| 2012年09月20日(木) |
(SS)誕生日の暴君 |
「こんなに暑いとケーキもクソもねーよな」
どっちかって言うとかき氷が食べたいとバチ当たりなことを言った進藤は、皆がご馳走してくれるというのを辞退して、代わりに打ち掛けの時、ガリガリ君を買って貰った。
「やっぱソーダ味最高っ」 「…おまえって本当に祝い甲斐の無いヤツだなあ」 「ほんと、そんなんじゃあんた、一生彼女なんか出来ないわよ」
和谷くんや奈瀬さんに呆れたように言われていたけれど、本人はどこ吹く風で美味しそうに水色のアイスバーを囓っていた。
実際今日は9月の20日としては呆れるくらい暑かった。平気で30度は越えているし、夏だと言っても通るくらいの蒸し暑さだった。
「昨日はそれでもちょっとは涼しかったのにね」
帰り道、首筋に浮いた汗を拭きながら呟くと進藤はぼくからハンカチを取り上げて、頼んでもいないのに後ろ側を拭いてくれた。
「まあ、異常気象ってヤツじゃねーの。去年もさすがにここまでは暑くなかったと思うし」 「冷やし中華」
「は?」 「キミの誕生日のディナーは冷やし中華でいいよね」
「冗談、嫌だよ」 「じゃあ冷やしうどんか冷やし蕎麦だ」
「って、そんな夏の昼飯みたいなメニューで誕生日なんて嫌だし」 「でもキミ、昼間はみんなが奢ってくれるって言うのを偉そうなことを言って断っていたじゃないか」
「ああ、だってホテルのランチとか…落ち着いて食えないじゃん」 「だったらケーキくらい買って貰えば良かったのに」 「あんなクソ暑い中、ケーキなんて食いたくないって!」
進藤は拗ねたように口を尖らせて歩いて行く。
「じゃあ、お寿司だ。ちらし寿司くらいなら作ってあげられるから」 「マジ? 本当? じゃあちらし寿司でいい」
海老も乗せてとねだるので、笑いながらいいよと言った。
「あと、ビール飲みたい。なんかどこかの地ビールでゆずとコリアンダーが入ったヤツがあって、口当たりがさっぱりしてて凄く美味いんだって」 「…地ビールか。駅ビルの地下で買えるかな」
「買えなかったら別にいいよ、コーラでもなんでも」 「いや、折角作るちらし寿司をコーラで食べられるのは嫌だから、絶対見つけて買ってやる」
もう26にもなるのだから、進藤にはそろそろジャンクな物の食べ方はやめて貰いたいのだ。
「あ、それとあれ、あれ買って」
くいといきなり服の裾を引っ張られ何事かと思ったら洋菓子店のショーウインドーだった。
「キミ…確か『こんな暑くちゃケーキもクソも無い』って」 「うん、言った」
「ついさっきも、この暑い中ケーキなんか食べたく無いって言ったよね」 「言った。でもアレとコレは違うから」
でっかいケーキ買って行こう、丸くて切り分けて食べるヤツと言われて苦笑した。
「明日…和谷くんや奈瀬さんに言いつけようかな」 「なんだよ、言うなよ」 「だって昼間のキミを見た人だったらみんな怒って殴りに来ると思うけど」
ぺたりと小さな子どものようにガラス戸に手をついて中を覗き込んでいた進藤はくるりとぼくを振り返ると大真面目にこう言った。
「仕方無いじゃん。おれ、誕生日はおまえ以外とケーキ食わないって誓いをたててるんだから」 「え?」
「前から決めてんの。これから先、誕生日はお前としかケーキ食わない。それで、お前にだけ祝って貰うんだって」
それだけ叶えて貰えたら、物も何もいらない。シアワセだと言い切る。
「それって一生?」 「うん、一生」
一生おまえだけに祝って欲しいと言われて不覚にも顔が赤らんでしまった。
「キミ…友達無くすよ」 「いいよ、おまえが居てくれたら」
おまえだけ欲しい。おまえしかいらない。
重すぎる願い事をあまりにも軽く言い放つ彼は、出会った時と変わらない悪戯っぽい表情でぼくを見詰める。
「なあ、おまえはどう? 叶えてくれる?」 「それは…出来たら叶えてあげたいけど」 「そんなあやふやな返事じゃ嫌だ」
おれは本気で願ってるんだから、おまえも本気で答えてよと、YesかNOかと有無を言わさず迫って来るので、ぼくは思わず顔を背け、それでもどうしても逃げ切れず、暮れて行く空の下、小さく一つ頷くことでやっと許して貰ったのだった。
※※※※※※※※※※※
ヒカル、ハピバー!
