SS‐DIARY

2012年11月23日(金) (SS)転んでもタダでは起きない


誕生日でもなんでも無いのに進藤がケーキを買って来た。

季節の果物が載ったムースケーキが1つと、濃厚なチョコにブランデーを効かせたチョコレートケーキが1つ。

さっぱりめと濃いめの2つのショートケーキの入った箱を進藤はぼくに何も言わずに、すぐに冷蔵庫の中に仕舞ってしまったらしく、あるのに気がついたのは風呂も済み、歯も磨いた寝る直前だった。

喉が渇いて麦茶を飲もうとしなかったら、ぼくはケーキがあることに翌日まで気がつかなかったかもしれない。


「進藤」

キッチンから声をかけると、進藤は寝室から「なに?」と返事をした。

「キミ、ケーキを買って来たのか? 早く言わないからこんな時間になってしまったじゃないか」

「悪い、忘れてた」

「忘れてたって、これ…銀座の有名店のじゃないか。最低でも一時間は並ぶって言う。随分豪毅な物忘れだな」

「いいじゃん。帰って来て色々やってたら忘れちゃったんだよ」

進藤は今日いつもより一時間ばかり遅く帰って来た。

そういうことだったのかと納得はいくが、そこまでして買って来たものをどうしてぼくに何も言わずに冷蔵庫に突っ込んでしまったのかそれがどうも腑に落ちない。


「…今日、何かの記念日だったか?」

「別にー」

もうベッドに入ってしまったのだろうか、進藤はここまで会話をしていても一向に寝室から出てくる気配が無い。

「ぼくはそういう機微に疎いから、もし何か大切な日を忘れているのだったら言ってくれないか?」

「そういうんじゃないって、ただなんとなく美味そうだったから買っただけ」

そんなことより早く来いよと言われて、溜息をつきつつ冷蔵庫の扉を閉めた。

そしてリビングを突っ切って寝室に向かう途中、ふと壁にかけたカレンダーが目に入った。

11月22日、今日の日付を見た途端、ふっと脳裏に浮かんだ言葉があった。

『いい夫婦の日』

今日、街のあちこちでこのフレーズを見なかっただろうか?


「…進藤、明日が何の日か知っているか?」

「はあ? バカにすんなよ。勤労感謝の日だろ」

「うん。それでその前日の今日は『いい夫婦の日』なんだってね。疎いぼくでもさすがにあれだけあちこちで見かけたら覚えるよ」

途端に今までちゃんと返って来ていた返事がぴたりと止まった。

「ぼく達は結婚しているわけじゃないし、世間一般的な夫婦というのともちょっと違うかもしれないけれど――」

それでもそれに限り無く近いと言おうとした瞬間、顔を真っ赤に染めた進藤が寝室から出て来た。

「それ以上喋んな! もう、クソ恥ずかしいな」

「だったらどうしてケーキなんか買って来たんだ。キミの方がぼくよりずっと恥ずかしいじゃないか」

こういうのが好きな進藤は、かなり以前から今日という日を認識していて、『いい夫婦』という響きに乗せられるまま目をつけていたケーキ店でケーキを買って帰って来たに違い無い。

けれどいざ帰宅してぼくの顔を見た途端、ケーキの理由を説明するのが恥ずかしくなってしまったのだろう。


「来年からはもう買って来ねーよ」

ふて腐れた子どものように口を尖らせて言うのがとても可愛い。

「ダメだ、絶対来年も買って来い。いや、来年はぼくが買って来てもいいかな」

「え?」

「意地悪を言ってごめん。本当はすごく嬉しかったんだ。キミがぼくをそんなふうに―人生の伴侶として思っていてくれているって解って、すごく嬉しかった」

「えっ?…いや…その…」

「ぼくもキミが思ってくれている以上にキミのことを思ってるよ。十年先も二十年先も、一緒に生きていけたらいいって思ってる」


この日にずっとケーキを買って来て貰えるよう努力するから、いつまでも拗ねていないでお湯でも沸かして来てくれないかと言ったら進藤はきょとんとした顔になった。

「お湯?」

「もう歯も磨いてしまった後だけれどね。早く食べないと23日になってしまう」

今日のうちにお茶を煎れてキミとケーキが食べたいんだと言ったら、進藤は何とも言えない表情をした。

照れ臭いような、それでいてどこか情けないような。泣き出す寸前と言えば一番近いだろうか。


「…ずるい」

「何が?」

「いいとこ全部おまえの一人取りじゃん。ケーキ買って来たのはおれなのに、おれは格好悪くて、全然覚えて無かったおまえのがなんかイイコト言ってるし」

これじゃおれがバカみたいじゃんと言うので苦笑してしまった。

「バカでもなんでもキミのことを愛しているよ。だからゴネていないでお茶の用意をしてくれないか? ぼくは勤労感謝の日を祝う趣味は無いからね」

そう言うと、まだ口は尖ったままだったが進藤はゆっくりとぼくの脇をすり抜けてキッチンに向かった。

「くっそ…」

腑に落ちねえ、なんかとにかく腑に落ちねえと言いながら、さらにぼそっと言った言葉にぼくは思わず笑ってしまった。

バリバリと頭を搔きながら進藤はこう言ったのだ。

まったく、ウチの奥サンは鬼より怖ぇよ――と。


「…ぼくはキミの奥さんじゃないよ」

「知ってる」

「だったらいい加減、人を奥さん呼ばわりするのは―」

「やだね」


しつこいかなと思いつつ言い含めるように言った言葉に、進藤が即座に返した。

「それでもおまえ奥サンだから」

「は?」

「おまえが何て言っても、世界中が認めなくても、おまえはおれだけの美人でカワイイ素敵な奥サンだから」

おれがそう決めたの。それだけは絶対譲らないからと、ちらりとぼくを見て、ニヤッと人が悪く笑うので、ぼくは思わずカッとして、「だったらキミは旦那様だ!」と売り言葉に買い言葉のように彼に言ってしまったのだった。



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要は夫婦であるとアキラに認めさせたかっただけという。



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