SS‐DIARY

2014年07月25日(金) (SS)目の毒とやり場


半袖のシャツをもう少し買おうと進藤と二人で駅ビルに行った。

折角来たのだからゆっくりと各フロアを眺めながら降りて来ようと最上階まで行く途中、エスカレーターの数段前に年若いカップルが居るのに気がついた。

「―――だろ?」
「えー? やだあ」

年はまだ14、5才だろうか。男の方は女の肩にしっかりと腕を回し、半ば抱き寄せるようにしてずっと何やらいちゃついている。

「ふふっ」
「って、ばぁか」

最初はそれ程でも無かったのが、階が上がり人が少なくなるに連れてどんどんと密着率が高くなる。

「きゃっ」

女の軽い悲鳴に反射的に目を上げると、どうやら無理矢理キスしているらしくもつれたようになっている。

しかし女の方も嫌がっているというわけでは無いらしい。時折漏れる声は嬉しそうに笑っていた。


(まいったな)

人が何をしていようと関係無いと思っているけれど、こんなに近い距離で色々されると嫌でも目に入ってしまう。

視線に気がつくと男の方は威嚇するように睨みつけて来て、でも本当は見せつけたいらしく、見ないで居ると益々大胆なことを女の方にするようになる。

もう目的階で無いけれど降りてしまおうかと思った時に、二人の方がエスカレーターから去って行った。

心底ほっとして隣に居る進藤に話しかける。

「ああいうの…目のやり場に困るね」

てっきり同意して貰えるものと思ったのにその瞬間進藤はびっくりしたような声を上げた。

「えっ、そうだった? 」

しまった。あれは一般的には許容範囲内でぼくが潔癖症過ぎるのかと反省しかけた時、進藤が続けて言った。

「悪ぃ、ごめん! おれ、おまえの顔しか見て無かったから周りに誰かいたとかどうとかわかんなかった」

カーッと首筋から熱くなって行くのが自分で解る。

言葉通り、進藤の視線がしっかりとぼくを絡め取っていることが解ったからだ。

もしかしなくてもぼく達は、直接触れていないというだけで、あのカップルと大差ない暑苦しさだったのかもしれなかった。


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エスカレーター。沢山人が乗っている時はアキラを前にしてヒカルが後ろ。何故なら前に立ってしまうとアキラが見えなくなってしまうから。
空いて来たら堂々隣に立ちます。

ちなみに街中とかを歩いている時はヒカルがやや先を歩く感じ。引っ張って行くイメージです。



2014年07月21日(月) (SS)鈍色の海


海の日だから海が見たい。

そんな理由で引きずって行かれたのはお台場近くの海だった。

遠くにはネズミの国やら海浜公園の巨大観覧車も見える、そんな場所だった。

「…で、満足したのか? ご希望の海だけど」

「うーん、まあ一応」

埋め立て地の公園から見える海は、鈍色で青くは無いけれどそれなりに美しい。

ヨットの白い帆が翻るのが鮮やかだったし、波を切り裂いて行くモーターボートの姿は目に心地良い。

「でもやっぱ、なんか違うよなあ」

自分でここに連れて来たくせに進藤は微妙な顔をしてぼくに肩をすくめてみせた。

「だったらもっと早起きして千葉でも茨城でも湘南でも泳げるような所に行けば良かったじゃないか」

「それはそうなんだけどさ、そこまで気合い入れるのもなんか違うって言うか」

日の当たる海辺のベンチで二人並んで座ってペットボトルのお茶を飲む。

進藤はいつも炭酸飲料を好んで飲むがあまりに暑いと人は甘みの無いものを欲しくなるようだった。

「んー、なんか上手く言えないんだけど、夕べおまえと目一杯えっちして、それでごろごろ朝方までベッドで過ごして、それからじゃあ行くかで行けるような海に来たかったって言うか」

