| 2011年08月24日(水) |
(SS)眠る前には鍵かけてチェーンもかけて |
はい、○×テレビ恒例夏のドッキリスペシャル。『あの有名人の寝込みを襲っちゃおう』は番組初!芸能界以外のイケメンくんがターゲットです。
そのターゲットとは、こちら!(クリップボード指しつつ)先の棋聖戦で見事棋聖のタイトルを獲得した進藤ヒカル棋聖です。
カッコイイですねえ。モデルさんかアイドルって言われても充分通ると思いますよ。
囲碁というとお年寄りのものというイメージがありますが、最近はこんな若くてカッコイイ方もやってらっしゃるんですねえ。私もちょっと囲碁をやってみたくなりました。
ところでその進藤棋聖、今日はこちらの群馬の老舗、倉木ホテルにお仕事で宿泊されているそうで、私共番組スタッフが、その無防備な寝姿に突撃させて頂こうと(笑)
あ、もちろん日本棋院さんからOK頂いていますのでその点はご心配無く。
さーてさてさて、305号室、ここに進藤棋聖が宿泊されているとのことなんですが…静かですね。午前2時ですからね、さすがにもうお休みになっているみたいですね。
鍵…あ、そーっとお願いしますね、そーっと。…………開きました。それでは突入してみたいと思います。
うーん、室内真っ暗です。
…っと、危ない。何かに躓いちゃった。…これは服…どうやら進藤棋聖、お洋服をクローゼットにしまわずに床に脱ぎっぱなしにされてるみたいですね。さすが棋士と言えど今どきの若者と言いますか、ちょっと和みますね(笑)
ベッドはツインにお一人とのことで、あ、手前のベッドみたいですね。ふむふむ、寝息が聞こえます。大変静かな寝息です。
それではこれから突撃したいと思い――――あら?
あ、えーと…ですね。進藤棋聖、お一人では無いみたいですね。これはもしかして、マズイ所に踏み込んでしまったのでしょうか(笑)
こちら側、私の居る側に進藤棋聖の頭が見えているんですが、そのすぐ横にもう一人どなたかの頭が覗いてます。うーん、いいのかなあ、これ後で拙く無いですか?
は? OK。行けと。はい。
ええと、それでは……あれ?
あ、えーと…………えーと……すみません。進藤棋聖と一緒に寝てらっしゃる方、どこの素敵な女性かしらと思ったんですが、どうも…先の棋聖戦で進藤棋聖と戦われた元棋聖の塔矢アキラ九段のように見えるんですよね。
間違いありません。塔矢アキラ九段ですね………。
そしてよく見たら、進藤棋聖、上半身に何も身につけてらっしゃらないようなんですが、………。まあ今どきの方ですから当然…なんでしょうか。
それにしても…。
あ、はい、そうですよね。お二人は子どもの頃からの大親友とのことですから一緒に寝ていてもおかしくないし、今どきの方ですから、進藤棋聖が上半身裸でも何もおかしくないですよね。
でも塔矢九段のお部屋は隣のはずなんですがどうしてわざわざ……は?詮索するなと、はい、そうですね。
それでは、いざ――――――!
無理です。
はい、無理です。
今ちょうど進藤棋聖が寝返りを打たれまして、それで布団がめくれてしまったわけなんですが……………お二人とも何も………いえ、なんでもありません。
とにかく、これ以上はお伝え出来ません。え? 突撃インタビュー? だから無理ですって!
ほら、昔から言うじゃありませんか、そういう無粋なことをする奴は馬に蹴られてって。は? わからない。いいんですわからなくて。私もわからない方が幸せだったような気がします。
だから、そこ! 突っ込まない!
…ということで、甚だ中途半端になりましたが、『あの有名人の寝込みを襲っちゃおう』は、今回に限り無かったことに。
はい。繰り返して言います。無かったことにしたいと思います。
失礼しましたー。退散!
