SS‐DIARY

2014年08月28日(木) (SS)褒め殺し


飲み会でたまたま進藤の隣の席になった。

進藤は苦手なのだが一度座ってしまったものをわざわざ立つのも憚られ、仕方無く反対隣に居た本田さんの方を向いて飲んでいた。

どれくらい経った頃だろう、唐突に進藤の声に言われた。

「越智、おまえって意外にキレーな肌してんのな」

「はぁっ? いきなりなんなんですか!」

振り返ると進藤はとろんとした顔で早々に機嫌良く酔っぱらっていた。

「いや、今ちょっと見てたらさあ、首筋とか結構キレーでやんのって思ってさ」

「別に…インドア派だから日に焼けて無いだけですよ」

酔っぱらいの相手はしたく無い。大体首筋が綺麗って言うのは何なんだ。男が首筋が綺麗でも何も良いことは無いでは無いかとムッとして本田さんと話の続きをしようとしたらぐいっと向き直されてしまった。

「いーや、きめも細かいしキレーだって! そういやおまえ髪もサラッサラでキレーじゃん。目はまあちっちゃいけど可愛いって言えば可愛いし」

「はぁぁぁ?」

「うん、越智は可愛い。小さいし、ほっそいし、なんかこう小動物系って言うか」

進藤は飲みかけのビールのジョッキを揺らしながらにこにこと機嫌良く言葉を並べて行く。

「マニア向けって言うの? 知ってるヤツは知ってる可愛さって言うかぁ」

通好みってヤツだなと進藤は一人で悦に入って頷いている。

「放っておいて下さい。そう言うことはと―――」

塔矢にでも言えばいいでしょうと言いかけた時、遠くの席から正にその塔矢がこちらをじっと見つめているのに気がついた。

「ん? なんだ? 隣にトトロでもいたか?」

進藤はまったく気がついていないようで脳天気に笑っているがぼくは生きた心地がしなかった。

何故ならば塔矢の目は暗殺者のように鋭く、全身からは殺気が漂っていたからだ。

(殺される)

このままここに居て進藤のバカ話を聞き続けていたら殺されると思うのに進藤は話を止める気配が無い。

「でさー、よくよく見てみたらおまえって指も結構長いのな。爪もキレーな形してるし指毛も全然生えて無いし」

「…すみません、ちょっと電話をかけなくちゃいけないので」

塔矢の射るような視線に耐えられず半ば強引に席を立とうとしたら、進藤はぼくの腕をがっしりと掴んでにっこりと笑った。

「ダーメ♪ まだ話の途中じゃん。これからおまえの足とか腰とか引き締まったケツのこととか語ろうと思ってんのに」

そう言えばおまえって典型的なツンデレ眼鏡ってヤツだよなぁと進藤に上機嫌で言われながら、ぼくは痛い程の塔矢の視線を背中に感じ、なんとなくヒグマの前で立ちすくむ野ウサギの気持ちを考えていた。 


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本田さんはとっくの昔に逃げています。ヒカルは単なる酔っぱらいで酔うと誰彼構わず褒めまくります。人呼んで『進藤の褒め殺し』。まさしく『褒め(ヒカルが)』て、『殺す(アキラが)』わけです。恐ろしい。



2014年08月09日(土) (SS)酒は飲んでも2


最初はただひたすらに腹立たしかった。

『なあ、本当はおれのことなんて好きじゃないんじゃねーの?』

恋人であり一緒に生活しているヒカルが、酔うとアキラに絡んでくるからだ。

『怒らないから言ってみ? おれとこうなったの後悔してんだろ?』
『しているわけが無いだろう』
『じゃあおれのこと愛してる?』

塔矢センセーよりも、緒方センセーよりも、芦原さんよりも? と宥めても更にしつこく尋ねてくるので閉口した。

それは決まって度を超して飲んで来た時で、意識のあるような酔い方の時にはそんなことは無い。

『いい加減にしろ! 好きでも無いのに一緒に暮らすわけが無いだろう』

あまりにしつこいので切れて大げんかになったことも何度もある。

けれど呆れたことに目覚めたヒカルはいつも何も覚えていなかった。

ムッとした顔のアキラに不思議そうにするばかりで自分が何を言ったのか、ケンカしたことすらも記憶に無いようなのだった。

(酔っぱらいなんだから仕方無いのかもしれないけれど)

そんなに不満があるのかと悲しくなるし、それに一々感情を乱される自分にも情けなくなる。

自分以外にもそういう絡み方をしているのだろうかと、一番よく飲みに行く和谷に尋ねてみたこともあった。

『え? 進藤? 別に癖の悪い酒じゃないぜ?』

むしろ明るく楽しい酒だと聞かされてアキラは非道く複雑な気持ちになってしまった。

(なんでぼくだけ)

