「自分で解っていると思うけど」
テーブルの向い側に座ったぼくが話し始めると、進藤はばつの悪そうな顔で俯いた。
昨日、和谷くん達と遊びに行った彼はそのまま朝まで帰って来なかったのだ。
「泊まって来るならひとことでいいから連絡を入れろ。夕食は食べてくるのかわからなかったからキミの分も作ってしまったじゃないか」
「途中で電話しようと思ったんだけど、なんかタイミング悪くてしそびれちゃって。気がついたら結構遅い時間になっちゃってて、もし寝てたら起こしちゃうかなって」
「だったらメールでもラインでも電話以外の方法で知らせてくれれば良かったじゃないか」
「眠ってたらどうせ見ないと思ったから」
「そこまでぼくは薄情じゃないよ。連絡が無いんだから帰って来るものとキミのことを待っていたよ」
「え? 寝ないで待っててくれたの?」
ぱっと、進藤が顔を上げる。
「それはね。だってもし事故だったらとか、何かトラブルに巻き込まれたのじゃないかとか心配になるし」
「心配してくれてたんだ!」
ぱあっと嬉しそうな顔になる進藤は、まるでご褒美を貰った犬のようだった。
「するよ。キミは前に飲みに行って喧嘩して帰って来たことがあるし、財布を落として交番から電話をかけて来たこともあるし」
なのにどうして心配せずにぼくが安穏と寝ていられると思うのだと少しきつめの口調で言ったらしおしおとまた俯いてしまった。
「ごめんなサイ」
しょんぼりとテーブルの上を見つめる進藤は今度は叱られた犬のように見える。
(伏せた耳まで見えるみたいだ)
元々進藤は感情が顔に出やすい。
対局の時は嘘のように表情に出さなくなるが、その分日常では喜怒哀楽が解りやすいことこの上無い。
「謝るくらいなら連絡を入れろ、勝手な憶測で手間を惜しむな」
「……ハイ」
「それからキミ、最近少し飲み過ぎだよ。どうせ夕べも飲んで来たんだろう?」
「うん。……まあ、ちょっと」
「ちょっとで朝帰りにはならないだろう。しばらくは外飲み禁止、当分は家飲みで我慢しろ」
「えー?」
「何か文句が?」
軽く睨みつけたら言いかけた言葉を飲み込んだが、不満は顔に出てしまっている。
「あのね、キミのために言っているんだよ? 先に大きな対局を控えているんだし、体調を崩して不戦敗になりたくは無いだろう?」
「そりゃそうだけど、その対局のストレスを解消したくもあるわけで」
「酒で解消するな! ストレス解消ならぼくですればいいだろう」
「え? それって」
ぱああっと、本当に喜色満面という顔で進藤はぼくを見たので慌てて打ち消した。
「そういう意味じゃない! 家飲みに付き合ってやるって意味で言ったんだ」
「なんだ」
途端につまらなさそうな顔になる。
(本当にコロコロ表情が変わるな)
飼い犬というのはこんな感じなのではないだろうかと思いつつ、ため息混じりに彼に言った。
「キミ、前世は犬だったんじゃないか?」
「は? なんだよそれ、全然意味わかんないし」
「そのままだよ。それできっと飼い主はぼくだ」
キミはぼくの飼い犬だったんだと思うよと言った途端、ムッとしかけた彼の顔が心底嬉しそうに輝いた。
「あ……うん。絶対そう! おれ、おまえに飼われてたんだと思う」
だから今世でもよろしくと、それこそ見えない尻尾を振りちぎらんばかりにして抱きついて来たので、ぼくは思わず苦笑して、でも飼い主の義務として彼の頭を愛情を込めて何度も撫でてやったのだった。
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私のイメージではヒカルはデカイ人懐こい犬です。 誰にでも撫でさせてくれますが、主人は生涯アキラ一人きりです。
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