SS‐DIARY

2015年06月30日(火) (SS)シロツメクサ、アカツメクサ

「この花、何?」

唐突に聞かれてアキラは、えっと顔を上げた。

「この花、なんて言うんだよ」

それをよく聞こえなかったと思ったのかヒカルが繰り返し、今度はもっとはっきりとした口調で言った。

「さあ、シロツメクサによく似ているけれど」


地方の仕事で下っ端である二人は買い出しを頼まれた。

会場の裏手にある土手を真っ直ぐに行けば店があるからと言われ、茶菓子と軽食を買って帰る所だった。

田畑が広がるのんびりとした風景のど真ん中に大きな川が流れていてその土手を歩いていたのだが、傾斜した一面に目が覚めるような濃いピンク色の花が咲いていたのだった。

「んなことおれでも解るって、でもこれはピンクだろ、だから何だろうっておまえに聞いたんじゃん」

ぶっきらぼうな言いぐさに少々ムッとしながらもアキラは足下の花をよくよく見た。

見れば見る程シロツメクサに似ているが、花はもっと大ぶりで、でも葉はやはりシロツメクサによく似ている。

「解らないな。シロツメクサの変種かもしれないけれど、こんなにたくさんあるのならちゃんと種類があるんだろうし」

「なんだよ、おまえなら知ってると思ったから聞いたのに役に立たねーな」

「ぼくは別に植物の専門家では無いし」

「でも木や草の名前に詳しいだろ」

「あれは…家の庭に咲いているものなら知っているというだけだ」

アキラの家の庭は都内にしては広い。

母親が花好きだということもあって、小まめに手入れし、種類も個人の家にしては結構数がある方だと思う。

「でも、こういう野に咲くような花はお母さんは植えないから」

「やっぱり役立たずじゃんか」

あんまりなヒカルの物言いにアキラは流石に腹を立て、その後自分から話しかけるようなことはしなかった。

ヒカルはと言えば元々アキラの機嫌には頓着しないような所があったので、自分の非道い言動でアキラがだんまりを決め込んでいることを気にもせず、鼻歌を歌いながら歩き続けた。

それがかれこれ五年ほど前。



初夏の土手を歩きながら唐突にアキラが言ったのだった。

「アカツメクサ」

「は?」

「いつだったかキミがここでぼくに聞いた花、調べたらアカツメクサっていう名前だった」

全く別なことを話していていきなり言われたのでヒカルはびっくりした顔をして、それから困惑したように眉を寄せて言った。

「おせーよ」

「別に遅くは無い。花の名前は結構すぐに分かったのだけれど、伝えようとするたびにキミが腹が立つようなことを言ったりしたりするから機会を逃してしまっただけだ」

それにもうとっくに忘れてしまっているだろうと思っていたしと、見つめられてヒカルはムッと口を尖らせる。

「忘れねーよ、おれは」

おまえと話したことはどんなつまらないことでも全部一つ残らず覚えていると言われてアキラは笑った。

「そうか、それは光栄だ」

「おまえこそ本当は忘れていたんじゃないのか」

それをさもずっと覚えていたかのように、恩着せがましく今言っているのではないかと言うヒカルの言葉にアキラは鷹揚に笑ってから答えた。

「まさか、ぼくもキミと話したことは全部一つ残らず覚えているし、絶対に忘れない」

キミと同じだよと再度見つめられて、ヒカルは微かに頬を染めた。

あの時と同じのんびりとした田園風景。流れる川、目に映える緑、咲き誇る濃いピンク色の花。

けれど一つだけ違う。

二人の距離だけは以前よりずっと、触れるほど近くになっていたのだった。



2015年06月27日(土) (SS)夢と睦言


ごく希に、ものすごく疲れている時などに軽く鼾をかく時があるけれど、それ以外はとても静かに眠る進藤がその夜突然大声で怒鳴った。

「絶対に渡さねーからな!」

ぼくは溜まっていたメールの返信を片付けてからベッドに入ったのでまだ熟睡にはなっておらず、うつらうつらとしていた所だったので驚いて思わず飛び起きてしまった。

「進藤?」

何事だと、てっきり何かあったのだと思ってきょろきょろ辺りを見回しても何も無い。

それどころか進藤はぼくの隣で目を閉じて眠っているのだった。

(でも表情が険しい)

