SS‐DIARY

2005年07月29日(金) (SS)パパがライバル8


思春期というのは恐ろしい。話には聞いていたものの、子どもがこんなにも変わるものだとは思いもしなかった。

「いやぁ、塔矢先生の所は遅かったんですよ。うちなんかもう、小学生の頃から憎らしいばかりで」
「そうそう、私の所の娘も親を親とも思わない態度で…」

つまりうちのアキラはあまりにも素直で私は恵まれていたのだと皆は口を揃えて言うのだった。

「大体、反抗的と言ったって相変わらず品行方正、自慢の息子さんじゃないですか」
「まあ…確かに髪を染めたり、奇天烈な格好をしたりはしないようだが」
「でしょう。真面目で碁にも真摯で私から見たら羨ましい限りですよ」


実際、他の家の子どもの話にあるように酒を飲むでも煙草を吸うでも女友達を作って遊び歩くわけでも無い。これで反抗期などと嘆いたら申し訳ない程度であるのは重々承知しているのだが、それでも最近のアキラの考えていることはさっぱりわからないのだった。


機嫌良く会話できることもある。

けれどふとしたことで何故かむっつりと黙り込んでしまうことも多い。


最近は注意して様子を見ることに勤めてきたのでそれが進藤くんに関わることで起こるというのはわかってきたのだが。



「アキラ」

その日、アキラは何度もため息をついていた。我が子とはいえ、もうプロで活躍している身、子ども扱いすることはためらわれたが、あまりにもため息の回数が多いのでつい声をかけてしまった。


「今日は随分と鬱いでいるようだが…」

また黙り込んでしまうかと少しばかりびくびくとしながらかけて言葉に、アキラは少し驚いたような表情で顔を上げた。

「すみません。お父さん。ちょっと考えごとをしていたものですから」
「進藤くんのことかね」

大丈夫か? 地雷では無いかと更にびくびくして尋ねるとアキラははっと息を飲んだようだった。

「お父さんには何でもお見通しなんですね」

いや、なんでもと言うか最近おまえの情緒不安定の原因はほとんど進藤くんじゃないかと言いたいのをぐっとこらえる。


「まあ…良い親とは言えないが私も父親としてお前のことをずっと見守ってきたからな」

だからわかるのだと勿体をつけて言うと、ふうとアキラは更に大きなため息をついた。

「ぼくは…どうも人付き合いというものが下手なようで」

なんだ?進藤くんでは無いのか?と思った所で言葉が続けられた。


「進藤と一緒に居る時間が増えて、話をする機会も多くなってきたんですが、どうしても口論になることが多いんです」
「それは、碁のことでかね」
「いえ…もちろんそれもありますけど、それ意外のことの方が多いでしょうか。ぼくと彼は色々と考え方や感じ方が違うみたいで、すぐに彼を怒らせてしまうんです」

はーほー、なるほど進藤くんとアキラではタイプが全く違うのは見ただけでもわかる。

正反対というか、真逆というか、落ち着いて考えるとどうしてアキラに生まれて初めて出来た友人が進藤くんなのか全くわからないくらい二人は違うのだ。


碁のせいだと。
彼の碁にアキラは惹かれているのだとそれはわかるのだが、どうもそれだけでは無いような気もした。

まあ人は自分に無いものに惹かれるというし、そういう意味で言ったらアキラと進藤くんは惹かれても不思議では無いのかもしれない。


「どんなふうに意見が合わないのかね?」
「彼はどうもスキンシップが好きでぼくに触れてくるんですが、ぼくは…その。人前で触られるのは抵抗があって」


…………?触る????進藤くんがアキラに触る?????

