SS‐DIARY

2016年10月30日(日) (SS)飢えとキミとぼくと


もともとシンプルで必要最低限の物しか持たないタイプだとは言え、食生活には気を遣う方だと思っていた。


(それがなんだよ)


「……ひっでえなあ」


冷蔵庫のドアに手を掛けて中を覗き込みながら、おれは思わずぼやいてしまった。

そこそこの大きさがあるにも関わらず、庫内には味噌とポン酢とバターしか入っていなかったからだ。


「三択かよ。つか、卵も無いって」


有り得ない。

確かにここの所ずっと塔矢は忙しくて、家を空けることも多かったはずだけど、幾ら何でもこの冷蔵庫の中身は無いだろうと思ってしまった。


「おれんちの冷蔵庫の方がまだもうちょっと入ってんぞ」


夕べ久しぶりに塔矢に会って、それが本当に久しぶりだったから何か食うとかよりも早く抱き合いたくてたまらなくて、待ち合わせ場所から近い塔矢のマンションに直行した。

ドアを開けるのももどかしいくらいに、抱きしめてキスをして脱がせて覚えていられないくらい何度もヤッて、そして気がついたら朝になっていた。

どうしても受け身になる側の方が体の負担が大きくなってしまうので塔矢は死んだように眠っていて、でもおれは腹が減ってたまらなくてキッチンまで彷徨い出て来たというわけなのだった。


「なのにここまで何にも無いとかなあ……」

せめて卵、最低でも牛乳、いや塔矢ならヨーグルトとか野菜の少しくらいは入っているだろうと思ったのに予想は綺麗に裏切られ、あまりの何も無さ過ぎに途方に暮れてしまった。


「…仕方ねえ」

何か買って来るかと寝室まで戻り、脱ぎ散らかした服を取り上げて着始めたら、もぞりと塔矢が身を起こした。


「どこか行くのか?」


半分寝ぼけたような声が言う。


「や、冷蔵庫ん中空っぽだからさ、何か食うもの買って来ようかと思って」


おまえも腹減っただろう? と尋ねると、塔矢は目を細めてはんなりと笑った。


「いや、別に」

「は? でもおまえも夕べから何も食ってねーだろ、それよか冷蔵庫何も入って無さ過ぎだ、せめて何か飲み物くらい」


言いかけたおれの言葉を塔矢が遮る。


「キミが居る」

「は?」

「キミが居るのにどうして他に必要な物が在る? キミが居れば充分、キミだけしか欲しく無い」


ぼくはもの凄く飢えていた。否、まだ非道く飢えているんだよとおれにゆっくり手招きをする。


「キミもそんなに飢えているなら、ぼくを飲むなり食らうなりすればいい」


そう言う塔矢の首筋にはおれがつけた赤い痕が幾つも花びらのように散っている。


「甘いか、苦いか、そんなことはぼくには解らないけれどね」


それとも他に食べたいものがあるなら別だけどと言われて、おれは慌てて首を横に振った。


「無い、無いよ。在るわけ無いじゃん、他に食いたいものなんか」

「そうか、なら良かった」


じゃあ早速朝食にしようかと、かすれた声で誘われて全身が震えた。



おれを見詰める濡れたような瞳。

微かに開かれた唇から、ちろりと覗く赤い舌。

おれは身につけたばかりの服を乱暴に脱ぎ捨てると、急くようにベッドに飛び込んで、飢えすぎて苦しい程になった腹を塔矢で満たすことにしたのだった。



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アキラは几帳面そうでいて、実は碁以外のことは面倒なタイプかもしれないと思ったりします。

