| 2016年02月28日(日) |
(SS)ごめん、おれやっぱおまえの珍妙なアタマが好きみたい |
髪を切ったのは、なんとなくだった。
特に深い理由があったわけでは無く、行きつけの床屋が代替わりして、新しく店主になったその息子が少し段を入れてみたらどうかと勧めて来たからだ。
常日頃ヒカルには切れ切れと五月蠅く言われていたけれど、アキラにはどんな髪型にしたらいいのか見当もつかなかったし、考えるのも面倒だった。
だからそのままにしていたのだけれど、お任せでいいなら有り難い。
そんな軽いノリで切って貰った結果、がらりとアキラは面変わりすることになった。
「ほら、やっぱおれの言った通りじゃん」
おまえすっごい男前になったと、帰って来たアキラを見るなりヒカルは嬉しそうに言った。
「そうかな、ぼくにはよく解らないけれど」
全体的に段を入れ、梳いて貰っただけで長さ自体はそんなに大きく変わっていない。けれど今まで散々言われ続けて来た中性的なイメージは払拭されたように思う。
今のアキラは細身ではあるものの、誰が見てもどこからも間違い無く目元涼しげな『男』だった。
「まあでも美人なのは変わらないけど」
ヒカルは短くなったアキラの髪に指を差し込んでは手櫛のように梳いて、何度も指からさらりとこぼす。
「ほんと見違えるみたいだなあ。大体さあ、顔がキレイだから許されてたけど、男のおかっぱ頭なんてフツーは絶対有り得ないっての」
随分な言いぐさだが、確かに今までの自分の髪型が珍しい類のものだという自覚はアキラにもあった。
けれど人に不快感を与える程非道いとは思わなかったし、だったらそれで別にいいと思っていたのだ。
「それにしてもなんでキミ、そんなに嬉しそうなんだ」
「そりゃあ、恋人が男前度増し増しで帰って来たら嬉しいに決まってるだろ」
そしてヒカルは改めてアキラを惚れ惚れと見つめて、それから愛しそうに目を細めた。
「新鮮だなあ、可愛いなあ」
言っていることは滅茶苦茶だが、喜んでいるのはよく解る。
「まあ、ぼくは別に前のままでも良かったんだけど」
「今のがいいって絶対!」
「そうか? だったらこれからはこうしようかな」
「うん。そうして!」
アキラとしては実感が無いが、ヒカルが良いなら良いだろうと、そのくらいの感想だった。
アキラのイメージチェンジは周囲にも好評で、皆その方が良いと褒めてくれた。
髪型が垣根になっていたのだと解るほど、どっと新たなファンも増え、雑誌などの取材も多く受けるようになった。
けれどその好評な髪型から一年も経たない内に、アキラは元のおかっぱ頭に戻ってしまったのだった。
「似合ってたのに」
ヒカルは肩で切り揃えられたアキラの髪を見つめながら、不満そうに口先を尖らせた。
「折角すっげえ男前になって出待ちのファンまで居たくらいなのに、まーたカッパに戻りやがるから、みんないなくなっちまったじゃないか」
「別に、それで構わないよ。顔で寄って来るような輩に興味は無いし」
「なんだよ。モテ男の余裕かよ」
「そんなんじゃない。本当に迷惑だったから」
それは本心からの言葉だった。
確かに人気は増したけれど、それはビジュアル的な要素のみの人気で、中にはアキラが何をやっているのかも知らずにサインを求めて来る女性も居た。
囲碁イベントに押しかけて、なのに肝心の碁を打たず、写真ばかり撮ってはまるで関係無い質問ばかりして行く人も増えて、流石にアキラはムッとした。
「ぼくは役者でも何でも無いし顔を評価されたってちっとも嬉しく無い」
「でもそれを羨ましいってヤツも沢山居るんだぜ、お前のそれ贅沢だよ」
「本気で言っているのか?」
「いや――」
アキラの表情が険しくなって来たので慌ててヒカルが撤回する。
「でも、マジですごく似合ってたのになあ」
実際似合ってはいたのだろう、取材を受けたほとんどの雑誌は男性向け女性向け関係無く、ファッション誌だったのだから。
