SS‐DIARY

2006年03月23日(木) (SS)好き好きチーズケーキ!


もういい加減、我が儘を聞くのはやめにしなければと思うのに、つい進藤にねだられると聞いてやりたくなってしまう。

「なーなー、おれチーズケーキ食いたい」
「…チーズケーキ?じゃあ五百円あげるから駅前のコンビニで買ってくればいい」
「違うってー、おまえが作ったのが食いたいんだってば」

ぼくとキミは今日手合いがあったばかりで、その後二人で検討なんてしてしまって結構夜も遅くって、しかも明日はまた手合いがある。

そういう状況のぼくにケーキを作れとこの男は言うのかとむっかりと腹が立った。

「我が儘を言うな。第一材料が無いし、今から焼いたら深夜になってしまうし」

だから出来ないというのに、じっと犬のような目で見つめながら進藤が言う。

「材料あるぜー。さっきざっと見てみたら必要なもん大体揃ってた。一つ二つ足りなくてもお前なんとか出来ちゃうだろ?だから作って」
「って……いつの間に見たんだっ!」

実は進藤に健康的な食生活をさせたくて料理を習って以来、なんとなくぼくは食材を買い込むようになってしまっていた。

一人の時も創意工夫で色々作ってみて、いつか進藤にきちんとしたものを食べさせてみせるのだと腕を磨いていたりする。

そのために冷蔵庫の中は一人とは思えない程充実してしまっていて、ケーキ一つ作る分くらいはチーズもバターも卵も粉も皆揃ってしまっているのだった。

「…だからってぼくも疲れているし」
「だって前、おまえ作ってくれたじゃん? あれすごく美味かったから」

あんな美味いチーズケーキ食ったの初めてだったからぜひまた食べたいのだと、ぱたぱたと見えない尻尾まで振られてつい良い気持ちになってしまった。


「…そんなに美味しかった?」
「うん。銀座のホテルで食ったやつより百万倍美味かった!」
「そうか……じゃあちょっと待っていて、すぐ作ってあげるから」

ああ、ダメだこんな時間にこんな我が儘を聞いてしまっては。そう思うのに体は勝手に動きチーズケーキを作り始めてしまっているのだった。


「あー美味い。おまえ本当に料理上手だよなあ」

出来上がったものを頬張りながら、進藤は幸せそうにぼくを見る。

「これだったらいつでも結婚出来るぜ」

そう言われて思わず苦笑してしまった。

「進藤、それは女性に対して言う言葉であまり男には――」
「えー?でもおれおまえだったら嫁に欲しいけど?」

美人だし、碁も強いし、料理も上手だし、おれおまえとだったら結婚したいと言われて冗談だとわかっていても顔が赤く染まった。

「………後他に何か食べたいものがあれば作ってあげようか?」
「えーっ?マジ?んーと、おれアレ食べたいな。クレープが地層みたいに重なってるやつ!」
「ああ、ミルクレープだね。あれはそんなに難しく無いからいつだって作ってあげるよ」
「じゃあ、アレも! りんごだか梨のパイを焦がしたみたいなヤツ」
「シブーストか、うん。あれもたぶん出来ると思うよ」
「それじゃ、それじゃ、バケツみたいなプリンも作って欲しいなあ」


本来の目的から自分がどんどん離れて行くのはわかっていたが、もはや軌道修正は出来なかった。

だってあんなに嬉しそうな顔で作ってくれと言われて作らずにいることなんか出来るわけが無い。


「んー、塔矢最高っ! おまえもおまえの作るものも大好き!」
「そう?じゃあ今度は何を作ってあげようか――」


そして――。

リクエストのまま菓子や料理を作り続けて数年、彼が太らなかったことにまず驚いたけれど、それより何より、自分が本当に彼と結婚して嫁になってしまったことの方にぼくは驚いたのだった。


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食欲魔神の口車に乗せられて、何故かどんどん料理が上手くなっていってしまい、気がついたら結婚してしまっていたアキランでした。

