SS‐DIARY

2012年06月30日(土) (SS)夏越の祓


日帰りで地方に行った時のこと、昼休みに皆で食事に行こうと歩いていたら、神社に茅の輪があるのを見つけた。

「なんだあれ」

見た瞬間、進藤と和谷くんが近づいて行って、冴木さんもつられるように後に続く。

ぼくと越智くんはその場で待っていたけれど、なかなか戻って来ないので仕方無く同じように鳥居をくぐった。


「なーなー、これ何?」

すりすりと輪の側面を撫でながら進藤がぼくに聞く。

「茅の輪だよ、見たこと無いのか?」
「だってあんまり神社とか来ないし」

確かに進藤は神社仏閣に興味が無いし、これも普段からある物でも無い。知らないかもしれないなと思った。

「おれ知ってる。ここくぐるんだろ?」

和谷くんが見上げながら言ったけれど、その意味までは知らないようだったので口を開く。

「これは―」
「夏越の祓ですよ。知らないんですか? 毎年6月30日に行われる神事で、これをくぐることによってその人の罪や汚れが落ちると言われているんです」

ぼくが言うより早く、越智君が茅の輪の説明をした。

「ちなみに12月のは年越しの祓と言います。大晦日に来ればまたありますよ」
「へー、罪と汚れね。せっかくだしみんなでくぐって行くか?」

御利益あるかもしんないしと、和谷くんが早速茅の輪をくぐった。

「じゃあおれもくぐるか、今期成績今ひとつだしな」

付き合い良く、冴木さんもそれに続く。

「進藤は? くぐらねーの?」

興味があったようなのに、動かない進藤に和谷くんが言う。

「いや、おれはいいや」

思いがけず進藤がきっぱりと言った。

「うっかりくぐって大事なモンまで祓われちゃったら嫌だからおれは止めとく」
「なんだよ、それ、越智と塔矢は?」
「ぼくはくぐりますよ」

当たり前でしょうと眉一つ動かさずに越智くんがくぐった。

「ぼくは―」

目の前の茅の輪を見上げてぼくは躊躇った。

もっと小さい頃には両親に連れられて茅の輪をくぐったことがある。

悪い物を落としてくれるのよと優しい声で説明して貰い、緊張しながらくぐった覚えが確かにあった。

(でも)

「ぼくも止めておくよ。罪も穢れも自分の物はどんな物でも落とさず持っていたいから」

その瞬間、ちらりと目だけ動かして進藤がぼくを見たのが解った。

ぼく達はお互いの夜の顔を知っている。

交わっているぼく達は、穢れていて罪を犯しているのかもしれない。

でもそれが罪であり、穢れであると言うのなら、ぼくは祓わずに持っていたいとそう思った。

「おまえら変わってんなあ」

呆れたように和谷くんが言った。

「…リーグ入りした人達はさすがに言うことが違いますよね」

少々嫌味もこめて越智くんも言う。

「まあいいじゃないか、こういうのは個人の自由なんだしさ」

それよりさっさとメシ食いに行こうぜと、取りなすように冴木さんが言ってぼく達はバチ当たりにもお参りもせずその神社を後にした。



「なあ、おまえなんであの輪っかくぐらなかったん?」

皆から少し離れて歩きながら、ふと進藤がぼくに尋ねた。

「別に、キミこそどうしてくぐらなかったんだ」
「…なんとなく」

彼の理由とぼくの理由が同じかどうかぼくは知らない。

でも全く違っているとも思わなかった。

「言っただろう、強欲なんだ」
「ふうん、おれはおまえほど欲の皮が突っ張ってるわけじゃないんだけどさ」

それでもきっとこれからも、一生アレはくぐらないと思うと生真面目な顔で言ったので、ぼくは思わず微笑んで、「そうしてくれ」と返したのだった。



2012年06月25日(月) (SS)初夏のパン祭り


女三人寄れば姦しいと言うが、男が三人以上集まるとバカな話しかしない。

どんな女がタイプとかそういうものならまだマシで、大真面目でお前らは小学生か!というようなことを話し合っていたりする。

今日はパンについてだった。

「うーん、やっぱ奈瀬はメロンパンだろう?」
「じゃあ桜野さんはクロワッサンな」
「一柳先生はアンパンだと思うなあ」
「だったら座間先生はカレーパンか?」

何かというと、人をパンに例えたら何パンかという実にくだらないことだった。

「本田さんはアレ、田舎パンとか言うやつなんじゃね?」
「はあ? だったら和谷はジャムパンだな」
「なんでおれがそんなつまんねーパンなんだよ。せめてピザとか言えよ」
「ピザ? そんな洒落たもんかよ。精々焼きそばパンだな」

