街中で通り過ぎた人を見て、進藤が小さく「あっ」と言った。
「何?」 「いや、なんでも無い」
なんでも無くは無いだろうと尋ねたら、随分しばらく経ってから「昔、告られたことがある人だった」と言った。
「ふうん」 「断ったよ、速攻で断ったって」
棋院で行われる囲碁教室の、その人は生徒の一人だったらしい。
「最後の日に付き合って欲しいって言われて、きっぱり断ったら泣いちゃってさ」
それからずっと気になっていたんだけど、今男連れで歩いてたからとほっとしたような苦笑のような顔で言う。
「恋人かどうかなんてわからないじゃないか」 「いや、恋人だと思う。すげー幸せそうだったから」
気があったとか、そういうことでは無いのは良くわかっている。
それでも傷つけたことを気にかけていたのだとしたら、ぼくには少々小憎らしい。
「…で?」 「でって??」 「それでその幸せそうな彼女を見てキミは一体どう思ったんだ?」 「良かったなって、そんだけ」
マジそんだけだよと言う彼の言葉が真実だと言うことを誰よりもよく知ってはいたけれど、それでも嫉妬の小さな棘が確かにこの胸に刺さったので、ぼくはその日最後まで、彼に手を繋がせてやらなかったのだった。
| 2009年04月11日(土) |
(SS)神聖にして侵されざるべき |
進藤は一瞬呆気にとられた顔をした。
そして次に苦笑したように笑って、差し出された扇子にやはり差し出されたマジックでさらさらとサインをしたのだった。
「ほら、おまえも書けよ」
集中を途切れさせられて心底腹をたてていたぼくは、冗談じゃないと彼を睨みつけたけれど、進藤は「まあ、いいじゃん」と相手にしない。
「こんなこと、きっと一生に一度あるか無いかだろうし、それにこれでおれに負けるようなおまえじゃないだろう?」 「当たり前だ」
バカなことを言って貰っては困るとぼくはほとんどひったくるようにして扇子とマジックを受け取ると、彼のしたサインに並べてサインをして、そもそもの信じられないルール違反をしたその老記者にむっとした顔のまま渡したのだった。
「こんなことはこれきりです。お願いですからもう二度としないでください」
ぼく達にも、ぼく達以外の人達にもと言ったら相手は初めて自分のしたことに気が付いたかのように顔を朱に染め、それから「すみません」と謝ったのだった。
「さ、それじゃ始めるぜ?」 「キミの番だろう、ぼくはずっと待っている」 「そうだな、うん」
そして今度は苦笑では無く可笑しそうに笑って進藤は盤に目をやった。
サインをねだられた瞬間のびっくりしたような顔から切り替わり、タイトルを守るために戦う本因坊へ。
ぼくもまた彼からタイトルをもぎ取る挑戦者へと溜息と共に立ち戻ると、ぼく達は再び神聖で侵されざるべき二人だけの世界に戻ったのだった。
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私の昨日のトップニュースはこれでしたよ(苦笑)いやーこんなことする人が居るんだ!
ダメだろ、どうしてそんな年になってそんなこともわからんのだ。
これは将棋でしたが即座に囲碁だったらと思ってしまいました。そしてヒカルとアキラだったらと。
ヒカルは苦笑してサインをすると思う。
アキラは…アキラは自分がねだられたのだったらするような気がします。さらさらと書いてぺっと放り出してそれでまた集中だ!
いや、でもダメですよ。とにかくこんなことはあってはならんことだと思います。
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