休みの日はなるべくゆっくり寝かせておいてやろうと思っているのだが、さすがに昼近くになっても眠っているので起こしに行った。
「進藤、進藤」
ゆさゆさ揺さぶると呻くような声が漏れる。
「キミ、いつまで寝ているんだ。そろそろ起きないと昼になるぞ」
そして更に揺さぶるとようやく薄く目を開けた。
気持ちよく眠っていた所を起こされたのだから文句の一つや二つ言ってくるだろうと思っていたのに何故か進藤はぼくを見て、非道く嬉しそうに笑ったのだった。
「あー…悪い、おはよう。今日どこか行きたかった?」
「いや、そういうわけじゃないけれど、放っておくと一日眠っていそうだったから」
「…ん、そうだな。そうしたら一日台無しだったな」
起こしてくれてありがとうと、ふにゃっとした笑顔で言うのをじっと見る。
「何?」
「どうしてそんなに幸せそうなんだ?」
進藤はいかにも満ち足りていて、いかにも幸せそうだったからだ。
起こしておいて言うのもなんだれけれど、疲れて帰って来た翌日だ、普通もっと寝起きが悪いものではないのだろうか?
「えー? だってシアワセだから」
ふにゃふにゃとだらしない顔を枕に押しつけるようにしながら進藤が言う。
「だって休みの日にお前が起こしてくれるんだぜ?」
こんなすげえシアワセなことって無いじゃんかと言われてぼくは言葉に詰まってしまった。
「…そんなことを言ったって別に何も出ないぞ」
「そんなんじゃねーよ、本当に本気でそう思っただけ」
そしてそれを証明するかのようにいつまでも満ち足りた猫のように幸せそうにぼくのことを見つめ続けるので、ぼくは恥ずかしさに耐えきれず、折角起こした彼を再び布団の中に埋めるはめになったのだった。
| 2015年05月10日(日) |
(SS)12回目はきっと無い |
不機嫌な顔で帰って来た進藤はぼくの顔を見るなり、突っかかるように言った。
「向こうが先に手ぇ出して来たんだよ」
左目の下に痣、額にも痣。唇の端が切れていて他にも幾つか細かい傷がついている。
「大体おれ、そっちを見もしていないのにガン飛ばしただのなんだの難癖つけて来やがって」
靴を蹴り飛ばすようにして脱いで上がり、そのままキッチンに行くとコップに水を注いで一気に飲んだ。
「生意気な顔だの、腹で笑ってるんだろうだの、どんだけ被害妄想なんだよ。自意識過剰にも程があるだろっての!」
そして椅子を引くとどかっと音をたてて座った。
ぼくは従者宜しく後をついて歩いて来たのだけれど、彼が座ったのを見てリビングから救急箱を持って来た。
「普通どんなにムカついたからっていきなり殴って来るか? 仲間と一緒だからって粋がりやがって」
腹立ちが収まらないらしく、進藤は尖った口調で吐き出すように言う。
「三対一だぞ、三対一。卑怯だとか思わないのかよ」
「三対一だったのか」
「え……うん」
それまで黙っていたぼくが急に尋ねたので、進藤は勢いを削がれたような顔になった。
「それで囲んで来るんだぞ、終いにはナイフまで出して来るし」
「相手はナイフを持っていたのか」
「あ、えーと…うん」
ぼくは綿に消毒液を浸した物で彼の顔の傷を拭った。
「痛っ」
「少し染みるかもしれないけれど我慢しろ」
目の下は痣だけでなく、よく見ると擦り傷もついている。こめかみや耳や、至る所についた傷を一つ一つ綺麗にして行く。
「とにかく! おれは悪くない!」
「うん」
大きな傷には絆創膏を貼って、それから促して手の傷も見る。大きなものは無いけれど、腕や手に切り傷が幾つかあって、なるほどもし万一のことがあったならこれが所謂防衛創というものになるのだろうなと思った。
「悪く無いったら悪く無いんだからな!」
「うん」
和谷くん達と飲みに行った進藤は、その帰りに駅で酔っぱらいに絡まれて喧嘩になり、相手共々交番に連れて行かれたのだった。
目撃者が多数居たおかげで明らかに向こうに非があることが分かり、進藤には何のお咎めも無かったが、警察からの電話を受けた時ぼくの心臓が凍り付いたようになったのは確かだった。
「おれは―」
「わかっているよ」
黙々と手当を続けるうちに鼻息荒かった進藤が徐々に大人しくなって行く。
「あのさ」
沈黙が続いた後で、落ち着き無く視線を彷徨わせてから進藤が口を開いた。
「何?」
「なんで怒らねーの?」
「怒って欲しいのか?」
尋ね返すと拗ねたように口を尖らせる。
「そういうわけじゃないけど、おまえいつも怒るじゃん。おれが悪い時でもそうじゃない時でも、10回こういうことがあれば必ず10回怒るじゃんか! なのになんで今日は怒らないんだよ」
のっけから突っかかるような口調と態度だったのは、ぼくに怒られることを予想して先手を打ったつもりだったようだ。
「もしかしておれに愛想が尽きた?」
「いや」
「何度言っても言うことを聞かないおれとはもう口も聞きたく無い?」
「まさか」
さっきからこうして喋っているじゃないかと言ったら進藤は黙り、けれどすぐに不満そうな顔で口を開いた。
「でも怒らないじゃん」
「だからなんでそう怒られたがるんだ」
ちょうど右手の傷に絆創膏を貼り終えた所だったので、そのまま手を止めて彼の顔を見る。
「確かにぼくは10回に10回は怒って来たよね」
「ああ」
「キミは無鉄砲だし、自分の腕っ節を過信しているような所もあるし」
「そんなことねえよ!」
「ある。本音を言えば喧嘩を楽しんでいるような所も多分ちょっとはあるんじゃないのかな」
「それは―」
無いときっぱり言えない所がぼくのため息を誘う所なのだ。
「でもそれが悪いということもキミはちゃんと分かっている。ぼくが死ぬ程心配するということもたぶん分かっているんだと思う」
「おうよ」
「それでもこんなことになってしまうのは不慮の事故というか、キミ自身にもどうにもならないことだってあるんだろう。だから…」
「だから?」
「10と1回目は怒らないことにしたんだ」
黙ったまま進藤が目だけを見開くのが見える。
「どうした? もしかして物足りないのか?」
「え? やっ、そっ、そんなことねーよ! 怒られて嬉しかったらおれ変態みたいじゃねーか」
「そうだね」
「そうだねって」
「大体、ぼくだって好きで怒っているわけじゃないんだ。キミが怒られるのが好きなわけではないようにね」
ただ心配なだけ。いつかもし、最悪の結果になったとしたらと考えただけでも目の前が暗くなり膝が崩れるような気持ちになる。
それでも、言葉で伝えてもそれが進藤に本当に伝わることは無いんだろう。
「これだけは覚えておいてくれないか。例え不慮でも、キミの意志でも、キミが死んだらぼくも死ぬ」
それだけはくれぐれも肝に銘じておいてくれと言ったら進藤は非道く驚いた顔をして、それからふいに情けない顔になった。
「なんだよそれ、卑怯」
「別に卑怯じゃない。事実を伝えているだけだ」
そうして息を吐いてから改めて傷の手当てを続けようと手を伸ばしたら、進藤はぼくの手を握り取り、それから深く俯いて、「ごめん」と喧嘩したことを初めてぼくに謝ったのだった。
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ヒカルは結構絡まれ度が高いと思います。前髪アレだし男前だし。 そして加賀仕込みで喧嘩も強いのでアキラの心配は尽きないわけです。
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