SS‐DIARY

2010年03月28日(日) (SS)残る桜も散る桜


少し早いかなと思いつつ、塔矢と二人で近所の桜の名所に行ってみた。

案の定、桜はまだ三分咲きくらいで、花見という感じでは無かったけれど、それでも二人でゆっくりと木の下を歩いた。

「…花が落ちて来る」

しばらくして、ふと気がついたように塔矢が立ち止まり木を仰ぎ見た。

確かにそうして見ると、ぽとりぽとりと降り始めの雨のように『花びら』では無く『花』が萼から丸ごと落ちて来ているのだった。

「鳥じゃねえ?」
「鳥? 鳥は花は食べないだろう?」
「食うよ。春の初めはまだ甘いもんが少ないから」

気をつけていないと蕾をみんなむしられてしまうことがあるのだと、それはいつか祖母に聞いた話だった。

「へえ…」
「あ、でもそれ、桜だったかどうかわかんないや。梅とか別の花の話だったかも」

見上げる枝は確かに時々撓む時がある。小さな鳥が枝から枝へと移動している姿かもしれないし違うかもしれない。

「育ちきらないで落ちる花も結構あるって言うしさ」

産み落とされた全ての卵が孵らないように、ついた蕾の全てが咲くわけでは無い。

蕾のうちに落ちるもの、咲いて間も無く落ちるもの、それが淘汰というものなのだろうと、これもまた祖母の受け売りだったが。

「全部の花が散るまで咲くなんて無理だもんな」
「それにしても儚いことだよね」

落ちる花、落ちない花に思い入れることはしないけれど、それでも何か惨いことのような気がするよと言って塔矢は腰を屈めた。

そして落ちた花を掌に拾う。

「…何すんの?」
「ガラスの器か平たい陶器に水を張って浮かべると綺麗なんだよ」

母が時々やっていたからとそして黙って花を拾う。

「ふうん」

しっかり思い入れてるじゃんと思いつつ、でもそれを口には出さずおれも屈む。

「まあ、まだ全然綺麗だもんなあ」

切って落とされたようにすっぱりと萼から落ちている薄紅色の花。

落ちたくて落ちる花がどこに有るだろう?

おれも塔矢と同じように黙ってそれらを拾いながら、ぼんやりと佐為のことを思い出していた。



2010年03月09日(火) (SS)年に一度のお楽しみ


なあ、居酒屋のレシートって交際費になる?」
「難しいんじゃないかな…って言うか、どうして領収書を切って貰わないんだ」
「だって酔ってる時にそんなこと考えられないじゃん。あ、そうだ、このバーゲンでスーツ買ったのは経費になる?」
「さあ、どうだろう…一応入れてみたらいいんじゃないかな」
「それと、マンガは…」
「ならない。キミは碁を打つのにマンガが必要なのか」

毎年毎年毎年、進藤は直前になるまで確定申告の準備をしない。

そして領収書の類も分類もせずそのまま一括りにまとめてあるので、それを月ごと、分類ごとに仕分けるのがまずものすごく大変だ。

「なあ、ディ○ニーシーに行ったのって…」
「そんなものが経費になるならみんなこぞって行っている」
「あ、じゃあホテルならいいだろう、ホテル。おまえと行ったラブホの―」

全部言い終わる前にひったくって破り捨てる。

「ああ〜っ」
「なったとしても、こんなものを経費として出すのは人としてどうかと思う」
「なんだよ、鬼」
「鬼で結構。これに懲りたら来年からはもっと早く準備するんだね」

ぼく自身はと言えば領収書の類は月ごとにちゃんと仕分けているし、計算ごとは嫌いでは無いので毎年自分で早めに申告を済ませている。

最近はネットでも申告出来るのでわざわざ出向かなくて良くなったのも更にいい。

けれど進藤は、計算は嫌い、あの書類をみただけで頭が痛くなるというタイプなのだからそんなに嫌ならばいっそ税理士さんに頼めばいいのにと思うけれど、何故かそれは頑として「嫌だ」と言い続けているのだった。

「どうして? 確かに結構お金はかかるけれど、でもキミはそれを払える収入があるだろう」
「それでもヤ!」

眉間に皺を寄せながら、まだ領収書の分類をしている進藤は、ぱっと顔を上げるとぼくを見た。

「そうしたらこうやっておまえに手伝って貰えなくなるじゃん!」

それだけが楽しみでこの苦しさに耐えているのに、どうして税理士のおっちゃんと顔つき合せてやんなくちゃいけないんだよと、おれの楽しみを奪うなとまで言い切られ、ぼくは怒るべきなのだろうけれど、可笑しくて笑ってしまったのだった。


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確定申告記念SS。いや、嘘です。冗談です。でもきっとヒカルは確定申告嫌いだろうなあ。そもそもちゃんと領収書を取っておいているかもわからないし。
でもアキラも実は手伝ってやるのが嬉しいので強く税理士さんを勧めることはありません。


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