釈然としないものを覚えながらも日々を過ごしていたアキラはある時ふいに気がついた。

(不満なんじゃ無い。進藤は不安なんだ)



その日もヒカルは酔っていた。酔ってどこかの道ばたからアキラに電話をかけて来たのだった。

『あ、とーや? おれおれ〜♪』

出だしは明るかったが後はいつもと一緒だ。

『なあ、おれのこと好き? どんな所が好きなんだよ』

適当に相手をしていたが、アソコの大きさがどうとかテクニックがどうとか下ネタに話が及ぶに至り、アキラはほとほと酔っぱらいの相手が嫌になってしまった。

「碁」

ぴたりとヒカルの戯れ言が止まった。

「キミを気に入っているのは碁の才能だよ」

後は別にどうでもいいと思っていると突き放すように言ったら気味が悪いくらい黙り込まれてしまった。

「進藤?」

思いがけない反応に決まり悪くアキラが声をかけると、ヒカルはさっきまでの酔っぱらい口調が嘘のように非道く苦い声でぽつりと言ったのだった。

『…やっぱり、そうかあ』

そしてそのまま電話は切れて、何度かけ直しても繋がらなかった。メールを送っても返事も無い。

アキラは心配でヒカルが帰って来るまで生きた心地がしなかった。

一時間程後に帰って来たヒカルは半分眠っているような状態で、でも顔にははっきりと泣いた跡が残っていた。

(そうか)

そうだったのかと、アキラはこの時になってやっとヒカルの絡んで来る意味を理解した。

自分はあまり感情表現や愛情表現が豊かな方では無い。つきあい始めたのも働きかけはヒカルの方からだったし、だからヒカルはずっと不安だったのではないか。

「…バカだなあ、碁の才能だけで好きになるわけが無いのに」

ヒカルはアキラにとっていつだって特別だった。

出会った最初から今に至るまで他の誰も取って代わることが出来ないくらい、無くてはならない存在なのだ。

碁は確かに欠くことが出来ないヒカルの要素の一つではあるが、飾らずに言えばアキラはヒカルの顔も声も姿も好きだし、物の考え方や怒り方も好きだった。

自分を抱く時の荒々しさも愛していたし、だらしなくソファで昼寝している時のしまりの無い顔までも好きだった。

要はヒカルならなんでも良い。それくらい好きだったのだ。

なのにそれが肝心のヒカルには全く通じていなかった。これは恋人としてのアキラの落ち度である。

何故ならヒカルはアキラを愛していると伝えることに出し惜しみをせず、アキラはそれにずっと心地良く包まれて不安を感じることなど無かったからだ。

「…ごめんね」

涙の跡を指で撫でながらアキラは意識の無いヒカルに何度も謝った。

「キミをこんなにも不安にさせてしまって悪かった」

もう二度とこんな悲しい気持ちにはさせないからと、以後その誓い通りアキラはヒカルが酔って絡んで来ても邪険に扱うことをしなくなった。

『おれのことホントに愛してんのかよ』

以前ならムッとしたような言葉にも今は愛情しか沸き上がらない。

「愛しているよ、大丈夫。キミだけを愛しているから」
『そんな口先だけで信用出来るかよ』

ヒカルはしつこい。でもそれが不安の裏返しなのだと思うと腹も立たない。

「言葉だけで信用出来ないなら体でそれを証明するよ」

だから早く帰っておいでと優しく返すと電話の場合はすぐに切れる。それは以前のように怒って叩き切るのでは無く、本当にアキラの元に駆けつけて来るために早々に切るのだ。

小さな子どもを相手するようにアキラは一晩中ヒカルの頭を撫でていてやったこともある。

そんなことを続ける内にヒカルも落ち着いて来たのか酔った時の絡みは随分減った。

それでもたまに思い出したように絡んで来ることがある。

『あ、塔矢? おれおれ』

なあおれのこと愛してるって言ってと久しぶりに電話で絡まれてアキラは思わず微笑んでしまった。

「キミ、酔っぱらっているんだね。そういえば和谷くんと飲むって言っていたものね」

大丈夫だよ、愛しているよ、心からキミのことだけを愛しているからと本当はもっと言葉を尽くして言ってやりたかったが、たまたま居たのが他人の家でしかも家主に呼ばれてしまったので切り上げざるを得なかった。

「ごめん呼ばれてしまったから切るね。でも足りないようなら帰ってから幾らでも言ってあげるから安心して飲むといいよ」

ヒカルは何も言わなかった。でもきっと伝わっただろうと思う。

(さて)

携帯をスーツのポケットに仕舞うと、アキラは先ほどまで居た客間に戻って行った。

「すみません、お待たせしてしまって」

待っていた人々に頭を下げて、打っていた途中の盤の前に座る。

かなり面白い展開になっていたのだが、アキラの耳にはまだヒカルの甘え声が残っていた。

(帰ったら今日はどんな風に甘やかしてあげようか)

