SS‐DIARY

2012年08月26日(日) (SS)恋愛賞味期限


おまえのことが好き、だからそういう意味でおれと付き合って欲しいと思い切って言ったら、塔矢は黙ったままその場から去ってしまった。

その後もおれを避けるわけでは無いけれど返事は一切無くて、ああこれは遠回しな断りなんだなとおれは溜息をついて諦めた。

そのまま『友人』としてずっと付き合いを続けていたけれど、二年後のある日、棋院で会った際に唐突にぽそっと言われた。

「いいよ」
「え? 何?」

当然意味が分からずに、思わず問い返してしまったら塔矢はムッとしたようにおれを睨んで言い返した。

「ぼくもキミが好きだから、申し出を受けるって言ったんだ」

キミの告白に誠意を持って答えたのに、その態度は何だと切れられておれは混乱した。

「えっ? えっ? だってあれって、おれ…フラれたんじゃないの?」

お友達でいましょーってことだったんじゃねーのと言ったら更に怖い顔をされた。

「いつぼくがそんなことを言った。大切なことだからじっくり考えて返事をしたんじゃないか」

じっくりで二年間。

もしその間におれの気持ちが変わっていたりしたら一体こいつはどうするつもりだったんだろう。

(まあ、二年たっても全然気持ちは変わって無いけど)

それどころか百年経ってもきっと変わりはしないだろうと思う。

「それで、ぼくが答えたことに対するキミの言葉は?」
「あっ…ありがとう」
「それだけ?」
「えっと、すげえ…嬉しい…デス」

これから末永くよろしくお願いしますと言ったら塔矢は初めて笑顔になって、こちらこそよろしくとぺこりと頭を下げたのだった。


※※※※※※※※※※※※

クソ真面目の弊害っていうことで。



2012年08月23日(木) (SS)コンビニでも良かった


かなり本人気をつけて、水分も塩分も摂っていたようだったのに、それでも真夏日の外でのイベントはかなり体にキツかったらしい。

昼を過ぎた頃から顔色が悪かった塔矢が、突然裏手に回って来て少し休ませてくれないかと言った。

「いいけど、おまえ指導碁とか大丈夫なん?」
「…芦原さんに代わってもらったから」

だから少し横にならせて欲しいと、立っているのも辛そうなのですぐに床の荷物を退かし、ダンボールを敷いて寝かせてやった。

「大丈夫? 熱中症?」
「そこまでは行っていないと思う。でも少しそんな感じになっているから」

何か飲み物を買って来てくれないかと言われて上着のポケットから財布を出した。

「いつもお前が飲んでるヤツでいい?」
「別になんでもいい。スポーツドリンクなら」

とは言っていたものの、あんなに弱ってしまっているのだからなるべくなら好きな銘柄のヤツにしてやりたいなとまずは手近な所に行った。

「あれー…」

しかしこの暑さが祟ってか、スポーツドリンクだけが売り切れになっている。

(まあでも自販機なんていくらでもあるし)

実際視界に入るだけでも複数あったので、おれはさほど深刻には考えず次の自販機に足を向けた。

けれど。

「うわ、ここも売り切れかよ」

行く先々どの自販機もスポーツドリンクだけが売り切れだったのだ。

(クソ暑いしなあ)

自分だって買うならそうするだろうと晴れた空を恨めしく見上げる。

「でも、あいつ待ってるし…」

早く買って帰らなくちゃと急ぎ足で次の自販機を探した。

しかし、どの自販機も示し合わせたかのようにスポーツドリンクだけが無かった。もしくはあっても、塔矢の好きな物では無かった。

この際好き嫌いは二の次にしてもいいだろうと頭では思うのだが、それでもなるべくならと足が次に向かってしまう。

たかが一本のスポーツドリンク。

それを買うのにどれだけ歩き回ったことだろうか、ふと目を上げた時に奇跡のように目に入ったのは売り切れ表示の出ていない自販機のスポーツドリンクで、おれは思わずすがりつき、「あったーっ!」と叫んでしまいそうになった。

いそいそと小銭を出して一本買って、そして慌てて来た道を戻る。

思ったより随分遠くまで来てしまっていて、小走りに走ったら全身から汗が噴き出した。


「ごめんっ、遅くなった!」

会場の裏手に回ったら、塔矢はまだ同じ状態で横になっていて、でも幾分顔色は良くなっていた。

「ほら、おまえの好きなヤツ。早く飲んで元気になれよ」

ひたっと頬に当ててやったら冷たいと気持ち良さそうに目を閉じた。

それから再び目を開いておれを見る。

「キミ、随分汗をかいて…もしかして遠くまで買いに行ってくれたのか?」
「別にそんなこと無いよ。ただ外がすげー暑いから」

何しろ立ったいるだけで汗が噴き出してくるぐらいの暑さだ。その中を小走りに走ったのだからびしょ濡れになるくらい汗をかいても当然だった。

「まったく、もう夏も終わりだってのに暑いよなあ」

言いながらぽたりと額から落ちた汗を手の甲で拭う。

ああ、このスーツ、まだ一回しか着てないけど帰ったらすぐにクリーニングに出さなくちゃだなあとぼんやりと思った。

「進藤?」

ん? 何?とおれとしては答えたつもりだったのだが、実際は声は出ていなかったらしい。

「進藤っ」

覚えているのはいきなり視界が真っ暗になったこと。そして塔矢がおれの名前を叫んでいたこと。それだけだった。


次に目を開けたら塔矢が心配そうにおれを見ていて、ついでに緒方先生とか芦原さんの顔も近くにあった。

「何?」

状況が解らなくて尋ねると、緒方先生がぶっきらぼうにおれに言った。

「軽い熱中症だ。馬鹿者」
「はあー…」
「進藤くん、キミ昼からあまり水分摂っていなかったでしょう。なのにこの炎天下を歩き回るなんて無茶だよ」

芦原さんに苦笑されてそうか、おれ、倒れたのかとやっと自分の状況を理解した。

「スミマセン」
「イベントの方はもう後撤収だけだからいいんだけど、進藤くんはもう少し寝ていた方がいいと思うな」
「打ち上げは今日はおまえはパスだ。気分が良くなったらさっさと帰ってさっさと寝ろ」
「えーっ」

そして最後に塔矢がおれに何を言うかと思ったら、何も言わずただじっとおれの顔を見詰めている。

「なんだよ、おまえも言いたいことあんなら言えよ」

いつもだったらきっと不注意だのなんだの、自己管理の出来ていなさを罵られるはずなのに今日は何故か何も言わない。

「…他の銘柄だったら、四つ先の自販機にもあったじゃないか」

これを選ばなければもっと近くで買えただろうにと、やっと口を開いたかと思ったら妙に思い詰めた口調で言われてしまって答えに詰まった。

「いや、だっておまえ、それが好きじゃん?」

他のはいつもは飲まないじゃんと言ったら、塔矢は一瞬くしゅっと泣き笑いのような顔になった。

「それでもね、キミを熱中症で倒れさせるぐらいだったら、ぼくは何でも我が侭言わず飲んだよ」
「そうだ、おまえはちょっとこいつを甘やかし過ぎなんだ」
「緒方さんは黙ってて下さい!」

背後に向かって怒鳴った後で、塔矢はおれに向かって非道く優しい声で言った。

「気分は? 頭が痛かったりはしないか?」
「大丈夫。それよかおまえは?」
「もう…大丈夫。キミが場所を作ってくれたからね。ゆっくり休んで元気になれた」

だから今度はキミが休んで元気になれと、やっぱりまだどこか泣き出しそうな顔でおれに言う。

「そうだ、買って来たヤツ飲んだ?」
「…まだ」
「飲めよ」

人が苦労して買って来たんだから必要なくても飲めと言ったら塔矢は頷いた。

「うん。でも今はキミも飲んだ方が良さそうだから」

半分こして一緒に飲もうとスポーツドリンクを取りだして、にっこりとこれ以上無いくらい可愛い顔でおれに笑った。

好きだよ。キミが好きだよと、気持ちがだだ漏れの笑顔だった。

「あ、えーと、だったら…」

口移しで飲ませてと、つい緒方先生や芦原さんの存在も忘れ、可愛さのあまりそう言ってしまったら、塔矢はばしっとおれを叩いてその場は怒って見せたけれど、その後で皆が居ないのを見計らって、こっそりと飲ませてくれたのだった。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

「でも進藤くん、どうしてコンビニで買わなかったの?」と、後に芦原さんに言われてヒカル大ショック。
「その手があったかーっ」「その発想無かったーっ」焦るあまり視野が狭くなっていたということで。



2012年08月19日(日) (SS)嘘の代償2

※昨日の「嘘の代償」の続きです。



進藤はあれから空っぽになってしまった。

手合いには普通に出ているし、勝率も別に悪く無い。研究会にも積極的に参加しているし友人達との付き合いもいつも通りだ。でも、ぼくを見る目にだけは感情が無い。


「おはよー、おまえ早いな」

最初は口もきいてくれなくなるものと思っていた。

あれだけのことをしたのだ、無視されるものと思っていたのに、泣かせてしまった日から数日後、会った時にはごく普通に彼の方から話しかけて来たのでほっとした。

「進藤、この前は―」
「おれ、今日は和谷達と終わったらゲーセン行ってUFOキャッチャーやって来るんだー」

どうしても欲しいフィギュアが景品で出ていてと、ぼくの言葉を途中でぶった切って、なのに気にした風も無く自分の言いたいことだけをそのまま続ける。

「進藤?」
「上野かアキバまで出てもいいんだけど、あそこら辺、取らせてくれる気がねーんだよな」

そうしてから「ん?」とぼくを見て微笑んだ。

でもその目は笑って無い。笑っていないどころか何の感情も映してはいなかったのでぼくはぞっとした。

「キミ―」
「そうそう、門脇さんに頼まれてたんだ。今度塔矢門下の研究会にも出てみたいって、そーゆーの有り?」
「あ、ああ。別に大丈夫だと思う」
「じゃあ伝えておく。それで連絡用にメアド教えるけどいいよな?」
「あ…うん」

