「今日だけは絶対に死ねないって思うことがあるよね」
ある日本当に唐突に塔矢がおれにそう言った。
「なんだよ、そんな縁起悪いこと、よりにもよって飛行機に乗ってる時になんか言い出すなよ」 「ごめん。こういう時だから思いだしたって言うか…こういう時によく思うことだったから」
そう言ってくすりと笑う。
「…で、その『今日だけは絶対死ねない日』っておまえにとっては何時なんだよ。もしかして今日なん?」 「まさか違うよ」
9月20日と、塔矢はゆっくりと静かに言った。
「ぼくはずっと決めているんだ。キミが生まれたその日にだけはぼくは絶対何があっても死なない」
キミの誕生日を悲しい日になんかしないんだとそう決めていると言われて、迂闊にもじわりと目頭が熱くなった。
「そんなん…」 「バカにしてくれてもいいけど?」 「バカになんかしないけど、でもそれだったらおれだってこの日にだけは死にたくねえって日があるよ」 「いつ?」
そんなの、12月14日に決まってるだろと言ったら塔矢は大きく目を見開き、それから国際線の中だというのに大声で可笑しそうに笑ったのだった。
暑いんだか寒いんだかはっきりしろと、落着かない天気に日頃文句ばかり言っていたら、逆ギレされてしまったのか、突然冬のように寒くなった。
そういう時に限って外仕事で、でも天気予報なんか見ていなくて。
舐めきった薄着で出かけたおれは、現地につくなり寒くてたまらず、塔矢を見つけると思わず後ろから抱きついてしまった。
受付の椅子に座って、名簿の確認なんかをしていた塔矢は、すぐに払いのけるかと思いきや、何故かおれをそのまま抱きつかせてくれた。
「殴らねーの?」
鬱陶しいとかみっともないとか、普段の十八番はどうしたんだよと肩越しに言ったら笑われた。
「今日はとても寒いものね。そんな上着も無い格好じゃ、たまらないんじゃないかと思って」 「わかってるじゃん」 「キミはいつも天気予報を見ない。最高気温も最低気温も見て来ない」 「…そうだよ」
憎たらしいほどわかってるじゃんと、思わずふてくされかけたおれを宥めるように塔矢はまた笑う。
「でもね、実はぼくも今日は少し天気を甘く見て、あまり厚着をしてこなかったんだ」
だからキミに抱きつかれてちょうど温かくて気持ち良かったんだよと可笑しそうに言われて納得した。
「へー、そうなんだ珍しい」
でも役得。そんな理由でも無いと抱きつけないもんなと、ここぞとばかりに頬すり寄せる。
「キミ、体温高いね」 「ガキなんだよ」 「赤ん坊は眠いと体温が上がるんだよ」 「じゃあ赤ん坊ってことなんじゃねーの?」
普段なら多少なりともムッとすることも、こうして密着していると、全くちっとも腹が立たない。
「そうじゃなくてキミ、眠いんじゃないのかって聞いたつもりだったんだけど」
塔矢も塔矢で後ろからぎゅうっと抱きつかれたまま、ちっとも嫌がる風では無い。本当に珍しいことだった。
「なあ、まだ寒いの?」 「いや、キミが温かいからね。キミは?」 「おれ? うーん、おれはもうちょっとかな」 「だったら温まるまで好きなだけそうしていればいい」
どうせまだ仕事が始まるまで随分時間があるのだからと、塔矢は言って前に回したおれの手に触れた。
「それに、ぼくもこうされていると、とても気持ちがいいから…」 「そんなに温かい?」 「温かいよ、言っただろう? でもそれだけじゃない」
好きな人に抱きしめられて、それで気持ちよくならない人間なんかいるはずが無いと、気がつかないほどさらりと言って、でも気付いても二度は言ってくれなかった。
「マジ…役得」 「何?」 「寒いのも結構イイってそう言ったんだ」 「キミ、夏にも似たようなことを言っていなかったか?」
暑いのは嫌いだけど、寒いのも嫌い。
でも塔矢がいれば結局どっちでもいいんだろうなと思いながら、おれは体が温まったその後も、塔矢の滅多に無い寛容と心地良さとを満喫すべく、仕事が始まる直前まで、しつこく塔矢に抱きつき続けたのだった。
※※※※※※※※
いやもう寒くて。
|