理由も根拠もあまり無い。皆ぱっと思い浮かんだものを言い並べているだけなのだけれど、これが案外イメージに合っている。

「進藤は二色パンな」
「はあ?」
「クリームとチョコのツートンでそっくりじゃん」
「まあ、いいけどさ」
「越智は甘食で、桑原先生は卵サンドで…」
「って、それ本人がよく食べてるからじゃん」

どっと笑って、それから再びパン談義に戻る。

「塔矢先生はドイツパンって感じかな。良い粉使って重厚で」
「だったら塔矢はどうなんだよ」
「あいつかあ…」

皆がはたと考え込むと、すかさずヒカルが口を開いた。

「食パン」
「食パン…まあ、味も素っ気も無いって所ではアリか?」
「いや、でもあいつの頭の固さだったらフランスパンの方が合ってるんじゃないか」
「食パンって言ったら食パン。あいつパンなら食パンだよ」

尚もヒカルが言い張るので、興味を持った顔で皆が聞いて来る。

「なんだよ、そこまで主張する根拠はなんだよ」
「だって食パンて名前からして『食う』『パン』じゃんか」

だから食パンというのに皆笑った。

「食わないパンなんてあるかよ」
「そうだよ、そもそもパンは食いもんじゃねーか」
「だったら『毎日』『メシ』を食うみたいに『食う』パン」
「なんだそりゃ、益々訳がわからんわ」

と誰かが言ってまた笑いに移りそうになったけれど、何故かふっと全員が一様に黙り込んだ。

「ナニ?」

発言した本人であるヒカルは屈託無く、次のパンと標的を考えている。

「いや、あの…まさかとは思うんだけどさ」
「ん?」
「さっきの食パン云々っておまえ視点?」
「んあ?」
「だから、塔矢が食パンって、おまえから見て『食う』『パン』だってことかよ」
「んー? ああ、うん」

おれいっつもあいつのこと食ってるから。だから食パンと言われて皆俯いた。

「食パンって、美味いし、毎日食っても全然飽きないぜ?」

そして、なあ白川先生はうぐいすパンかな?と無邪気にヒカルが問いかけたけれど、誰も皆しばらくの間、言葉を発することが出来なかったのだった。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

「いや、だってまさかパンからあんな生々しい話題になるなんて」
和谷二段、談。



2012年06月09日(土) (SS)我が侭姫の真実


だって大人なんだと思うじゃないか。

小さい頃からずっと見て来て、塔矢アキラの四角四面さクソ真面目さは嫌という程知っている。行儀は良いし言葉遣いも丁寧、目上には素直で、人に対する当たりもソフトだ。

感情をストレートに出すおれと違って、怒ってもそれを直で顔や態度に出したりしない。

とても同い年とは思えない程落ち着いていて、だから大人なんだなと思っていたのだ。

尤も、おれに対してだけは最初から感情剥き出し、気を遣うということを全くしなくて、ムカっとくることも多かった。

でもそれは本当におれにだけで、だから塔矢にとっておれが最上級に特別なんだなということも解っていたので腹は立っても同時に嬉しくもあったのだ。

その感情は今でも微塵も変わらない。

ただ、友人から恋人に昇格した今、同棲的に一緒に暮らすようになって、おれは大層驚いたことがある。

こいつ、大人なんじゃなくて我が侭だ。

そう、塔矢アキラは実はものすごく自己中な筋金入りの我が侭野郎だったのだ。


ある時、仕事先で嫌味なヤツに出会うはめになった。おれもそうだが塔矢は父親が元名人ということもあって、かなり昔から当てこすりや、やっかみのようなものを受けて育って来ている。

その時も相手は塔矢を褒めつつもはっきりと親の七光りとは羨ましいものだと言って来た。

苦労知らずのおぼっちゃんには私どものように底辺で這い蹲り、日々努力しなければならない者の気持ちはわからないでしょうと、そこまで言うかこのオヤジと脇で見ていておれは非道く腹が立ったものだけれど、塔矢は始終穏やかな表情でにっこり相手の言葉を拝聴していた。

挙げ句『ご指導ありがとうございました』と丁寧に挨拶して帰って来たのである。

そして帰宅してマンションのドアを開けてすぐ、塔矢は言ったのだった。

「ムカつく」
「ああ、おまえ今日は大変だった―」
「どうしてキミはあんな俗人の戯言を許しておくんだ、さっさと殴るなりなんなりして黙らせるのが筋だろう?」

えーっ? 怒りの矛先っておれーーーーーー??????

「だっておまえが大人な態度で波風たてないようにしてるのに、おれがそれをぶちこわしてどーすんだよ」
「それでも仮にも恋人のぼくがあんな暴言にさらされているのを黙って見ている神経がわからない」

ぼくは大変傷ついた、傷心でもう何も出来ないから今日は食事の仕度も掃除も洗濯も全部キミがしろと言われて、腑に落ちないながらも逆らわなかった。

しかし、だがしかし、本当におれが悪かったのか?????