顔の造作自体は変わらないのにそれを取り囲む髪が少し変わっただけで、こんなにも人の評価は変わるのだと、それがアキラには驚きだった。
ヒカルはしきりに残念がるがアキラは紛れも無く棋士であり、それ以外で評価されるのはプライドが傷つくだけで嬉しくもなんとも無い。
それが解っただけでも変えた価値はあったかなとアキラは苦笑混じりに思う。
「それにキミが希有な存在だっていうのも解ったし」
「は? 『けう』って何?」
「辞書を引け。囲碁以外でも頭を使わないと退化するぞ」
髪型を変えるのを勧めていたのはヒカルだし、誰よりも喜んでくれたのもヒカルだった。
けれど、男性としては決して普通では無い髪型だった頃から「美人」、「可愛い」、を繰り返し、好いてくれ続けたのも紛れも無くヒカルだった。
今回元の髪型に戻り、潮が引くように集まった女性達は去って行ったけれど、ヒカルはこうして残っている。
(いや、むしろ喜んでくれているのかな)
表面上はアキラが元の髪型に戻ったことを残念がり、ぶつくさ文句を言っているけれど、ほっとしたようなのが肌を通して解るのだ。
そもそもアキラが人気が出てファンが一気に増えた時、ヒカルは日を増す事に段々機嫌が悪くなって行った。
最初は焼き餅を妬いているのかと思ったけれど、様子を見ているとどうやらそれだけでも無いようなのだ。
なんとなく物足りなさそうにアキラの方をしばしば見る。それが続く内にアキラにもようやく解って来た。
本人は気がついていないようだけれど、どうやらヒカルはアキラの元の髪型の方が好きなのだ。
「……物好きだなあ」
「何が?」
ぎょっとしたように自分を見るヒカルにアキラは苦笑のように笑う。
「キミが」
「おれが? 何で!」
「さあね」
言ってもたぶん認めないし、言うつもりも無い。
けれどそれが好評だった髪型から、アキラが元のおかっぱ頭に戻った一番大きな理由だった。
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アキラは決してモテていなかったわけでは無いんですが、たぶん近寄りがたいものがあったんじゃないかなって。
ヒカルはどんなアキラでも大好きですが、子供の時からの印象が強いのでおかっぱ頭が一番好きなんだと思います。
| 2016年02月21日(日) |
(SS)sakura latte |
『ぼくは進藤が好きなんだ』
気づいたのは突然で、しかもその相手であるヒカルと激しく言い争っている真っ最中だったので、アキラは自分でびっくりしてしまった。
いつもの如く検討に熱が入って言葉が荒くなり、碁と関係無いことまで持ち出しての相当キツイ言葉の応酬になっていたというのに、それをどこか楽しんでいる自分に気がついて、そうしたら天啓のように言葉が浮かんだのだ。
ぼくは進藤が好きなんだ―と。
驚きのあまり一瞬惚け、それからアキラは笑ってしまった。
なんだそうなのかと悟ってしまえば今まで気がつかなかったのがおかしなくらい、それは自明なことに思えたからだ。
けれど突然笑われたヒカルの方はそう取らなかった。バカにされたと思ったので表情に一層険が走る。
「なんだよ、笑う程おれの言うことはくだらないのかよ」
「いや、まさか。そんなこと思っていないよ」
アキラはすぐに訂正する。けれど自覚した気持ちのあまりの甘さに表情は緩みっぱなしで、それが一層ヒカルの怒りに火を点けた。
「バカにしてんだろ、そんなにやにや笑いやがって!」
一触即発、今にも手が出そうな雰囲気だったが、どんなに睨み付けてもアキラが微笑んだままなので、さすがにヒカルも事態の異常さに気がついた。
「どうした?……おまえ。もしかしてどこか具合でも悪いんじゃ」
あんまりな言いぐさだが、鬼のように冷徹に言葉を投げて来た相手がいきなり溶けかけの氷のようになってしまったのだから無理も無い。