食事も面倒だから食べない。洗い物が面倒だからワンプレートか使い捨ての食器で済ませる等々。

不潔は嫌なので掃除と洗濯はこまめにするけれど、それも溜めると面倒だからという理由だけでこなしているんじゃないかと思います。


むしろヒカルの方がマメなんじゃないかなあ。掃除とかやり方に拘りがあったりしそう。



2016年10月22日(土) (SS)あのね。



「あのね」


飲み始めて一時間。

いつもよりかなり早いペースでグラスを空けた塔矢は、突然くすくすと笑いながらおれに顔を近づけて来ると、内緒話のように耳元に囁いた。


「知っていたか?」

「ん? 何を」

「重大なこと。誰にも言っていない秘密なんだ」

「へえ、そんなすげえこと?」

「うん」


実はね、と勿体を付けたように言葉を句切り、それからいかにも嬉しそうにこう続けた。


「ぼくはキミが好きなんだ。絶対言うことは出来ないんだけどね。大好きなんだよ」

「へえ」

「あ、信じていないな? そもそもぼくは―」


言いかけてそのままぱたりとテーブルに突っ伏してしまう。


「塔矢?」


声をかけてもぴくりともしない。


「爆睡かよ」


苦笑しつつ、おれは塔矢に顔を寄せて、耳元にそっと囁いた。


「ありがとな」


おれもおまえが大好きだよと、おれが返す言葉はもう届いていないと解っているけれど、そんなことは構わない。


「愛してる。世界一だ」


起きている時には死んでも言ってくれないけれど、こうして時々駄々漏らしに漏らしてくれるから安心出来る。

酔っている時の塔矢は起きている時の500万倍可愛くて、マジ天使だとそう思った。


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家飲みでも店飲みでもどちらでもいいかなあと。

こんな感じで酔った時にしか本音を言えないアキラが自分的にとてもツボです。



2016年10月08日(土) (SS)今日も明日も明後日も


「はい。食後のデザート」


ケーキの皿を目の前に置いたら、進藤はうんざりしたような顔になってため息をついた。


「またこれ? そりゃ美味いけどさ、さすがにこう毎日だとちょっと飽きる」

「贅沢言うな。キミが食べたいってリクエストした店のケーキだぞ」


言いながらテーブルの向い側に座るぼくの前にも同じケーキの皿がある。

カットしたそれは、数日前の進藤の誕生日に買ったホールケーキの一部だ。

二人所帯で一番大きなサイズを買ったので、まだまだ食べきれず残っているのだった。



「大体さあ、なんでおまえいつも一番デカイの買ってくるわけ?」


甘さを中和するつもりなのか、ブラックコーヒーを飲みながら進藤がこぼす。


「二人きりなんだから一番小さいのでいいじゃん」

「それはできないな」


同じくケーキの甘さから味蕾を守るため、かなり濃いめの紅茶を飲みながらぼくは返した。


「折角のキミの誕生日にそんな中途半端なことはしたくない。祝うなら全力で祝うし、そうでないなら何もしないよ」

「相変わらず極端だな」


ゼロか百しか無いのかよと呆れたような言い回しだが、三ヶ月後のぼくの誕生日には彼もまたその店の一番大きなサイズのケーキを買って来るはずなのだった。

示し合わせたわけでは無い。

競い合っているわけでも無い。

ただ、そうせずにはいられないのだ。


「毎日だって美味しい物は美味しい。そうだろう?」

「う、そりゃあそうだけど、でもなあ」


今年は30歳という節目の年なので、大人っぽく洋酒をかなり効かせたケーキをぼくは選んだ。

飾りもシンプルで、クリームにもほんのりお酒の匂いが漂っている。

それでも甘いのはもちろん甘いが、例年の物に比べると格段に大人向けと言えるだろう。


誕生日当日に見せた時、進藤はそれは喜んだ。


『うわあ、マジか! ここ、かなり前から予約入れないと買えないだろ』

『だからその、かなり前から予約を入れていたんだよ』


飾りに散らした金箔と、ホワイトチョコのメッセージプレートと、それと僅かなココアパウダー。

プレートにはちゃんと彼の名前を入れてもらってある。

それにも彼は喜んだ。


『うわあ、うわあ、ちゃんとヒカルって入ってる。おまえ恥ずかしいから嫌だって言ってたのに』

『それはね。でももうさすがに慣れた』


進藤のためにケーキを買うようになって何年経つだろう。最初は恥ずかしくて名前を入れて貰うことが出来なかったのに、今では怯むことなくオーダー出来るようになってしまった。


『この年になると、息子のケーキを買っていると思って貰えるみたいだし』


おめでとう、3歳のヒカルくんと三本のローソクを手渡して言ったら、進藤は不満そうに口先を尖らせた。


「3歳じゃねーよ、30だよ! それに息子って言うなら、法律上はおまえの方がおれの息子だし」

「キミの子になった覚えは無いよ。伴侶になった覚えはあってもね」


にっこりと微笑んでやると頬が赤く染まる。


籍を入れるまでの関係になっても、彼はまだぼくに対してかなり初心だ。

いつまでも付き合い始めの頃のまま、永遠に恋人としてぼくのことを扱い続けるんだろう。


「覚えてろよ、三ヶ月後のおまえの誕生日には、おれもローソク三本で特大サイズのケーキを買って祝ってやるから」

「別にそんな大きいので無くていいよ。それぐらいだったら日本酒の良いのを買って来てくれた方がいい」

「知るか! とにかくおれはもう死ぬまでおまえの誕生日は全身全霊、全力で祝うって決めてんの!」


それくらいおまえに出会えたことが嬉しいからと、ぼくの大好きな笑顔で笑って言う。


ああ、ぼくも彼に対してはいつまでも初心だ。

微笑まれれば嬉しいし、触れられれば鼓動が速くなる。

出会ってからもう10年以上過ぎていると言うのに、変わらずにときめくのは一体どうしてなんだろう。


「だったらぼくも受けて立つまでだ。来年のケーキは一週間やそこらで食べきれないような特注の物にするよ」

「結局競ってるじゃん」

「それは、負けず嫌いだからね。……キミに関しては」

「おれだって、そうだよ!」


にらみ合って、それから笑い合う。


皿の上のケーキはまだ半分ほど残っていてかなり苦戦を強いられているけれど、きっと来年も再来年もぼく達はこうして互いの誕生日の後に毎日ケーキを食べ続けるんだろう。

甘いとか、大きいとか、胸焼けがするとか愚痴をこぼし、もしかしたらいい加減にしろと喧嘩になることもあるかもしれない。

けれどその光景はなんだか非道く幸せそうで、想像しながらぼくは不覚にも泣きそうだと思ってしまったのだった。


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負けず嫌いカップル。

競い合って最後にはウエディングケーキになればいいと思います。



2016年10月03日(月) (SS)おまえは今まで食ったパンの枚数をおぼえているのか?


