| 2006年04月09日(日) |
(SS)最強天然伝説 |
いちいち相手しなくていいから、そーゆーのに遭ったらシカトしてぶっちぎれ!
そう何度も言っているのに、元々の育ちがいいせいかくそ真面目なせいか、塔矢は街中でアンケートの類によく引っかかる。
「おまえさあ…あんなのは大抵詐欺で、無駄金払わされるのがオチだぜ?」 「でも、話を聞かないことには詐欺かそうでないのかわからないじゃないか」
おれが呆れて言うたびに、塔矢はそう言ってはんなりと笑う。
「今日の人だって、交通事故で職を失ってお子さんが三人もいるそうだし」
大変そうだよねと、引きはがしてきたおれの苦労も知らずに言う。
「とーにーかーくー、タチが悪いヤツらもいるんだから、街中で声をかけてくるやつには返事しないこと」
いいな、わかったな? 絶対だぞと念を押したのに、今日もやっぱり塔矢はアンケートに引っかかっているのだった。
「少しお時間いいですかぁ?」
もうモロ宗教臭い声がけに、シカトシカトとつぶやいて歩き、ふと隣を見たら塔矢はいなかった。
まさかと思い、後ろを振り返ったら案の定さっきの「お時間いいですか」女に掴まってしまっているのだった。
「あー、もう! なんであいつはああ天然なんだよ」
頭めちゃくちゃいいくせに、どうしてこうも阿呆なんだと、腹立たしく思いながら急ぎ足で戻ったら会話している声が聞こえてきた。
「そうですかぁ、囲碁のお仕事をされてるんですか。それじゃ色々ご苦労とかもありますよね?今、私たちみなさんに幸せになって頂きたくてこうしてお声がけしてるんですけど、あなたは今幸せですか?」 「幸せです」
きっぱりと答える声におれはぎょっとして立ち止まってしまった。アンケートの女も面食らったらしく、一瞬言葉を失っていた。
「あ…え?……お幸せ……なんですか?」 「ええ、ぼくは今幸せです。なので声をかけられるならもっと苦労されている方にした方が良いんじゃないでしょうか?」
幸せです!?
二十年近く生きてきたけれど、幸せかと聞かれて幸せだと答えたヤツをおれは今初めて見た。
「それでもぉ、何かご不満とか…悩みとか無いんですか?」 「はい、ありません」
体は健康だし、仕事は順調でそれなりの収入も得ていて生活が出来ている。なんの不満も無いと言いかけて、そこで塔矢は近づいて行ったおれに気がついたらしく付け加えた。
「それに…恋人もいますから」
ぼくは今、生まれてきて一番幸せなんですと言った瞬間に少し俯いた首筋がぱっと桜色に染まるのが見えた。
うわあ。
うわあ。
うわあ。
うわあ。
こいつ今、なんかものすごいことを言わなかったか?
恋人がいるから。
おれが居るから幸せなんだってさらっと言わなかっただろうか?
「じゃ、そういうことなので申し訳ありません」
さすがに何も言い返せなかったらしいアンケート女に頭を下げ、塔矢はおれの元に戻って来た。
「ごめん、進藤」
あの人と少し話をしていたものだからと、相変わらず宗教の勧誘だとは気がついていないようだった。
「何か…人の幸せに関して働いている人みたいだったけど、ぼくには必要無いから断ってきたよ」 「あ……ああ」 「こんな時間に立ちっぱなしで大変だよね」 「ああ……そうだな…うん」
いつもだったら、またあんなのに引っかかってと怒鳴っている所だけれど、今日はそれが出来なかった。
だって、だって、だって、だってこいつがあんなこと言うから!恥ずかしくて照れ臭くてまともに顔を見ることも出来ない。
「他人を幸せにするってどんなことをするんだろうね?」 「さあ……」 「キミ…もしかして怒っているのか?」 「あ……いや」 「進藤!ちゃんとこっちを向け!」
生返事のおれに業を煮やしたらしい、立ち止まった塔矢はおれの頬を両手で挟み、正面を向かせた。
「キミはいつもぼくのことを心配するけれど、今だってちゃんと断ってきただろう?」
キミが居るから幸せだと、はっきり言ってきたんだと自慢げにそう言われて、おれは茹だったように赤くなりながら、天然はコワイと思ったのだった。
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