| 2012年09月16日(日) |
(SS)頑固で意固地で可愛くて |
「ぼくはキミが好きだけど、それの何がいけない?」
薄々そうじゃないかと思っていたことを二人きりになった時思い切って尋ねてみたら、いきなり紋切り口調で返された。
にこりともしないその顔は相変わらず整っていて美しかったけれど、瞳は憎んでいるのではないかと思うくらい厳しい色でおれを睨んでいる。
「別に悪いなんて言ってないじゃん」
「だったら放っておいてくれ、ぼくがキミを勝手に好きなだけでキミには関係無いことだから」
「関係無いって、おまえおれのこと好きなんだろ?だったらばっちりおれにも関係あるじゃんか」
「どうして? これはぼくの気持ちの問題なんだからキミには関係無いだろう?」
「は? っか、なんでおまえ喧嘩腰なの? 本当におれのこと好きなのかよ」
「好きだよ。最初から好きだって言っているじゃないか。なのにキミがごちゃごちゃとうるさいことを言うから」
人のことなんだから気にせずキミはキミの好きなようにしていればいいじゃないかと、ここまで相手を突き放した恋の告白をおれは知らない。
「だったらそれにおれの気持ちはどう関わって来るんだよ。好きって言うのはそういうことじゃないだろう」
つられるようにおれもムッとした目で塔矢を睨んだら、塔矢は更に険のある瞳できっぱりと言い切った。
「そういうことだよ」
「は?…え?」
「キミはどうなのか知らないけれど、でもぼくにとっては少なくてもそうだ。キミのことをずっと好きだけど、それはぼくだけの問題でその気持ちをキミに押しつけたり、応えて貰おうなんて思ってはいないから」
潔いと言えば潔い。でも、おれには塔矢の言葉はとても冷たく耳に響いた。
「じゃあ、何? おれが他のヤツを好きでも、おまえのこと好きじゃなくても構わないってこと?」
「そうだね」
「そんなの変だろう」
「変じゃない。そもそも好きだからって相手にも好きになって貰おうって言う方がおこがましいんだ」
なにをどういう育て方をしたらこんなガチガチに頭の固いヤツが出来るのかわからないけど、おれはおれを好きだということをそんな風に言って欲しくなんか無い。ましてや自分も好きな相手にだったら尚更だ。
「だったらおれの気持ちはどうなるんだよ。完全に置いてきぼりにされてるじゃんか」
「キミの気持ち?」
「おまえは自分の問題だから放っておけって言うけど、じゃあおれのことを好きなおまえをおれも好きだった場合はどうなるんだよ?」
おれだって好きだった。
この煮ても焼いても食えないような石頭をずっとずっと好きだったのだ。
「おれはおまえみたいには考えられない。好きだったら相手にもおれのことを好きになって貰いたいし、もし好きじゃないんだったら好きになって貰えるように努力したい。だって」
そういうものなんじゃないか?