暗い中目を懲らして見ると、進藤は眉を寄せ歯を食いしばっているように見える。

「進藤、進藤キミ、どうしたんだ?」

最初は具合が悪くなったのかと思い、次に悪い夢にうなされているのではないかと気がついた。

彼と暮らすようになってもう何年も経つけれど、こんな風に眠りながら怒鳴るなどということは初めてだったので本気で心配になってしまった。


「進藤っ」

ゆさゆさと揺さぶり続けていたら、「…ん」と眉間の皺が深くなり、それから進藤が目を開いた。

「塔…矢?」

「うん」

次の瞬間、もの凄い勢いで引き倒されてしまった。

「なにやってんだよ、おまえ!」

わけがわからないまま彼の胸に抱きしめられてぼくは藻掻いた。

「進藤、キミ寝ぼけているだろう、ちゃんと目を覚ませ」

「寝ぼけてるって、おれが? そもそもおまえが―」

怒りにまかせたような声が途中まで言って尻すぼみに消える。

「………あれっ」

戸惑ったような声に変わり、そして改めて胸の中のぼくをじっと見た。

「今いつ? どこ? 何時?」

「今は6月の最後の土曜日で、ここは寝室。そして時間は12時を越えたばかりだ」

沈黙が起こり、それからようやく戒めていた腕が緩んだ。

「ごめん。おれ…もしかして寝ぼけた?」

「もしかしなくても寝ぼけてる。さっきもそう言ったはずだ」

「そっか、そうだな。…良かった」

寝しなを起こされた挙げ句、いきなり狼藉を働かれた身としては『良かった』の一言では納得出来ない。

「一体どんな悪い夢を見ていたんだ」

「夢…ああ」

彼から離れ身を起こすと、進藤もまた同じように半身を起こした。

だんまりのまま時間が過ぎる。

「…なんでもない」

「なんでもない訳がないだろう。あんな大きな声で怒鳴っておいて」

「怒鳴った? おれが?」

「ああ。『絶対に渡さないからな』って―」

ぼくの言葉をみなまで聞かずに進藤はベッドの上に立てた自分の膝に顔を埋めてしまった。

「忘れて」

「は?」

「なんでもないから全部忘れて」

「忘れられるか、それにキミのせいですっかり目が覚めてしまったんだぞ」

これでは当分眠気は戻って来そうにない。その前にこの一件が気になってとても安らかに眠る気にはなれなかった。

「キミのせいだ責任を取れ」

睨み付けると暗い中でも不機嫌な雰囲気は解るのだろう、進藤はじっとぼくを見つめてから大きなため息をついて言った。

「饅頭取られた」

「何?」

「夢ん中でおまえに饅頭取られたんだよ。そんだけ!」

「しっ、失礼だなキミ」

夢とは言えぼくにそんな意地汚いことをさせるなんてと文句を言っても取り合わない。

結局進藤はそのまま再び眠ってしまった。


実は彼が見たのは饅頭を取られる夢では無くて、『ぼく』を見知らぬ男に連れ去られる夢だったと知ったのは更に数年が経った後だった。

「だったら素直に言えば良かったのに」

「言えるか! そんな恥ずかしいこと」

そして本当に恥ずかしそうに首まで真っ赤になってしまったので、その後ぼくの方からその話を蒸し返すことは二度となかった。

でもとても嬉しかったので、心の中では何回も噛みしめるようにしてその時の彼と彼の見た夢とを思い返したのだった。



2015年06月24日(水) (SS)ギリ間に合った


「…もし7時になってもおれが(起きて)来なかったら、構わずおまえ一人で行ってくれ」

前日そう言って眠ったら、塔矢は清々しくおれを置いて一人で手合いに行ったのだった。



※※※※※※※※

最初の一行は思い切り雰囲気出して読んで下さい。