「なんだそれは」

我が儘だなと思う。

世間一般は夏休みに入ったようだったけれど、ぼく達には当然そんなものは無くて、お盆休みというものも無い。

棋戦とイベントの合間に辛うじて一日二日休日があるくらいで、だから行きたくても遠くの海までは行けないのだ。

「それでもなんか海が見たかったんだよな」

夏だしという言葉に小さく笑う。

確かにもう七月も後半だし、日差しは焼け付くように暑い。気がつけば蝉も鳴き出しているし、今満喫しなければいつの間にか夏が通り過ぎてしまうような気がするのだ。

「いいじゃないか、この海でも。海は海だし、防波堤の向こうではあんなにたくさんの人が釣りをしているし」

自分達がその景色に混ざらなくても充分に夏の海を満喫していると思うのだ。

「防波堤の上でもゆっくりと歩いて散歩して、それから何か夏らしい物でも食べに行こうか」

「かき氷とか?」

「ホットドッグの屋台も向こうにあったよ」

それで足りないならお台場に場所を移してちゃんとした物を食べてもいい。

「そうだなあ、折角来たんだしもっと夏を攻めないとダメだよなあ」

うんと伸びをして進藤はベンチから立ち上がるとぼくに向かって手を差し出した。

「何?」

「何って、散歩するんだろう。手ぇ繋いで防波堤の上をのんびり海でも眺めながら歩いて」

「手を繋いでなんて言った覚えは無いけれど」

「いいじゃん、夏だし」

みんなあっちこっちでいちゃこらしているんだからと進藤が言った丁度その時に目の前のサイクリングロードを二人乗り自転車に乗ったカップルが走って行った。

はしゃいだその声に思わず苦笑のように笑ってしまう。

「そうだね、夏だし」

少しくらいバカなことをしても構わないだろうと差し出された手に自分の手を重ねてぼくもまたベンチから立ち上がった。


焦げ付くような日差しの下、一メートルほどの幅の防波堤の上を二人で歩く。

遠く見える水平線の先に思いを馳せながら、しっかりと繋いだ手はすぐにじんわりと汗をかいた。

でも離さない。

青くも無く、泳ぐことも出来ない東京湾の海。今居る公園もゴミを埋め立てて出来た偽りの島だけれど、でもそれでいいと思った。

その方がきっとぼく達にはよく似合っていると思いながら、ぼくは少し先を歩く進藤の背中を愛おしく見つめたのだった。



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ということで、海の日SSです。



2014年07月15日(火) (SS)アナログ


「手紙が欲しいな」

棋院からの帰り道、唐突にぽつりとアキラに言われてヒカルは思わず聞き返した。

「手紙? なんで?」

「そういえばキミからメールを貰ったことはあっても手紙を貰ったことは無いなと思って」「年賀状出してんじゃん」

「ああいう時候の挨拶みたいな物じゃなくてキミの気持ちが書いてある物が欲しい」

「気持ちって…」

最初意味が解らなくてぽかんとした顔をしていたヒカルは、やがてアキラの言わんとしていることに気がついて体が熱くなるのを感じた。

「え? それって、えーと」

ラブレターとは、いくらなんでも恥ずかしすぎて言えない。

アキラもまた言い出しておいてはっきり口にすることは出来ないらしくそれ以上は言わなかった。

「無理ならいい」

「でも欲しいんだろ」

「そうだね。何か…形があるものが一つくらいあってもいいかなと思ったから」

恋人同士になってもう何年も経つけれど、そういえばその証しとなるようなものは何一つ無かった。

ヒカルとしてはいつか指輪くらいはと思っていたが、アキラはもっと単純で、でもヒカルから自分への『気持ち』が解りやすく籠もっている物を欲しがっていたらしい。

「…いいよ。書くよ」

「本当に?」

「その代わり文句言うなよ。おれは字は下手だし文章書くの得意じゃないから」

絶対に長くは書けないし、もしかしたら漢字の間違いがあるかもしれない。

それでも文句を言うなよとヒカルは拗ねた子どものように何度も繰り返してアキラに言った。

「構わない。楽しみに待っているよ」


そして数日後、ヒカルはアキラに一通の手紙を手渡した。

「もう無理、これが精一杯」

怒ったようにアキラに言うと絶対に家に帰ってから見ろよと念を押して去って行った。

アキラは最初ヒカルの言った通り家に帰ってから見るつもりで居た。

けれどどうしても何が書かれているのか気になって、ヒカルの姿が消えるや否や人気の無い棋院の階段に移動してそっと封筒を開けてしまった。

ヒカルらしい勢いのある字で宛名の書かれた真っ白い封筒の中には、これもまた同じく目の覚めるような白い便せんが一枚納められていた。

それに右肩上がりでひとこと。

『好き』

呆気無い程の短い言葉はよく見ると線がぶつぶつと途切れている。

何故だろうと思いながらよくよく便せんを見つめたアキラは無数の消し跡に気がついた。

恐らく何度も書いては消してを繰り返したのだろう、紙が毛羽立ちくっきりと跡が残ってしまっているのである。

線の途切れはそれに文字が当たったからだった。

実際ヒカルは文を書くのが苦手だった。はっきり嫌いだと公言している程で、頼まれた雑誌や新聞のコメントなどはいつもしかめっ面で締め切りを相当過ぎてから出していた。

(ものすごく苦労して書いてくれたんだろうな)

気まぐれに付き合わせてしまったことをアキラは申し訳無く思ったけれど、ヒカルの気持ちが素直に嬉しかった。

予想していた以上の物を貰ってしまったと胸の奥底が熱くなった。

「…ありがとう」

ぽつりと呟いた時、気配がしてアキラは顔を上げた。

去って行ったはずのヒカルがそこに居て、手紙を読んでいる自分を心配そうにじっと見つめていたのだった。

「ばっ」

視線に気がついたヒカルが一気に顔を赤くする。

「バカ、嘘つき、卑怯もん! 言った側から約束破ってんじゃねーよ」

おれは家に帰ってから読めって言っただろうとびっくりするほど大きな声で怒鳴って逃げるように駆けて行ってしまった。

「…進藤」

アキラがヒカルの言葉を家まで我慢出来なかったように、ヒカルもまた自分の書いた手紙にアキラがどう反応するのか確かめずにはいられなかったのだ。

「あ、ごめん――」

反射的に言いかけたアキラは手の中にあるヒカルの手紙を見て表情を引き締めた。

(ごめんじゃないよね)

こんな素晴らしい物を貰ったのにそれに返す言葉が謝罪ではならない。

アキラは同等の物を返すために深呼吸を一つすると改めてヒカルを追いかけたのだった。

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よくあるような話ですみません。『愛してる』とは書けないんですよね。恥ずかしくて。『お前が』も恥ずかしくてつけられない。あれがヒカルの精一杯です。


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