恋というのは。
「好きで、好かれて、お互いに好き合って‥そういうものなんじゃないのかよ」
目力に負けないようにぐっと腹に力を入れて正面から言ったら、塔矢は初めて表情を微妙に歪めた。
「だって、そんな…」
「そもそもおまえ、おれのどこを好きなんだよ。それで、一人で好きでいてその先どうするつもりだったんだよ」
「キミのどこを好きだなんて、そんなこと考えたことも無い。…それにキミとどうなりたいかなんて…」
「だったら考えろよ。そんないい加減な『好き』、おれは認めないからな」
「は? ぼくの気持ちがいい加減だと?」
「聞かれて答えられないんだったらいい加減だろう」
はたと睨み合いのようになってしまった。
「…だったらキミはぼくのどこが好きなんだ。そしてぼくとどうなりたいんだ」
挑むように言われておれは答えた。
「おれはおまえのこと全部好きだよ。今こうして訳わかんないことクソ頑固に言い張っている所とかも全部含めて好き。そしてそんなおまえとおれは一生一緒に居られたらって思ってる」
笑って、泣いて、怒って、苦しんで、けれどまた再び笑う。
これから先の人生の、一分一秒全てを塔矢と二人で分かち合いたい。
「好きだから触りたいとかも思うし、抱きしめたいし、もっと色々好きじゃなきゃ出来ないようなこともしたいと思ってるし」
なのに放っておけと言われたら触れることすら出来ないでは無いか。
「手ぇ繋ぎたいとか思っちゃダメなのかよ。好きって気持ちで思いきり抱きしめたりとか、そういうこと全部おまえは無意味だとでも思ってんのかよ」
「そんなことは…無い」
「キスしたいとか、そういうのも思わないわけ? おれは思うよ。好きだから。おまえの色んな所触りたいし触られたいとも思うし」
けれどそれは塔矢が言うような一人きりの『好き』には存在しない。相互でなければ絶対に叶わないことなのだ。
「おまえは、おれに触りたいと思わない? おれに触られたいとかそういうのも全然思わないんだ?」
「そんな生々しいこと、ぼくは考えたこと―」
「無い?」
遮るように尋ねたら憮然とした表情で塔矢はおれから顔を背けた。
「なあ、どうなんだよ。無いのかよ、あるのかよ」
「…い」
「え?」
「しっ…知らないっ」
もごもごと言いかけた後、いきなり逆ギレのように怒鳴られた。
「そんなことキミに答える必要もなければ義務も無い」
ぼくが勝手にキミを好きなんだからそれでいいじゃないかと、結局最初に戻ってしまった。
「…じゃあさ、おまえの気持ちは置いといて、おれがおまえを好きってことにはどう思うわけ?」
「キミの好きにすればいいじゃないか」
視線を微妙に合わせないようにしながら塔矢が言う。
「本当に好きにしちゃっていいわけ?」
「だってそれはキミの勝手だし、ぼくがとやかく言うことじゃ―」
「わかった! 勝手にやってやるよ」
そして有無を言わさず顎を掴むと、驚いて目を見開いている塔矢に深くキスをしてやった。
「何をする―」
すぐに突き放されて思いきり睨まれたけれど、そんなの全然怖く無い。だって塔矢の首筋はおれがキスをするずっと前から鮮やかに赤く染まっていたから。
「おまえが言ったんじゃん、おれの好きにしろって。だからやりたいようにやらせて貰ったんだ」
「こんなことをしろなんてぼくは言って無い!」
「それでもおまえには関係無いだろ。おれが勝手におまえを好きで、それでやりたいと思っていることをやりたいようにやっただけなんだからさ」
おまえはおまえで好きなようにすればいいじゃんかと言ったら、むうっと顔が不満そうになった。
「屁理屈をこねるな」
「だったらおまえも変な理由で自己完結するのやめろ!」
目を逸らさずに向き合っておれと恋愛してくれよと言ったら、再び不自然なくらい視線を逸らされてしまった。
「おまえ男らしいし、譲れないものが在るのも解るけどさ、それでもおれのこと好きなんだったら、おれにもちゃんとおまえのこと好きでいさせろ」
「ぼくは―」
突っぱねるか、逆ギレるか、それとも想定外にデレてくれるか。
じっと様子を見守るおれを塔矢は恨めしそうに見詰め返し、それからしばらく黙った後に、思いがけないほど静かな声で「ごめんなさい」「ほくのこと…好きで居て欲しい」とぽつりとふたこと言ったのだった。
| 2012年09月14日(金) |
(SS)restore |
待ち合わせた時間に進藤は来なかった。
例え来なくても待っていると伝えてはあったけれど、一時間を過ぎ、二時間を過ぎても姿を見せない彼に、ああやはりもうダメなのかと思った。
よくあるいつもの喧嘩から真剣な言い争いになって、そこから更にすれ違いが幾つかあった。
元々ぼく達はどちらも頑固で意地っ張りで一度掛け違うとなかなか折れることが出来ない。
それでも壊れずに続いて来たのは一重に進藤の方が自分を抑え、引いてくれていたからだったのだと、それが無くて初めてぼくは気がついた。
我慢強く辛抱強く、どれほどの言葉を彼は飲み込んで来たんだろうか?
