SS‐DIARY

2013年09月22日(日) (SS)プロポーズ

「結婚して下さい」

ぐっすりと眠り込んでいて、話しかけても突いても目をさまさないのを確認してから進藤の耳元に囁いた。

「はい」

即座に返事があって絶句する。

でも進藤は目を開かない。一見、眠ったままのように見える。

(空耳だったのかな)

首をひねりながら懲りずにもう一度囁いた。

「ぼくと結婚して下さい」
「はい、喜んで」

今度の返事はさっきよりも更に早くて、ぼくは静かに赤面した。



2013年09月04日(水) (SS)キミに今、泣かされた


さしたる深い理由も無く、ふっともし進藤がぼくと出会わず普通に女性と恋愛していたらと考えた。

(進藤は背が低くて可愛い系の子が好きだから、付き合うのもきっとそんな子なんだろうな)

冷房のよく効いた棋院の記者室。

取材の予定が相手側が遅れて一人待ちぼうけを食らってしまったためにぼくは暇をもてあましていたのだ。

(幼なじみだっていうあの子みたいな…。そう、それこそあの子と結ばれたかもしれないんだ)

何年か交際を続け、そしていつか結婚する。

進藤はああ見えて結構家庭的なので、結婚するのも子どもを持つのも早いだろう。

(男の子と女の子、もしかしたら三人くらい子どもが生まれるかもしれない)

若い父親となった彼は可愛らしい細君と子ども達を連れて、休みの日には公園にでも遊びに行くのだろうか。

若々しく初々しい家庭。

誰が見てもほほえましく、誰が見ても幸福そうで。

つらつらと考えていたぼくは、そこまで考えてはっと我に返った。

熱い水滴が頬を滑って落ちたからだ。

「――バカな」

想像したくらいで自分が泣くなどと思いも寄らず、ぼくは非道く狼狽えた。

けれど気がつけば胸は痛く、気持ちは深く落ち込んでいた。

彼がぼく以外と幸せな家庭を築く。

その想像はそれほどにぼくを傷つけたのだ。


涙を拭って目を閉じる。

(ああ、ぼくは本当に彼のことが好きなんだ)

現実では無い、現実には有り得ないかもしれないことを考えただけで、泣かずにはいられないくらいに彼のことを愛しているのだと思ったら自分が惨めで哀れに思えた。

「…本当にそうなるとは限らないのに」

それでもまだ涙は流れる。

一度でも考えてしまった『もしも』はそれ程に自分には耐え難いものであったのだと改めてぼくは思い知った。

(恥ずかしい)

こんな所を誰かに見られたらどう言い訳したらいいのだと、どうしても止まらない涙にハンカチを探して上着のポケットに手を入れていたら、思い切り記者室のドアが開いた。

「塔矢、来てるんだって?」

ああと思わずため息が漏れる。

進藤はいつだって、ぼくが会いたくないと思っている時に限って絶妙なタイミングで姿を現すのだ。

いつもの脳天気さで部屋に入って来た彼は、ぼくの顔を見て驚いたように動きを止めると、すぐさま笑みを消して怖い口調でぼくに言った。

「緒方センセー?」

「は?」

「誰にいじめられたんだよ。緒方センセーじゃないなら座間先生かな。それとも一柳先生か桑原のじーちゃんか?」

あ、もしかして若手の誰かに嫌なことされたのかと矢継ぎ早に言うのでぼくは呆気にとられてしまった。

「あ…いや、違う」

「は? でもおまえが泣くなんてよっぽどじゃん。それじゃ、うーん…どっかの雑誌記者にいじめられた?」

どこのどいつだかさっさと吐けと迫られて、とうとうぼくは笑ってしまった。

「違う、違うよ進藤」

「じゃあ、誰にやられたんだよ」

憤懣やるかたない彼の表情にぼくは深い喜びと、愛しさを覚えた。

「…強いて言うならキミかな」

「は?」

「キミにぼくは泣かされたんだ」

「って、おれ今ここに来たばっかりなんだけど」

「それでもぼくが泣いていたのは間違い無くキミのせいなんだよ」

そう言ってぼくは立ち上がると彼の首に両手を回し、いつ待ち合わせた取材記者が来るかも解らないのに、そうせずにはいられなくて進藤を抱き寄せてその肩に顔を埋めたのだった。


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