全てが全てこんな感じだった。

ぼくが話しかけると彼はちゃんと応対する。それに何ら変な所は無い。けれどそこには一番大切なぼくに対する感情というものが欠落してしまっているのだ。

(やっぱり怒っているのか)

最初そう思って、でも違うと思った。

怒りすら彼の中には無かったから。彼の中にあるのはただひたすらの虚無。
ぼくに対する彼の感情は死んでしまったのだと思った。

(ぼくが殺した)

子どもではあるまいし、言っていいことと悪いことの区別がつくはずのこの年で、ぼくは人として絶対にしてはいけないことをした。

そしてこの世で一番大切な人の心を自ら殺してしまったのである。


今の進藤はただ生きているだけだ。

ぼくに関する以外のことではどうか知らない。

でも少なくともぼくに関することでは、ただ自動的に動いているという感じだった。

(どうしたらいいんだろう)

俯いて涙をこぼした彼の姿はまだぼくの瞼に焼き付いている。たぶん一生忘れることなんか出来ないだろう。

何度も何度も謝って、でもその声はまだ一つも進藤の耳には届いていない。

そんな風にぼくが彼をしてしまった。


「進藤…」
「なに?」
「今日ぼくの家の碁会所で打って行くか? 市河さんが美味しいものがあるからって」
「いや、止めとく。また今度誘って」

そして誘っても進藤はぼくの誘いを受けることが無くなった。なんだかんだ理由をつけてやんわりと断って来る。

ぼくを誘って来ることも全く無くなり、忙しいからだろうと理由をつけても、和谷くん達とは行動を共にしているから、本当に忙しいわけでは無いんだろう。

いくらぼくが馬鹿でも少しずつ距離を開けられて行っていることは解っていた。

表立っては何も無く、でもきっとこうして彼はぼくという存在を彼の中から少しずつ遠ざけ、何れ完全に消し去ってしまうつもりなのだろうと思った。

それだけのことをぼくはしたから―。

「…馬鹿なことをした」

傷付けようなんて、好きな人を傷付けようなんて馬鹿なことを思ったからこんな手痛い罰を受けたのだ。



「進藤、キミはもうぼくを一生許してはくれないのかな」

無駄だと解っていてもぼくは彼に会うたび許しを請うた。

「それでもいい、許してくれなくてもぼくはいい。だってぼくはキミをそんなにも傷付けたんだから」

進藤は間近でぼくが喋っていても何の反応もしない。殊にあの日のことについては顕著で、たぶんぼくの言葉は聞こえてすらいないんだろうと思う。

「ごめんね、非道いことをしたね。でもぼくはキミが好きだから…好きで好きでたまらないから、キミがぼくを見なくても、ぼくの言葉を聞かなくても、これからもずっとキミの側に居る」

お願いだから居させて欲しいと泣いて願った。



そしてぼくはそれからも彼から離れること無く、側に居た。

彼の方はゆるやかにぼくから離れようとしていたけれど、ぼくはそれでもしつこくつきまとって、聞こえていない耳に謝罪の言葉を繰り返した。

春も夏も秋も―。

季節が移っても進藤の中は空っぽのままで、ぼくはそんな彼を逃してやることもせずに、ただずっと側に居た。

冬も、そして再びの春も。

相変わらず彼の目にはぼくは映ってはいなくて、側に居て話しかけても反射のように感情の無い言葉を返して来るだけだったけれど、それでも離れたくないと強く思っていた。

だって進藤はずっとぼくを好きでいてくれたから。

喧嘩した時も、つまらない嫉妬でぼくが無視し続けた時でも、決してぼくから離れなかったから。

夏と秋と、またあっという間の冬が来る。いつしかぼくは謝罪の言葉を口にしなくなり、ただ静かに彼の側に居るようになった。

話すことは他愛の無いこと。進藤が聞いていても聞いていなくても、構わずにぼくは静かに彼に語りかけた。


季節を2回ほど巡らせ、それでも相変わらずぼく達の関係はそのままで、表面的な付き合いと碁だけは順調に続いていた。

そして再びの春が来た時だった。

ぼく達は市ヶ谷の桜堤をゆっくりと二人で歩いていた。

桜を見に行こうと誘ったのはぼくで、彼は相変わらず反射のように「いいよ」と答えたに過ぎ無い。

ぼんやりと、何も映さない瞳で彼はぼくを含めた全てを眺め、ゆっくりと本当にゆっくりと歩いていたのだけれど、道のりの半ばほどを過ぎた時に唐突に振り返った。

「なんか飲みもん買って来ねえ?」

驚いてぼくは彼を見詰めた。

「喉渇いたし、折角桜見ながら歩いてるんだから食いモンとまでは言わないけど、何か飲むもんあった方がいいんじゃねーかな」

それは投げかけられた言葉に対する自動的な言葉では無かった。彼の方から意志を持ってぼくに対してかけられた言葉だった。

一体どれくらいぶりだろう?

「何が…いい?」

驚きのあまり語尾が震えるのを隠せない。

「普通にフラペチーノとかでいいんじゃん? あ、でも何か季節のメニューがあったらそれもいいなあ」

もう二度とこんなことは有り得ないと思ってた。

彼が瞳にぼくを映し、ぼくに向かって話しかけて来るなんて。

「わかった、じゃあ…季節ものがあったらそれを…買って来るよ」

それが、ぼくの心ない言葉で切れた進藤とぼくとの時間が再び繋がった瞬間だった。

許されたわけではきっと無い。

でも少なくとも進藤は、ぼくを居ないものとして自分から排除するのを止めたのだった。

「ごめんなさい」

泣くまいと思っても涙が溢れて止らない。

「ごめんなさい、進藤」

そしておかえりと、泣きじゃくるぼくの顔を進藤は長い間黙って見詰めていた。

「あんな…非道いことを言って…傷つけて」

しゃくりあげそうになるのを必死で耐えるぼくに、彼は困ったような顔をして、でも懐かしい声で言ってくれた。

「ただいま」

それは紛れも無い、失われる前にぼくに常に向けられていた進藤の愛情の篭もった優しい温かい声だったので、ぼくは人が見るのも構わずに大声で叫ぶように泣いてしまった。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

リクエストを頂きましたので、昨日の話の続き、仲直り偏。でもきっと想像されていた物とは違ったのではないかな(^^;

もっとラブラブなハッピーエンドにしたかったですが、人が人を真に傷付けた時、有り得るのは劇的な何かでは無く、気が遠くなる程の時間とこんなふうな静かな和解とも言えない和解なんですよ。



2012年08月18日(土) (SS)嘘の代償

※ぬるい非ハッピーエンド注意




進藤を泣かせてみたいと思った。

いつもいつも好きなのはぼくばかりで、彼はいつもへらへらと何の苦労もしていなさそうで。

ぼくを好きだと言う割にぼくが居なくてもきっと困らない。それがとても悔しかった。


「キミなんか嫌いだ」

その時、きっかけが何だったのか忘れたが、軽い言い合いのようになってムッとしたぼくは今までの不満をつい舌に乗せてしまった。

「なんだよ、突っかかんなよ」

「突っかかっているのはキミの方だろう。ぼくは事実を言っているだけなのにキミはいつもそれを認めなくて」

「んなこと無いって、むしろおまえの方が事実を認められないんじゃねーの」

「そんなことあるよ。大体キミは真剣みが足りない。リーグ入りを果たしたからって、別にタイトルを獲ったわけでも無いのにいい気になって精進をすっかり忘れている」

それは半分が本音で半分が言いがかりだった。

「そんなことをやっているキミをぼくがいつまでも好きでいると思うなよ」

所詮キミなんて碁の才能だけで買っているのだからと、そこまで言うつもりも無かったのに止らなくなった舌が思ってもいないことを紡ぎ出した。



「…なんだやっぱり、そうなのか」

言い過ぎた。

ぼくはてっきり彼が怒りで顔を赤く染めるものと身構えた。

けれど進藤は奇妙な程静かで、顔色はむしろ白いくらいに血の気を失っている。

「進」

「ずっとそうなんじゃないかって思ってた。でもいくらおまえでも少しはおれ自身のことも好き―でいてくれたりしてるんじゃないかなって」

甘っちょろいこと考えてたおれが馬鹿だったと、進藤の声音が穏やかなのが逆に怖い。

「悪かったな、なのに勘違いして勝手に好き好きつきまとって」

「進藤―違――」

「やめるわ、おれも」

「え?」

「本当におれを好きなわけでも無いおまえに無理矢理恋人ごっこさせることなんか出来ねーもん。だからもう今日で終わりにしよう」

明日からはまた元のトモダチ同士ってことでと、言いながらふと苦笑のような笑みを浮かべる。

「あれ? もしかしてダチってのすら思い上がりだった?」

おまえん中のおれって、その程度の価値すらも無かったりしたのかなと言われてぼくの方が顔色を失った。

「進藤、だから違う。ぼくはそんなこと思って無い」

「ごめんな。おれ馬鹿だから、おまえのそういうの解ってるつもりで全然解っていなくて」

勝手に夢見ちゃってごめんなと穏やかな口調のまま、でも不意に俯いて涙をこぼした。

「おまえ―最低」

死ねばいいのにと言われて突き刺されたような気持ちになった。

「ごめん、進藤。さっきのは本当の気持ちじゃ―」

ぽたり、ぽたりとテーブルの盤上に涙が落ちる。

幾らぼくが何を言っても、もう彼の耳には届かない。

(…どうしよう)