惚れた弱みだから仕方無いと冗談に紛らわせて常にぼくを許して来たキミ。
(でもそれに甘えきってはいけなかったんだ)
なんとなくぼくは今回も彼が折れて来るのだとばかり思っていた。
ごめん、だからもう怒らないでと優しく甘いその言葉でぼくを包んでくれるものだと無意識に期待していた。
だから思い詰めた目で終わりにしようと言われてショックを受けた。
『本気で言っているのか?』 『冗談でこんなこと言えるわけない。でも、もうこんな繰り返しは止めた方がいいんじゃないか』
おまえもおれも一緒に居ても傷付け合うばっかでちっとも心が安まらない、だったらいっそ終わりにした方が楽になるのではないかと、言われた言葉の一つ一つが礫となってぼくを打った。
『いやだ、そんなこと』 『なんで? ついさっきまでおれのこと罵ってた口でどうしてそんなこと言うんだよ』
もうおまえのことわかんねえ、マジでもう限界だからと去られて目の前が真っ暗になった。
ぼくは決して良い恋人では無かった。自分でも解ってる。
出会ってから今までずっと、彼には剥き出しの感情しかぶつけて来なかったし、それでいいと言われていたから我慢することもしなかった。
いつでも思ったままを思った通りに投げつけて来て、それが彼を傷付けることがあるなんて、本当にはきっと考えては来なかった。
ごめんなさい、許して欲しい、ぼくが悪かった、幾つもの謝りの言葉が頭に浮かんで、でもそのどれもが相応しいとは思えなかった。
『やり直したい』
そう告げたのは別れを告げられてから一週間後のこと。
考えて、考えて、考え抜いて、それでもどうしても進藤と別れるなんて出来ないと思ったぼくは遅まきながら初めて自分から折れたのだった。
もうとっくにそんな段階では無いのだと解りきってはいたけれど、どうしても諦めることが出来ない。
彼の居ない人生なんて有り得ないと思ったから―。
進藤から返事は来なかった。
同じ文面で二通送って、それから更に追加で一通送った。
最初のメールには謝罪の言葉をありったけ連ね、その次のメールに会いたい旨を記した。
キミと
初めて
待ち合わせた
場所で
金曜日
午後三時に
待っている。
例えキミが来なくてもぼくはずっと待っていると最後の行を打った後、祈るような気持ちで送信した。
(でも、結局無駄だったんだ)
あまりにも遅いぼくの気づきは彼の心を動かせなかった。それが今こうして一人で居ることなのだと降り続ける雨空を見上げながらそう思う。
「…痛い」
胸が痛くて死んでしまいそうだと呟いたその時、ぼくは隣に誰かが立ったのに気がついた。
「進藤…」
そこに居たのは紛れもなく進藤で、複雑な顔で睨むようにぼくを見詰めている。
「何やってんだよ、おまえ」 「キミを…待ってた」 「こんな中、傘も差さずにかよ」
言って下げたままのぼくの傘を握る取るようにそっと奪う。
「重くて持っていられなかったんだ」 「一キロも無いだろ、こんなもん。おまえの傘、チタンででも出来てんのかよ」 「解らないけど…でも、重すぎて持っていられなかった」
重かったのはたぶんキミとの別れ。
失ったと思ったその事実が重すぎて、ぼくは立っているのがやっとだった。
「キミはなんで来たんだ?」
指定した時間に来なかった。それはきっと迷ったということで、二時間以上ぼくを待たせた彼は本当は来ないつもりでいたのかもしれない。
「なんでって、雨だし…雨でもきっとおまえ待ってるんだろうなって思ったし」 「それでも放っておけば良かったじゃないか、キミにちっとも優しく無かった。恋人としての愛情も満足にキミにあげられなかったぼくなんか」 「そうだよな、おれもそう思う、バカだよなあって」
そう言って進藤はぼくの傘を畳むと自分で差して来た傘もまた畳んだ。そしてぼくと同じように降りしきる雨のその上を見詰めるように空を仰ぐ。
「でもきっとおまえ泣いてるからと思って」 「泣いてなんかいないよ」 「泣いてるじゃん」 「泣いて無い」
言い張るぼくに進藤はしばし黙り、それから向き直ると手を伸ばしてぼくの頬にそっと触れた。