でも言われて見れば彼はいかにも子どもっぽく、子犬のようにじゃれてくるタイプのように思われた。

きっと肩に触れたり、腕を組もうとしたりするのだろう。

なるほどそれはべたべたすることが嫌いなアキラには困惑せずにはいられないだろう。


「どんなふうに触ってくるのかね?」
「どんなって……」
「我慢することは出来ないのかね?」
「お父さんは我慢しろとおっしゃるんですか?」

信じられないという顔で見られて少しばかり焦る。

「いや、全てを許すというわけにはいかないだろうが、親しい相手には譲歩することも大切じゃないかと私は思うのだが」

それが例えどんなに納得いかないことでも、頭ごなしにダメと言っても逆効果なこともあるのだと。

むしろ相手の要求を一旦は飲んでやって、その上で自分の要求も伝えた方が上手くいくことが多いものだと静かに話してやったらアキラは思う所があったらしい。「わかりました」と頷いた。


「お父さんのおっしゃる通りかもしれない。どうもぼくはすぐに感情的になってしまって…。これからはなるべく受け入れるように努力します」
「そうしなさい。そうすればきっと進藤くんもわかってくれるだろう」
「はい」


にっこり笑うアキラの顔は『思春期モード』に入る以前のアキラの顔だった。

なんだ、よかった。反抗期とは言えちゃんと考えた上で向かい合って話せばアキラも反抗的にはならないのだ。

久しぶりに息子と落ち着いて話せたことに私は深い満足と喜びを覚えた。


これなら反抗期も乗り越えられるかもしれない。まだしばらくは不安定な時期が続くかもしれないがアキラとも折り合って行けるだろう。


よかった、よかった。


本当によかった。


やっぱりうちのアキラは素直な良い子だと思ったのも束の間、翌日にアキラは真っ赤な顔をして私の部屋にやって来たのだった。


「お父さん!お父さんの言う通りにしたらもっと非道くなったじゃないですか」

おかげでぼくは進藤に触られまくりです、どうしてくれるんですかと一気にまくしたて、その後はもう口もきいてくれなくなってしまった。


何故だ?

私は人生の先達として冷静に的確な意見をしたつもりだったのに。
そして一度はアキラもそれを感謝したようだったのに。

どうしてこうも上手くいかないのか????


やはりこれが思春期で反抗期というものなのだろうかと、深く懊悩する日々の中、アキラが冷たいのと対照的に進藤くんはやけに親切に人懐こくまとわりつくようになり、何故か私のことを「お父さん」と呼ぶようになったのだった。



2005年07月20日(水) (SS)越智の覚え書き


「うーっす」と声をかけられて同時に背中を叩かれた。

棋院に向かう上り坂、振り向くと立っていたのは進藤で、朝から何が嬉しいのか、にこにことしまらない顔で笑っている。

「なんだよ、おまえ早いんじゃん」
「別に……ぼくはいつもこの時間だけど」

君の方こそ意外に早いんですねと嫌味半分言ってみると、進藤はそれには気がつかない様子で辺りを落ち着き無く見回している。

「……誰か、探してるの?」
「あ、いや。なんか他に誰もいねーなあって」

それはそうだろう。手合いの三十分前に来るのなんかぼくくらいのものだ。進藤だっていつもは開始5分前くらいに駆け込んでくるのが常なのに、今日は一体どういう風の吹き回しだと思う。


「ま…なに?心境の変化っつーの? 早く来るのって気持ちがいいよなあ」
「ぼくはいつもと変わりませんけど」


せいぜい5分くらいの上り坂はすぐに登り切ってしまう。朝からうるさい進藤とくだらない世間話を続けなくて済むと、ほっとした気持ちで棋院の中に入ると、驚いたことにエレベーターのすぐ側で塔矢が立っていたのだった。

塔矢も他の誰よりも早く来るけれど、流石に三十分前には来ることは無い。なのにそれが人待ち顔で立っていて、しかもぼくたちが入ってくるのを認めると、ぱっと嬉しそうな顔になったのだった。

「おはようございます」
「…おはよう」

一瞬で拭ったように消えたけれど、塔矢のこんな顔を見るのは初めてで、正直非道く驚いた。


どっちだ?

