SS‐DIARY

2014年05月28日(水) (SS)微乳と巨乳の間のその後


ん…と眉根を寄せてからアキラがぽつりと名を呼んだ。

「進藤」

その時室内には和谷や伊角や越智達が居て、けれど肝心のヒカルだけが居なかった。


「おい、塔矢なんか言ってるぜ」

「進藤を呼んでいるんですよ。寝言ですから放っておけばいいでしょう」

越智が素っ気無く言ったのは、アキラが随分前から酔いつぶれて眠ってしまっていたからだった。

叩いてもゆすっても起きないので、仕方無くヒカルはアキラを連れ帰るためにタクシーを呼びに大通りまで行っていたのだ。


「…進藤」

しかしアキラは尚もヒカルを呼び続ける。

「どうする? 居ないって言えば寝てても通じるかな」

「いや、その前に寝言に返事をしてはいけないって言わないか」

「なんでだよ」

「いや、寝言に返事をすると死ぬとか死なないとか」

「はあ?」

ぼそぼそと話している間にもアキラは返事が無いのが不満なのか再びヒカルの名を呼び始めている。

「進藤…進藤」

おいどうするよ、いやどうせすぐに進藤が戻って来るんだから放っておけ等々、皆が困っていると、ちらりとアキラを見た本田がひいっと悲鳴のような声をあげた。

「なんだよ本田さん」

「泣いてる! 塔矢が泣いてる!」

驚いて見てみると、返事が無いことで悪い夢でも見ているのか、寝たままアキラがぽろぽろ涙を流しているのだった。

「和谷、おまえなんとかしろ」

「って、なんでおれ」

「おまえこの研究会の責任者だろ。だったらおまえがどうにかするべきだ」

とにかくこのままではヒカルが帰って来た時に変な誤解を招きそうだと皆に言われて和谷は渋々事態を収拾すべくアキラの側に行った。

「…進藤」

(でも返事しちゃいけねーんだよなあ)

一瞬考えた末、仕方無く放り出されているアキラの手を取ると和谷はぎゅっと握ってやった。

途端に安心したようにアキラの表情が緩んで涙が止まる。

「進藤」

嬉しそうに、にっこりと微笑んでそのまますうっと眠りに落ちた。

「よ、よかった」

全員がほっとした時だった、バタンと戸が開いてヒカルが戻って来たのだった。

「悪い遅くなっちまって。タクシー中々つかまんなくてさ…」

元気よく話していた声が途中で消える。

「なんだよ」

剣呑な視線に和谷が苛立った声で言うと、ヒカルはむうっと顔を顰めて和谷の手もとを見た。

「なんだよって、おまえこそ何やってんだよ」

(しまった!)

アキラの手を握ったままだったのを和谷は失念していたのだ。

「ちょっとさー、これ、どーゆーことだかおれにも解るように説明してくれる?」

おれが居ない間におまえら塔矢に何やってたんだよと、人を殺さんばかりの凄みのある視線と声に、和谷はもちろんその場に居た全員が死を覚悟したのだった。


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飲んで説教して飲んで寝ちゃったアキラがその後、こんなことになっていたら楽しいなという話でした。