泣かせたいと思っていたのに、実際に目の前で彼の泣く様を見たら、あまりにも痛々しくて正視することも出来なかった。

「進藤、お願いだから」

お願いだから言い訳をさせて。

遠い対岸から叫ぶ人のように、ぼくは涙を流し続ける彼をひたすらに呼んだ。

呼んでも、呼んでも、反応は無い。

(ああ…何てことだ)

今までずっと知らなかった。

ぼくには一つ魔法が使えたのだ。

彼の心を粉々に砕く、残酷な魔法が。


進藤は俯いて泣いている。

ぼくは取り返しが付かないという言葉を噛みしめながら為す術も無く、細かく震える彼の肩を見詰めることしか出来なかった。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


ヒカルが泣く所はもう見たく無い。北斗杯でそう思ったはずなのに、それをうっかり忘れたアキラの話。

大丈夫、ちゃんと仲直りしますよ。



2012年08月17日(金) (SS)自分の職場で変換しよう


待ち合わせた交番前には既にぱらぱらと人が集まっていて、けれどその中に毛色の違う男の子がいた。

すらっと背が高くて(まあそのくらいならよくいるけれど)、前髪だけを明るい色で染めていて(そういう子もよくいるけれど)、服装はジーンズにTシャツだけど(まあデフォルト)、ぱっと見た瞬間二度見してしまうような凄い男前だったのだ。

たぶん二十歳前後くらいで、美形とはまた違う人好きのする甘さの残る顔立ちをしている。

それがどういうわけか、おばちゃんばかりの工場のアルバイトの群れに混ざっているのだから思わずまじまじと見てしまった。


「ねえ、キミ、新しく来るって言うフォーク(フォークリフト)の子?」

やはり気になったらしい、古顔の佐々木さんが聞いていたけれど「あ、違います。おれは今日だけのバイトで…」と言っていたのでどうやらスポットの派遣さんらしい。

声をかけられた時ににこっと笑った顔が人懐こくて、ああこの子さぞやモテるだろうなあとぼんやりと思った。



時間が来て皆で工場に向かい、そして後はいつも通りの流れ作業になった。

その子も慣れない手つきで作業に加わり、あっという間に時間が過ぎる。


「君、学生?」

休み時間に声をかけると「社会人です」と言われて少しばかり驚いた。

てっきりまだ大学生くらい、もしかしたら高校生も有りかもしれないと思っていたのだ。

「もしかして会社の夏休み?」

この不景気、給与カットで夏休みにこういうスポットのバイトに入る人も結構多い、だからこの子もそういう類なのかなと思ったのだ。

「あー…うん、まあ似たようなもんです休みは休みなんで」

夏の終わりに遊びに行きたいんだけど、ちょっと懐が寂しくてそれでバイトに来たのだと言う言葉に頷いた。

なるほどなるほど。

「ふうん、もしかして彼女と?」
「彼女なんかじゃないデスよ」

にっこりと笑ったけれど、その笑いに照れが混じっていたので図星だったのだと解った。

彼、名札から「進藤くん」だと解った彼は、すぐに仕事を飲み込んで、働いている人達とも打ち解けて、昼休みには何人かいる男性職員と楽しそうに話をしていた。

何やらやっているなと思ってのぞいて見ると、小さな碁盤で碁を打っている。

「珍しいね。君らぐらいの子ってそういうのやらないでしょう」
「まあ、そうですね。でもおれは好きなんで」

ガキの頃から打ってますよと言う通り、なかなかの凄腕らしい。

相手をしていた年配の男性は早々に負けたと叫んでいて、その後のニ回戦目でも瞬殺で負けてしまっていた。

「おまえ帰り残業して行け、それで晩飯の時にまた勝負しろ!」
「いいですよ」

あーあ、そんなこと言ったら本当に夜中までバイトさせられちゃうのにと思いつつ、藪蛇にならないように口は出さない。

そして終業の6時、私達は帰ったけれど進藤くんは汗を流しながらせっせと検品の仕事を続けていたのだった。



たった一日だけのスポットのバイト。

でもあの子がいるだけで妙に職場が華やかになったなと、その後のぱっとしない顔ぶれを眺めながら寂しく思う。

希に学生のアルバイトもやっては来たけれど、顔立ちの甘さはあっても『進藤くん』とは比べものにならなかったからだ。

顔の造作とかスタイルとかでは勝っているだろうという子も居たけれど、雰囲気というのだろうか、気怠そうで面倒臭そうな空気が彼とは全く違っている。

進藤くんは何というのだろうか、全てに於いて生き生きしていた。輝いていると言っても良かっただろう。

(また冬休みにでも来ないかしら)

たまにああいう子が来ると単調な仕事にメリハリがついて有り難い。


あの日、進藤君は10時過ぎまでバイトして、尚かつ男性社員と律儀に碁を打ってから帰ったらしい。

(ああ、そうそう、…碁)

携帯用の碁盤に向かう進藤くんは、ぴしっと背筋が伸びて格好良かったなと思う。

「無事に彼女と遊びに行けたかしらね?」
「ああ、スポットで入ったバイトの子ね。またああいう子が来ないかしらねえ」

皆思うことは同じようで可笑しかった。

そんなある日、昼休みにお弁当を食べながらテレビを眺めていたら、唐突に彼が映った。

『進藤ヒカル十段が棋聖位を獲得』

どれを見ようかとチャンネルを変えている途中、NHKのニュースに見覚えのある顔が現われたのだ。

ぶっと食堂の向こうで男性社員がお茶を吹く。

どうやら進藤君は囲碁のプロで、しかもかなり有名な人だったらしい。

「なんだよ、どうりで強いはずだよ…」

惨敗した男性社員がぼやいていたけれど、なんとなく納得するものはあった。

あの輝きは真剣に何かに挑み、極めている者故の輝きだと思ったからだ。

アルバイト時とは違うきちんとしたスーツ姿は惚れ惚れとする程で、やっぱりこの子、格好いいなあと思った。

花束を抱えながら差し出されたマイクに答えている彼は、相変わらず人好きのする笑顔で、でもそこらの若い子とは纏っているものがまるで違った。

『そういえば随分日に焼けていますが、夏休みはどちらかへ?』
『一日だけ海で遊んで来ました』

ほうほう、結局海に行ったのか、良かったねえと心の中で思う。

『海というと沖縄とか』
『まさか、一日ですよ? 近場のフツーの海。でもその前に引っ越しなんかしちゃったもんだから金が無くて、しょーがないのでバイトして稼いで行って来ました』

『棋聖がアルバイトですか? 指導碁とか?』
『いえ、工場で電化製品の検品やって来ました』

受け手は冗談だと捉えたようで笑っていたが、私達は苦笑するしか無い。

『そこでちょっとだけど打てる人が居て、休み時間に打ったりとかして、結構面白かったです』

また今度貧乏になったら行きますんでよろしくと言った瞬間、画面の外で何かあったらしい。

進藤くんは痛そうに顔を顰めると、真隣に立っている、これもまた同年代の子達には有り得ないような凛とした空気を纏っている大層顔立ちの綺麗な男の子に噛みついた。

『って、痛ぇ! おまえ蹴んなよ!』
『キミがあんまり馬鹿なことばかり言っているからだよ』

別にオフの日に何をしようと勝手だけれど、いい気になっているとすぐに取り返すからねと、どうやら彼が進藤くんに今日負けた相手らしかった。

『やんねーよ、大体バイトしたのだっておまえが海行きたいって言うか―――』

痛っと再び大きな声がして、画面は対局とやらのシーンに切り替わった。

(ふうん)

てっきり彼女かと思ったのに、友達と行くためにバイトに来たのかと、それがとても意外だった。

(案外思っている程モテないのかしらね)

今どきの子のようなちゃらちゃらした雰囲気が無いのが女の子にはマイナスに作用しているのかもしれない。

「いい子なのにねぇ」

勿体無い。ああ勿体無い。

でもまあ、あんな子ならいつでも来てくれて大歓迎だから、またバイトに来ないかなと、私がぽつりと呟いたら、食堂に居た皆が期せずして一斉に首を縦に振ったので、それがあまりに可笑しくて私は笑ってしまったのだった。

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

進藤ヒカル大贔屓SSなので色々目を瞑って読んでいただけると嬉しいです。
ヒカルがバイトに来るなら私もこの会社に行きたいですよ。



2012年08月15日(水) (SS)兎の目


普通中々出来ることじゃないよと、決して褒めた口調ではなく医者が言った。

「意識があっても苦しみが長引くだけと解っているから、わざと気絶させたんだろうね」

意図は分かるが医師としては絶対にやって欲しく無いことだったと苦い口調で言いながら、おれに向かって問いかけた。

「で、彼はキミの友達なの?」
「あ…いえ」

恋人ですとはさすがにおれも言えなかった。



駅で、塔矢を庇って階段から落ちた。

ラッシュ時でも無いのに非道い混雑の東京駅で、蒸し暑さに閉口しながら階段を下りていたら、人の流れを無視して上って来るヤツがいて、そいつがかきわけるようにして塔矢のことを押し退けたのだ。