2015年06月23日(火) (SS)ぐうの音も出ない

服装がだらしない。

髪に寝癖がついている。

歯は磨いたのか、朝食はちゃんと食べたのか。

トイレから出たらハンカチで手を拭け、そもそもハンカチは持っているのか。

雨の日には傘を持て、ジャンクフードばかり食べるな。

顔を見るなり塔矢はおれに注意ばかり言ってくる。


「キミ、また遅刻すれすれで手合いに来ただろう。もう少し時間に余裕を持って行動しなくちゃダメじゃないか」

「うるさいなあ、いつもそれで間に合ってるんだからいいだろう」

「今までは大丈夫でも万一電車の遅延などで間に合わなくなったらどうするんだ、あまりに非道いと不戦敗になってしまうぞ」

言うことは一々正しいんだけど、あまりに細かいので鬱陶しくなって来る。

「それからキミ、昨日は終電で帰ったらしいけれど飲むのも程ほどにしないといつか体をこわすぞ」

「あーっ、もうっ! おまえはおれのお――」

奥さんかよと言いかけて、恥ずかしくて咄嗟に言い直す。

「お、お母さんかよ」

塔矢はきょとんとした顔でおれを見つめ、それから言った。

「いや、恋人だ」

だからこそ心配して言っているのだから少しはぼくの言うことも聞いてくれと間近で真顔で説教されて、おれは何も言い返せずに、染まった頬を黙って両手で擦ったのだった。

※※※※※※※※※※※※※※

アキラにしてみれば、今更何を言っているんだという感じです。



2015年06月20日(土) (SS)ふくらすずめ


ふかふかと羽毛を膨らませた雀が気持ち良さそうに目を閉じていた。

一羽は頭、もう一羽は肩、その他に膝や膝に置かれた手の上にも何羽か乗って眠っている。

その光景を見た時アキラは一瞬呆れて、けれど次の瞬間には微笑んでしまっていた。

(よくあれで起きない)

雀達の止まり木になっているのはヒカルで、小一時間前休憩で出て行ったきり戻って来ないのでアキラが探しに来たのだが、ヒカルは隣接する公園のベンチで居眠りをしていたのだった。


「進―」

呼びかけて思い出す。

(そういえば夕べはあまり寝ていないのだっけ)

前日まで対局で関西に居たヒカルは夜遅く帰って来て、翌朝早朝この関東近郊で行われている小規模なイベントにやって来たと言っていた。

気の毒ではあるが、アキラも似たようなことがよくある。

タイトなスケジュールは下っ端故の宿命のようなものなのだ。

なのでヒカルは設営時からずっとあくびをかみ殺していたのだが、待ちわびた休憩に仮眠をとりに来たらしい。

ベンチの空いた部分に無造作に置かれている半分ほど囓った菓子パンはたぶん遅めの朝食で、けれどそれを食べきること無く眠ってしまったようだった。

(あのパンくずが雀を寄せたのか)




『進藤くん遅いねえ、アキラちょっと見て来てよ』

兄弟子である芦原に促されてアキラはやって来たのだが、見つけたものの声をかけることが出来ない。

こんなに疲れているヒカルを起こすのは可哀想だという気持ちと、そのヒカルに止まっている雀たちがあまりにも気持ち良さそうなので、それを邪魔するのが躊躇われたのだ。

植樹の下のベンチは眩しすぎない日の光に包まれて温かそうで、そよ風がヒカルの明るい色の前髪を持ち上げるように揺らして行く。

(なんて言うんだっけ)

あんな風に羽を膨らませた雀のことを確か呼ぶ名前があった。

アキラは雀まみれのヒカルを見つめながらゆっくりと記憶の底をさらい始めた。

(確か××雀って言うようなそんな名前だった)