2014年05月27日(火) (SS)微乳と巨乳の間


本当に酔っぱらいはしょうもない。

和谷宅で若手数人で飲んでいたヒカルは、いい感じに酔いが回って来た頃にふとカバンの中に入れっぱなしにしていた物のことを思い出した。

「なんだよいきなりカバンなんか漁りだして」

グラスをかざしながら和谷が言うのに、いいからいいからと背中で答えて、ごそごそしていたかと思ったらやおら振り向いて言った。

「じゃーん、巨乳!」

ヒカルのTシャツの胸の所には袋入りのメロンパンが二つ入っていた。

「何が巨乳だこのクソバカ!」

「目が腐るわ!」

などなど思う存分罵られて、でもかなり笑っても貰えたのでヒカルはご満悦だった。

つんつんと肩を叩かれ振り返るまでは。


「あ――――――――――――――――――――――塔矢」

仕事の都合で遅れてやって来るはずのアキラのことをヒカルはすっかり忘れていた。

「…………随分盛り上がっているね」

いつの間にかやって来て真後ろに立っていた塔矢は、顔はにっこりと笑っているのだが雰囲気が怖い。

「あ、いや、その、これは」

慌てふためくヒカルに構わず、アキラは無遠慮にヒカルの胸に視線を移した。

「…ふうん、キミはそのくらいが好みなんだ」

悪かったねいつも我慢させてしまっていてと、これだけは小さくヒカルだけに聞こえるように言う。

「いっ、いやっ、そんなこと無いっ、大きいのは苦手って言うか、おれはむしろ板っぺらみたいなのが好みって言うか、微乳が好み―」

「まあキミの好みなんかどうでもいいんだけど」

もにょもにょと言い訳するのをアキラはバサリと断ちきった。

「で? 何がどうなってこういうことになっているのかな」

らしくなく乱暴な仕草でドカッとその場に座ると、アキラは身振りで酒とグラスを要求した。

そして怯えた岡からそれらを手に入れると、改めてにっこりと一同を見渡して「飲みながらじっくり説明して貰おうか」と低い声で言ったので、ヒカルはもちろん皆の酔いも一度に覚めて、室内は氷点下に凍り付いたのだった。

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※アキラの沸点1、研究会のはずなのに完全に飲み会になっている。2、ヒカルが食べ物で遊んでいる。3、それを誰も止めないというのはどういうことだ。4、ヒカルの好みが巨乳らしい。以上。

どうですかAさん。



2014年05月24日(土) (SS)メロンパン進化形


塔矢のたっかいスーツのポケットから丸めたハンカチのような物が出て来た。

指導碁から帰って来て、汗をかいたからとシャワーを浴びに行った塔矢のスーツをおれは気を利かせてハンガーにかけてやっていて、その時にふとポケットの厚みに気がついたのだった。

(なんだこれ)

塔矢はおれと違って使ったハンカチを汚く丸めるようなことはしない。不思議に思って見てみると何かを包んでいるようなのだった。

「ああ、それキミにおみやげだよ」

シャワーを浴び終わって頭からタオルを被った塔矢がおれを見て笑いながら言う。

「みやげ? おれに?」

視線に促されるように開いてみると中には人形焼きが二つ入っていた。

「キミ、甘い物が好きだろう」

「…………うん」

確かに和洋問わず甘い物は好きだけれど、特別に人形焼きが大好きというわけではない。

「これ、もしかしなくても出先で出されたお茶菓子か何か?」

「そうだよ。実はそれと一緒に大福も出てね、本当はそっちも持って帰って来たかったんだけど、さすがにスーツが粉だらけになってしまいそうだったから」

人形焼きだけでごめんと、でもそれだけでもポケットの中には菓子クズがこぼれたんじゃなかろうか。

「お客サンに変な顔されなかった?」

天下の塔矢アキラ様がいそいそとハンカチで茶菓子をお持ち帰りする様はどんな風に目に映ったのだろうかと少しばかり心配になって尋ねる。

「別に? ただ、気を遣われてしまって別にお包みしましょうかって言われてしまってね」

さすがにそれは断ったのだと塔矢は言った。

(そりゃあな、倉田さんじゃあるまいし、そんな図々しいことはさすがに―)

「だってそれじゃキミを甘やかし過ぎるものね」

「は? なんで?」

思いもしないことを言われてびっくりした。

「なんでそれでおれを甘やかすになるんだよ」

「だっていくら下さると言われても、そんなにたくさん甘い物を食べたら歯にも体にも良くないじゃないか」

好きな物だからって無制限にあげるわけにはいかない。キミがどんなに不満でも、キミのためにならないと思ったら厳しくすることに決めているんだときっぱり言われて絶句した。

(こんなんで厳しくしてるつもりだなんて)

おまえはおれに甘過ぎだと心の中で苦笑しながら、おれは手の上の人形焼きに目を落とし、甘やかされる幸せをしみじみ噛みしめたのだった。


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似たような話を前にも書いているかもしれませんが。



2014年05月21日(水) (SS)それってちょっとすごくないか?