※※※※※※※※※※※※※※※※※
今日の「はねとび」見ていて、いつもこれ笑って見ていたんですが、ふとヒカルとアキラの部屋だったらかなりマズイんじゃないかなーと。
いや、マズイですよね。真っ最中だったらどうしたら。
非道く暑い日だったと思う。
ぼくは先輩棋士達と近隣のイベントの応援に行き、その帰り新宿駅で解散した。
「それじゃまた」 「はい、お疲れ様でした」
にこやかに笑って別れ、即座に近くにあったカフェに入った。
コーヒー一杯だけ買って、カウンターの一番端の席に座る。
実は帰り道の途中から気分が悪くなってしまっていて、立っているのがやっとだったのだ。
(これからどうしよう)
まだ乗り換えて十数分はかかるのに、その時間電車に乗る自信が無い。
タクシーでと思っても、もう既に地上の乗り場に行く気力も無くなっていた。
(少し休めば…きっと)
きっと良くなるはずと思い、目を瞑ったまま必死で両肘をついて頭を支える。
買ったコーヒーは飲むことが出来ず、口をつけることも無いまま目の前で静かに冷えて行った。
ガラス越しに行き来する人の流れを見詰めながら、それでもぼくは具合がちっとも良くならないことに焦っていた。
「あの…お客様」
二時間過ぎた所でさすがに不審に思われたのか店員に声をかけられた。
もうこれ以上はここにはいられない、出て行かなければと思った時に、思いがけず声がした。
「あ、こいつおれの連れです」
長っ尻でごめんなさいと聞こえて来たのは進藤の声で、驚いたけれど顔を上げることすら出来なかった。
立ち去る店員の足を視界の端に見詰め、それから近付いて来るスニーカーを見る。
「そのまんま、突っ伏して寝てろよ」
ゆっくりと背中を押されて抵抗することも出来ずにカウンターに伏せる。
「おれが居るから心配無いし、気分良くなるまで眠ってろって」
そしてふわりと頭から上着をかけられた。
「こうしてれば寝てても分かんないだろ」
ぼくは彼と決して親しくは無くて、普段口をきくこともなくて、なのにどうしてこんな風にしてくれるのか解らない。
「余計なこと…」 「うん、余計なことをしてるだけだからそのまんまちょっと寝ろよ」
外から見た時、肌の色が死人みたいでびっくりしたと、そして自分は何やら携帯型のゲーム機を出して遊び始めている。
「おれ、今暇だから、何時間でも側に居るから」
大きなお世話だと言いたくて、でも声が出なかった。
先輩棋士達にはどうしても具合が悪いことを言い出せなかった。言って迷惑をかけることを思うとどうしても口に出せなかったのだ。
でもカフェで一人で耐えていて、身動きすることも出来なくて、良くなる気配が一向に無い。そのことはぼくを泣きたくなる程心細くさせていた。
だから心外ではあったものの、彼が隣に来てくれて、ついていてくれて非道くほっとした。
全身から一度に力が抜けるような、そんな気持ちになったのだった。
そして―。
上着の下で暗くなったことと、人が側に居てくれる安堵と、ひんやりとしたカウンターの感触にぼくはいつの間にか眠ってしまった。
不安定な体勢で、とても眠るような場所では無いのに、驚くほどすとんと眠りに落ちてしまったのだった。
「…ありがとう」
目を覚ましたのは閉店間際で、そろそろ終電も出ようかという時間だった。
そんなにも長い間彼はぼくの側についていてくれて、何度か商品を買い足しもしたようで、カウンターには幾つかカップが増えていた。
「別に」 「でも…助かった。ありがとう」
よく眠ったのが良かったのか、ぼくはすっかり体調が良くなっていて、店を出た所で彼に礼を言った。
こんなことで借りを作ったのは悔しいし不本意だったけれど、受けた恩は恩だったからだ。
「だからいいって別に」
それよかおまえ、睡眠不足か栄養不足かどっちかなんじゃねーのとぶっきらぼうに言われた。
「そんなことは…」 「あんだろ。無かったらこんな所でブッ倒れたりしないんじゃねーの」
体調管理も棋士の仕事だろうと、しっかりしろよと言われてムッとする。
「言われなくてもちゃんとする」 「だったらいいけど」
次はたまたま俺が通りがかるかどうか解らないんだから気をつけろと、そしてそのまま去って行った。
「キミに言われなくたって―」
ぼくはいつだってちゃんとやれる。
そう怒鳴りつけた時には彼はもう人混みの向こうで、翌日会った時にも特に何も言わなかった。
また元通り、視線も合わせなければ言葉を交わすことも無い。ぼく達の距離感はそのままだった。
まだお互いに中学生で、心通い合わせることも無かった頃。
でもあの時隣に居た彼の存在感と、安心感はいつまでもぼくの中に残り、そしてそれはいつの間にか恋愛感情に育って行くことになるのだった。
※※※※※※※※※※※※※※
乗り換えで皆がよく利用するわけで、この時も実はヒカル以外にアキラに気がついた人が何人か居ます。 でもアキラに声をかけたのはヒカルだけだった。そういうことです。
