何ってそりゃあ、ケッコンの話だよ。おれとおまえの」


きっぱりと当たり前のように言われてアキラは頭の中が真っ白になってしまった。


「は?……え?」

「おれ、ケッコンはおまえとしかする気ねーもん。だからおまえが出てくんないと、ものすごく寂しい事になると思うぜ?」


棒立ちになったまま、アキラの頭の中はもの凄い勢いで物を考えていた。
しかし考えても処理が追いつかない。


「いつ、キミとぼくは結婚することになったんだ?」

「え? おまえ嫌?」


非道くびっくりしたような顔で聞き返されて反射的に答えた。


「嫌じゃ無いけど」

「だったら、問題はおまえが出無いって言ってることだけなんだって。おれ、アレやりたいんだよ。ほら天井からゴンドラで降りて来るヤツ」


あれは絶対に外せないよなと、そして更にはキャンドルサービスから引き出物の話までし始めたので、アキラは必死で平静を装いながら、混乱した頭で、とにかくゴンドラだけは止めさせなければと思ったのだった。


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『なんだか色々考えていたことがみんな馬鹿らしくなった』塔矢アキラ談


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