ぼくと進藤のどっちを見て塔矢は今の表情になったのだろうか。




考えるまでもなく、それはたぶん進藤で、見れば進藤などはしっぽを振った犬のような顔で塔矢の側に近づいて行った。


「…はよっ」

さっきぼくにしたのとはうってかわって控えめな、らしくない挨拶をする。

「…おはよう」

返す塔矢も丁寧なのはいつもと変わらないながら、どこか微妙に照れくさそうな雰囲気があった。

「あのさ…昨日、大丈夫だった?」
「…うん」

ぼくが側に居るということを一瞬で忘れたらしい二人は、こちらに背を向けてぼそぼそと話をしている。

「今朝、電話しようかと思ったんだけど」
「いや、少し響きはしたけど…でも、立てないほどでは無かったから」


一体何の話をしているのかと、思った時にようやくぼくの存在を思い出したらしい。二人が振り返り、同時に口を閉ざした。


「…エレベーター、乗らないんですか?」
「あ、乗る。乗る乗るっ」
「ごめん、越智くん」


慌てたように乗り込む二人の後に続いてぼくも乗った。

六階のボタンを押してドアが閉まった後、エレベーターの中は妙な沈黙で満たされた。


こほんと、小さく咳き込む音が響いてしまうくらい、小さな箱の中は無音だった。


「あれ?もしかして塔矢風邪ひいてる?」
「あ…いや、そういうわけじゃないけど。今朝起きた時から喉がかすれたようになってしまって」

唐突に進藤が口を開き、それにぽつと塔矢が答える。

「やっぱあれかな。体冷やしたから…」
「あ……そうじゃないよ。声を―」

声を出しすぎてしまったからと消え入りそうな小さな声で塔矢が言って、言ったと思ったら進藤が何故か真っ赤になった。

「あ、そ………そ、そっか。そうだよな。おれ、あんなにおまえに名前呼ばれたの初めて…」

かーっと音がするくらい赤く染まる顔というのはなんだ?


「ぼくだって…キミにあんなに名前を呼ばれたのは……初めてだ」


そう返す、塔矢の顔もこれまた音がするくらい見事に赤く染まった。


「あ、あのさ」

進藤が言いかけて躊躇うのがわかる。


「座るの…平気かな?…キツくない?」
「うん…正座じゃないし」

さっきから続いているこの微妙な会話はなんなんだろう。そして何故にこんなにも居たたまれないような気持ちにさせられるんだろう。



「えっ…と」

まだ何かを話しかけようとしたらしい進藤の声はエレベーターが止ったことで断ち切られた。


「…六階ですよ」

正直ほっとしながら促すと、二人はぎこちなくエレベーターから降りた。


もともと塔矢も進藤も互いのことしか見ていないような所があるから、この完全無視状態も別段気にはならなかったが、漂っているこの妙な空気は気になって仕方無かった。


「あの…」


昨日、あなた方二人、何かあったんですかとあまりの空気の違和感に耐えかねて尋ねようとした時に、進藤がいきなり振り返りトイレに向かって歩き出した。


来ていきなりトイレに行くなんてあまりにも変だ。けれどもっと変なことには塔矢もその後についていくのだった。


朝から、男同士で仲良く連れション。


変だ。あまりにも変だと思った時にぼくは進藤と塔矢が手を繋いでいるのにきがついてしまった。


手を繋いで、朝から男同士で仲良く連れション。



あり得ない。そんなことは絶対にあり得ない。


ということで、ぼくはそれを見なかったことにしたし、それから随分長い間進藤と塔矢が戻って来ないことにも気がつかないふりをすることにしたのだった。



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うらぷちみたいな話ですが、敢えてこちらへ。

「はじめて」の翌日が手合い日だったと(笑)まだほんとにお初だったので、そのまま泊るようなことはしていません。ヒカルはアキラの体のことを心配しつつ家に。それでもってアキラはしんどい体に耐えながら、でも幸せに眠ったと。

そーゆーことです。頭の中はいつにも増してお互いのことしか入ってません。居合わせた人はとても不幸かもです(笑)


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