SS‐DIARY

2012年12月25日(火) (SS)恋人はサンタクロースに非ず


駅の改札を出て、待ち合わせ場所のファッションビルに向かって歩いていたら、ビルの手前でサンタクロースに捕まった。

クリスマスイブのせいか、当たり前に街中にサンタがいるなあと思いながら歩いていたら、いきなり五、六人のサンタコスの女の子達に取り囲まれてしまったのだ。


「わっ…な、何?」


最初はガールズバーの客引きかと思った。今日辺りはこういう格好で客引きしていてもおかしくはなさそうだからだ。


「私達、サークル内の彼氏いない組なんです」

「そうそう、それでぇ、サンタコスで買い出しに来て、この後みんなで女子会やるんです」


きゃらきゃらと笑いながら口々に言う。

「お兄さん、もしかしなくても独りじゃないんですか? だったら私達と一緒に来て飲みません?」

「お酒たくさん用意してありますよ?」

「いや、おれ待ち合わせしてるし」

「彼女?」

「いや…彼氏」

「だったらいいじゃないですか。男友達なんかフッてこっちに来て飲みましょう?」

「お友達もお兄さんレベルなんだったら、そのお友達も一緒に来てくれてもいいですよぉ」


既にもう個体識別がつかない。

可愛いのは可愛いんだけど、でもいつまでも捕まっているわけにはいかないなあとちらりと腕の時計に目を落とす。


「あ、時間気にしてる。やっぱり本当は彼氏じゃなくて彼女なんでしょう?」

「いや、本当に彼氏だけど」

「嘘っぽーい」


相手が野郎だったら振り切ってしまうけれど、なまじ華奢な女の子達なので乱暴に扱うことも出来なくて困り果てていたら、いきなり彼女達をかきわけて待ち合わせの相手である塔矢がムッとした顔で現われた。


「キミ、いつまでこんな所でふざけているんだ」

「うわ、塔矢っ。ごめん、だって離してくんないから」

「紳士なのもいいけどね、今日はこんな日だし時間通りに行かなかったらさっさと予約を取り消されて別の客を入れられてしまうんじゃないのか」

「あー…うん」


これから2人で行く予定なのは大通りから外れた所にあるフレンチの店で、美味しいけれど値段はそこそこ。肩肘張らずに食べられるということで人気のある所なのだ。

顔なじみの店なので素性も知られていて、おかげで男同士でも怪しまれること無くクリスマスディナーを予約することが出来たのだが。

「別にキミが行く気が無いならぼく一人で行ってくるけれど」

「待てよ、待て待て。おれも行くって、絶対行きたい。だってシェフが今日は美味いジビエを食わせてくれるって言ってたんだから」

「だったらいつまでも遊んでいるんじゃない」


ぴしゃりと言って塔矢はおれと、おれの周りにいる女の子達をじろりと睨んだ。

なまじ顔立ちが整っているために、塔矢の睨みはかなり迫力がある。

「えー」などと言いながらも皆の手がおれから離れた所をすかさず塔矢が連れだした。


「まったく、どうして後少しという所で捕まるんだ」

「ごめん」

「しかも人の目の前でやに下がってナンパされているし。もし今度こんなことがあったら、二度とキミとは出かけないよ」

「悪い。悪かった。ごめんってば」


まるで魚の一本釣りのようにおれを人混みから引き出して、そのままぎゅっと固く手を握って歩き出す。


「男前〜」

「は? 何か言ったか?」


後ろではまだ女の子達がぽかんとした顔でおれ達を見ている。

助かってほっとしたのが半分、せっかく声をかけてくれたのに邪険に扱ってしまって悪いことをしたという気分が半分。

そんな複雑な表情を見とがめられてさらに一言キツク言い渡された。


「キミ…残りたいなら残ってもいいんだよ?」

「冗談、まさか!」


クリスマスイブを塔矢以外の誰かと過ごしたいなどと思うわけがない。


「だったら一々余所見をするな。ぼくは…いつだってキミしか見ていないんだから」


言いにくそうな言葉に心臓を至近距離から射貫かれた。

ああ、本当にこいつって―。


「最高」

「なに?」

「おまえのこと最高って言った」


神様仏様観音様にお地蔵様。誰に祈ればいいのか知らないけれど、おれに塔矢をくれてありがとう。

そして願わくば握ったこの手が永遠に離れることがありませんように。


街中に響き渡るクリスマスソング。

おれは世界一シアワセだと思いながら、おれを引っ張る塔矢の手を痛い程強く握りかえしたのだった。

=======================

イブの昨日は何やら本当にサンタが街中にたくさん居たそうで(^^;



