SS‐DIARY

2012年10月31日(水) (SS)誰かに間違えを教えられた


ある日家に帰ったら、塔矢がまるで魔女っ子みたいな格好で、きっちり正座して玄関でおれを待っていた。

そして姿を見るや、三つ指そろえて頭を下げて言った。

「どうか悪戯させて下さい」

ちがっ――違うとか、どんなとか色々走馬灯が回ったけれど、結果的におれに何も悪いことは無いので、有り難く悪戯をして貰うことになったのだった。



2012年10月15日(月) (SS)もちろん欠片も覚えて無い


「倉田さんは―」

半分眠っていたようだった塔矢が、唐突に口を開いた。

「倉田さんはまん丸でちんちくりんな所が可愛いですよね。雪だるまみたいな眉と、ブタみたいに何でもよく食べる所が可愛くてぼくは好きです」

若手だけの飲み会ならともかく、高段者から低段者までぞろりと揃った畏まった飲み会で、いきなりこんなことを言い出すからおれは隣で顔面蒼白になった。

「緒方さんは嫌なことがあると、よく水槽の熱帯魚に話しかけていたりするじゃないですか。一匹一匹にちゃんと名前もつけてるし、あれ、ずっと可愛いなあって思ってました」

「ちょっ、おまえ―」

止めようとしても聞きやしない。

「座間先生、座間先生はいつも憎まれ役を演じておられますが、本当はとても涙脆くて人情派ですよね。悲恋物の韓流ドラマにはまって見ながら泣いておられるのを出先のホテルでぼくは見ました。ああ、この人はなんて心が綺麗なんだろうって」

息継ぎをしてすぐに続く。

「桑原先生! ぼくは初めて先生にお会いした時に妖怪の親玉を見たと思いました。今でも本当に妖怪が居たら先生のようなお姿だろうと思ってます。貫禄があって、他者を圧倒するような威厳があって、皺の寄ったお顔も渋くて本当に格好いいなあって。いつか年をとったらぼくも先生のようになりたい」

「おい、塔矢、ちょっとおまえ口閉じろって!」

「……ああ、進藤。キミ、最初からずっと可愛かったよね。子どもの頃はほっぺたがぷにぷにでマシュマロみたいですごく可愛かった。今はちょっと頬が痩けてしまったけれど、リラッ●マのキイ●イトリみたいだなあっていつも思って―」

言いかけて、再び唐突に口を閉ざした。そしてそのままいきなり電池が切れたようにがくっと崩れる。

おれは眠ってしまったらしい塔矢の体を抱き留めながら、しんと静まり返った宴会場を見渡した。

何とも言えない奇妙な空気が室内に漂っている。

「あ……あのっ……すみません。こいつツブれちゃったみたいなんで、他の部屋に寝かせて来ます」

思い切っておれが言うと、やっと場の空気が崩れた。

「い、いいんじゃないか?」
「そうだな…ぜひゆっくりと眠らせてあげなさい」
「そうそう、疲れているんだろうし」

ぎこちなく皆が返す中、おれはホテルの人に頼んで一部屋貸して貰って塔矢を寝かせた。

どうせこのまま泊ることになるんだろうと、すぐに宿泊の手続きもして部屋に戻ってみると塔矢は小さい子どものように掛け布団を抱きしめて眠っていた。

「………一柳先生……つるつる……」

寝言でまだ言っているのに苦笑する。

「誰がキイロイ●リだ、こいつ」

こつんと軽く塔矢の頭を叩きながら、けれどおれの心の中は暗澹としていた。

(こいつ明日からどうなっちゃうんだろう)

酔っぱらっていたとは言え、失言というにはあまりな暴言を吐きまくって、これからの棋士生命、終わりなんじゃないかと思ってしまったのだ。

(そん時はおれもおまえと一緒に中国棋院でも韓国棋院でも行ってやるからな)

へらへらとまだ幸せそうな顔で眠っている塔矢の頭を撫でながら、おれは悲愴な覚悟を決めたのに、何故かその後、塔矢に対するお咎めは一切無かった。

シカトされることも無く、嫌味を言われることも無く、逆に皆が妙に塔矢に甘くなったので、おれは何とも腑に落ちず、でも良かったとほっと胸をなで下ろしたのだった。

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かっ、可愛い所もあるじゃねーかこいつって、たぶんみんな思っちゃったんじゃないかな。



2012年10月10日(水) (SS)月よ星よと眺む


普段共に行かされることが多いので、ものすごく久しぶりに進藤とは別の人と遠方に仕事に行って、非道く寂しい気持ちになった。

同室になったその人が嫌いなわけでは無いし、一緒に居てつまらないというわけでも無い。

仕事自体は楽しかったし、その町も人も温かかった。

地酒も料理も美味しくて、郷土芸能だという舞も見せて貰って興味深かった。

(なのになんでだろう)

夜になり布団に入ってもなかなか眠ることが出来ない。

じっと目を瞑り続けても何時間も眠ることが出来ず、とうとう諦めて布団から起きると、窓際に置かれた椅子に座った。

(こういう時、緒方さんは煙草でもふかして暇を潰すんだろうか)

進藤は携帯方のゲーム機を持っていて、以前はそれで眠くなるまで時間を潰したと言っていた。

以前はと言ったのは最近はほとんどぼくと一緒なので、もっと楽しい過ごし方を覚えたからだ。

ぼくは……というと思い出せない。

進藤と一緒の時は他愛無い話でも楽しくてたまらないし、気がつけば眠って朝はすぐにやって来た。それ以前はたぶん、何もせずに眠ってしまっていたのだろう。

もともとそんなに寝付きの悪い方では無いのだ。

「…なのに」

窓からは煌々とした月の光が差し込んで来る。

星はほとんど見えなくて、暗い空は濃く深い青色だった。

襖一つ隔てた和室では同室の人が余程疲れたらしく軽く鼾をかいて眠っている。

(今、ここにキミがいればいいのに)

唐突に思った。

宿の下は渓流で、眺めれば月の光が映って美しい。

こんな中で明りをつけず、月の光に照らされながら打ったらどれほど楽しいことだろうか。

「綺麗だな」

こんな綺麗な月をきっと進藤は見ていない。

鬼の居ぬ間のなんとやらで和谷くん達と遊びに行ってしまったかもしれず、そう思うと少しばかりムッとした。

(浮気者)

軽薄、軟弱、八方美人。

胸の中で罵ってから、再び輝く月を仰ぎ見た。

(…早く明日になればいいのに)

思わずぽつりと言葉が漏れてしまう。

(朝になって東京に戻って、そして―)


『キミに』

『早く』

『会いたい』


気がつくと手は携帯を握り、進藤にメールを打っていた。

送信し、そのままそっと胸に抱く。

返事は来るかもしれないし、来ないかもしれない。

取りあえず来たらそこで眠り、来なかったらしばらく月を眺めていようとそう決めた。

(…進藤)

少し離れただけでこんなにも脆くなる。

ぼくをダメにした責任をちゃんと取るがいいと呟いた時、胸元で携帯が静かに震え出し、ぼくは微笑んだのだった。


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マナーモードです。そして相変わらずうちのヒカアキはどっちもガラケーです。ヒカルは好きそうだけど、アキラは面倒臭いと持たなさそうだし、たぶん当分スマホにはなりません。


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