前のめりに落ちかけたのを腕を掴んで引き戻して、でも代わりに自分がバランスを崩して落ちるはめになった。

ああいう時、どんなに混んでいても隙間ってものは出来るんだなと変なことに感心しながらおれは階段の下まで無様に落ちて、体の下に敷き込んでしまった右足をどうやら骨折したらしい。

鈍い嫌な音を聞いた後、もうまともに物を考えられない程の激痛が起こって、おれは歯を食いしばりながら蹲ることになった。

「進藤、大丈夫か?」

薄く目を開けると真っ青な顔をした塔矢がおれのことを見ていた。

「大―」

丈夫なわけあるかクソ野郎と思いつつ、でも塔矢に心配かけたくない一心で「大丈夫」と笑って見せた。

「でも、キミ…顔色が」

それにすごい汗をかいていると言われて、そうなのかと思った。

「暑いじゃん、今日。あー、でもこれじゃ指導碁間に合わないな。おまえ先に行って謝っておいてよ」

今日はおれと塔矢、二人して八重洲分院で指導碁をすることになっていたのだ。

「置いて行けるわけ無いだろう。すぐに駅員を呼んで来るから」
「いいよ、大袈裟だな」

わざわざ呼ぶまでも無く、見ていた誰かが告げたんだろう、やがて数人が駆けて来て、すぐにおれを別な場所に運ぼうとした。

けれどほんの少し触れられるだけでも絶叫しそうな痛みが走り、それがそのまま顔に出ていたので結局誰も何も出来なかった。

「今、救急車を呼びましたからもう少し我慢して下さい」
「はい。すみません」

いくら言っても離れない塔矢には八重洲に連絡するように言い、でも後はもうみっともなく呻かないように耐えることしか出来なかった。

(苦しい)

小さい頃から怪我とは縁の切れない生活だった割に骨折だけはしたことが無かったおれは、骨を折るということがこんなに激しく痛むものだとは知らなかった。

(いっそ気絶出来たら楽なのに)

それも出来ないで延々と耐えるだけしか無い、中途半端な痛みを心から呪った。

(痛いって言うか、熱い)

熱くて非道く息苦しい。

「…救急車、遅ぇなあ」

時間が遅々として進まずに感じられて、思わずぽつりと漏らしてしまった時だった。

いきなり塔矢がすくっと立って、おれの左足を思いきり蹴りつけたのだ。

「痛――――――っ」

痛いというレベルでは無い。正に目から火花が飛び散るような猛烈な痛みが頭の先まで貫いて、おれはやっとお望み通り気絶することが出来たのだった。



次に気がついたのは病院のベッドの上で、すぐに医師が呼ばれてやって来た。
そして最初の言葉を言われたのである。

どうしてやったのか解らないでは無いが、医療に携わる者としては決して勧められたことではないと。

「まったく…折った足を蹴るなんて普通じゃ考えられないことですよ」
「はあ…まあフツー、そうデスよね」

でもそれをやるのが塔矢なのだ。

やせ我慢して平気なふりをしていたけれど、おれが限界近い痛みに耐えていることを塔矢はちゃんと解っていたのである。

「そんなに非道い状態じゃ無かったからいいようなものの、一歩間違えればもっと非道いことになっていたかもしれないんだから」

もう二度とこんな無茶をしないように彼によく言っておいてくれと言われて初めて塔矢が側に居ないことに気がついた。

「あれ…あいつ…」
「お仕事に行かれましたよ」

ベッドの反対側で点滴の操作をしていた看護師がおれに言った。

「処置が終わるまで廊下で待ってらしたんだけど、大丈夫って解って安心したのかしら?ちょっと前に帰られて」

あなたには『ヤエスに行く』って伝言を預かっていますと言われて苦笑のように笑ってしまった。

「ああ、はい、解りました」
「夜にまた来るっておっしゃっていましたよ」

二人分の指導碁を終えた後で、塔矢は一体どんな顔でこの病室に来るんだろうか。

(まあ、まず最初のセリフは想像つくんだよな)

『謝らないよ』

きっと塔矢は言うだろう。

『キミが怪我人にも関わらず、べらべら喋ってうるさいから、悪いけど口を閉じさせて貰った』

そのくらいは言うかもしれない。

(でも、たぶん)

その目はきっと泣いた痕で赤い。

口はどんなに辛辣で、素振りはどんなに素っ気なくても目には気持ちが現われてしまう。

「あいつ、すごく泣いただろうなあ…」

救うためとは言え、それでもおれに激痛を味わわせた。それを後悔しないでいられる性格では決して無いから。

(馬鹿だよなあ)

意味を理解出来なかった人達には、たぶん随分なことを言われただろう。

頭の回転の悪い奴だったら塔矢こそがおれに怪我をさせた犯人ではと疑ったかもしれない。

そうで無くても常軌を逸した行動にしか塔矢のそれは見えなかったはずだから。

「ほんと…どんだけおれのこと好きなんだよ、おまえ」

呟いて微笑む。

(精々痛がって不機嫌な顔をしてやろう)

(文句言って、恨み言言って、でもそれから嘘だよって言ってやるんだ)

大好き。ありがとう。

そう言った瞬間塔矢がどんな顔をするだろうかと考えて、幸せのあまり骨折の事実を忘れかけたおれは、思わず足を拳で叩いて悶絶するはめになったのだった。


※※※※※※※※※※※※※

自分がどう見られるかっていうのは気にも止めないと思うんですよね。
ヒカルが苦しんでるのが無くなればそれでいいって。



2012年08月13日(月) (SS)犬と飼い主


進藤のことを犬のようだと評する人がいる。

いつもにこにこ人懐こく、好きな相手には尻尾を振るが如くじゃれついて行く。

感情表現もストレートだし、見た目からして大柄な犬という印象があると。

実際ぼくも彼のことを犬みたいだなと思うことがある。

上手い打ち回しで勝った後、褒めて欲しいという顔でぼくを見るし、何よりどんな遠くに居ても呼べば嬉しそうに駈け寄って来る。その姿がぼくに犬を連想させるのだ。

『何? 呼んだ?』
『今どこ居んの? うん。へえ、解った。じゃあすぐ行くから』
『おれ、今暇だよ。おまえも時間あるならそっち行くけど』
『碁会所? いいよ。うん。和谷達と居るけど抜けて行くからいいよ』

その瞬間どこに居ても、誰と居てもぼくが呼べば来る。だからつい錯覚しそうになってしまう。彼がぼくの言うことならなんでも聞く飼い犬であるかのように。

(でも、本当は犬なんかじゃない)

少なくともぼくの言いなりになる可愛い飼い犬などでは決して無いと、油断していると手痛く思い知らされることになる。





長い時間携帯の画面を睨んだ後、ぼくはふうと大きな息を吐いてから、かけることなく携帯を仕舞った。

見詰めていたのは進藤にかけようかどうしようか迷ったからで、でもかけても出ないということが解っていたので、かけることが出来なかったのだ。

数日前ぼく達は些細なことで喧嘩した。元は打ち方がどうのという話だったと思うが、気がついたら非道く感情的になっていて、最後は怒鳴り合って道端で別れた。

捨て台詞のように言われた『もうおまえなんか知らねぇ』はまだ耳の底に残っており、それもあって余計にかけられなかったのだ。


「どうしたの? 進藤くん居なかった?」

部屋に戻ると芦原さんが邪気の無い顔でぼくを見て言い、だからぼくも仕方無く溜息まじりに「ええ」と言う。

「今日は彼、忙しいみたいですよ」
「そうなんだ。折角緒方さんが奢ってくれるって言うのにね」

勿体無い。きっと美味しいお店に連れて行ってくれるはずなのにと何の疑いも無く言われて苦笑した。

「今日がダメでもまた別の機会がありますから」
「そうだね。じゃあ僕らも、もう行こうか」

連れだって外に出て、人混みの中を歩くうち、ふと視線を感じて顔を上げると道路の向こうに進藤が居た。

たくさんの友人達に囲まれた彼は、ちゃんとそっちの会話に混ざりつつ、でもぼくの姿も認めている。

ぼくが居て、芦原さんと歩いていて、彼の姿に気がついたこともちゃんと解っていて、なのにあからさまに顔を背けた。

おまえなんか知らないよ。

横顔がそう言っている。

普段はあんなに開けっぴろげにぼくのことを好きだと言い、呼べば何もかも捨てて駈け寄って来るくせに、一旦機嫌を損ねると掌を返したように彼はぼくに冷たくなる。

まるでいつもの人懐こさは見せかけで、本当はおまえのことなんかいつだって簡単に切り捨てられるのだと言っているかのようで、ぼくは胸に痛みを覚えた。

「…虎じゃないか」

犬なんかでは無く獰猛な虎で、普段はお情けで爪と牙を隠してくれているのだと、その冷酷さがぼくの心をざくりと大きく引き裂いて行く。

「あれ、進藤くんじゃない? 用事って友達と遊びに行くことだったんだね」

じっと見ていたからだろうか、芦原さんも彼に気がついて、でもぼくと彼の間で交わされた冷たいアイコンタクトには気付かずに無邪気に言う。

「本当に彼、友達多いよね。当たりも柔らかいし、人懐こいし、人に好かれるタイプだよねぇ」
「…本当に」

そつなく返しながらぼくは苦く胸の内で思う。

実際人に囲まれていることが多い愛想の良い彼は、でもぼくには違うのだ。

ぼくにだけ違う。

いつでも進藤は気分次第でぼくを捨てることが出来るし、腹が立てばぼくを孤独に追い詰めることだって出来てしまう。

(キミは非道い)