2012年12月05日(水) (SS)進藤ヒカルと赤い風船


その日、進藤は約束の時間に少し遅れてやって来た。

待ち合わせにはいつも遅れて来るのがデフォルトだった彼を散々口を酸っぱくして怒り続け、ようやく遅刻ぐせが治ったはずだったのに、どうしたことかと思ったら、やって来たその姿を一目見て原因が解ってしまった。

進藤は、ふわふわと浮かぶ赤い風船を1つ持っていたのだ。


「ごめんっ」


ぼくを見るなり土下座せんばかりの勢いで謝る。


「ほんとーにごめん。何分? 五分以上待たせた?」

「待ったのは十分だけど…それよりその風船はどうしたんだ?」

「ああ、これ来る途中で貰っちゃってさぁ」


どこかで配っていただろうかと小首を傾げて考えると、進藤がすぐに察して
「違う」と言う。


「おれんちの方だって。なんかイベントやっていたみたいで、くれたから」


子供ならともかく、背丈もある、それなりの年の男に風船をくれるものだろうかと思いつつ、進藤だからくれたのかもしれないなと思った。

彼はとても人好きのする顔をしているから。


「それで持ったまま電車に乗って来たのか…」

「別に駅員にも誰にも止められなかったし。でも凄い乗りにくいのな。うっかりすると潰しちゃいそうだし、人がたくさん居るから邪魔にならないように気をつけなくちゃいけないしで大変だった」


いくら気をつけたとしたも走る電車の中、ふわふわと浮かぶ風船はさぞや人の邪魔になったに違い無い。

電車を下りた後も漂う物を持って歩くのは歩き難く、それで遅刻するはめになったのだ。


「子供にあげるとか、空に放してしまえば良かったのに」

「えーっ? 周りにガキなんかいなかったし、捨てるなんてそんな可哀想じゃん。折角貰ったのに」


それにおまえが風船持ってたら、きっとすげえ可愛いだろうと思ってと、もごもごと口の中で呟くように言う。


「別にいいけど、それを持っていたらこれから行くはずの所は全部入れ無いんじゃないか?」


映画館も無理だし、お茶を飲むことも出来ないし、風船を持ったまま店で買い物をするのもまず無理だ。


「そっか! そうだなあ、そうなるよなあ」


どうしようと今頃になって悩んでいるようなので笑ってしまった。


「いいじゃないか、ずっと外で過ごせば」

「でも―」

「今日は天気も良いし、季節の割に温かい日だと思うし、のんびりと散歩するだけでもぼくは構わないよ」


その代わり風船はキミがずっと持てと言ったら不満そうな顔になったけれど、自業自得という自覚があるのか言葉に出しては言わなかった。


「あっ、でもそうしたら昼飯はどうしよう?」

「カフェで何かテイクアウトして外で食べればいいんじゃないか」

「この前の王座戦の予選、検討するって約束もしてたはずだけど」

「公園のベンチででもどこでも出来るだろう」


本当にそう思ったから言ったのだけれど、進藤は用心深くぼくの機嫌を伺うように尋ねた。


「…それでおまえはいいわけ?」


彼が動くたびに赤い風船が所在なく一緒にゆらゆらと揺れる。


「いいよ。キミと一緒なら別にどこで過ごしたっていいんだ」


こうやって困ることになるのだから最初からそんな物貰わなければ良かったのにとそう思う。

仕方無く貰ったとしても、適当な所で糸から手を離してしまえばそれで済んだはずなのに。


(でも、それが出来ないんだから)


多少邪な気持ちはあったとは言え、可哀想だからと風船を捨てられなかった進藤をぼくはとても好きだと思う。

出来るならその優しさはぼくだけに向けてくれればいいのにと思わないでも無いけれど。


「…何笑ってんだよ」


愛しいと思う気持ちが顔に出てしまったらしい、進藤にムッとしたような顔で言われてしまった。


「にやにや笑ってイヤらしい」

「可愛いなあって思ったんだよ、キミと風船」


明るい彼の髪の色に赤い風船はよく似合う。


「何、それイジメ?」

「いや、バカだなあ」


惚れ直したと言っているんだよと微笑みながら言ってやったら、進藤は持っている風船と同じくらい真っ赤になった。


「やっぱそれ、イジメだ」

「だったらもっと苛めてあげるよ」


優しいキミが大好きだよと空いている片手に手を滑り込ませ、ぎゅっと握る。

進藤は驚いたような顔をして、もう片方の手で持っている風船が大きくゆらりと揺れた。


「どこに行く? 公園?」


覗き込むようにして顔を見詰めたら進藤はさらに顔を赤く染め、「どこでも」とぶっきらぼうに言ったので、ぼくは思わず声を出して笑うと、彼と風船と一緒に過ごせる静かな場所を探すために、彼の手を引っ張るようにしてゆっくり歩き出したのだった。


 < 過去  INDEX  未来 >


しょうこ [HOMEPAGE]