SS‐DIARY

2013年10月31日(木) (SS)ごめん

放った言葉が矢のように塔矢を射貫いた。

それが解ったのはつい1秒前まで激しく言い返して来たその口が、ぴったりと閉じられ、黙って静かに俯いたからだった。

「なんだよ、今度はだんまりかよ」

でも最初おれはそれを見抜けなくて、苛立ちのままとげのある言葉を投げかけ続けた。

「大体おまえはさ―」


一体何を言ったっけ。

驚いて必死で記憶を辿ったのはそのすぐ後。

ダイニングテーブルの向い側、いつものように定位置に座る塔矢は俯いたそのままで、声も出さずに泣いていたのだ。

「ちょ…塔矢」

言い合いなんて日常茶飯事。そもそもが塔矢とおれはガキの頃から遠慮無くいつも怒鳴り合って来た。

言葉だってキツイし、殴るより非道い言葉を投げかけ合ったこともある。

けれどそれで塔矢が泣いたのはこれが本当に初めてだったのだ。


「どうしたんだよ、おい」

立ち上がり側に行っても塔矢は微動だにしない。出来ないんだと肩に手を置いて悟った。

体中が強ばってがちがちになっている。

それくらい力を込めて塔矢は泣くまいとしているのだ。けれどそれでも耐えきれず、涙だけが静かに頬を滑ってしまっている。

一体おれはどれだけこいつを傷つけたのかと、その様に怒りが消し飛んでしまった。


「塔矢、ごめん、おれ―」

ふいに塔矢の体が動き、肩に置いた手を払われた。

「うるさい! 触るな! キミなんか」

キミなんか大嫌いだと言いかけて、言葉の終わりがしゃくりあげた。

ぐっと言葉を飲み込んで、そのまま今度は咳き込んでしまう。こんな塔矢を見るのは初めてでおれはすっかり慌ててしまった。

「…塔矢、マジどうしたんだよおまえ」

問いかけても咳き込んでしまうからか、それとも答えたくないからか塔矢は黙って口を開かない。

必死になって言い合いを思い返して、ふと一つの言葉に思い当たった。

「なあ、もしかしておれが『別れる』って言ったからか?」

途端に塔矢の肩が震えた。

(そうなのか)

その言葉が塔矢をこんなにも傷つけたのかと驚いた。

「そんなの…おまえだってしょっちゅう言ってるじゃんか」

「でもキミ…は、初めて…言った」

苦しそうに切れ切れに涙の合間に塔矢が言う。

「ぼくが言って…も、キミ…は絶対言わなかっ―」

後は咳き込んでしまって言葉にならない。

言われてみれば確かにそうで、塔矢の方はおれに対して今までに死ぬ程『別れる』を言っている。でもおれの方は一度も言ったことが無かったのだ。

「だってそれは、万一にでも嫌だし」

「それ…でも言った…ってことは…今度はそういうつもりだ…ってこと…だ」

「いや、違うって、違う。本当にたまたま言っちゃっただけでそんなこと本気で思ったりしないって」

「それ…でも」

それでもキミはそう言ったんだと、そしてその後はどんなに促しても絶対に口を開かなかった。

(なんだよ)

だってそんなの言葉のはずみで、今まで言わなかったのだってたぶん本当にたまたまで。

なのにそれをたった一回言ってしまっただけでおまえはそれに耐えきれないのかと。

随分不公平な話ではないかと思いつつ、同時になんだか泣きたくなった。

「おまえ、そんなにおれのこと好きなの?」

俯いた顔が弾かれたように上向いて、キツイ目がおれを睨み付けた。

「そんなことっ!」

そうだよと、顔が、表情が全てが言っている。


「ごめん。本当に本気でおれが悪かった。おまえと別れたいなんて1ミリも思っていないから」

言っても視線が逸らされる。

「もう言わない。今の一回でもう終いだ。おまえと居る限りもう二度と絶対に『別れる』なんて言わないから」

だから頼むからもう泣くなとそっと後ろから抱きしめたら今度は塔矢は拒まなかった。

けれどそれでもいつまでもひとことも声を漏らさず泣き続けるので、おれは切なくてたまらなくて、つまらない言葉を放った少し前の自分を遡って滅茶苦茶に殺したくなった。


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不公平ですが、アキラは言ってもヒカルは言っちゃいけないんです。



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