日差しの温かさは佇むアキラの体も包む。

あるか無いかぐらいの風が本当に気持ち良くて、目の前の光景は見ているだけで胸が温かくなるようでアキラはしばし時間を忘れた。

そしてヒカルを呼びに来たという本来の目的を思い出した時には、会場を離れてから既に数十分が経っていた。




「アキラ、ミイラ取りがミイラになるって言葉は知っているよね。アキラだからぼくは進藤くんを迎えに行かせたんだよ?」

「すみません」

アキラには返す言葉も無い。

「そうだよ、お陰でおれまで怒られたじゃんか」

しかもヒカルにまで文句を言われた。

「大体どうしておまえおれを起こさなかったんだよ。居眠りしてたのはすぐに見つけたんだろう?」

「―うん」

「なのにそうしないでバカみたいに突っ立ってたってのはどーゆーことなんだよ」

「それは…」

アキラはムッとした顔で黙り込んだ。

言えるわけが無い。雀と一緒に居眠りしているヒカルの姿があまりにも平和で愛しくて起こすのが勿体無かったなどとは―。

「雀のせいだ」

「はあ?」

「とにかくキミと雀が悪い」

ヒカルには何の事やらさっぱり訳がわからなかったが、アキラは頑としてそれだけを主張し続けヒカルの苦情を一切受け付けなかったのだった。



2015年06月13日(土) (SS)雨と傘


余分な物を持つのが嫌いなくせに、ある日進藤は傘を買って来た。

しかも折りたたみでは無い、しっかりとした大きな雨傘だった。

「どういう風の吹き回しだ?」

「いや、よく考えたら今までちゃんとした傘って持って無かったからさ。お前の言う通り、天気が悪い日には持って歩くようにした方がいいと思うし」

確かに今までは間に合わせにビニール傘を買って来るくらいで、それすらも希だった。

それだったらせめて折りたたみにすればいいのにと言うと、しかつめらしい顔でこう返して来た。

「折りたたみだと、おれ絶対どっかに忘れてくるし。持って歩くならこのっくらい自己主張激しいヤツの方がいいんだよ」

確かに彼の言う通りかもしれないと一度は納得したものの、少しだけ腑に落ち無い気持ちが心の隅に残った。


それから数日後、待ってましたとばかりに朝から結構な雨降りとなった。

今日は二人共棋院なので一緒に玄関に立ち、さあ出掛けようとぼくが傘に手をかけた時だった、進藤がやんわりとそれを止めた。

「いいじゃん。おれの傘大きいし、二人で一緒に入って行こうぜ」

「いや…でも…」

「こんな天気で手荷物多いのは嫌だろ? おれはどうせデイパックで背負っちゃってるし傘持つのは苦にならないから」

帰りもたぶんほとんど同じ時間になる。行き帰り一緒なのに傘二本も持つなんて無駄だろうと言われて、変な理屈だと思いつつ、まあ確かにと彼の傘に入れて貰うことにした。

(どうせ駅までの道のりだけだし)

こんな非道い雨なのだから男二人の相合い傘でもそんなに不自然には思われないだろうという頭もあった。

そして駅まで歩いたのだが、なるほど進藤の傘は大きく二人で入っても肩がはみ出すことすら無い。柄も骨もしっかりしているので多少強い風でも大丈夫そうだった。

「これからは同じ所に行く時にはこうして一つの傘で行こうぜ」

その方が断然合理的と主張する進藤に苦笑しつつ頷く。

「うん。まあ…キミがそれでいいなら」

「いい、いい。全然いい。いいに決まってるじゃん」

進藤は嬉しそうに言うとにっこりと笑った。

以来、ぼく達は行きだけでも目的地が同じ時や、午後に雨が止むという予報の時などにはぼくが彼の傘に入れて貰い、一緒に行くようになった。

実際雨の日に傘を持たずに済むというのは楽だったし、あれ程言っても聞かなかった彼が傘を持つようになってくれたことも嬉しかった。

そこそこ良い値段がするためか置き忘れて来ることもなく、物で人は変わるものなんだなとぼくはしみじみと感心してしまった。



「―だから最近進藤は濡れ鼠になることが無いんですよ」

ところがぼくがそう言うと、兄弟子である芦原さんは不思議そうに首を傾げた。

「あれ〜? でも進藤くん、この前の日曜日、ずぶ濡れになって来たような気がするんだけど」

「え? 本当ですか?」

「うん。それにその前の金曜も、水曜の手合いも手ぶらで来て濡れてた気がするけど」

どれもぼくが遠方で対局だったり、全く違う所で仕事だったりと、居ない時ばかりだった。

「もしかして進藤くん、アキラと一緒の時だけ傘を持って来てるんじゃないの?」

「そう…かもしれませんけど…でも、どうして…」

ぼくに口うるさく言われるのが嫌で持って歩いているアピールをしたのかとも思ったが、それだったら高い傘を買う必要は無い。コンビニの安いビニール傘でも充分なのだ。

(それに進藤はそんな小細工をする質じゃないし)

今までそうだったようにぼくが幾ら言ったって、進藤は自分が嫌だと思うことは折れないし、それを姑息に隠すようなこもしないのだ。

もう少し上手に立ち回ればいいのにと思うくらい正々堂々濡れ鼠になって、ぼくのお小言を頂戴する。

(だったらどうして)

