SS‐DIARY

2009年07月26日(日) (SS)愛するということ


ものすごく暗い夜をぼくは進藤と歩いていた。

もうずっと長い間お互い一言も喋らずに、けれど離れることも出来ずに同じ速度で歩いていた。

「なあ」

彼が口を開いたのは、何時間たったかわからない頃で、ぼくは一瞬躊躇して返事をした。

「何?」
「手ぇ繋がねえ?」

この状況で?こんな気持ちでそんなこと出来るはずが無いと突っぱねようとして、でも出来なかった。

無言で彼の手に触れると温かい指がぼくの指に絡められた。

「…何か言うことは無いのか」

尋ねるのに無言でただ握り返す。

「ぼくに何か言うことがあるだろう」

繰り返し尋ねるとふいにぼくの方を振り返って、ぽつりと彼は「ごめん」と言った。

「ごめん、おれが悪かった」

ぼくは返事をしなかった。

「ごめん、もし嫌だったら手ぇ離してくれて構わないから」

卑怯だなとそう思う。

「ぼくは離さない。キミが離せ」
「嫌だ、おれは離したく無いから」
「それでも離すならキミから離せ」


そんなやり取りを一体どれだけ繰り返したか。

争うのにも疲れて黙り込んでいたぼくに、進藤がまたぽつりと言った。

「愛してる」

おまえのことが死ぬ程好きと。

「ぼくは―」

嫌いだ。

嘘つきで狡くて卑怯なキミなんか大嫌いだと思いながら、それでも振り払うことなんか出来ず、彼の手を強く握り返すと、泣きながらまたひたすらに真っ暗な道を歩き続けたのだった。



2009年07月18日(土) (SS)夏色


薄い水色の地に白い花びらが散っているシャツを見つけて、思わず値札も見ないで買ってしまった。

「ご自宅用ですか? 贈り物ですか?」

そう聞かれて、少し考えて「贈り物です」と答えた。

誕生日でも何の記念日でもなんでもない、ただごく普通の日。

だからシャツを渡したら塔矢はすごく驚いた顔をしておれを見た。


「どうして?」
「んー、なんとなく」

最近暑くなって来たから、たまにはこういうのもいいんじゃないかと思ってと、広げて体に当ててやりながら言うと、さらさらしたシルクの生地が触り心地がいいと塔矢は笑った。

「どうせなら、自分のものも買ってくれば良かったのに」
「いや、他に何が売ってたのかなんて見てないし」

ただ通りを歩いていて、ぱっとこれが目についた。

この涼やかな色はきっと塔矢の肌に似合うと、それだけしか考え無かった。

「…手合いに着て行くにはくだけ過ぎているから、ちょっと出かける時にでも着させて貰うね」
「いいよ、別に家で普段に着ればいいじゃん」
「でも、高かっただろう?」

勿体無いよと言うのに即座に返す。

「いいって! 単純におれの側でおまえに着て欲しかっただけだから」

せがんで、ねだってその場で無理矢理着て貰ったシャツは思った通り塔矢によく似合っていて、心の底から満足という気持ちになった。

「良かった! 買って来て」

淡い水色は涼しい空気を纏っているようだ。

白い花びらはちらほらと水面に落ちる季節外れの桜のようにも見える。

「…綺麗だね」

改めてシャツを見下ろして塔矢が言う。

「…やっぱりキミにも何か夏のシャツを買ってあげるよ」
「いいよ、別に」
「いや、絶対に買わせて貰う」

そして買ったそのシャツと、このキミに買って貰ったシャツを着て二人でどこかに遊びに行こうと誘われて、おれは迷わず「海」と答えた。

「海か…いいね」

目を細める塔矢の後ろには寄せて返す波が見える。

裾を風にめくられたこのシャツは、きっともっと綺麗だろう。

(いや、シャツじゃなくて塔矢が)

裸足で浜を歩いてもいい、1日中ぼんやりと水平線を眺めてもいい。

何もせず、ただ二人で手を繋いでパラソルの下で過ごしてもいい。

だったらやっぱりおれにも休暇に似合う夏色のシャツが必要だから、ここは変な意地など張らず素直に買って貰おうと「買いに行こうか」と誘ったら、塔矢は少し驚いた顔をして、でも即座に「いいよ」と夏の日差しよりも明るい笑顔でおれに笑ってくれたのだった。




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若先生チョイス

1.ひまわり柄
2.くじらorイルカ柄
3.青空に入道雲柄
4.スイカ柄

「キミに似合うと思うから」と言われてしまっては着ないわけにはいきません。



2009年07月15日(水) (SS)真夏日


「暑い…」

暑いねと言っても進藤は返事をしなかった。

「進藤」
「だから?」

暑いからどうだって言うんだよと言って掴んだままのぼくの手首を更に強く握りしめる。


冷房も何も効いていない、じりじりとした暑さの南向きの部屋。

ぼくは掴まれた所から汗が伝って流れ落ちるのをただだまってじっと見詰め続けた。




2009年07月04日(土) (SS)見てはいけないものだった。


見るつもりは無かった。

昼を食べに外に出て、戻って来る途中、公園に居る進藤と塔矢を見つけた。

進藤は落ちていたボールを蹴ってサッカーよろしく遊んでいて、塔矢はそれを呆れたように見詰めている。

(ガキかよ、あいつ)