「泣いてるじゃん、今も」 「違う、それは雨が―」
髪を伝わりこぼれた滴だと言い張ろうとして声が詰まった。
雨で良かったと立ち尽くしながら思っていた。
晴れた日だったらこんな風に泣き続けることなんか出来なかったから。
なのにそれを一番見られたく無い相手に見られた。
「ごめんな、泣かして」
愛してると囁いて進藤はぼくの頬に顔を寄せた。
こぼれる涙を掬い取るようにキスをして、そのまますりっと頬ずりをする。
その温かさにぼくはもう耐えられなかった。
「泣いてごめん、ぼくの方こそ」
そして彼の体を抱きしめると肩に顔を埋めて泣いた。
ごめんなさい、ごめんなさいとただひたすらに謝って。
世界中にぼく達二人だけになればいい。
そう願ったこの一瞬。
ぼくは抱き返してくれる進藤の腕の温かさを感じながら幸福に目を閉じた。
彼のぬくもりは冷え切ったぼくの体を真から温め、そして意固地だったぼくの見事なまでに粉砕した。
失った愛は今、ぼくの手の中に戻ったのだ。
聞くだけ馬鹿馬鹿しいと思いながら進藤に尋ねた。
「なあ、おまえって塔矢のこと好きなの?」
もう端から見てるだけで解る、隠すつもりもこれっぽっちも無い両想いのバカっぷるに何を今更という気もするけれど、一応友人としてケジメというか気持ちの上で切りをつけるというか、言葉にしてはっきりさせて欲しかったのだ。
すると、気怠そうに対戦表を眺めていた進藤がちらりと目を上げておれに言った。
「じゃあ和谷は和谷なわけ?」 「は? なんだよそりゃ、おれがおれで無くてどーすんだよ。おれは和谷だよ、和谷義高だよ」 「だったら阿保なこと人に聞くんじゃねーよ」
そう言われて目をぱちくりとさせてしまった。
「こっちこそ『は?』だよ、わけわかんねえ」 「なんで? 全く同じことじゃん。おまえが和谷だって言うのと同じくらい」
おれが、塔矢を好きだってことは当たり前過ぎるくらい当たり前なことなのだと、しれっと言われて鼻白んだ。
「それって、細胞レベルまで惚れてるってこと?」 「さあね、でも時々おれ、あいつに触ってると、端から溶けて混ざるような気持ちになることあるから」
指と指を絡ませた、そこから形を失って一つに合わさって行くような気持ちになるのだと。
「解けて、なんだかよく解んない液体みたいになって、それでもう永久に離れない…みたいな」
それくらい塔矢とおれは近いし、他人だと言う気がしないと、もしこれを言ったのが進藤じゃなかったら気色悪いことを言うなと切り捨てたことだろう。
でも進藤はあくまでも真面目に幸福そうに言うものだから、気色悪いと思う代わりになんだか悔しいような気持ちにさせられた。
「そんなスライムみたいになったおまえとは、おれ付き合ってやんねえ」 「えーっ、嫌うなよ。ぐちゃぐちゃでもおれはおれじゃん」 「だってそれ、塔矢が混ざってるんだろ? 嫌すぎ」 「まあ、おまえあいつのこと嫌いだもんな。でも―」
時既に遅し。もうおれの中にはあいつが少し混ざっちゃってるかもしれないぜと言われ、にっと笑われてぞっとした。
その笑みの中に、一瞬確かに塔矢の面影を見たような気がしたからだ。
「どうすんの? そうなったら、ぜっこーでもする?」
おれの表情の細かな動きを敏感に読んで進藤が尋ねて来る。
「…しねーよ」 「ふうん?」 「おまえらじゃあるまいし、一度ダチだと思ったヤツをちょっと混ざりもんがあるくらいで切ったりしないって」 「でもスライムは嫌なんだろ?」 「だから―混ざるにしても半分くらいで止めとけって言ってんだ」
それくらいなら許容範囲内だからと言ったらきょとんとして、それからいきなり進藤は笑い出した。
「わかった、半分な。んー…でもやっぱもうちょっとあいつにはおれをやりたいから、9:1の割合でどうだろう?」 「は?」 「おまえとの友情分に少しだけ残しとく。それでいいよな」 「少なっ!」 「少なくてもあるだけいいじゃん」
そしてげらげら笑いながら進藤は再び対戦表に戻った。
「なー、和谷。これこのままでもいいけどさ、最近望月さん休みが多いからちょっと組み合わせ変えた方がいいんじゃね?」