おれが塔矢を呼んだ時、塔矢は一度も「ちょっと待って」と言ったことが無い。

返事はいつも「何?」か、「わかった今行く」。

その時にどこに居ても、その時に何かしていても塔矢は躊躇無くそれを放っておれの所にやって来るのだ。

いつだったかキッチンで排水溝ネットの替えが見つからなくてつい呼んでしまったら塔矢はすぐにやって来ておれに在処を教えてくれたけど、後になってその時緒方センセーと電話中だったことを知った。

『どうしておれがおまえごときの用に待たされなきゃならん』

緒方センセーはクサっていたが、おれの用事が排水溝ネットだったと知ったら更にムッとした顔になった。

『アキラはおまえを甘やかし過ぎだ。そんなもの見つからなくても死ぬわけではなかろうに』

まったくもってご尤もだとおれも思う。

でも、なんだ、その、ちょっとそれってすごく無いか?

だれだって、どんなヤツだって反射的に「待って」と言ってしまいそうなものなのに。

「え? ぼくが? そうだったっけ?」

塔矢に言ってみたが驚くことに無自覚だった。

「ふうん。気がつかなかったけれど、でも、そうだね、気がついていたとしても呼ばれたらすぐに行くけれどね」

「なんで? 何かしててすぐに動けないことだって幾らでもあるだろ」

面倒な書類や頼まれた原稿を書いてしまわなければならない時は一々つまらないことで邪魔しないで欲しいと思うことだってあるだろうと、そう尋ねたら塔矢は即座に「ないよ」と言った。

「何が? 邪魔しないで欲しいって思うこと?」

「いや、つまらないことなんて無いって言った」

キミがぼくを呼ぶ用事につまらないことなんて一切無いねとあまりにもきっぱりと言い切られておれは思わず茶化すのも忘れ、陸に揚げられた金魚のように口をぱくぱくさせたのだった。

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これ、既に何かに載せてましたでしょうか? そんなに前に書いた物では無くて、でも載せなかったかなあ?とそこら変の記憶が曖昧で(^^;
載せた物には日付と何に載せたのか記録しているのですがたまに漏れることもあるので。

もしこの話、既に何かに載せていたものでしたら教えてやってください。



2014年05月18日(日) (SS)しょんもりアキラと食いしん坊ヒカル


その日、碁会所で出されたおやつがヒカルだけメロンパンだった。

常連客含めその場に居た全員に市河さんは行列に並んで買って来たという有名店のケーキを出したのに、自分の前にはぽそっとごく普通のメロンパンを置かれてヒカルは逆上した。

「え? なんでおれだけ???? もしかしてこれってイジメ???」

おれもみんなと同じケーキがいいようと駄々っ子のように訴えるのを少し離れた席に居た北島が諫める。

「進藤、きさまぁ! メロンパンの何が気にくわないってんだ」

「ああ? だってみんな高そうなケーキ食ってんじゃん。おれだってそっちの美味そうなのが食べたいって」

「この罰当たりが! そもそもきさまがなあ」

言いかけるのをヒカルの目の前に居たアキラがやんわりと止める。

「いいんだ北島さん。進藤、ぼくのケーキと取り替えてあげるから、キミ、食べるといいよ」

「マジ? 本当? 塔矢優しい!」

いそいそと取り替えようとメロンパンを手にした時、ヒカルはアキラが少し寂しそうな顔をしていることに気がついた。

(なんだよ、塔矢もやっぱりケーキの方がいいんじゃん。そもそもおれが来ることは先週言ってて解ってるのにどうして市河さんも人数分買って来ないんだよ)