ぼくだけに非道い。

でもそれがどうしてなのかも解っているから、ぼくはそれを非道いと彼に言うことが出来ない。

「緒方さん待ちくたびれていないでしょうか?」

振り切るように明るい調子で会話を続けると、離れた場所に居る彼が思いきり不機嫌な顔で睨むのが解った。

こちらの声が聞こえているわけでは無い。視線を外したそのことに怒っているのだ。

彼はいつでもこんな風に、一方的にぼくが傷付けられることを望む。

(でもぼくだって、黙って切り裂かれるわけには行かないから)

精々キミも傷つけばいいと思うのだ。

「んー、そうだねえ。ちょっと待ちくたびれて怒っているかもしれないねえ」
「でも、絶対に帰ったりはしないんですよね」
「そうそう、あれで緒方さんて寂しがりな所あるから」

あははとぼくはわざとらしいくらい明るい声で笑った。

彼のように牙も爪も持ってはいないけれど、それでもこの笑い声が彼に届き、少しでも心に傷をつければいいのにと思うからだ。

(キミが犬じゃないなら、ぼくだって物分かりのいい飼い主なんかじゃない)

飼い主のように振る舞って、キミを犬にさせてあげているだけで、その気になればいつだって捨てて新しい『犬』を飼うことが出来るのだと、そう思い知らせてやりたかった。

ぼくはもう彼を見ない。彼もまたきっともうぼくを見てはいない。

でも心だけはずっと相手を気にし続け、例え姿が見えなくなっても執拗に互いを傷付け合うことを止めることが出来ない。

それがぼくと彼の関係。

犬と飼い主なんかでは無く、恋という鎖で繋がれて、愛という鞭で相手を打つ。痛々しくて生々しい関係だった。




2012年08月12日(日) (SS)無地の浴衣と古典柄


人の群れが皆、同じ方向に流れて行く。

浴衣の日と決められたわけでも無かろうに、判で押したように男女とも浴衣で歩いているのが何となく可笑しくてアキラはくすっと笑ってしまった。

けれど、そんなふうに笑ったアキラ自身もやはり皆と同じように、古典柄の黒地の浴衣を着ているのだった。

(絶対浴衣を着て来いだなんて)

誘ったヒカルは少し先の橋の袂で待っているはずで、やはり浴衣を着ているんだろうと思うと苦笑のようなその笑みが更にアキラの顔中に広がる。

「見え見えなんだよ、キミ…」

今日は恒例の花火大会の日で、周囲に居るのは皆それを見に行く人達だった。

そのほとんどが男女のカップルで、浴衣姿で手を繋いで歩いていて、はしゃいだ空気が伝わって来る。

ヒカルはたぶん、自分とそんな風に歩きたいと思っている。

普段は人目を気にして滅多に手を繋いで歩くことはしなかったが、これだけの人混みならあまり目立たないはずで、そして何より歩いている人々は自分の相手ばかりを見ていて他のことなど気にしていない。

そういう意味では恋人らしく振る舞うのに好都合の日と言えた。



「ごめん、遅れたかな」

何事にも五分前行動が基本のアキラだったが、待ち合わせた場所に着くとヒカルはもう来ていて、ぼんやりと川の向こうを眺めていた。

なんとなく派手な柄物を着て来るだろうと思っていたのに、着ている浴衣はベージュの無地で、それをきりりと粋に黒い帯で結んでいる。

(格好いい)

アキラは一瞬ヒカルを惚れ惚れと見詰めてしまった。

いつの間にかすっかり背が伸びて、体つきもしっかりとしたヒカルは、無地の浴衣がよく似合う大層な男前に育っていた。

「いや、おまえ全然遅れてねーよ。おれがちょっと早く着きすぎちゃっただけ」
「槍が降るな」

ぽそっと言ったら睨まれたけれど、もちろん本気の睨みでは無い。すぐににっこりと絶品の笑みを浮かべてアキラに手を差し伸べる。

「行こうぜ、良い場所とってあるから」
「場所取りをしたのか」

そこまでするとは思っていなかったので少々驚いて尋ねたらヒカルは曖昧に、にやっと笑った。

「まあ、そんなようなもん?」
「なんで疑問系なんだ」
「まあいいじゃん。花火見るには最高の場所だからさ。でも場所だけで飲み
もんも食いもんも何も用意して無いから、行く途中で買って行こう」

そして予想通りアキラの手をしっかりと握って歩き出したのだった。



時間は6時を過ぎていたけれどまだ辺りは充分に明るくて、そんな中、堂々と手を繋いで歩いている自分達がなんだかアキラはこそばゆかった。

「すごい人だね」

花火見物に行ったことが無いわけでは無かったが、こんなにも多くの人が行くような花火に行くのはアキラは初めてだった。

元々人混みが苦手で、両親も同じタイプだったので、混むと解っている所にわざわざ出かけなかったせいもある。

「まだこんなもんじゃ無いだろう。始まったら道の端までぎっちぎちで、見てるのも窮屈になると思うぜ」
「そんなに混むのか」

少しばかり不安になって呟くと、ヒカルはぎゅっと強くアキラの手を握った。

「だーいじょうぶだって。おまえをもみくちゃになんかさせないってば」

そのために良い場所キープしたんだしと言われてアキラはほっとした。

「ありがとう…キミって意外とマメだよね」
「おまえのためだけ、だけどな」

自分や他のヤツのためだったら絶対しないとさらりと言われてさっと頬が染まる。

(まったく、どうしてこう進藤は)

恥ずかしい人間なんだろうか。

いや、違う。どうしてこうも、無自覚に自分を恥ずかしくてたまらない気持ちにさせるのが得意なんだろうかとアキラは思う。

けれど人混みの中を歩く内、ふと妙なことに気がついた。

「…進藤?」
「ん?」
「行く方向が皆と違わないか?」

途中まではほぼ一緒だった。それがいつの間にか逸れ始めて、今では向かう人の群れと逆に二人は歩いているのだった。

「そりゃそーだよ。とっときな所に場所取ってあるんだからさぁ」
「…ああ」

良い場所を取ってあるとヒカルは言った。もみくちゃになんかさせないとも
言った。

つまり皆が行くような場所から見るつもりは無いと言うことだ。

「キミだけが知っている穴場ってこと?」
「んー、まあそうかな。穴場って言ったら穴場だよ」

そして更にどんどん人とは別な方向に歩いて行く。

途中、コンビニに寄っておにぎりや焼きそばやフライドチキンと一緒によく冷えたビールを数本買った。

「あ、枝豆も食いたい」

のヒカルの一言で枝豆も買って、もう完全に花火大会見物の格好でたどりついたのは、何故か見物客の一人も居ないビルが建ち並ぶ一画で、アキラはしばし呆然としてしまった。

「は?……え?」

周り中、そこそこに背の高いビルばかりで花火が綺麗に見えるとは夢にも思えない。

「えーと、うん。ここ、ここ」

更にヒカルがそう言ってアキラを連れ込もうとしたのは、これがもうどう見てもただの古い雑居ビルというか、廃ビルと言ってもおかしくないような建物で、アキラは一瞬ヒカルに騙されたのではないかと思ってしまった。

心持ち躊躇ったのをぐいと強く腕を引かれて仕方無く中に入る。

「進藤」
「ん?」
「ここで花火を見るのか?」
「うん。ここの八階から見る」

(八階…)

漠然と視覚だけで数えた階数は優にその倍はある。屋上から見るというならまだしも、真ん中で花火が見られるとはとても思えない。

「―帰る」

くるりと背を向けかけたら更に強く腕を引かれた。

「気持ちは解るけど、もうちょっとだけおれのこと信用してついて来いって」

不審丸出しの顔でヒカルを見詰めたアキラは、それでも揺るがないヒカルにほうっと大きな溜息をついた。

「解った。でも万一馬鹿なことを考えているのだったらぼくはすぐに帰るから」
「―マジ俺って信用無いなあ」

困ったような顔でへらりと笑い、それからヒカルはエレベーターの昇降ボタンを押した。


下り立った八階は、よくあるようなフロアで、向かい合わせて三つの部屋があった。

どこも今はテナントが入っていないようで、少し開いた扉からは中に何も無いのが見て取れる。

「このビル、おれの知り合いが働いてる会社の持ちもんでさ、来週取り壊されて更地になっちゃうんだって。でも実は花火がよく見える隠れスポットだって言うから、頼み込んで今日だけ入らせて貰ったんだ」
「へえ…」

それでもまだ不審そうなアキラをヒカルは一番奥の部屋に連れて行った。そして入るなり明りもつけず、窓際に連れて行く。

「んー…そろそろかな」

携帯を見てヒカルがぽつと呟いた時、ひゅとガラスの向こうから独得の音がした。

ぱあっと、次の瞬間目の前に花火が広がってアキラは丸い目を更に大きく見開いた。

何も無いがらんとした部屋の中が一瞬隅々まで光で照らされる。

「どうだ、驚いたか!」

自慢そうにヒカルが言ったが、アキラはただ驚くばかりである。

「…ここ、もしかして打ち上げ場所の真裏なのか」
「うん、川挟んでるし、実際はもうちょっと距離あるけどな」

人の流れと逆に歩いたヒカルとアキラは、ぐるうりと回って打ち上げ場所の裏手に来ていたのである。

皆が見に行く方とは違い、こちらはビルばかりで視界が悪い。

しかもほとんどが企業なので今日は休日で人は居ず、又、居たとしても建物同士が重なって窓から花火を見ることは出来ない。

それが、このビルの八階のこの窓からだけは奇跡的によく見える。

まるで切り取ったかのように、絶妙にどの建物も入り込まないのだ。

「これより上に行っても下に行ってもダメ。右に寄っても左に寄ってもダメなんだって」
「本当に穴場なんだな」
「そ。このビルの持ち主も知らないらしいぜ。でも椿さんは…あ、椿さんておれの知り合いな? たまたま気がついて毎年こっそり花火を楽しんでたらしいんだ」