楽しげにボールを蹴り、塔矢のすぐ側に転がしては蹴れと言っているのが遠目にも見えて思わずおれは笑ってしまった。

まだ午後も手合いがあるのにこんな所で汗をかいてどうするのだと思う。

塔矢は仕方無く軽く蹴り返してやっていて、でもすぐにまた進藤がボールを蹴って寄越して来るので困っていた。


『進藤、いい加減にしろ』

声は聞こえ無いけれど、そんなようなことを言っているらしいのが雰囲気でわかる。

『やだよ』

これもまた口の動きでわかった。

(バっカだなあ、あいつ)

そのうち塔矢が切れるぞと思っていると、ふいに進藤がボールから足を外して塔矢を抱いた。―抱いたように見えた。

一瞬のこと。

すぐに二人は離れたけれど、でも確かに進藤は塔矢を抱きしめてキスをしなかったか?

そしてそのキスに塔矢は困った子どもを見るような眼差しで見詰め返しながら、でも嬉しそうに笑わなかったか?


見るつもりなんてこれっぽっちも無かった。

そんなつもりでここを歩いて来たわけでは無かった。

なのに見てしまった。

たぶん見てはいけなかった光景。


手足が震えて、動悸がして、どうしたらいいのかわからなくなって、でも気がついたら二人とも公園からいなくなってた。

「錯覚…なんかじゃ無かったよな」

後にはぽつりと取り残されたボール。

あのボールを蹴りながら無邪気に遊んでいた進藤は塔矢にキスをした。間違いなくしたのだとぼんやりとおれは思ったのだった。



2009年07月02日(木) (SS)その愛の全て。


「ぼくの家の庭には夏になると木槿という花が咲いてね」

塔矢はそう言って話し始めた。

「母が嫁いで来る時に持って来たものだったのだそうだけれど、薄紫のとても綺麗な花が咲くんだ」
「それで?」
「ぼくは小さい頃、両親共忙しくてほとんど構ってもらえなかった」
「うん」
「それで、一人で庭で遊ぶことが多かったんだけれどね、ある時木槿が咲い
ているのに気がついて手折って母の所に持って行った」

塔矢の母親はそれを見て喜んで、すぐに花瓶に生けてくれたのだと言う。

『ありがとう、アキラさん。お母さんこのお花大好きなのよ』

見逃してしまわなくて良かったと、塔矢は母親が喜んでくれたことに自分もとても嬉しくなったのだと言う。

「いい話じゃん」
「ここまではね。ぼくはその次の日も母に木槿を折って行った」

次の日もその次の日も、毎日毎日塔矢は母親に花を持って行ったのだと言う。

「母もね、忙しかったから半ば上の空だったんだと思う。今にして思えば」

それでも母親が喜んでくれるというその事実に塔矢は嬉しくて花を手折り続けたのだと言った。

「ぼくは一夏木槿の花を母に届けた。そして、夏が終わる頃には木槿の木は枯れてしまった」

全ての花を手折られて、そこから傷んで枯れてしまったのだと。

「枝ごとむしりとっていたからね。それは枯れてしまうよね」
「…おまえの愛情ってすげえ重いな」
「そう。重いんだ。ぼくは好きな人には視野が狭くなる」

狭くなって本来気付くことにも気付かずに、母のためと思い込んでその母の大切な木を枯らしてしまった。

「だからぼくはそういう愛し方しかきっと出来ない。キミともし付き合うようになれば、キミの周りの大切な物を根こそぎ枯らしてしまうかもしれないよ」

それでもいいのかと尋ねられておれは即座に言った。

「いいよ」

塔矢は非道く驚いたような顔をした。

「ぼくは縛るよ、きっとキミを縛る」

息をつくのも苦しくなる程にキミを縛り付けてきっとキミの周りを根こそぎ枯らし尽くしてしまうと。

「いいよ。だからそれでいいって言ってんじゃん」

思い詰めた気持ちを打ち明けた後で、話されたことは確かに重い。

そんな愛情を辛いと思うヤツもきっといるのかもしれないけれど、おれはバカなので嬉しいとしか思えない。

「なんなら、おれ自身を枯らしてしまってくれてもいいよ」

おまえになら全部くれてやって構わないと思っているからと言ったら塔矢は泣いた。

「キミはバカだ、本当にバカだ」

でも大好きだと繰り返しながら、塔矢は美しい花を枯らせてしまった小さな子どもに戻ったように座り込んで顔を覆うと「ありがとう」と泣きじゃくって言ったのだった。


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