決まり悪く胸の中で呟いた時、ふっとヒカルはその先週、自分がアキラと打っている時交わした会話を思い出した。

『あー腹減った、あーメロンパンが死ぬ程食いてぇ』

『どうしてメロンパン?』

『おれパンの中でメロンパンがいっっっっちばん好きなんだよ。あの周りのさくさくした所が甘くて美味いじゃん』

『ぼくは甘く無い方が好きだけど』

『おれは甘いのが大好きなの! 特におまえとこーやって頭絞って打った後はのーみそが甘いもん欲しがるから』

けれど急に言われてもメロンパンなど出て来ない。頂き物の饅頭で我慢しろとアキラに宥められたのだけれど、もしかしなくてもあの会話をアキラは忘れなかったのではないか。

そして一週間後の今日、ちゃんと用意してくれていたのだとしたらさっきの寂しそうな顔の意味も解る。

「ほら、進藤」

促されて我に返ったヒカルは思い切り首を横にぶんぶんと振った。

「ケーキと替えてあげるから」

「いい、やっぱいい!」

きょとんとするアキラの目の前から奪われまいとメロンパンを自分の元に引き寄せるとヒカルは言った。

「おれ、好きなんだよ。めっちゃ食いたかったんだよ、メロンパン」

だから悪いけど取り替えてなんかやれないからと一気に言ったら塔矢はびっくりしたような顔になって、それから笑った。

美しい花がほころぶような、明るい嬉しそうな笑みだった。

「そう? ぼくはどちらでもいいんだけど」

良いわけ無い、さっき泣きそうな顔してたじゃんかと胸の中で呟きながらヒカルはビニールを破るとさっさとメロンパンを取り出して大口開けてかじりついた。

「おい進藤、折角のメロンパン様をもっと味わって食いやがれ」

「いいんだよ。こんなのどーせ百円くらいしかしないじゃん」


でも塔矢がわざわざ買ってくれた。

自分のために買って用意してくれたのだと、そう思うと元々甘いメロンパンがヒカルは喉に詰まる程甘く感じられて、慌てて市河さんにお茶を頼むはめになったのだった。


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次の週にはメロンパンが二個に増殖します。



2014年05月17日(土) (SS)起きて半畳、寝て一畳

もともとヒカルは住む所にあまり拘りがあるタイプでは無かった。

それなりの広さでそれなりの収納があればそれで良く、インテリアにも特に拘りは無かった。

スタイリッシュな生活という物にも興味は無かったし、カーテンやらカーペットやらを選ぶのに時間をかけるくらいならその分他のことに費やした方がずっとマシだと思っていた。

それが住み続けていた賃貸マンションを購入しないかと家主に持ちかけられて、ガラリと考えが変わってしまった。

アキラと共に死ぬまでそこで暮らすのなら、少しでも住みよい場所にしたいと思うようになったのだ。



「キミは本当に極端だよね」

インテリア雑誌に埋もれるようにして熱心にページをめくるヒカルを見つめながらアキラは大きくため息をついた。

「なんだよぅ、いいじゃんか、今まで何にもして来なかったんだから」

咎められてヒカルが拗ねたように口を尖らせる。

「折角買うことになったんだし、どうせなら色々手を入れたいじゃん」

忙しいこともあり、今まで内装関係でしたことと言えば精々が全体的な色を揃えるくらいで、それもお互いの好きな色の中間を取ったような感じだった。

「それはぼくも解らないでは無いけれど」

アキラは以前のヒカルにも増して部屋に拘りという物が無かった。

多少不便でも住めば都だし、極端なことを言えば雨風をしのげて眠ることが出来ればそれで良いという認識だった。

ヒカルと共に住むようになり、二人で色々と物を揃えてそういうことを楽しいと感じるようにはなったものの、インテリア雑誌を買って来てまで家の中に手を入れたいとは思わなかった。

「カーテンだってさ、今はフツーのカーテンレールにカーテンだけど、ロールブラインドにしたっていいわけじゃん?」

カーペットだってこんなホームセンターで適当に買って来たようなヤツじゃなくて北欧物のちょっと小じゃれた絨毯にしたって良かったしと雑誌を指さし言われても今ひとつアキラにはピンと来ない。

そうでなくてもここの所ヒカルは休日にIK○Aだ、ニ○リだ大塚○具だとアキラを引っ張り回している。

それも楽しく無いわけでは無いのだが、折角二人で過ごせる時間をそういうことで潰されるのは正直アキラは不満だった。

「なあ、いっそ設計士頼んでリフォームでも…」

くるりとヒカルが振り返り、嬉々として言った時にとうとうアキラの堪忍袋の緒が切れた。

「進藤」

ずいと迫ってヒカルに言う。

「キミはぼくとこの部屋とどちらが大切なんだ」

「へ?」

思い切り不穏な物言いにヒカルはその目を丸くした。

「そんなの、おまえに決まってんじゃん」

「だったらもうそのインテリア雑誌は全部捨てろ、そしてもちろんリフォームもしない」

「えー?」

なんでだよ、おれらの終の棲家だぞとヒカルに言い返されて、アキラはじろりとヒカルを睨み付けた。

「キミが楽しそうだからずっと黙っていたけれどね、ここではっきりさせないとマンションを買う前に別れ話になりそうだから言っておくよ」

きょとんとするヒカルに突きつけるようにアキラは言った。

「ぼくはキミと居られればそれだけでいい! インテリアなんか正直どうでもいいし間取りにも何の不満も無い。一つだけ不満があるとすればキミがそんなことにかかりきりでぼくをちっとも見ないことだ」