余程本人に直接聞いてみようかと思ったが、もしかしたらたまたま偶然持ち忘れてしまったのかもしれないし、そうだったら折角持つ気になったのに水を差すことになるかもしれない。

なのでしばらく様子を見ることにした。

そして―。

いかにも梅雨らしい雨降りの朝、進藤は朝食の時から上機嫌だった。

「今日も一日雨降りみたいだね」

「うん、さすが梅雨だよなー♪」

去年まではうんざりした調子で言っていたような言葉を進藤はさも良い事のように言う。

「さ、そろそろ行こうぜ♪」

出掛ける間際になって雨足は強くなって来たが、進藤は依然上機嫌のままだった。

「今日はぼくは午後から指導碁だから自分の傘を持って行くよ」

そして傘に手をかけるのに進藤が首を傾げて言う。

「でも行きは一緒だろ。だったら折りたたみにすればいいじゃん。荷物軽くて済むし、行きだけでも楽出来るし」

「でもそれじゃキミばかり大変じゃないか」

「別にー。おれはいつも軽装だし、傘一つ増えたって全然大変じゃないよ」

おまえと一緒に相合い傘で行けるなら、毎日傘差して出掛けたっていいと、たぶんそれは失言だったのだろう。進藤はあっと言ったきり後は素知らぬふりをしていた。

(なるほど)

