SS‐DIARY

2015年12月29日(火) (SS)涙


初めて進藤と結ばれて、裂かれるような痛みの末に果てた彼の頭を腹の上に受け止めたぼくは、気がつけば静かに泣いていた。

それは好きな相手と結ばれた喜びでも無く、やっと深い所まで相手を知ることが出来た嬉しさでも無かった。

ぼくの胸の中にあったのはただ一つ、『やっと』という言葉のみ。

やっと、何なのかは自分でも解らない。ただこの言葉だけが膨れあがり溢れ出して、ぼくは涙をこぼしていたのだった。


「塔矢」


気がつけば進藤もぼくを見て泣いていて、でも彼がどうして泣いているのかは聞かなかった。いや、聞けなかった。

もし彼が純粋にぼくと結ばれたことに感動して泣いていたのだとしたら、あまりにもぼくが薄情な人間に思えたからだ。


「……進藤」

「塔矢、おれ――」


おれの後に続く言葉は一体なんだったのだろう。

後悔していたわけでは無い。嬉しく無かったわけでも無い。

心から望んでしたことだったのに、どうして涙がこぼれたのか今でもぼくには解らなかった。


「あん時? あー……あれな?」


随分経った後、ふとした時にぼくはその時のことを進藤に聞いてみた。


「あれ、うーん……そりゃ、もちろん覚えてるけど」


ぼくが尋ねたのは、もし彼に聞き返されて正直にぼくのその時の感情を伝えても、それで関係が壊れることは無いと確信出来ていたからだったが、逆を言えば、聞けるようになるまではぼくでもこれだけの時間を必要としたのだ。


「もし言いたく無いなら言わなくてもいいけど」

「いや、言いたく無くはねーよ。あれな、たぶん……」


更にしばらく間を置いてから進藤は息を吐き出すように言った。


「たぶん、気が抜けたんじゃないかな」

「気が抜けた?」

「うん。それまでおれ、絶対おまえを振り向かせてやる、おれしか見えないようにさせてやるんだって追いかけてて、それですげえ必死だったから、叶ってほっとして気が抜けたんだと思う」


嬉しかったし、感動したし、おまえのこと好きで、その好きって気持ちがあふれ出してどうしようも無かったけど、あの瞬間は確かに気が緩んでそれで涙が出たのだと思うと、進藤の言葉は淡々としていて、でも正直な心の内を語っているのだというのが痛い程伝わった。


「おまえは?」

「え?」

「おまえもあん時泣いてただろう」


なんであの時泣いてたんだと真正面から尋ねられ、ぼくは覚悟していたくせに予想外に動揺した。

それはやはり彼に比べて自分の心持ちが愛情に欠けているように思えてしまったからだった。

そしてそんなぼくを彼がどう思うかというのが付き合ってもう何年も経つというのに未だに自分は怖いのだということがこの時になって初めて解った。


「キミは怒るかもしれないけど」


息を吸い込み恐る恐る口を開く。

大丈夫。

ぼく達の関係はこんな他愛のないことでは絶対に壊れたりはしないのだから。

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ということで置き土産SSです。行ってきまーす。



2015年12月06日(日) (SS)GIFT


外出から戻り、温かい家の中でゆっくりと左手から手袋を外す。

進藤のその仕草を見るのがぼくはとても好きだった。

ぴったりとした黒い皮の手袋は彼の指の長さをとても際立たせたし、しなやかでありながら男臭い彼の手の大きさをより魅惑的にぼくの目に映したからだ。


「何?」


1、2秒物も言わずにぼうっと見ているぼくを進藤は不思議そうに振り返る。


「あ? もしかしておれがここに立ってると邪魔? クローゼットのドアが開けられないか」

「いや、違うよ。なんでも無い。外がとても寒かったから、ちょっと温かさを噛みしめていただけで」

「なんだよ、まだそんな寒さが堪えるような年じゃねーだろ」


からかうように笑うと、進藤は右手の手袋もぐいと乱暴に脱ぎ捨ててぼくの方に歩み寄って来た。

皮だから皺にならないようにと丁寧に脱いでいたはずなのに、台無しだとぼくは心の中でため息をつく。

そもそもこの手袋は、彼がぼくがしているのを見て格好いいと褒めてくれたから買ってプレゼントしたものだった。


『えー? いいよ、皮なんかおれには似合わないし、手入れもなんか面倒そうだし』

『あれだけ褒めておいてそれか! キミにも似合うと思うから買ったんだ。それとも格好いいと言ったのは単なるリップサービスだったのか?』

『まさか、本当におまえがしてると格好いいから言ったんだって』

『だったらキミも嵌めてみろ、きっととても似合うはずだから』


それでもしばらくぶつくさ言っていた進藤は、ぼくと色違いのお揃いだと気がついてからはぴたりと文句を言わなくなった。


『ん。そーだよな。出来る男はそれなりのもん身につけなくちゃだよな』

『まったくだ。いつまでも学生気分で毛糸の手袋でも無いだろう』

『でもあれ、昔おまえがくれたもんだから』


結局の所進藤は皮云々では無く、手袋をするということに軽く抵抗を感じていたのだ。

何故なら毛糸越しでも何越しでも無く、素手でぼくと手を繋ぐことが大好きだったから。

ぼくが大昔に送った毛糸の手袋を愛用しているのも、脱ぎやすいということが大きかったのだ。


「年なんか関係無い。寒いものは寒いよ」


前に立ち、しげしげとぼくを見つめる進藤を軽く睨みながら言う。


「えー? でも年取ると寒がりになるって言うじゃん」


そしておもむろにぼくの頬を両手で挟む。


「マジか! すげえ冷たいな、おまえの頬」

「だから寒かったって言ったじゃないか。きっとキミの頬も同じくらい冷えていると思うよ」


ぼくもまた言いながらゆっくりと手袋を外して彼の頬を両手で挟み込んだ。


「ほら、冷たい」


氷のようだと言ったら、くすぐったそうな顔で笑った。


「もう冷たく無いよ。おまえの手で温まったから」


嬉しそうに、幸せそうに目を細める。


「ぼくだってもう温かい。キミは体温が高いんじゃないか」

「そんなことねーよ。別にフツー」


なんだったら詳しく確かめてみるか? と意味ありげに唇を薄く開くので、ぼくは引き寄せるようにして自ら彼に口づけをした。


温かい。

唇も舌も口の中も。

でも何よりも頬を挟む彼の手が温かくて幸せな気分だったので、ぼくは彼に手袋をプレゼントして本当に良かったと思ったのだった。


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ヒカルはヒカルでアキラが手袋を外す仕草がセクシーだと思っていたりしたわけです。

手袋を外すのはそれから自分に触れるためなのにでそれも嬉しいと。でもアキラはそのことを知りません。


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