塔矢の偉い所はおれとマジな喧嘩をしてどんなにおれにムカついていてもおれに技をかけないことだと思う。
何日も口をきかないような時でも、おれが触れる時に体に力を入れるようなことが無い。
愛されているんだなあとしみじみ感動していたのだが、ある時そう言ったら真顔で「当たり前だ」と言われてしまった。
「え? でもつい反射的にやりそうになったりするもんじゃねーの?」
腹を立てている時なら尚更だ。
「努力しているんだ。意識が無いような時でも絶対にキミに対しては無抵抗でいるって」
自己暗示のように日々己に言い聞かせているらしい。
「や、嬉しいけど別にそこまで徹底しなくても。おれだってそんなにやわじゃないしさ」
「昔、緒方さんの肩を外したことがある」
ぽつりと言われてぎょっとした。
「は? え?」
「まだ子どもだった頃に、非道く大人げない勝ち方をされて腹が立ったんだろうね。自分ではそんなつもりは無かったんだけど、うたた寝をしている所を起こしてくれたのに反射的に技をかけてしまって…」
途中で正気に戻ったけれど時既に遅し、緒方先生は肩を押さえながら床に這いつくばることになったのだという。
「あれ以来、緒方さんは絶対にぼくの寝起きには近づかなくなったね」
だから万一にでもキミにそんなことをしたくなくて必死で頑張っているんだよと言われ、おれは塔矢の愛の深さに改めて感動しながらも心底ぞっとしたのだった。
お屋敷町に住んでいること、父親が有名人だということ、そして外見が女の子のようだったということで、塔矢は子どもの頃護身術を習わされていたらしい。
「まあ、護身術って言っても本当に基礎で、咄嗟の時に逃げられるぐらいのことしか習っていないんだけど」
それでもやる気になれば簡単な関節技もかけられるらしい。
何かの折にふと思い出したように塔矢が言って、おれは少し驚いたけれどなるほどなあと納得もした。
こいつのような環境で身を守る術を持たなかったら、本気で命が危ういかもしれないのだ。
そしてそれ以来、おれはふとした時にそのことを思い出す。
「…なんだ?」
手首を握ったまま間近で顔を見つめていたら、塔矢は不快そうに眉を顰めた。
「いや、キレイだなあって」
「くだらない。そんなことでいつまでも見られていたら気持ちが萎えるじゃないか。するならするでさっさとしてくれ」
「っておまえ、もうちょっとマシな言い方は無いのかよ。相変わらず情緒もへったくれもないっていうか」
おれの言葉に塔矢は不機嫌そうな声のままで突き放すように言った。
「キミ相手に? 今更へったくれもクソも無いだろうが」
「言ったなあ!」
それからは本気を出して愛撫したので、塔矢はもう生意気な口はきけなくなった。
なんだかんだ言って非道く感じやすい質なので、触れているとあっという間に息が荒く乱れてしまうのだ。
「進―」
「ん、何?」
まだ幾分余裕のあるおれは汗の浮いた塔矢の額にキスをしてやった。
「焦らさないでくれ―辛い」
「うん、でもおまえ我慢してると可愛いからさあ」
あちこち触りに触りまくって敏感になった塔矢の肌は、今や指一本で軽く撫でただけでもイキそうなくらい仰け反ってしまう。
「頼む…から、しん」
どうまで言えなくてぎゅっと目を瞑ってしまった。
「そうやってるおまえ、すげえ色っぽい。すげえキレイで見てるだけでクる」
「バ」
罵りたいだろうに口を開くと喘ぎ越えになってしまうので塔矢は唇も強く噛みしめた。
ああ、本当にこいつ、なんてエロくて可愛いんだろう。
そう思いながら押さえつけている体を見ていると、今更ながらに己の幸福を思わずにはいられない。
だって本当は塔矢はおれの腕なんて簡単に外してしまえるのだから。
護身術を習ったというだけでなく、そもそもが男同士なのだから、本気で抗われてしまったら、いくらおれでも塔矢を抱くことなんか出来るはずがない。
でも塔矢は最初から抵抗しなかった。おれの望むままに抱かせてくれたのだった。
(あの時は嬉しかった)
半殺し覚悟で押し倒したおれをじっとその大きな目で見つめてから、諦めたように目を閉じた。
掌の下で塔矢が体の力を抜いたのを感じた時、どれだけおれが安堵し、どれだけ嬉しく思ったか。
「…好き、大好き」
苦しそうな耳元にそっと愛情を込めてささやいてやる。
「おまえのこと、心から愛してる」
「―さい、さっさと」
相変わらず可愛げのない返答だけれど、それでも塔矢はされるまま挿って行くおれを肌を細かく震わせながら受け入れてくれる。
火照って桜色に染まった肌が美しい。
「塔矢」
おれを拒まないでくれてありがとう。
おれに触れることを許してくれてありがとうと声には出さず心の中だけで感謝する。
大好きで、大好きで、大好きで、大好きで、でも塔矢もまたおれを好きでいてくれなければ一生こんなふうにはなれなかった。
抵抗出来るのに抵抗しない。
そんな愛の形を噛みしめながら、おれはさらに深く塔矢の中へ己を根元まで差し込んだのだった。
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