そうだったのかとやっとぼくは理解した。

進藤はぼくと一つの傘に入りたいがためだけに持ちたくも無い大きな傘を買ったのだ。

あんなにも荷物が増えるのを嫌がったのに。

そう思ったら可笑しくて、たまらなく彼が愛しくて笑い出したくなってしまった。

でもきっとそんなことをしたら彼のプライドが傷ついて、折角買った傘を使わなくなってしまうかもしれない。

「なんだよ?」

気づいたかな? 気づかれなかったかな? とぼくの様子を覗う進藤に、ぼくは笑って返事をした。

「なんでも? そうだね、こんな雨の日に荷物が増えるのは嫌だし、キミの傘に入れて貰おうかな」

ぱあっと晴れた空のような明るい笑みが彼の顔に広がる。

「ん。そうして♪」

そしてぼくは有り難く進藤の傘に入れて貰い、仲良く相合い傘で駅に向かったのだった。


※※※※※※※※※※※※※※※
アキラと相合い傘がしたい。ただそれだけのヒカルです。
これでバレていないと思う辺りが可愛いと思います。



2015年06月06日(土) (SS)セクシーにも程がある


「お待たせっ!」

弾むようなヒカルの声に顔を上げたアキラは、ぎょっとして一瞬言葉を失った。

待ち合わせた街道沿いの大手コーヒーチェーン店。

すぐ解るようにと窓際に座ったアキラの元へヒカルは全身びっしょりと濡れた格好で近づいて来たからだ。

「キミ…」

「いやー、まいった。おまえに見せたくてチャリで来たんだけど途中で降られちゃってさあ」

「雨? こちらは降らなかったけれど」

「ゲリラ豪雨ってヤツじゃねーの? ザッと降ってぱっと止んだから」

髪からぽたぽたと滴を垂らしながらヒカルはどっかりとアキラの前の席に座り、それから改めて取り出したハンカチで頭や肩を拭き始めた。

「出ろ」

「は?」

いきなり固い声で言われてヒカルがびっくりした顔になる。

「え? だっておれ今来た所…」

「そんな濡れ鼠のような客に居られたら店が迷惑するだろう」

一応店に入る前に絞っては来たのだろうが、ヒカルのシャツは濡れて肌が透けてしまっている。

「それに店の中は結構冷房が効いているし、そんななりで居たら絶対風邪をひく」

大事な対局を控えて健康管理も出来ないのかと、にこりともしない顔で言われてヒカルは渋々立ち上がった。

「へいへい、あーあ、折角久しぶりにおまえに会えたのにこれっぽっちで終了かよ」

「誰が帰れとまで言った。ぼくも出る。すぐ側にホテルがあっただろう」

「え? うわ、珍しくがっついてんなあ、おまえそんなにおれに飢えてたん?」

現金にもにこにこと嬉しそうな顔になるヒカルを伝票を持って立ち上がったアキラの足がさり気なく蹴り飛ばした。

「誰が! さっきも言っただろう、そんななりでは風邪をひくと。家まで戻るにしても少し距離があるし、だからホテルで服を乾かすんだ」

以上、小声での会話である。

「なーんだ、つまんねーの」

露骨にがっかりした顔になったヒカルは、それでもデートが継続になったと解っていそいそと立ち上がった。

「あ、おれ奢るよ。色々予定も狂っちゃったしさ」

「いい。そんなことよりさっさと店を出て、乗って来た自転車とやらを持って来い」

「へいへい、まったく厳しいよなあ、うちの奥さんは」

「結婚もしていないし、ぼくは奥さんでも無い」

びしりと言って小突くように外へと促す。口を尖らせながらも素直に出口に歩いて行くヒカルの背中に向かってアキラはひっそりとため息をついた。

(まったく)

無自覚というのは恐ろしい。

ヒカルは今日は自転車に乗るためか、下はカーキのハーフパンツにクロックス、上は白の麻のシャツ一枚という軽装だった。

それが雨に濡れて体にぴたりと張り付いて、あまつさえ上半身は透けてしまっているのだ。

アキラがヒカルを見てぎくりとしたのはそのためだった。一瞬、半裸のように見えたのである。

ヒカルは茶化して言うことがある割に実は本当には自分の魅力を解っていない。

恋人という欲目を抜かして見ても、ヒカルはかなり上位に属する男前だった。

その男前が文字通り水滴らせながら半裸のような状態で入って来たのである。店内の女性は全てヒカルに釘付けになった。

(なのに本人にはそれが解らないのだから)

こうして歩いている今も女性達の視線がヒカルをずっと追って行く。思わず立ち上がった女性まで居て、まるで逆モーゼのような状態だった。

だからこそアキラはヒカルに『出ろ』と言ったのである。

こんな中、ヒカルをいつまでも置いてはおけないし、ましてやどこか街中に行くことも出来ない。

(一刻も早くどこかで服を乾かさなければ)

乾かして、透けて見える体を隠してしまわなければならない。

何故ならあれは自分だけのものだから―。


「おーい、早く来いよ。人のこと急かしておいておまえ遅っ」

アキラが会計を済ませていると、先に店を出ていたヒカルが焦れったそうに再び中に戻って来た。

入り口のガラスドアの向こうには、高そうなスポーツタイプの新品の自転車が見える。

「今行く。もう少しそのおもちゃと待っていろ」

「あっ、ひっでー。おもちゃってなんだよ、これはなあロード乗りならみんな一度は憧れる、イタリア製の有名ブランドのチャリなんだぞ」

「イタリア製でもなんでもキミが乗っているなら単なるおもちゃだ」

冷たく追い払うのは、せっかく散った女性の視線が再びヒカルに集中し始めたからである。

「そんなこと言うならおまえには貸してやんないぞ」

「構わない。別にぼくは興味無いから」

えー、もー、なんだようと拗ねまくるヒカルを軽くいなしてアキラは店の外へ出た。

「じゃあ行こうか」

「うん、ホテルな♪」

ハンドルを持って自転車を転がして歩くヒカルをまだ店の中から幾つかの視線が追って来る。

「まったく…」

「ん? 何?」

ヒカルはそんな状態にもアキラの眉根が寄せられている理由にも全く気がつかないようだった。

脳天気そのものの顔を思わず殴りたくなってしまう。

「なんでも無い、それよりそのおもちゃは幾らしたんだ」

「えー? 言ったらおまえ怒るし」

「怒らないから言ってみろ」

広い背中、ちょうどいい厚さの胸板、しがみつきたくなるような肩。
すんなりと伸びた背丈、形の良い手足、焼けすぎていない健康的な肌。

(こんな、中身はただの夏休みの小学生男子なのに)

無駄にセクシーな恋人を持つと苦労すると、アキラはヒカルを眺めながらひっそりと深く再びの大きなため息をついたのだった。

※※※※※※※※※※※※※※※※※※

ヒカルがもう最高にイイ男、最高の男前のイケメンという話です。

ヒカルの格好、女性には結構受けの悪いスタイルだと思いますが、ヒカルだからこそ似合ってる、セクシーなのだと思って読んでいただければ嬉しいです。

ヒカルが乗っている自転車はビアンキでしょうか。ゆるい街乗りなのでヘルメットはしません。ヒカル曰く、「あんなバナナが逆さになったようなの被りたくない」だそうです。でもグローブはしているはず。


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