先に出掛けるアキラを抱き留めて、ヒカルが行ってらっしゃいのキスをしていると、後ろからわざとらしい咳が聞こえた。


「なんだよ、和谷、妬くなよ〜」

ヒカルが振り返った先には、ごろりと床に横になった和谷が、眉を8の字に寄せて二人を見つめている。

昨夜飲み会からヒカルの部屋に傾れ込んだのだが、そこには当然のようにアキラが居て、目覚めた途端ラブシーンを見せつけられるはめになってしまった。


「妬いてねえよ! ちょっとは人目を憚れって言ってんだよ」

「人って別におまえしかいねーし」


なあと促されたアキラも、特に恥ずかしがる風でも無く深く頷く。


「心配してくれなくても大丈夫だ。他の人の前では絶対にこんなことはしないから」

「って、そういう話じゃ無いっての。少しはおれに気を遣えってことだよ。ずっと隠してたくせに、バレた途端臆面もなくちゅーちゅーしやがって!」

「だってバレちゃったんなら仕方無いし。和谷、別に平気っぽいし」

「そうだね。こんなに平常心でいられるなんて思っていなかったから見直したよ」


ヒカルにはけろりと、アキラにはしみじみと言われて和谷はぶつりと頭の筋が数本切れそうになってしまった。


「平気なんかじゃねーよ! でもだからっていきなり態度も変えられないし、おまえら元から変だったし!」


随分だなと言いながら、それでもヒカルもアキラも気を悪くした気配は無い。

実際それまで二人は自分達の関係を周囲にひた隠しに隠していた。

同性同士のカップルの存在が多少は認知されて来たとは言え、まだまだ世間はマイノリティに厳しい。だからこそ気づかれないようにと神経をすり減らして来たのだが、それは相当なストレスでもあったのだ。

それが偶然とは言え和谷に知れて、思いがけず拒絶も拒否もされなかったので、以来すっかり味を占め、和谷の前では遠慮無くいちゃいちゃするようになった。



「まあいいじゃん。いつかおれらもみんなに公表するつもりはあるんだからさ」

「そうそう、それまでぼく達の良い息抜きの場になってくれれば」

「それを見せつけられるおれのメンタルは? それにいつかっていつだよ」


噛みついてくる和谷に、ヒカルとアキラは顔を見合わせる。


「……そうだなあ。取りあえずタイトル後三つか四つ獲って囲碁界を牛耳れるようになったら?」

「うるさ方の先生達がいなくなったら好き勝手やれるしね」

「ってそんなのまだ何十年も先じゃん!」

「大丈夫、おまえそんなにやわな神経してないから」

「してるよ、ガラス細工より繊細だよ! とにかくおれが憩いの場だって言うならもうちょっとでいいから配慮しろ! 暇さえあればちゅーちゅーちゅーちゅー! どんだけすれば気が済むんだよ!」

怒鳴られたヒカルは目をぱちくりとさせると、おもむろに両手を使ってひいふうみと指を折り始めた。


「やめろ! 数えんな!」



アキラもアキラで顎に手を当てて考え込んでしまう。


「いいって言ってんだろ、塔矢もなに真に受けてんだよ」


お願いだから止めて下さいと終いには半泣きになって和谷が頼み込むと、二人はぱっと顔を上げた。

やめてくれたかと思いきや、声を揃えて同時に言う。


「わからねえ!」

「わからないな」


そして再び声を揃えてこう続けた。


「そもそも何回しても満足なんかしないし」

「息をするのと同じことだから、回数なんか数えていられないし」


キミだって1日の呼吸の回数を数えていたりはしないだろうとアキラに言われて、和谷は絶望的な顔になった。


「ま、とにかく何回してもし足りないってことで」

「でも息をするのと同じでしなければ生きていられないからね」


そこで途中だったことを思い出したらしい。

改めてじっくりと行ってらっしゃいのキスと行って来ますのキスをヒカルとアキラが目の前で濃厚に繰り広げ始めたので、和谷はもう二度と絶対にこの二人のすることに突っ込みは入れまいと心の底から誓ったのだった。



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バカっぷるです。

でも、ふざけているようですが和谷くんの存在が本当に救いになっています。

タイトルは「ジョジョの奇妙な冒険」のディオ様のセリフです。


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