「いや? 至極健康だし気分もすごくいいよ」
むしろ気分が良すぎて困るぐらいだと続けられてヒカルは本当に心配になってしまった。
「も、もう今日は終わりにしようぜ。おれ、帰るからおまえ布団敷いて寝た方がいいよ」
いつもどちらかの家で会う。今日はそれがアキラの家だった。
「別に具合は悪くないから寝るつもりは無いけれど、そうだね、キミが帰るなら駅まで送って行こうかな」
「送る? おまえが?」
帰る時、玄関先まで見送ることはあってもアキラがヒカルを送ると言ったことは無い。
これは本当に異常事態だとヒカルは更に心配になってしまったのに、アキラは浮き浮きと碁盤を片付け上着を羽織っている。
「さ、行こうか」
「お……おう」
にっこりと微笑まれては、ヒカルもそれ以上何を言うことも出来ず、不安そうなままデイパックを背負った。
まだ二月ではあったが外は晴れて気温が高く、ぽかぽかとして気持ち良い。 歩く道々梅は咲き、気の早い桜がほころびかけている。
「今日は温かいね」
「あ、ああ」
ヒカルはちらちらとアキラの様子を盗み見ている。
「折角出て来たんだし、カフェにでも寄って行こうかな」
「……いいんじゃねえ?」
これもまたアキラにしては有り得ない言葉だったが、ヒカルは敢えて否定しない。
恐ろしすぎて出来なかったのだ。
「なに人ごとみたいに言ってるんだ。もちろんキミも行くんだよ。よく考えたら昼を食べていないじゃないか。そんな空きっ腹で帰ったら体に悪いからね」
ぼくと一緒にお茶して行こうと、歌うようにアキラが言う。
「なあ……おまえ、やっぱ、なんか変じゃねえ? おれがなんか悪いことしたんだったら謝るから、いつものおまえに戻ってくれよ」
意を決してヒカルが言うのに、アキラが不思議そうに小首を傾げる。
「変……かな? すごく良い気分なだけなんだけれど」
「変だよ! 怒鳴ってたのに急にへらへら笑い出して、いつも絶対言わないようなこと言うし」
「たまたまじゃないか? だって今日はこんなに温かいし、風もとても気持ちがいいし」
何より恋を自覚したからだろう、アキラの目には映る全てが輝いて見えた。
「世界がこんなに綺麗だなんて思わなかったなあ」
「おまえマジ医者行った方がいいよ! おれ付いて行ってやるから!」
「本当に大丈夫だよ。それよりもうカフェに着いたよ。へえ、桜のラテだって。桜のケーキもあるみたいだね」
「おまえ甘いの苦手じゃ……」
もう何を言う気力も失せて大人しくヒカルはアキラに従う。
二人揃って注文して窓際の席に陣取る。
ヒカルはハムとチーズのパニーニにカフェラテ、アキラは白いマグになみなみと入ったピンク色の飲み物と、淡いピンク色のケーキをトレイの上に載せていた。
「くっそ甘そう」
ホイップクリーム山盛りのアキラのメニューにヒカルが呆れたように呟く。
「おまえ本当にこれ食えんの?」
「さあ、でも春っぽくていいだろう」
にっこりと微笑んでマグを引き寄せ、それからアキラはふと気がついたように言った。
「春だから……」
「え?」
「さっきからキミはぼくが変だ変だと言うけれど、どうしてだか解ったよ。たぶんそれはね」
春だからだと言ったアキラに思わずヒカルが額に手を当てる。
さすがにそれにはアキラも軽く怒って見せたけれど、やはり本気では怒れなかった。
自分に訪れるとは思ってもいなかった人生の春。
それが今、アキラに訪れようとしていたのだった。
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最近温かくて春だなあと思う事が多くなりましたので。
このアキラはヒカルの気持ちについては全く考えていません。 ただひたすら自分自身への発見に驚いて嬉しくて浮かれています。
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