いや…アキラってなんでも真剣にやりそうだから意図していなくても上手くなっちゃうんじゃないかなあって。

あ、もちろんこれは昨日の話の続きです。



2006年03月22日(水) (SS)世界で一番好きな食べ物

「おれ、ドリアが世界で一番好きな食べモン!」

いつだったか皆で昼食を食べに行った時、進藤がファミレスで嬉しそうにそう言った。

「へぇ……まあ、確かにグラタンとか冬に食うと美味いけどな」
「違ーう!おれ、グラタンは嫌いなんだよ。マカロニがあんまり好きじゃないからさ。でもドリアは好き。生まれて初めて食った時、こんな美味い食いモンがあるのかと思ったくらい」

だから洋食系の店に行くと絶対に食べるのだと嬉々としてフォークで耐熱皿をつつきながら言うその顔は確かにとても幸せそうで、どうして料理一つでそんな幸せそうな顔が出来るのだとお手軽でいいなとぼくは和定食を食べながら思ったものだった。

(大体、進藤は味覚が子どもなんだ)

食事をする回数が増えてきたので自然と知ることになったのだが、彼が好きなのはハンバーグやシチューやカレーといった、小学生の子どもに絶大な人気があるようなそんなメニューばかりなのだ。

(あんな塩分と脂肪分が多い食事ばかり……今に太ったって知らないぞ)

少しは野菜もとった方がいいと機会があれば言っているのだが、それでもやはり彼が選ぶのはそういうお子様メニューばかりで見ているといい加減大人になれと言いたくなってしまう。


「一度、美味しい和食を食べれば嗜好が変わるかもしれない」

一生に一度会えるか会えないかの唯一無二のライバルを成人病などで失いたくは無かったので、ぼくは彼の食生活を変えるために芦原さんに料理を習いに行くことにした。

いくら言ってもそういうメニューを選ばないのだから、これはぼくが自分で作って食べさせるしか無いと思ったのだ。


魚の煮付けや野菜の煮浸し、胡麻よごしに卵豆腐に鰯でつみれ団子も作った。

焼き物もマスターし、田楽や煮こごりも完璧に作れるようになった。

一ヶ月ばかりたった後、「これだけ出来れば充分だよ」とお墨付きをもらったぼくは、計画を実行するべく進藤を家に誘った。



「なに?泊り?」
「うん。また父も母もいなくて…キミも今週末は何も予定が無いんだろう?だったら久しぶりに泊まりがけでゆっくり打たないかと思って」
「おう、行く行く。そうだよな、ここん所、碁会所にも行ってないし、おまえと打ちたいなって思ってたんだ」
「そう、よかった」

一も二も無く食いついてきた彼にほっとしつつ、付け加える。

「実は最近芦原さんに料理を習ってね、キミに美味しいものを食べさせてあげるから楽しみにしておいて」
「ドリア?」

瞬間、目が輝いたかと思うと進藤は間髪入れずに言った。

「もしかしなくてもドリア作ってくれんの?」
「あ……いや……その」

口ごもると途端にしょぼんと萎れた顔になる。

「そうだよなあ、あれ難しそうだもんなあ……」

いくらおまえが器用だからってあんな難しそうなもん作れないよなあと言われてつい言い返してしまった。

「作れるよっ!」
「えー?」
「あんなもの簡単だっ。キミが今まで食べたものよりずっと美味しいものを作ってやるから楽しみにしてろっ!」
「わーい、マジ?」

嬉しいな、ドリア、ドリアと満面の笑顔になった進藤の前で、ぼくは自分の負けず嫌いを呪いながら一人敗北感に浸ったのだった。



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世界で一番ドリアが好きなヒカ碁友達のJさんに捧げます。
いや、ほんとドリアは美味しいよね。