そう話している間にも次々と花火が打ち上げられる。あまりにも良く見えすぎて大画面のテレビでも見ているような気分だった。

「こんないい場所なのに…よく譲って貰えたな」
「うん。まあ、ちょっとメシ奢らされたりもしたけど、元々気の良い人だし」

恋人と見たいからとお願いしたら気持ちよく譲ってくれたぜとヒカルは言う。

「まだ一応電気が通っているからエアコン使えるし、暑い中で汗だくで見るよりいいだろ?」
「…うん」
「床はあんまり綺麗じゃないけど、外で見るなら同じだし」

何よりゆっくり二人だけで見られるもんなと言われてアキラの目の下がうっすらと染まった。

「これで信用して貰えた?」
「あ、ああ…うん。疑って悪かった」

半ばまだ呆然としつつ、アキラはヒカルに頷いた。

てっきり騙されたと、ろくでも無いことを考えているのではないかと一瞬でも疑ったことをアキラは今は恥じていた。

誰のためでも無い、人混みの苦手な自分のためにヒカルがこの場所を用意してくれたと解ったからだ。

「取りあえず始まったことだし、飲む?」

床に置き離してあったコンビニ袋からビール缶を二つ取りだしてヒカルが言うのに、アキラは首を横に振った。

「もう少し、花火を見てから飲みたい」
「了解」

それじゃあ座る場所作るからと、用意良く新聞紙を広げ始めたヒカルの手を今度はアキラがそっと引く。

「何?」
「キミも花火を見よう」
「だから―」

言いかけるのを更に強く引いて、自分の隣に立たせるとしっかりと指を絡めるようにアキラはヒカルの手を握った。

「一緒に見よう?」

微笑まれてヒカルの頬が赤く染まる。

こういう恋人らしい我が侭をアキラは滅多にしてくれないからだ。

「きっ…綺麗だな」
「うん」
「違う、おまえが―」

おまえが綺麗だよと言う言葉にアキラは黙った。

「…格好いい」

ふいにぽつっと言われてヒカルが飛び上がる。

「え? 何? おれが?」
「違う。花火―」

期待して落とされて、少ししょんぼりとしたヒカルに被せるようにアキラが言った。

「嘘だよ、キミが」

キミが格好いいと言われて萎れたヒカルの顔が輝いた。

「マジで?」
「うん。待ち合わせ場所で立っていたキミを見て本当に格好いいと思った。そういう粋な浴衣が着こなせるんだなあって」

ひゅとまた花火が上がる音がする。

手を繋いだまま二人同時に窓の外を見る。

ぱあっと広がる色鮮やかな光に、しばし目を奪われてから互いを見た。

「塔―」

ゆっくりと顔を近づけて触れるかと思う瞬間、ドンという音と共ににアキラが思い出したように言った。

「椿さんて女の人?」

びりびりと細かく震える窓ガラス。

「今それを聞くのかよ」
「いや、大切なことだし」
「まさか! オッサンだよ。ヒゲの生えたクマみたいなオッサン!」

びっくりしたような顔をして、それからヒカルは半分笑い、半分怒ったような複雑な表情で言った。

「ごめん。だって随分親しそうだったから」
「おれってどこまでもおまえに信用無いんだなあ…」

腐ったように言って、でもアキラがじっと熱っぽい目で自分を見ているのでヒカルはすぐに機嫌を直した。

「言っておくけどおれ、おまえのためにしかこういうことしないからな」
「それ、さっきも聞いた」
「言ったのにまだ疑うから言ったんだって!」
「ごめん。ごめんね。もう疑わないから」

だから怒らないでくれとヒカルの肩にアキラが手を置く。

あっという間に追い越され、出来た身長の差を埋めるために、背伸びするのをヒカルが迎え、ようやく二人でキスをした。

いつまでもいつまでも飽くことなく唇を重ね、それからぎゅっと抱きしめ合う。

「ありがとう、色々」
「うん」
「キミと花火が見られてすごく嬉しい」
「…ん」

大好きだよと囁かれた言葉にヒカルが幸せそうに目を閉じた。

「おれも好き。大好き」
「ぼくもキミが好きだよ」

アキラもまた、ヒカルの胸に顔を押しつけて幸せそうに目を閉じる。

ひゅる。ドンと、花火は次々上がって行ったけれど、もう二人ともそれをちらりとも見てはいなかった。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※

昨日、夏の祭典の帰りにゆりかもめ(ぎっちぎち)から外を見ていたらちょうどこんな感じだったんですよ。正にリア充爆発しろって感じでしたが、その中にベージュの無地の浴衣に黒の帯の男の人が一人で背中向けて立っていてですね、あ、ヒカルに似合うなと思ったわけです。

ありゃーヒカルが居たわーと、思わずまだお茶しているだろう皆さんにメールしそうになりましたが、そんなメール送られてもさっぱりわけがわからないだろうなと理性で止めて、その後はずっとこんな話を考えてました。

たまにはこういうメジャーな花火大会にも来るんじゃないかな。でも人混みが苦手なアキラにはキツイだろうから、きっとヒカルは別な場所から見ようとするんじゃないかな。

アキラのためには手も金も惜しまないヒカルでした。


あ、ホテルという手も考えましたが、アキラはあまり喜ばないだろうと、こっちの方がヒカルらしいし、喜ぶだろうなとこういう場所からの花火見物にしてみました。



2012年08月10日(金) (SS)かみかみ


『キミが好きです』

そう言おうと思っていた。

胸に抱えた気持ちが重くて、どうしても伝えたくてたまらなくて、随分長い時間をかけて、そのひとことを練習したのに、進藤を前にした途端、それらは全て消え失せた。


「何? どうかした?」

話があると呼び出して、切り出しかけたのはいいけれど、その瞬間、頭の中は真っ白になった。

「ぼく…ぼくは…」

情けない。

棒杭を飲み込んだように背中はぴんと真っ直ぐ張って、でも顔は正面を向けない。

手足は震えて声も震えて、たったひとことのこんな短い言葉がどうしても喉から出なかった。


「…おまえ、顔色悪いよ。マジでどーかした?」

呼び出しとその後の挙動不審を悩み事の相談と受け取った進藤は心配そうにぼくを見詰めた。

「もしかして誰かに何か嫌がらせでもされた?」
「ちが…」

側に寄られて顔をのぞき込まれて、心拍数が一気に上がる。

「なんだかんだ言って、やっぱりおまえは結構当たりがキツいもんな。この前リーグ入りしたばっかだし、それで何かされてんだったら―」
「違う! そうじゃないんだ!」

叫ぶように言って、それからあまりの息の苦しさに胸を押さえた。

「大丈夫か?」
「進藤…-ぼく…ぼくは…」
「ん?」

促すような優しい声にありったけの勇気を振り絞る。

「ぼくはキミが好きでつ」

噛んだ――――――――っ!

言った瞬間、蒼白になった。

一拍おいて、ぶはっと進藤が吹き出す。

「おまえ…」

一世一代の告白を失敗した恥ずかしさと、それを笑われた悲しさでぼくの頬は朱に染まり、それから涙が目尻に溢れた。

「どうせ―ぼくなんて」

ぼろぼろと涙をこぼした途端、進藤は笑い止んで、次にあたふたと慌てふためいた。

「わーっ、違うよ、違うって」

馬鹿にしたんじゃないんだってと、それこそ馬鹿のように進藤は『違う』という言葉を繰り返した。

「マジで違うって! ただあんまりおまえが可愛かったから」

それで笑っちゃったんだよ、ゴメンナサイと言ってぎゅっとぼくを抱きしめる。

「台無しにしちゃってごめん。傷付けちゃってごめん。先越されちゃったけど、おれもおまえが好きでつ」

噛み返した―――――――――――っ!