おれの作った対戦表を指で指しながら、ああしたらどうだ、こうした方がいいとつい今し方の会話なんか無かったみたいに話をする。
「ああ、それはおれも思ってんだけどさ、だからって途中で外せないじゃん。また急に来るかもしんないし」
おれもおれで聞いたことなんか忘れた風に、碁のことに会話を切り替えた。
でも、尋ねる前と後じゃ全然違う。
用紙を指さす進藤の、その指が塔矢と混ざり合っているかもしれないことをおれはもう知っているし、進藤の中に塔矢の欠片が散らばっていることも知っている。
(初めて会った時は、ただのちびっこいガキだったくせに)
そのガキが成長して、今当たり前のように、その命のほとんどをあのクソ憎たらしい塔矢アキラに捧げている。それがとても不思議だった。
(でも、最初からそうだったか)
進藤も塔矢もどちらも最初っからお互いのことしか見ていなかった。その関係は友達とか親友とか、そういう括りでは絶対に無かったとそう思う。
「まあ…それでも、おれの分残してくれたんだから」
それに免じて文句は言わない。
「ん? なんか言った?」 「いーや別になんにも言ってねえ」
院生になってから、ずっと一番側に居て、一緒に成長して来たのはおれじゃねーかと言いたくて、でも代わりにこう言った。
「おまえ最近だらけてるから、もっと対戦増やしてもいいかもなあ」 「マジ? ちょっと勘弁」
(塔矢はきっとそれでも不満に思うんだろうけど)
たぶん本当は一割にも満たないだろう、あいつの中のおれへの友情。
でもそれがあると解っただけで、少なくともおれにとっては、思い切って進藤に尋ねただけの価値は充分にあったのだった。
※※※※※※※※※※※
解り難い話でゴメンナサイ。あくまで友情です。でもなんかあるじゃないですか、おれはこいつのこと友達だと思ってるけど、こいつはどーなんだよみたいなの。
どうせ100パー塔矢なんだろうなと思っていたら思いがけず自分への気持ちもちゃんとあったのでびっくりしてちょっぴり嬉しかった和谷の話でした。(説明長いな(^^;)
| 2012年09月06日(木) |
(SS)菓子と甘い物好きの関係 |
うたた寝をしていたら進藤に、黙って貪るようにキスをされた。
「…何をするんだ」
半分眠ったまま文句を言ったら、進藤は悪びれ無い顔で笑って言った。
「別になんにも」
特別なことなんか何もしてないよと、だからおまえは寝ていていいと言われて、とろとろと眠りかけると今度は顎を持ち上げられて囓られるようにキスをされる。
「進藤…」 「いいから寝てろって、気にしなくていいってば」
いいと言われても気になると思いつつ眠気の方が強くて再び眠る。すると今度はうなじから耳にかけて舐め上げるようにして舌を這わされた。
「本当にキミは…」
何をしているんだと問いかけても笑うばかりで答えない。
いいから寝てろ、進藤が言うのはその繰り返しだ。
鼻を囓られ瞼を舐められ、頬に歯形をつけられて、喉には濃い赤い印をつけられた。
「…もういい加減に」 「いいじゃん、もうちょっと」
おまえのことじっくりと味わって食って居る所なんだからと言われて笑ってしまった。
「そうか、じゃあ精々味わって食べてくれ」
例えばもし、本当に彼がぼくのことを欠片も残さず食べてしまったとしても、ぼくはきっと恨むことも無く、ただ幸せな気持ちに満たされていることと思う。
| 2012年09月04日(火) |
(SS)嵌められた感も無きにしも非ず |
いきなり唐突に会いたくなってしまったら、ぼくにはもう為す術が無い。
「そんなの、会いたいってひとこと電話でもくれれば速攻で会いに来るって」
進藤はさも簡単げに言ってくれるけれど、事はそんなに簡単では無いと思う。
「だって…そんな、ぼくの我が侭でキミを呼びつけるなんてことは出来ない」 「別に我が侭じゃ無いだろ。もしおれに悪いとか思うんだったらお前が来てくれたっていいし」
いつでもどこでもどんな時でも来てくれていいよとにっこりと言う。