そんな暇があるなら一秒でも多くぼくを見ろ、ぼくと話せ、ぼくに触れていろ、そしてぼくと打てと、最後の一つだけはいかにもアキラらしいものだったけれど、ヒカルは呆気に取られたような顔からゆっくりと、しかしはっきり真っ赤に顔を染めた。

「あー…えーと、その、ごめん」

睨み付けるアキラにヒカルがしどろもどろ言う。

「そんなにおれ、おまえのこと放りっぱなしにしてた?」

「していなかったらこんなこと言わない」

ここまで言われてもまだインテリアがどうとか、リフォームをしたいとか言うのかと畳みかけるように言われてヒカルは慌てて雑誌を閉じた。

「しない。しないって! おまえとの家だから凝ろうと思ったのに、おまえ怒らせたら意味なんか無いじゃん」

もう二度と放りっぱになんかしないから許してと、ヒカルが土下座のように頭を下げるに至って、ようやくアキラも表情を緩めた。

「…まあ、ぼくだって鬼じゃないし、キミがちゃんとぼくの相手もしてくれるなら、多少部屋に手を入れようとしたって文句を言ったりはしないんだよ」

「ホント?」

「うん。そんなにしたいならリフォームでも何でもすればいい。キミもぼくも引退して嫌になるほど暇が出来たらね」

にっこりと言われてヒカルは絶句した。

「…それっていつ?」

「桑原先生くらいになったらかな」

「何十年後の話だよ!」

「別に構わないじゃないか」

だってぼくはここにキミと死ぬまで住むんだからと微笑んだままそう言われ、ヒカルはこれはもう無理だと僅か残っていたインテリアへの拘りをきっぱりさっぱり捨てたのだった。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

