塔矢門下の花見に参加した塔矢は、夜中随分遅くなってから帰って来た。
「ただいま」
顔を見るなりふわりと甘い日本酒の香りが漂い、これは相当飲まされたなと思った。
「おかえり。どうだった? 花見」
「うん。久しぶりの方もいらしたから沢山話が出来て楽しかった」
言いながら靴を脱ごうとするが、どうにも体がふらついている。
「もういいからお前このまま寝室に行けよ。着替えさせてやるから」
「嫌だ、汗をかいてべたべたなんだ。シャワーを浴びてから眠りたい」
「そんな酔っぱらった体で熱いシャワーなんか浴びたら体に毒だろ。いいよ、おれが体拭いてやるからそのままとにかく寝っ転がれって」
半ば無理矢理寝室に押しやって、ベッドに寝かすと塔矢はとろんとした顔で天井を見上げた。
「こういう角度で天井を見ると、キミにされている時を思い出すな」
「別に普通に寝る時だって天井向いて寝るだろ」
「寝る時はいつも明かりが消えている。キミは明るいままでしたがるから」
恥ずかしい嗜好をべらべらと喋られて、別に誰に聞かれているわけでも無いのにおれの頬は赤く染まった。
「わかったよ、わかった。今度からはちゃんと消してヤルからとにかく今日はもう口噤んで寝てろ」
「…うん」
ぞんざいな言い方をしているのに突っかからない。これは本当に酔っているなとため息がこぼれた。
「進藤、今日行った所、桜が凄く綺麗だった」
「そーかそーか、名所だもんな」
「広い敷地に霞むくらいに桜の木が植えられていて、それがみんな満開で―」 「そこまでじゃないけど、家の前にも咲いてるぜ。隣の家の庭のヤツかな。結構デカいからベランダからでも充分に花見が出来ると思うけど」
見てみるか? と東に向いた窓を開けると塔矢は何故か不機嫌そうに顔を背けた。
「見ない」
「なんだよ、そりゃおまえが見て来た桜には劣るかもだけど綺麗だぞ」
酔っぱらい相手に何を食い下がっているんだと自分で自分に少々呆れる。
おれの入り込めない同門同士の集まりを楽しかったと塔矢が言ったからかもしれなかった。
「なあ、騙されたと思ってちょっと見てみろって」
「キミが寝ていろって言ったんじゃないか、それに桜なら体の中に一杯詰まっているからもういらない」
「え?」
「今日ぼくは一生分くらいの桜を見た。それが足の先から頭の先までみっしりと詰まっているんだ」
だからもうこれ以上はいらないよと胸をなで下ろして見せる。
「だったらおれ一人で見ようっと。おれはおまえみたいに花見になんか行けそうも無いし」
「させてあげるよ」
ふいに塔矢がぽつりと言った。
「花見? 無理だって。今日がピークで次の休みまでにはもう散っちゃってるし」
「違う、今させてあげるって言っているんだ」
そして塔矢はベッドの上に寝そべったままでゆるりとおれを手招いた。
「何?」
「桜が詰まっているって言っただろう。ぼくの中の桜を愛でればいい」
微笑む顔は妖艶で、おれは喉の奥で息が詰まったようになった。
「酔ってる時のおまえってさあ―」
「嫌ならいい。汗をかいた体を綺麗にして欲しいし、キミにその気が無いならこのままぼくはされるままになって寝るよ。でもそうで無いならさっさとおいで」
「おまえいつもは嫌がるじゃんか」
する前に風呂に入るか最低でもシャワーを浴びないのは生理的に許せないのだとずっと前に言っていた。
「ぼくがね。ぼくが嫌なんだ。でもキミは実は大して気にもしていなさそうだから」
キミがいいならぼくも良い。少なくとも今は良いとそう決めたんだと相変わらず手招きしながらおれに言う。
「花びらが散ってしまう前に」
おいでよと繰り返し言われて理性が飛んだ。
「知らないからな」
捨て台詞のように言うおれに塔矢は可笑しそうに笑い声をあげた。
「知ってるよ」
キミがどんな風にぼくを愛するかぐらいちゃんと解って誘っているとそう言われ、おれは恥ずかしさと劣情にかき立てられながら、詰まっているという桜を確かめるために塔矢の肌に指を這わせたのだった。
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