| 2006年02月05日(日) |
(SS)赤い実を食べた |
白く曇った窓ガラスを指で擦ると、その向こうの景色も白かった。 庭木の枝にこんもりと積もる。
その中にぽちりと赤いものが見えて、なんだろうと目を凝らしたらそれは半分程雪に隠れた南天の実だった。
季節、季節、花が無い時でも必ず色があるようにと、母が工夫してこしらえた庭には、他にも南の隅に椿があるはずだったけれど、それはこの窓からは見えなかった。
「随分積もったんだな」
こうして見ただけでも十�儖幣紊論僂發辰討い襦� 東京では珍しい大雪だった。
もう雲は吹き払われて、空は青く済んでいる。
まだ明け切ってはいないけれど、昼には日が温かく照り、せっかく積もったこの雪を溶かしてしまうんだろう。
しばらく眺めた後、ふと思いついて窓を開ける。
ひんやりと冷え切った空気が一度に部屋に流れ込んできて、何も身につけていない肌が震え、鳥肌が立った。
「寒い…」
息が凍る。
早く閉めればいいようなものをぼくは目の前の白い景色の中に腕を突っ込んだ。
一番窓に近い枝に手が届きそうだと気がついて、ぼくは南天の実を摘んでみたくなったのだ。
幼い頃は欲しくてたまらなくて、でも取ると怒られた。
今はもう子どもでは無く、父も母もこの家にはいないので、ぼくを叱る人はいない。
窓枠の雪に凍えながら、ようやく指に挟み取り、そのまま引っ張る。
ぷちっと小さな音をたてて丸いものが掌に転がり、けれど次の瞬間、どさりと南天の木から雪が一度に落ちたのだった。
「う…わ、何やってんの、おまえ」
背後から声がして、進藤の手が窓を閉める。
「こんなクソ寒いのに窓なんか開けてたら風邪ひくじゃないか」
しかもそんな格好でと、そう言う彼も何も身につけてはいない。
振り返った先、一組だけ敷かれた布団でぼくたちは夕べ夜を過ごしたから。
「しかし、すげぇ積もったなあ、おれ帰らなくて正解だったかも」
昨日、いつものように碁会所に寄った後、それでもまだ打ち足りなくて進藤はぼくの家にやって来た。
一通り打って検討もして、帰ろうかという頃には雪は吹雪のようになっていたのだ。
「これじゃ、電車も止まっているかもしれないよ」
だから今夜は泊って行くといいと、それはごく普通のことだった。 今までも無かったわけでは無く、だから軽い気持ちでぼくは彼に言った。
「うん………おまえがいいんならいいけどさ」
でもおれ、もしかしたら――――。
もしかしたら我慢出来ないかもしれないよと、言われて冷たい廊下でいきなりキスをされた。
「嫌だったら今すぐ追い出した方がいいぜ」と、でもこんな雪の中、返すことは絶対に出来なかった。
「いいよ、ぼくは――」
雪だけが理由だったわけじゃなく、でも、雪がぼくたちの垣根を払った。
ぼくは静まりかえった家の中で、生まれて初めてすることを彼としたのだった。
「今日もまだこれじゃ、しばらくは電車止まってるんだろうなあ」 「キミ、今日の予定は?」 「和谷の研究会だけ。どうせこんなんじゃ中止だからいいよ」
だからもう少しいさせてと、ぎゅっと抱きしめられて微笑んだ。
「雪じゃなくても居るつもりだったくせに」 「あー、だからそれはしょうがないじゃん?」
夕べあんなことして、今日すぐにサヨナラなんて出来るわけが無いと、言いかけた彼が何故か急に言葉を切った。
「あ……れ、ヤバっ……おまえもしかして怪我した?」 「え?」
彼はぼくの足下を見ている。
ぽちりと畳の上には赤いものがあって、それは一瞬血の染みのように見えた。
「ごめん、気をつけたつもりだったんだけど、切れた?」
顔色を変えて屈み込む彼の目の前にぼくはそっと握っていた掌を開いて見せてやった。
「違うよ、進藤。それは南天の実だよ」
今さっき窓からむしり取った物が、彼に声をかけられて振り返った拍子に手からこぼれ落ちたらしい。
「なんだ………そうか」
良かったと、実を拾い上げた進藤はほっとしたように息を吐いた。
「でも、やっぱ痛むだろ?」
体しんどいだろうと言われてゆっくり頭を振る。
「いや―――大丈夫」
幸せだったからと、言ったら進藤はぼくの足をそっと抱きかかえた。
「うん、おれもすげぇ幸せだった」
そしてそのままちゅと太股に口づけられて、ぞくりと背中に震えが走った。
寒さからでは無い、昨日与えられた記憶がぼくの肌を震わせたのだった。
「進藤――」 「おまえも今日、予定無いよな」 「無いよ。もしあったとしても――この雪じゃ」
この雪じゃどうせどこにも行けないと、言った所で進藤と目が合った。
「じゃあ」
じゃあもっと出来るね。
そう言って進藤は、ぼくの足の付け根へと舌をゆっくりと這わせたので、ぼくは思わず声を上げ、握っていた赤い実を全て手からこぼしてしまったのだった。
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