「そんなこと余計にダメだ、キミにだって都合があるし、それに…」 「それに?」 「そんなストーカーみたいなこと」 「おれ、おまえがおれのストーカーだったら絶賛大歓迎なんだけどなあ」
してよ、ぜひぜひストーキングしてと言うのでそのにやけただらしない顔を殴りつけたくなってしまった。
「ストーカーは犯罪だ。ぼくはキミに犯罪行為をする気は無いよ」 「おれ本人がいいって言ってんのに?」 「だってそんな執着、気持ちが悪いだろう?」 「だーかーらー」
進藤と話すと話が平行線になることが多い。
意見が合わないことがほとんどだが、今回のように彼がぼくに異様なまでに寛大過ぎるせいではないかと思ってしまう。
「どうしてキミはこんなに言ってもわからないんだ!」 「おまえこそ、どうしてこんなに言ってんのにわかんねーの?」
このクソわからずやと、その後は普通に喧嘩になってしまったのだけれど、ひとしきり罵り合った後で進藤は頭を搔きながらぽつりと言った。
「じゃーさー」
一緒に暮らせばいいんじゃんと。
「え?」 「同居したって、そりゃいつも一緒ってわけには行かないけど、会いたくなった時にいつでも一番側に居られるだろ?」
遠慮も躊躇も何もせず、ドア開けて入って来るだけでいいんじゃんと言われて目から鱗が落ちたような気持ちになった。
「でも…」 「まだ何かあるのかよ」 「そんなぼくの一方的な都合でキミに同居して貰うなんて迷惑は…」 「どうしてそこで一方的って思うかな」
相互だよ、相互、おれもおまえのことストーキングしたくなるくらいいつも会いたくてたまらないと言われ、ようやくぼくはほっとして、今回も会いたくてたまらなくて散々迷って呼び出した彼の胸に抱かれたのだった。
※※※※※※※※※※※※
ヒカルもまた自分と同じ、もしくは自分以上に好きで居てくれるという考えをおこがましいと持てないアキラの話です。
| 2012年09月03日(月) |
(SS)おれの気持ちは変わらないから |
好きな人と一生一緒に居られる確率って一体どのくらいなんだろう?
どれほど好きでも途中で離ればなれになることだってあるだろうし、進学、就職で別れたって話は腐る程聞く。
新しい環境の中で新しい人と出会ってそちらに惹かれてという話も珍しくは無い。
そうで無くて結ばれても途中で気持ちが冷めるというのも非常によく聞く話だ。
どんなに好きで愛していてもその気持ちが永遠に続くかどうかは当人同士にだって解らないだろう。
(だから、そう考えるとぼくは運がいい)
お互いに棋士であることは一生だと思っているから、離ればなれになるということは無いし、極端に環境が変わるということも無い。
新しい人との出会いもそれなりにあるけれど、それだって同じ世界の人間とというのがほほとんどだ。
途中で気持ちが冷めるというのは有り得るかもしれないけれど、もしそうなったとしても会えなくなるということは万が一にも無い。
ぼく達は同じ世界で同じ環境で顔付き合わせて日々戦っているのだから。 そう考えると棋士で良かったと心の底から思う。
そしてまた彼も棋士で良かったと同じくらい強い気持ちで思うのだ。
「ぼく達は、どんなことがあっても離れることは無い」
永遠に同じ世界で生き続けることが出来る。
そのことを考えて、ぼくは例えようも無い幸運を常に一人噛みしめるのだ。
*****
塔矢は時々、これが最後というような目でおれを見る時がある。
もちろん気持ちが冷めたとか、おれと別れたくなったとかそう言うのでないことは表情をみればよく解って、だったらじゃあまたきっと心ん中で変なこと考えてんだろうなと思う。
(また、おれと別れた時のことでも考えてるんだよな、きっと)
おれの中には無いのに、塔矢の中には常におれと別れるかもしれない未来というものがあってそれが時折心を横切るらしいのだ。
おれだってもちろん馬鹿じゃない。関係を続けるのが容易ではないことぐらい解っているし、いつか選択を迫られるような事態になるかもしれないことぐらい解ってる。
「でも、そんなの関係ないもんなあ…」
塔矢がどうだか知らないけれど、おれは塔矢と別れて生きてなんかいけない。