一瞬わざとだろうかと思い、でも目を上げたらすぐ側に見える彼の首筋が真っ赤に染まっていた。

ぷっと、気がついたら吹きだしていて、その瞬間進藤がぼくから飛び退いて叫んだ。

「しょっ、しょうがないだろうっ、噛んじゃったもんは!」

どうせおれはキマリませんよ、カッコワルイよ、最低だよと息つく暇も無いくらい自虐の言葉を並べ立てる。

「どうせ、どうせおれなんてっ!」
「ち、違うよ。失敗して真っ赤になっているキミが可愛かったから―」

言って、それが先程進藤がぼくに言った言葉と同じだと気がついた。

沈黙し、それからゆっくりと染まったままの顔で見つめ合う。

「あの―」
「あ、おれさ」

そして同時に笑い転げた。

ああ、なんて格好のつかない。

けれどとてもらしいとも言える。

ぼく達はひとしきり笑い合うと幸せな気持ちで笑い止み、それから改めて今度は失敗することも無く、互いの気持ちを相手に伝えたのだった。


※※※※※※※※※※※※

これももしかしたら以前同じようなネタで書いたかもしれませんです。でもこういうのが好きなんで、出来たら勘弁してやって下さい。



2012年08月07日(火) (SS)致すことになりました


触れるようなキスから始まって、少しずつ深く触れ合うようになって、いよいよしようかということになったのだけれど、これがなかなか上手くいかない。

行為がでは無く、する、その時がなかなか設定出来ないのだ。

「次の日曜空いてる?」
「ごめん、その日は庭師さんが来ることになっていて」

「じゃあその翌週のオフは都合どう?」
「お母さんに頼まれて、親戚の家に行くことになっているから」


この日はダメ、あの日もダメ。

手合いの後、食事をしたり一局打つ時間はある。けれどいざじっくりとするということになると、おれと塔矢のスケジュールが合わない。

「なあ、いっそこのままホテル行かねえ?」

あまりにも予定が立てられなくて焦れたおれは、夕飯を食った帰りに目に付いたホテルを指さした。

「ちょっと慌ただしくなるけど、予定があってもここから直に行けばいいだろう」
「ごめん、今日はあの日だから」
「あー…それじゃダメか」

うっかりと納得しかけて怒鳴りつける。

「阿保か、おまえ男だろう!」
「ぼくは別に…お父さんから夜電話がある日だからって」
「いーや、今のは絶対そういうニュアンスじゃなかった」

オンナがよく使う常套手段。やんわりとやりたくない時に断るのには最適な理由だと、いくらおれだって知っている。

「おまえ…もしかして、したく無いんだな」
「そんなことは無いよ」
「だったらなんでそんな嘘つくんだよ」

さては今までのも嘘だなと迫ったら、おれの目は見ずに、でも嘘じゃないと言い張った。

「じゃあ、明後日の金曜はおまえ大丈夫だよな? おれ事務室に行って何も予定が入って無いこと確かめてあるんだからな」

「でも翌日は和谷くんの研究会があるんだろう?」
「そんなのいいよ、午後からだし。別にフケたって誰も文句もいいやしないし」

「あ…でも、金曜日は碁会所に顔を出さないといけなかったかも…」
「じゃあ土曜。土曜もまさか用事があるとは言わないよな?」

「土曜は……あの日だから」
「その手はくわねえって、さっき言っただろう」

それともあるのか、本当にそーゆーものがおまえには来るのか、だったら今すぐ見せてみろよと服を掴んだら真っ赤な顔で殴られた。

「あるわけ無いだろうっ!」
「だったらそんな見え透いた嘘つくな」

「だって…やっぱり…その…」
「何? 怖い? それともそもそもおれとすんのが嫌?」

「怖い…は怖い。でもキミとが嫌だなんてそんなことは無い」
「だったらいいじゃん。今日だって本当はいいんだろう」

じっと顔を見詰めると塔矢は何も言えずに俯いた。

「じゃあ、いいじゃん。今日行こうぜ、やっちまおう?」
「そういう言い方は…」
「男のくせにあの日がどーとか言うヤツに何も文句言われたくねえ」

びしりと言ったら塔矢は世にも情けない顔になった。

「そっ、そうだ、今日は見たいテレビがあって―」
「ラブホにもホテルにもテレビなんざついてるよ」

「今日は実はお腹の調子が悪くて…」
「あー、平気。おれスカトロでもなんでも許容範囲広いから」

「でも、やっぱり今日は危険日だから」
「だからどこのオンナだよ、おまえっ!」

不毛な、たまらなく不毛な言い争いを小一時間は続けただろうか?

とうとう言い訳のネタが尽きて何も言い返せなくなった塔矢をおれは宅配の荷物の如く腰に手を回して抱えると、かねてからの念願を果たすために、無理矢理ホテルに引きずって行ったのだった。

※※※※※※※※
往生際が悪い若先生。



2012年08月06日(月) (SS)生きるに足る


もしも進藤がいなかったら、ぼくの世界は非道くシンプルだ。

朝起きて、仕度して棋院に行く。又は研究会に参加して帰る。

時に緒方さんや顔見知りの方から誘われて食事に行くこともあるかもしれないけれど、基本的にぼくとしてはそれは『仕事』の範疇になる。

帰ってからは打った碁を振り返って並べてみて、もしお父さんがいれば意見を聞く。

ネット碁で気張らしに打つ時もあるだろうけれど、大抵はきっと溜息をついただけで終わるに違い無い。

(つまらない)

そして、もっと心躍るような碁を打つ相手はいないものかと思いながら布団に入って眠るんだろう。

朝が来ればまた同じ1日の繰り返し。

手合いに行ってもぼくに話しかけて来るのは事務的な『用事』のある者しかいない。

若手の飲み会にも誘われることは無いし、万一誘われても義理というのがわかりきっているので空気を読んでその場で断る。

皆が笑いさざめいている中、ぼくが入ると場はきっとしんとする。

嫌われているという程で無くても疎ましく思われていることをぼくは自分で知っている。

子どもの頃からのことだし、付き合いやすい人間でも無いということを理解しているのでそれをどうとも思わない。

でも、もし…、その中にたった一人ぼくを見つけ、ぼくを呼ぶ人が居たとしたら世界はどんな風に変わるだろうか?




「塔矢!」

ぼうっと考え事をしながら歩いていたら、自販機の手前で進藤に腕を掴まれた。

「何やってんのおまえ、目ぇ開けながら寝てるのかよ」
「失礼な、ちょっと考え事をしていただけだ」
「だからってそんなデカい物見過ごすかよ。そのままだと完全に体半分ぶつかったぜ?」

進藤は少し離れた所で友人達と話していた。今日も元気で楽しそうだなあとそちらに気を取られていたのが悪かったのかもしれない。

進藤はぼくが来たのを見て、ぱっと嬉しそうな笑顔になって、ほぼ同時に慌てた顔になって走って来たのだった。

「天才とナントカは紙一重って言うけどさあ、おまえちょっとボケ過ぎなのと違う?」
「ぼくは別に天才じゃないし、ボケてもいないよ」
「だったらどうして自販機にまっすぐ向かって行けるんだよ」

見守る皆はいつものことと苦笑交じりに笑っている。

あいつらまたやっているよと、よく飽きないなと、そう言って笑う目は呆れてはいるけれど皆優しい。

「とにかく、手合い前に自販機にぶつかって気絶なんてのは無しだからな」
「…キミじゃあるまいし、そこまで体を張って笑いをとるつもりは無いよ」

つい先日、進藤が入り口のガラス戸に余所見をしていて思いきりぶつかったことを当てこすって言ったら、あちこちでくすくすと笑い声があがった。

それくらい見事な転けっぶりだったのだ。

「塔矢ー、その話題NGだっておれ言わなかったっけ」
「ああ…そうだったかもしれない。ごめん」

ぼくとしては素直に謝ったつもりだったのだが、進藤にはしれっと言ったように聞こえたらしく、みるみる顔が真っ赤になると、むうっと尖った口でぼくに言った。

「絶交! おまえとはもう絶交だっ!」
「…うん、わかった」
「本当に本当に絶交だかんな。もうおまえとは遊んでなんかやらないんだからな」

一体どこの小学生だと言うようなことを進藤は涙目で真剣にぼくに言う。

「わかってるよ。本当に絶交するんだね」
「そう。だからおれに声かけて来るなよな」

そしてぷいっと横を向くとまた和谷くん達の元に行ってしまった。

でも誰も慌てもしないし、ぼく自身も苦笑するのみで静かに彼を見送った。

何故なら進藤は、本当に深刻な喧嘩をした時以外は数時間で機嫌が直ることが常で、今日もたぶん打ち掛けの時にはこのことを忘れたかのように、ぼくを昼に誘いに来るのに決まっているからだ。

『塔矢、メシ食いに行こうぜ。頭使ったから腹減った』

そしてぼくを引きずるように和谷くん達が待つ所に連れて行くだろう。

それが日常。

ぼくが彼と出会ってからのありふれた日常だった。

(なんて幸せなんだろう)

靴を靴箱にしまいながらぼくやりと思う。

もし彼が居なかったら、ぼくは今も誰とも話さずまっすぐに控え室に行っていたことだろう。そして時間が大分早いにも関わらず、盤の前で座って今日の対局相手を待っていたに違い無い。

それがどうだ、会って数秒で喜ばれて、心配されて怒られる。なんて目まぐるしいことだろうか。

(毎日が眩しい)

同じように靴をしまい、控え室に向かう進藤を眺めながらそう思う。

ちらっと目が合ったら、ぷいっとわざとらしく顔を背けるのが可笑しくて愛しくて笑ってしまった。

「何笑ってんだよ!」
「なんでも無い」

世界はキラキラと輝いている。騒がしくて煩わしくて、たまらなく陽気だ。

「キミがいるから…」

ふくれっ面の彼には聞こえ無いように、ぽそっとぼくは口の中で呟いた。

キミが居るから、今日もぼくの世界は鮮やかで美しく、生きるに足る物となるのだと。




2012年08月05日(日) (SS)そのままを好きになったので


そもそもの発端は、市河さんが昔使っていたというロングのウイッグを碁会所に持って来たことだった。

「もうずーっと昔の、そうねえ、若気の至りってヤツかしらねえ」

こういうので色々遊んだりしたのだと、幾つもある中からもういらないと思った物を捨てる前に持って来てみたのだという。

「結構するんじゃないですか? 捨ててしまうなんて勿体無い」

ぼくにはウイッグの善し悪しや、本当の所値段などは解らなかったのだけれど、見た目状態の良いそれはそんなに安い物とも思えなかったのだ。

「そうなんだけどね、それはあんまり私に似合わなかったし。だからもし、お客さんの中で女の子のお孫さんにって貰ってくれる人がいないかなあって」
「はあ、そうなんですか」