でもなんだかんだ言ってアキラはヒカルに甘いので部屋の模様替えくらいは許しちゃうんですよ。ソファやベッドの買い換えくらいは許しちゃうんですよ。



2014年05月14日(水) (SS)ある意味母の日SSその2

いつものことではあるのだが、スーパーに買い物に行ったら進藤が目的の物とは関係無い物をぽいぽいとカゴの中に放り込んで来るので閉口した。

「チョコなんて買わないよ。あった場所に戻して来い」

最初に入れられたのはテレビでCMをよく見る新製品のチョコレート。

「えー、いいじゃん。おれこれ食べたいんだよ」

「そんなこと言って買ったまま食べていないチョコレートがまだ二つ家にあるだろう」

新し物好きで欲しがるくせに買うと満足してしまうタイプの進藤に甘い顔をしているとキリがない。

「ちぇーっ、チケ」

渋々と戻しに行ったけれどすぐに今度は別の菓子が入れられる。

「戻して来い」

「へーい」

進藤はたぶん半分遊んでいるのだと思う。

ぼくに気づかれずにカゴに菓子を入れてまんまと買わせることが出来るか否か、そんな子供みたいな所が彼にはあるから。

「進藤、湯豆腐にハムはいらない」

「進藤、冷凍のピザなんか今日は食べないから」

そのうちエスカレートしてきて菓子じゃない物まで彼はカゴに入れるようになって来た。

「いくら暑くてもスイカなんか早いよ」

「まんぼうの切り身なんかぼくは料理出来ないから」

「ナムルなんか簡単に作れるんだから総菜なんか持って来るな」

その都度戻しに行かせるのだけれどそれがあまりに頻繁なのでちっとも落ち着いて買い物が出来ない。

いい加減疲れて来た所にホームサイズのアイスクリームが入れられた。

「進藤っ! 戻して来い!」

反射的にビシッと叱ったら彼特有のへらりとした返しが無くてはっとした。

「あ…………ごめんなさい。湯豆腐の後に皆で食べたら美味しいかしらって」

振り返ると文字通り叱られた子供のような顔をした彼のお母さんが立っていた。

「そうよね、熱い物を食べて冷たい物を食べてなんてしていたらお腹を壊してしまうわよね」

恥ずかしそうにそそくさとアイスをカゴから引き上げる様に全身の血が一気に引いた。

「すっ、すみません――――そんなつもりじゃ」

今日は進藤の実家に遊びに来ていて皆で夕食の買い出しに来ていたということをぼくはゆっくりと思い出していた。

「待って! いいんです。買いましょうアイス!」

すぐ側では進藤が可笑しそうに笑っている。

「いいのよ、いいの。ごめんなさいね本当に」

「違うんです、お義母さん。ぼくはただ進藤と勘違いしてしまって」

言いながら、ああこの人も進藤じゃないかとそのややっこしさに泣きたくなった。

「ぼくも食べたいです。アイス。温かい物の後には冷たいデザートが美味しいですから」

「でも―」

肝心のアイスが溶けるのではないかと思われるくらい、ぼくとお義母さんの押し問答は続き、ようやく彼が助け船を出してくれてなんとかその場は収まった。

「いいじゃん母さん、塔矢も食べたいって言ってんだし。父さんも好きだろ、そのアイス」

そして再び買い物は続行されたのだけれど、アイスを戻しついでに進藤はドヤ顔で菓子パンを三つもカゴに放り込んだので、ぼくは家に帰ったらキツく彼に灸を据えなければと心の中で誓ったのだった。


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昨日の母の日SS? の続きです。アキラと美津子バージョン。リクエストくださったAさんいかがでしたかー?



2014年05月13日(火) (SS)ある意味母の日SS

5月だというのに夏のような暑さだった。

出掛ける前夏物のスーツにするか迷ったヒカルは、幾ら何でも早かろうと色味が気に入っている冬物のままで行って後悔した。

照りつける日差しと蒸し暑い空気にあっという間に汗だくになってしまったからだ。

建物の中や電車の中は冷房が効いていて涼しかったが、1日の予定をこなして帰る頃にはべたべたとした肌にすっかり閉口してしまっていた。

「ただいまっ!」

帰るなり速攻でバスルームに向かって、そのまま勢いよくシャワーを浴びる。

いつもならアキラが出迎えに来てくれるまで待ち、ぎゅっと抱きしめて散々キスをしてからで無ければ上がらないのだが、こんな汗臭い体でアキラに触れることなんて出来ないと思ったのだ。

「塔矢ー、おれの着替え持って来て」

ドア越しにリビングに叫ぶ。

くぐもった声が何か尋ね返していたようだが、水音でよく聞こえなかったのでヒカルはただ同じことを繰り返した。

「だから着替えだって! おれの着替え持って来てって」

髪も洗い、全身さっぱりした所できゅっとシャワーの栓を閉めてバスルームから出る。

バスタオルで体を拭いて、さて着替えてと思ったら何故かまだ着替えが用意されていない。

少しばかりムッとして、ヒカルは再び声を張り上げてアキラに言った。

「塔矢、おれのパンツ持って来てってば!」

その瞬間、がらりと音がしてヒカルの目の前で脱衣所のドアが開いた。

「ごめんなさい、進藤さんのがどれかよくわからなくて…これで良かったかしら?」

そこに立っていたのはアキラでは無くてアキラの母の明子だった。

「え?………は? お義母サン、何で…」

「頂き物があったからちょっと寄らせて戴いたの。アキラさんは何か足りないものがあるってさっき近くのお店に行って…進藤さん勘違いしてらっしゃるの解ったんだけど、私も『塔矢』だから構わないかなって」

にっこりとおだやかに語られて下着を差し出されてヒカルは顔面蒼白になった。

「あの……す」

スミマセンでしたと言いかけた時、自分が前を全く隠していなかったことに今更ながらに気がついてヒカルは乙女のような悲鳴を上げた。

それはまるで俗に言う、絹を引き裂くような悲鳴だったとタイミングよく帰って来たアキラにヒカルは散々からかわれた。

「だっておまえだと思ったから」

「うん。でも希にこういうこともあるかもしれないんだからこれからは『確認』ということも覚えた方がいいよ」

涙を流して笑いながら、けれどアキラは萎れたヒカルがあまりに可哀想だったので、以後脱衣所に下着の替えも常に置くようにしてやったのだった。

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今頃ですが、今年の母の日に考えていたのがこの話でした。
なんというか、ものすごく気を抜いてアキラにするように接していたら母親の方だったみたいなのを書きたかったんですよね。