目はしっかりと盤上を見据えながら、けれどアキラの口元は自分では気がつかないままに、幸せそうに笑っていた。


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「酒は飲んでも」の続きです。アキラ視点の話になります。

アキラがずっとヒカルにsaiのことを聞けないように、ヒカルもまたアキラに聞けないことがあるんですよ。



2014年08月03日(日) (SS)酒は飲んでも


酔いもさんざん回った所で、和谷がヒカルにこう言った。


「おまえさあ、今から塔矢に電話して愛してるって言わせろよ」

「はぁ? 頭煮えてんの? おまえ」

「いーじゃん、いーじゃん。それとも何? いつもあんだけ惚気ておいてそんくらいも言って貰えないわけ?」

「んなわけ無いだろ、おれが頼んだら一発で言ってくれるよ」

「ほー、言ったな! だったらすぐかけろ、今すぐ言わせろ」


もし言って貰えなかったらおまえのG-SHOCK(時計、高い)コレクションを貰うからなと言われてはヒカルも引けない。


「おう、絶対言わせちゃるよ! その代わりもし塔矢がおれに愛してるって言ったらおれはおまえにルイガノ(ロードバイク、高い)のニューモデル買って貰うからな」

「ああ。だけど塔矢が言ったらだからな」

「言うって、言わないわけねーだろが!」


そのままの勢いでヒカルはスマホを取り出すとアキラに電話をかけ始めた。


「あ、塔矢? おれおれ」


おれおれ詐欺かよと脇で和谷にからかわれながらヒカルは電話を続ける。


「今どこいんの? え? ああ、芹沢センセーん所? そういやそんなこと言ってたっけ。うん、うん、それでさー、おれのこと愛してるって言ってくれる?」


あまりにも唐突な言葉にアキラがどう反応するだろうかと実はヒカルは内心ではひやひやしていた。

通常のアキラならこんな時「何をバカな」と冷たく突っぱねてしまうはずで、でもそれをやられると自分は自慢の時計コレクションを無くしてしまう。

何より、塔矢はおれにベタ惚れなんだからと本人の居ない所で言いふらしていたのが嘘だと和谷に思われてしまう。それは何とも悔しかった。


「なー、おれのこと愛してるって言ってくれよ」


いつ雷が落ちるだろうかと思いつつ、それでも必死にアキラにねだると電話の向こうでアキラはしばらく黙ってからクスっと笑った。


『キミ、酔っぱらっているんだね』

「よっ、酔ってなんかいねーよ」

『いや、いいよ。そう言えば和谷くんと飲むって言っていたものね』


バカな賭けがバレてしまったかとドキリとしたヒカルの耳にアキラのこれ以上無い程優しい声が響いた。


『愛しているよ』


それはぴったり張り付くようにして聞いていた和谷の耳にも届いた。


『キミは酔うといつも甘えん坊になるよね』


起きると覚えていないみたいだけれどと思いがけない話の運びにヒカルの目がまん丸になる。


『大丈夫だよ、心配しなくてもキミだけを心から愛しているから』


そう続けるアキラの声に塔矢くんと呼ぶ声が重なった。


『あ、ごめん。呼ばれてしまったからもう切るよ? もし足りないようなら帰ってからまた幾らでも言ってあげるから』


だから安心してゆっくり飲むといいと最後までアキラの声は優しかった。



「えーと、あの…」


電話が切れた後、しばらくの間ヒカルも和谷もどちらも口をきかなかった。

気まずい沈黙を破ったのは和谷の方で、すっかり酔いの覚めた顔でヒカルに言う。


「驚いたな。言ったな、塔矢」


ヒカルはスマホを握りしめたまま黙りこくっている。


「取りあえず賭けはおまえの勝ちってことで」


それでも黙っているヒカルに、和谷はまたしばらく沈黙した後でふいにぼそっと言った。


「…おまえ、酔うと甘え癖があんのか」

「ロードバイクいらねーから!」


その言葉をかき消すようにヒカルが大声で言う。


「G-SHOCKのコレクションもみんなおまえにやる!」


だから頼むから当分喋らないでくれないかと鬼気迫る顔でヒカルに言われた和谷は気圧されたように黙り、男二人の飲み会はお通夜のような風情になった。


(一体おれ…)


酔った時にあいつに何を口走っているのだろうかと考えたヒカルは、あまりの恐ろしさに生きていけなくなりそうになり、もう二度と深酒はすまいと誓ったのだった。


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この場合の被害者は和谷くんです。
惚気のカウンターパンチをくらったようなもんですから。
悪い夢を見るかもです。


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