ヒカルはアキラに気がついて、でも具合が悪いのかどうなのか計りかねて、ずっと外から見ていたものと思われます。
| 2011年08月01日(月) |
(SS)翠明荘のネコ事件 |
その珍事が発生したのは、第62期王座決定戦の決勝戦だった。
五番勝負の第四局。
二勝、一敗の塔矢アキラ碁聖はこの局に勝てば二冠を得ることになり、進藤ヒカル王座はタイトルを維持するチャンスを得る。そんな大切な一局だった。
その緊張感漲る四局目は、群馬の老舗旅館翠明荘で行われ、朝からたくさんの関係者、記者が集まっていた。
朝10時に進藤王座の先番で始まった対局は、両者じっくりと構えた立ち上がりでじりじりと進み、中盤までそれぞれ何度か長考があった。
まだどちらが有利とは言えない複雑な盤面、昼を挟んで午後からは、進藤天元がはっきりと攻勢に転じ、盤面は激しい様相を為した。
咳払い一つ聞こえ無い、ぴりりと緊張した空気の中、いきなり場違いなものが現われた。
のっそりと縁側からネコが上がって来たのである。
誰もが対局中の二人に注目していたため気がつくのが遅れ、追い払おうとした時には既にネコは塔矢碁聖の膝の上に乗ってしまい、そのまま寛ぐ体勢になった。
しっ、しっと遠くから皆が追い払う真似をするものの、ネコは一向に気にした風も無く、塔矢碁聖の膝で丸くなってしまっている。
誰もがすぐに塔矢碁聖が追い払うだろうと考えたネコは、驚いたことにそのまま何もされることが無かった。
というのは塔矢碁聖は周囲で見ている観客以上に盤面に集中しており、膝にネコが乗ったことに全く気がついていなかったのだ。
そしてそれは差し向かいで打っている進藤王座も同じであったらしく、両者全くネコに構うこと無く打ち続けている。
「おい、あれどうするんだ」 「どうするって、どうにかしないと」
しかし人間が立って側に行くのは逆に両者の気を散らすことになりかねず、実際、思いあまった記者の一人が立ち上がり側に行きかけたら、いきなり塔矢碁聖に睨まれるはめになったのだった。
「まいったなあ」 「でも、あれじゃあ…」
手も足も出ないと考えあぐねている皆を更なる珍事が襲った。
縁側から再び別のネコがするりと入って来て、進藤王座の所に行き、その膝に乗ってしまったのだ。
進藤王座はもちろん気付いた様子も無く、ただひたすら盤面を見詰めている。
しかし見守る皆は全員血の気が引いている。
何しろ命をかけるとも言える真剣勝負、それも囲碁界で注目されている期待の新人同士で、且つ親友同士の二人の一局が、ネコを膝に乗せてという甚だ緊張を削ぐ展開になってしまったのである。
誰も何も出来ないまま、進藤王座、塔矢碁聖、両者ネコを乗せたまま接戦となり、やがて半目を賭ける勝負となった。
緊張に緊張を重ねる手の数々、時折挟まるネコの欠伸さえ無かったならば、手に汗握る光景であったことだろう。
そして夕方、日が傾き始めた頃、塔矢碁聖が碁笥に入れた手を引き戻して、しばらく沈黙した後ぽつりと「ありません」と言った。
「…悔しいけれど、キミの勝ちだ」
進藤王座の中押し勝ちであった。
進藤王座は、しばし放心したように盤面を見詰めてからいきなりほうっと大きな息を吐いて、それから「しんどかったあ」と天を仰いだ。
「おまえ、無茶キツイんだもん」
親友同士ならではのざっくばらんな感想に周囲の気配が少しほころぶ。
「キミこそ容赦無かったじゃないか」 「容赦もくそもおまえ相手に出来るかよ」
そしてふと気がついたように進藤王座が言った。
「そういえばずっと気になってたんだけど、どうしておまえ、膝にネコなんか乗せてんの」
言われた塔矢碁聖は自分の膝を見下ろして驚いたような顔をし、けれどすぐに進藤王座に向かって言った。
「ぼくの方こそずっと言いたかった。どうしてキミはネコを膝に乗せているんだ?」
言われて進藤王座も慌てて自分の膝を見下ろす。
「わ、本当だネコが居る」
全然気がつかなかったとの言葉に塔矢碁聖を含め、皆がどっと笑った。
『翠明荘のネコ事件』
後にこう呼ばれることになる出来事は隣家のネコが迷い込んで起こったことだった。
「申し訳ありません。今までこんな悪さをしたことは無かったのですが」
ネコの飼い主である隣家の主人は真っ青な顔で土下座したけれど、塔矢碁聖も進藤王座も笑って構わないと言ったのだった。
「別に何かされたわけではありませんし」 「そうそう、ネコ一匹膝に乗ってたからって、それで勝負がどうこうしたわけでも無いし」
そう言って、ネコを膝に乗せたまま検討を始めてしまった。
そしてせっかく気持ち良く眠っているのに起こすのは可哀想だからと、検討が終わった後も、三時間そのまま動くこと無く打ち続けた。
お人好しにも程があると、東京に帰って後、進藤王座、塔矢碁聖共に棋院のお偉方に散々怒られてしまったが、二人がネコを膝に乗せたまま打っている写真を一面に載せた『週間碁』は、前代未聞の売り上げ部数を記録し、囲碁ファンだけで無く、ネコ好きの層にも二人の名前を広く知らしめたのだった。
|