2014年05月11日(日) (SS)爆弾低気圧


爆弾低気圧というヤツだった。

用事があるのでいつもより少し早く碁会所を後にして駅まで向かうその途中で、晴天の空だったのがいきなりバケツを逆さにしたような非道い土砂降りになった。

墨を流したような真っ黒な雲からは切り裂くように稲妻が走り、つんざくような雷鳴が辺りに響き渡る。


(マジかよ)


距離にすれば百メートルも無い。その距離を歩いていて雨宿りをする暇も無くずぶ濡れになったヒカルは、前髪から滴を垂らしながら逆に開き直った気持ちになって歩調を緩めた。

今更急いでどこかの軒下に入っても、既にずぶ濡れなのは変わらないからだ。


「…ってか、こんなんで電車に乗ったらスゲエ嫌な顔されそう」


いやいやこんな急な雨だったんだから他にも絶対ずぶ濡れのヤツがいるはずと自分で自分を慰めていると、ふいに名前を呼ばれたような気がした。


「――どう」


叩きつける雨と忙しく行き来する傘を差した人々との合間から確かに声が聞こえた気がする。


「しん――」

「――どう」


目を懲らすと、誰かが自分の名を呼びながらこっちに向かって走って来るのが見えた。


「しんど―う」

「とっ!」

(塔矢!)


聞き覚えのある声はついさっき別れたばかりのアキラのもので、アキラは飛沫の上がる雨の中、傘も差さずにヒカル目指して走って来るのだった。


「進藤っ」


人混みをかき分けるようにして現れたアキラは飛びつくようにヒカルの腕を掴むとそのまま苦しそうに下を向いて息を吐いた。


「どうしたんだよ、おまえ」

「か――キミに―」


息が荒くて聞き取りにくいが、何やらヒカルに用があるらしい。

こんな雨の中、傘も差さずに血相変えて追って来るなんて何事だとヒカルは心配になってアキラの顔を覗き込んだ。


「何? おれに何の用が―」


問いかけるヒカルにアキラはまだ息が苦しいようで無言で右手に持っていた物を突きつけるように差し出した。


「は? 何?」

「傘、キミ―持っていなかっただろう」


やっと少し息が整ってアキラが顔を上げて言う。

え? は? とヒカルはわけが解らずに傘とアキラを交互に見る。


「キミが出て―行って、すぐに―土砂降りになった―から」


やっとアキラの言っていることが理解出来た。

あまりの非道い雨の降りようにアキラはヒカルに傘を届けに来てくれたらしいのだ。


「良かった…キミ、足が速いから中々追いつけなくて―」

「そんなことのためにおれのこと追いかけて来たん?」

「―だってキミは傘を持って無いし、傘が無ければ濡れてしまうし」

「いや、確かに持って無かったけどさ」


そして嫌になるほどずぶ濡れにもなったのだけれど。

ヒカルは目の前のアキラをまじまじと見た。今日は午前中に指導碁に行ったとかでアキラは地味だけれど仕立ての良い高そうな服を着ていた。それが今や自分と同じ全身濡れ鼠になってしまっている。


「おまえ、なんで傘差して来なかったんだよ」

「え?」

「傘! 届けてくれたのはいいけどさ、だったら自分も差して来いよ」


ヒカルの言葉にアキラは初めてそれに気がついたようで驚いた顔になった。


「そうか! そうだね」


キミに傘を届けなくちゃってそれしか考えていなかったから全然気がつかなかったと、にっこりと返されてヒカルの胸はつきんと痛んだ。


(いつもは絶対こんな顔しやがらないのに…)


雨に濡れたせいか、はたまた全速力で走って来たせいか、アキラは普段の大人びた表情が消え失せて、どこか幼くさえ見えた。


「こんなんで―」

「ん?」

(こんなんで、好きにならなかったら嘘だよなあ)