2006年03月08日(水) 本日の目覚ましテレビを見た方だけわかってください

「だからもっと早く準備しろと言ったんだ」
「だってしょうが無いじゃん、出がけに宅配来るなんて思わなかったんだから!」

駅の改札を出てから半分駆け足のように行ったのに、それでも着いたら映画は既に始まっていた。

「まだ予告編? え? もう本編も始まっちゃってる?」

売り場の人に尋ねた進藤は映画が始まってしまっていると知ってちっと小さく舌を鳴らした。

「もういいよ、仕方ない。次の回で見よう」
「次って、次で見たらあの店でメシ食えなくなっちゃうってば」

くるりと振り返った進藤はそう言うとぼくを軽く睨んだ。

「おまえ行きたいって行ってたから二ヶ月も前に予約したのに」
「だったらそれを無駄にしないために、時間には余裕を持って行動するようにしろ」

冷たく言いはなったら悔しそうに口をつぐみ、それからまた再び切符売り場の方を向く。

「あのー…本編どれくらい過ぎちゃってますか?」

5分くらいでしょうかと言われてぼくを見る。

「仕方無い、映画はまた日を改めて今日はやめよう」
「ヤだ! 5分くらいならいいじゃん。折角来たんだから見ようぜ」
「途中になるのは嫌なんだよ」
「へーきだって5分くらい見なくても」

世の中には映画を途中から見ても気にしないタイプの人もいるようだが、ぼくは絶対に嫌だった。

最初の数分に大切なメッセージや布石がある場合もあり、それを見逃すということは映画の制作者の意図をないがしろにするような印象があったからだ。

でも進藤は違う。そんなの脳内で補完すりゃいいだろと、あくまでも見るつもりでいるので、二、三押し問答した後に諦めた。

「わかった。いいよ……仕方ない」

見ようかと言ったら進藤はぱっと嬉しそうな顔になった。

「よっしゃ! じゃあおねーさん。大人二枚ね」

にこにこと金を払い、示された館に歩いて行く。

「早く行こうぜ」

ぼくの手を引いて、ボールを投げられた犬よろしく半分小走りになって柔らかなカーペットの上を歩いて行く。

まったくこの悪いくせはいつか正してやらなくちゃと考えながら、その実正すつもりが自分にないこともよくわかっていた。

おまえは進藤を甘やかしすぎていると、いつだったか和谷くんに言われたことがあるけれど、実際そうなのかもしれない。

ぼくはどんなに不満に思っても、彼のしたいようにしてやりたいと結局最後には思ってしまうから。




一応話題作だったその映画を見終わって外に出てから聞いてみる。


「おもしろかった?」
「んー……よくわかんなかったかな」

案の定、最初の最初に何か仕掛けがあったらしく、それを見ていないぼくは始終もどかしいような、歯がゆいような気持ちを味わいながら映画を見ることになった。

「だから言ったじゃないか、最初から見ないとわからなくなることもあるって」

見ているうちにぼんやりと、こういうことがあったのかな?ということはわかってきたけれど、それでも映画館内でぼくたちだけがそのもどかしさを味わったのかと思うと少し腹立たしい。

「これに懲りたらこの次からは―――」

心を入れ替えるようにと言いかけたぼくの言葉を進藤が遮った。

「いいんだよ」
「え?」
「どうせ映画なんてろくに見てないんだから」

思いがけない言葉にえっと思って顔を見る。

「おまえと二人で見るって、そのことが重要だから」

おれ、いつもおまえの顔ばっかり見ていて内容なんかそんなに覚えていないんだと、言われてかーっと顔が熱くなった。


「ば――」

勿体無い。結構なお金を払って見ていたのがぼくの顔だなんて、そんなものいつも見ているじゃないかと、怒濤のように言いかけて口を噤んだ。


「そうだね、最近は忙しくてなかなかこんなふうには会えないし」
「だろ?」


にこっと笑われて顔が火照るくらい赤くなっているのがわかった。

「映画は何を観るかじゃなく」

誰と見るかが大切なんだよと、わかったように言う進藤にやはり何か一言言ってやりたくなったけれど、ぼくは黙って彼の手を握り、予約した店に向かってゆっくりと歩き出したのだった。


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今朝のめざましテレビ、映画が始まっていても観る派、観ない派というのをやっていたんですよね。途中からは観ないカップルとそれでも観たカップルと両方にインタビューして。(二人で観られたから良かったというのは始まってから観たカップルの女性の言葉です)

私は5分くらいなら観てしまうタイプですが、アキラは最初から観たい人だろうなあと思います。
ヒカルはせっかちだし、次の回まで待つのが嫌なタイプだと思うので十五分くらい始まっていても観てしまうかもと、想像ですが。

で、この二人がインタビューを受けたとしたらヒカルはきっと「どうせ映画なんか観てないし」と言うだろうと思ってこんな話を書いてみました。一気書き。朝から何やってんだ(苦笑)


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