するとその時、隣に居て、同じようにカウンターの上に置かれたウイッグを興味津々眺めていた進藤がいきなりそれを手に取るとぼくの頭にぽすっと被せた。

「あらあ」

途端に市河さんが歓声をあげる。

「おまえ似合うじゃん。いっそおまえが貰ったら?」

にやにやと人の悪い笑いで進藤はぼくを見ると、鏡面になっている壁の一画を指さした。

「これって、髪の色が真っ黒でストレートでやたら長いじゃん? まんまおまえが伸ばしたみたいだって思ったんだよな」

言われて渋々と壁を見てみると、そこには知らないぼくが居て正直かなりぎょっとした。

「そうしていると女の子みたいね。そうだ! 今日、お客さんにお出しするお菓子、まだ買って無いのよね、それで二人して買い物に行ってみたら?」

にこにこ顔でぼくを見る市河さんはとんでも無いことを言う。

「きっと誰もアキラくんが男の子だなんて気がつかないと思うわよ」
「そんなことは―」

悔しいことに無いとは言い切れなかった。

元々ぼくは母親にそっくりな顔形をしている。その上、平均的な男子よりも明らかに体格が劣り、かなり華奢な体つきをしているのだ。

決して大柄と言えない進藤よりも貧弱な体をしているのがぼくの一番のコンプレックスで、でもそれを口に出して言うのはプライドが許さなかった。

「知り合いにでも見られたらいい笑いものですよ、服だってスカートでもなんでも無いし」
「でも、オンナでもそういうラフな格好してるヤツいるよな」

進藤がいらん口を挟んで来た。

「いいじゃん。面白そうだから行こうぜ。それでもし誰にも気付かれ無かったらおれらにお菓子一個追加ってことで」

「ちゃっかりしてるわねえ。でもいいわよ、乗った!」

そしてぼくを蚊帳の外に置いて、とんとんと話は決まってしまい、ぼくは進藤と二人で腰まで届く長い髪を揺らしながら買い物に出ることになったのだった。



どうせこんなの変に決まっている。すぐに誰か気付くだろうと思ったのに、碁会所のビルの出口でまず失望した。

エレベーターから降りた時、目の前に北島さんがいたのだけれど、ぼくを見るなり進藤に向かって「彼女連れか? このクソ生意気なガキが」と言い放ったのである。

百歩譲って、ぼくは俯き加減で正面は見ていなかった。でもそんなにも解らないものなんだろうか?

「そーそー、おれの最愛の彼女連れて来たんだ♪ 後でじっくり紹介するから」
「けっ、クソガキが。碁会所は碁を打つ所なんだよ。そんなちゃらちゃらしたことで来るんじゃねえ」

若先生を見習えとまで言われて、進藤は笑いを堪えているし、ぼくはぼくで情けなさで一杯で後一秒そのままだったら自分から正体をバラしてしまいそうだった。

「ま、とにかく後でね。おれ市河さんに買い物頼まれてっから」
「おう、行け行け。そして戻って来るな」

しっしっと追い払われて外に出たけれど、ぼくは地の底まで落ち込んでいた。

「なんだよ、そんなにショックかよ」
「だって、北島さんは常連さんの中でも一番古い人なのに」

それがちょっと髪が長くなっただけでぼくをぼくだと解らなかった。そのショックは大きい。

「そんな、しょげんなよ。ちょっとって言うけどオンナだってそんな長いヤツ滅多にいないぞ。黒髪のロングのストレートってなんかすげえ印象強いんだよ」

慰めにもなっていない進藤の言葉を聞きながら、二人で商店街を歩く。進藤は悪のりして、途中からぼくの手を握った。

「何するんだ、こんな人前でっ」
「いや、だからだって。今ならきっと誰も変だなんて思わないもん」

正々堂々手ぇ繋いで歩けるんだからやらせろと言われて断るのも大人げないとそのまま歩いたのだが、結果的には「かわいらしい」という声をあちこちで浴びせられることとなった。

「あら、可愛いわねえ。あの頃が一番いいわよね」
「初々しいカップルねえ。中学生かしら」

お約束のリア充爆発しろも言われて、進藤はご満悦だったけれどぼくは段々と妙な気分になって来た。

最初はただひたすらに嫌だった。それがウイッグをつけることで、ぼくと彼が手を繋いで歩いていても何も言われない、そのことに不思議を感じた。

進藤は始終上機嫌でにこにことぼくに話しかけ、それが更に付き合い始めの恋人初心者にでも見えるのか、皆に微笑ましい目で見られる。

今だったらもっと密着して、肩を抱かれたとしても何も奇異には思われないだろう。

時折店のショーウインドーに映るぼく達の姿は確かに男女の年相応のカップルで、それがなんだか胸に重くのしかかった。

(男女だったらこんなに普通に歩けるんだ)

人目を気にすることも無く、堂々と手を繋いで歩ける。恋人同士だと解っても誰に咎められることも無い。

それが―ひどく悲しかった。

(こんなの嘘だ)

偽りだとも思った。

でも進藤はそんなこと思いもしないらしく、頼まれた菓子を買った際、そこの店主にからかわれてもまんざらでもなさそうな顔で答えている。

もしかして進藤はこういう付き合いを望んでいるのではないだろうか?

誰に気を遣うこと無く、堂々と昼間、大勢の人の中を歩ける付き合いを。

(もし、これからも女装しろって言われたらどうしよう)

帰る道々、ぼくはそんなことまで考えてしまった。

ウイッグをつけるだけで普段出来ないことがここまでスムーズに出来てしまう。だったら進藤はぼくにそれを望まないだろうかと、憂鬱な気持ちで思ったのである。

その時ぼくは果たして平静な気持ちでいられるんだろうか?

鬱々と思った時だった。いきなりぴたりと進藤が足を止めた。


「どうした?」
「やーめた。つまんねえ」

振り返りざまにムッとした声で言う。

「は? 何が?」

わけがわからず尋ねると、進藤はぼくを見詰めて口を尖らせた。

「せっかくおまえと歩いてんのに、おまえじゃ無いみたいでつまんねー」

そしてやおらぼくの頭に手を置くと、ウイッグを掴んで取ってしまった。

「しっ―」
「やっぱこの方がいいや。髪長いのも悪く無いけど、おまえ別にオンナじゃないし」

いつものおまえの方が百万倍良い。大好きと言われて目を丸くした。

「あーあ、コスプレも気分変わっていいかと思ったけど、やっぱホンモノには敵わないよなあ」

ウイッグを溜息まじりに見詰めながら言う。

「なあ、菓子食うの遅くなるけど、今のままで街ん中もう一周して来ねえ?」
「ぼくは――――うん」

躊躇いの後、微笑みが顔中に広がるのが解る。

「いいよ。ぼくもこのままでキミと歩きたかった」


いつもなら絶対にしないこと。

手を繋いで人前を堂々と歩かない。

親友以上に見えるような特別に親しそうな行動はしない。


それら全てを放り投げて、ぼくは彼と手を繋いだままついさっき歩いた商店街をもう一度歩いた。

途中、進藤は邪魔だからとウイッグを捨ててしまって、でもぼくもそれを止めなかった。



あんなものいらない。

ぼくは女の子じゃなくてもいい。

ぼくをぼくとして好きで居てくれる彼がいるから。



戻ったら怒られるのが確実な長い時間をゆっくりと歩き、とどめに碁会所の入り口でさすがにそっとキスをしてから、ぼく達はエレベーターに乗った。

そして、今か今かと結果を聞きたくて待ち構えているであろう市河さんの元へ、意気揚々と戻ったのだった。


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おやつ遅刻。ウイッグ無くす。そのくせ反省の色が無い。その3点で市河さんにガンガンにゴンゴンに怒られます。17くらいかな?の二人です。



2012年08月01日(水) (SS)運命よりは因果


どうして進藤はぼくなんかが好きなんだろう?

「だったらおまえはどうしておれじゃなきゃダメなんだよ」

尋ねてみたら実に鮮やかに切り返されて、ぼくは何も言えずに口を閉ざした。

「好きに理由なんか無いだろ。好きだから好き、それでいいじゃん」
「それは確かにそうだけど…」


それでも時々不思議に思う。

どうして彼はぼくを好きになり、ぼくは彼がいなければ生きていけないと思うようになったのか。


「もし、出会わなかったらどうなっていたのかな?」
「無いよ」
「え?」
「おまえに出会わないなんて、そんなの無い。もし仮に出会わなかったとしたら、おれはおれじゃないし、おまえはおまえじゃ無いと思う」

きっぱりと言われて面食らった。

つまり出会うことは必然で、出会わなければ存在すらしないと、そういうことか。


「…大袈裟だな」

それ程までに強い結びつきだと言われたことが照れ臭くて、はぐらかすように言いかけたら即座にそれを打ち消された。

「大袈裟じゃないよ、事実だよ」


普段へらへらしているくせに、進藤はこういう時、やたらと男前になる。

「おまえだってそう思うだろ?」

にこりともせず、真顔で突きつけるようにそう言われ、ぼくは結局はぐらかすことも茶化すことも出来ず、顔を真っ赤に染めながら再び口を閉ざすはめになったのだった。


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