だから絶対に別れない。それだけはずっと決めている。
「あいつにとっては迷惑かもだけど…」
(こっちには死活問題だから)
同じ世界に居られれば良いなんて、そんな温い関係はまっぴらだ。だからお れは塔矢を愛する。
全力で、愛し抜こうと思っているのだ。
*****
「嫌だよ」 「それでもおれ、別れないし」
本当の別れ話では無い。もしもの話をしていてそうなった。
「自分達で思っていても、叶わないことだってあるじゃないか」 「それは自分ら次第じゃねーの? 別れないって決めてるものを誰も本当には別れさすことなんか出来ないって」
「キミはいい、そんな風に出来るから、でもぼくは―」 「出来ないって思ってるだけだろう。おれだって別に平気じゃないよ。平気じゃないけど、おまえと別れるなんて絶対嫌だから」
もし本当におまえがおれから離れようとしたら、おまえを無茶苦茶傷付けるよと言ったら驚いたような顔をされた。
「出来ないって思ってる? おれ、おまえが本当に嫌だと思うこと平気でダース単位で出来るよ。それを一つ一つおまえが壊れるまでやってやってもいい」
「…そんなことをされてキミを愛せるとでも?」 「違う。愛してるから壊れるんだ」
だからおれにそんなことをさせないように、いい加減おまえも腹括れよと言ったら塔矢は黙って俯いて、「キミは非道い」と泣いたのだった。
「ねーねー」
しばらく携帯をいじっていたと思ったら、ふいに近づいて来て進藤が後ろからぼくに抱きついた。
「なんだ? 暑いな」 「ウォーアイニーってどういう意味?」
唐突に尋ねられて持っていた麦茶のコップを落としそうになる。
「は? なんでいきなり???」 「今、ヨンハとメールで話してたらおまえに聞いてみろって言われた」 「どういう会話の流れでそういうことになったんだ」
想像もつかなくて尋ねると、んー、なんだったかなあとこれがまた曖昧で心許ない。
「メールのやり取りをしてたんだろう?」 「うん。それで………………ああ! 思い出した。好きなヤツがいるかどうかって話で、それでなんか話してたら、そのウォーなんとかをおまえに言ってみろって言われたー」 「言われたーじゃない」
ぼくはコップを床に置くと、額に手を当てて大きく息を吐いた。
高永夏は、たぶんぼくの彼への気持ちを知っていて言ったのだ。
我愛你
中国語の愛の言葉。
「…私はあなたを愛しています」 「は? いきなり何言ってんの? おまえ」
「だから、ウォーアイニーの意味がそうなんだ。私はあなたを愛しています。告白の時に使う言葉だよ」 「へー」
ほー、ふーんと、進藤は解ったのか解らなかったのか、すっとぼけた調子で繰り返す。
「そうか、愛の言葉ね…ふうん」 「キミ、遊ばれたんだよ高永夏に」 「うん、そうかも。でもいいや」 「いいのか?」 「うん」
進藤は相変わらずぼくにべったりと抱きついたまま、けろりとした口調で言った。
「別にそういう意味だとしても、おれ、何ら困ったことにはならないから」 「え―――――」
一瞬時間が止る。
「なあ…もう一回言ってやろうか?」 「いや、いい」
こんな接近した状態でそんなことを言われたらぼくは死ぬ。恥ずかしさのあまりにきっと絶対死ぬだろう。
なのにどうやら高永夏よりももっといい性格をしているらしい進藤は、ぼくが赤くなっているのに敏くも気づき、前よりもっと密着するとぼくの耳に甘い口調で囁いたのだった。
「我愛你」
おれ、おまえのこと愛してるよと。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
もう、たくさんの人に何百万回も同じようなネタで書かれてきたであろう「我愛你」(^^; 今日、ひっさしぶりに聴いたら書きたくなって書きました。
なつかしー。
そうそう、ヨンハは喋るのは苦手ですが文字では割と日本語が出来るって設定です。メールは英語とカタカナ混在メールです。
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