別の日にはえっちの仕方が乱暴だったと言って一週間口をきいてもらえなくなり、また別の日には体調が悪いのに騒がしいテレビを観ていたと言ってテレビ禁止令をくらってしまった。

そのまた別の日には帰りが遅いとムッとされ、またまた別の日にはまだ眠いのに無理矢理起こされたと頬をビンタで殴られた。

「DV、おまえ絶対これDVっ」

ちょっとおれに対する態度があんまりなんじゃないかと文句を言ったら、塔矢はしばらく黙った後で「じゃあ別れる」と言って、自室に篭もるといきなり荷造りをし始めた。

それもぼろぼろ泣きながらである。

「あー、解った、悪い。うん、おれが悪かった、だから別れる何て言わないで」

結局おれが謝って収まったけれど、なんとなく腑に落ちない日々が続いたのだった。


そしてある日、出してやった朝飯にあいつがほとんど手をつけなかったことで全てが解った。

「何? 食欲無かった?」

心配して聞いたおれに塔矢は訴えるように言いやがったのだ。

「どうして赤味噌にしたんだ」
「へ?」
「みそ汁の味噌、どうして変えた? ぼくは白味噌の方が好きなのに」
「はぁああああああ?」

だっておまえ、実家に居る時フツーに口をつけてたじゃん。他所でも平気で食ってたじゃんと言う前に続けざまに言葉のパンチをくらってしまった。

「それに鮭、ぼくは甘塩が好きなんだ、どうして辛口にしたんだ。漬け物もたくあんより柴漬けが好きだし、卵焼きに砂糖を入れるなんて邪道じゃないか」

出る出るよくもまあ出る文句の数々。

「それからデザートのフルーツ、朝から林檎は食べたく無い。これからは柑橘系にしてくれ」

こいつ!

こいつ、こいつ、こいつ!とんでもねえ我が侭だっ!

「キミは本当にはぼくのことが好きじゃないんだ。愛情があればこんな非道い仕打ちが出来るはず無い」
「おまえー――――――」
「ぼくはこんなにもキミのことを愛しているのに」

ぐっと言葉が喉の奥で詰まった。

「キミと居る時だけがぼくは本当のぼくで居られるのに」

えーと、つまりもしかして、こいつはなんだ、大人で真面目でと思っていたのは単に猫を被っていたのだと。それも子どもの頃からずっとで、親にすら地を出せていなかったと。

うすらぼんやりそうじゃないかなと思っていたことが、実はもっと強力な意味でそうだったのか。

「そういえばキミ、勝手に柔軟剤も替えたよね。あの香りはぼくは嫌いなんだ」

四角四面なのは単なる頑固で、礼儀正しいのは慇懃無礼で、当たりがソフトなのは関わり合いたくないから。

目上をたてているのは無視しているだけで、感情を表に出さないのは誰にも心を許していなかったからと、そういうことでOKか?

「トイレの芳香剤も前の方が良かった。果汁百%ジュースもプライベートブランドの物よりもウェルチの方が好きだし」
「あー…そうか、前の方が好きで、ウェルチの方が好きか」
「卵も駅前のスーパーで買うのはやめてくれ、あそこより隣町のオーガニックストアの方が新鮮で美味しいから」
「なるほど、オーガニックストアがいいと」
「それと、今更こんなことを言うのもなんだけれど…」

ぼくはイッた後はそのまま眠りたい、無理に起こしてシャワーを浴びさせてくれなくてもいいからと言われておれはテーブルに突っ伏した。

すっっっっっっっっげえ我が侭。

信じられない自己中。

こいつがこんなヤツだったなんて――――――――――――――――知ってたけど。

「進藤?」
「あ、いや、大丈夫。とにかく食わないのは色々気にくわなかったからってのは解った。それで他にも色々不満があるのは解った、一つ確認しておきたいんだけど、そんなに不満だらけのおまえにとって、おれはどうなの」
「え?」
「おれ自身に不満は無いのかよ」

話がくだらないとか、アレがソレとか足が臭いとか、髪型が気にくわないとか何も無いのかよと思いながら尋ねると塔矢は不思議そうな顔をして逆におれに尋ねて来た。

「無いよ? どうして?」
「そうか…無いか…」

無いなら仕方がねえよなあ。

何よりもこのとんでも無い我が侭姫を好きで好きで仕方無いんだから、どんな理不尽なことを言われても我慢するしか無いよなあと、諦めに近い気持ちでそう思い、溜息まじりにぽんと頭を叩いたら「頭を叩かれるのは好きじゃない」と速攻で即座に睨まれて、おれはつくづくと自分の幸と不幸を噛みしめたのだった。

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前に書いた「我が侭姫」では朝食にりんごが出ていますが、何しろ我が侭姫なので日によって文句が代わります。明日にはたぶん「朝から柑橘なんて食べられるか」と言うことでしょう。
振り回されるシアワセと不幸といった所です。


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