アキラの笑顔はあまりに無防備であまりに可愛くて、ヒカルはとっくの昔に自覚していたことを改めて思い知らされてしまった。


「なんだ? 進藤?」


ため息のように息を吐いたのを見咎められる。


「いや、なんでも無い」


それよりも折角傘があるんだから、いい加減おれ達も差した方がいいんじゃないかとヒカルは話しながら傘を広げようとした。そして唐突に声を上げる。


「うわ」


つられるように見上げたアキラも大きく目を見開いた。

今の今まで降っていた激しい雨がいつの間にか上がっていたことに気がついたからだ。

耳を塞ぎたくなるような大音量の雷鳴もいつの間にか遠ざかり、あろうことか雲の切れ目から青空が覗き始めている。


「なんだか化かされたみたいだ」


ぽつりとアキラが呟いたけれどヒカルも全く同じ気持ちだった。

ほんの数分とは思えない程の劇的な天気の大変化だった。


「傘…いらなかったね」


苦笑したようにアキラが言う。


「無駄なことでキミを足止めしてしまった」

「無駄じゃないよ」


反射のようにヒカルが言った。


「少なくともおれにとっては全然ちっとも無駄なんかじゃ無かった」


そしてアキラの手を握ると、いきなり来た道を戻り始めた。


「進藤?」

「碁会所戻ろう。それで打とう」

「でもキミ、用事があって帰るんだったろう?」


引きずられながらアキラが言う。


「無い。つーか、今無くなった。だから何の心配も無く、おまえおれと後数時間ゆっくり打てるぜ?」


アキラはわけが解らないという顔をしている。


「なんだよ、おれと打ちたく無いのかよ」

「そんなことは言っていない。ただ…」


キミがあんまり唐突だからと呆れたように言いながらもアキラの顔は嬉しそ
うだった。

言葉にも態度にも出さなかったが、ヒカルが早く帰ってしまうことを内心寂しく思っていたからだ。


「いいんだよ、天気と同じ! 予定だってなんだってその場でコロコロ変わるもんなんだよ」

「なんだそれは―」


あまりの無茶苦茶な言い分にアキラはとうとう笑い出した。


「本当にキミは解らない」

「そんなの解られたらおれも困るって」


軽口を叩きながら雨上がりの道を急ぎ足で歩く。


空は綺麗に晴れ上がり、地面が濡れていなかったなら雨が降っていたなどと信じられない程だった。

正に爆弾を落としたような一瞬の出来事。

未だぽたぽたと髪から滴を垂らしながら、それでもヒカルとアキラは満足そうな笑顔で、雨上がりの街をしっかりと手を繋いで歩き続けたのだった。

※※※※※※※※※※
すみませんねえ(^^;母の日なのに母の日話じゃなくて。



2014年05月08日(木) (SS)飼い犬と性癖


「なあ、うなじ噛みたい。ちょっと噛ませて」

初めてそう言った時、ぶん殴られるかなと思ったのに、塔矢は少し驚いた顔をしただけで、あっさりと「いいよ」とおれに言った。

そこまで密着するのも初めてならば、肌に歯を立てるなんてことも初めてで、緊張したけれどいい気分だった。

「キミはまったく…いつも突拍子も無い」

後で苦笑したように呟いていたから、またおれが変なことを言い始めたくらいにしか思っていなかったのかもしれない。

その後も衝動的に噛みたくなるたびに塔矢にお願いして噛ませて貰った。

頬、耳たぶ、指先、肩。

その時々で場所は違うけれど、どこを噛んでも塔矢の噛み心地は最高で体から離れる度におれはものすごく満たされた。

もちろん痛みを感じる程強く噛んだりは絶対しない。甘噛み程度に止めている。

「何が甘噛みだ、相当痛い時も随分あったよ」

実際塔矢の首筋にはっきりと歯形をつけてしまい、いらぬ噂に晒してしまったこともあったのだった。


「キミね、どうしてそんなにぼくのことを噛みたいんだ」

ある日、呆れたように言われて唐突に解った。

「おれ、おまえのこと食いたいみたい」
「そう、ぼくを食べたいんだ」

驚くわけでも無く、怒るわけでも無く、ただ理解したというように塔矢は深く頷いてオレに自分を食べさせてくれた。

その時からおれ達は『恋人』同士になったわけなのだけれど、ふと尋ねたことに塔矢は実に怖いことを言った。

「え? キミで無かったら?」

賽の目に刻んで捨てているよと、にこりともせずに言われてぞっとした。

「どれくらい前からぼくがキミを好きだったか、キミは少し思い知った方がいい」

そして髪をかき上げてうなじをおれに晒すので、おれは賽の目に刻まれなかった己の幸運を噛みしめながら良い匂いのする恋人の肌に今日もゆっくり歯を立てたのだった。

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前に同じようなネタで書いたかも。すみません。こういうの好きなんです。
アキラにとってヒカルはかみ癖のある犬なんです。


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